第13話 順風満帆のほころび



 モーシャスが機械室を出ていき、カンカンと階段を踏む足音が遠ざかっていってから、ミヤビは部屋の窓に近づいた。

 監視塔は基地を取り巻くくるわの一部となっている。故に、窓からは戦場の様子を窺うことができた。


 戦場を埋め尽くす王の軍勢。その数は目算で5000はいるだろうか。そんな軍勢に立ち向かうのは、たった3人の兵士。数的不利などという話ではない。無謀を通り越してもはや喜劇である。

 

 しかし、ミヤビの瞳に映るのは、その3人が5000人の軍勢と、シングルの攻撃から生き残った想生獣による進撃を完璧に食い止めている、まさかの光景だった。

 

 先鋒を務めるのは、体のラインを余すことなくなぞるボディスーツを着用した短髪の女性。長く太い尾が生えている身体的特徴を見るに、恐らく第四世界ウォールスイ出身者だろう。

 ウォールスイには、幼少期に想生獣と契約を交わす仕来しきたりがある。その者は肉体の成長と共に契約した想生獣の身体的特徴を備えるようになり、それすなわち、ウォールスイの民は想生獣の能力を獲得するに至った、という事実を意味する。

 

 「あの3人が、さっきアンテレナが言っていた特別編成隊だな。そして、中央司令基地から招集したナイト級上位陣の1人。恐らく、ベニー=ダイシューというヤツだろう。あの尻尾の形…………そして、発達した太ももと跳躍力。契約したのは『コスモンガルー』の第五世代か」

 

 コスモンガルーとは、大腿筋だいたいきんにマギナを貯蓄できる特質を持つ想生獣であり、マギナを溜めることで筋肉が肥大化していく。筋肉が発揮できる仕事量はその断面に比例するので、つまりは溜めた分だけ強いエネルギーを生み出せるのだ。

 コスモンガルー系統の想生獣は、その身体的能力によりマギナを大腿部に溜め込み、それを一気に放出することで猛烈な速度で移動することができる。世代が上がる毎に溜められるマギナ量は増加し、一説によれば、原種であるコスモンガルーは宇宙まで飛び上がることが可能だとか。

 

 ベニーはその能力を生かして上空に飛び上がり、空から基地に向かっている怪鳥の腹に強烈な蹴りを叩き込む。今度はそこを足場にし、地上を埋め尽くす兵たちへと隕石のように落下。矢継ぎ早に再び上空の想生獣へと飛び上がり、これを彼女は何度も繰り返して戦場の至る所を空襲し、軍勢に甚大な被害を与えていく。

 

 そうして軍隊としての秩序を失った兵士たちを待ち構えるのは、片方が峰という独特の片刃剣を構える男性。第五世界モクドヘイムの出身者、ホムラ=オオトリだ。

 

 モクドヘイムの民は、自身の力を封じた御魂剣みたまのつるぎというアルニマを個々に持っている。そのため、御魂剣には特殊な力が宿り、ホムラのそれにはどうやら炎の力が備わっているようだ。刀身を振るう度に目を刺すような紅蓮がほとばしり、ベニーによって統率を乱した兵士たちを焼き尽くしていく。

 

 だが、それで兵士を倒せても、見上げるほどの巨体を誇る想生獣までは対処できない。ホムラの発する炎に怯むことなく、彼の攻撃範囲を突破した数体の想生獣たちが基地へと猛進してくる。

 

 それを止めるのが、最も後方にいる上半身が裸の男。この基地の司令官、サリス=マガナンである。

 

 第二世界サカムツキ出身者の彼は、首にかけているネックレスのような装飾品を徐に外した。すると、それは急速に拡大していき、チェーンで繋がれた10メートルくらいある二つの斧に変貌する。

 その巨大な斧を軽々と振り回し、想生獣に構えるサリス。

 

 「あれが噂に聞く、サリス司令官のアルニマ、如意双鎖斧カミクイノマシラか。サイズを自由に変化できる、シンプルな能力。なのにもかかわらず、方司ほうし基地の司令官まで上り詰めた、聖伐軍屈指の実力者」


 サカムツキの民は、独自の製法によって造られたアルニマを所有している。アルニマを用いて戦う点はモクドヘイムと同じだが、大きな相違点は、サカムツキの製法で造るアルニマには、持ち主の体の一部が素材として使われる、というところだ。

 

 これにより、サカムツキの民は人間とアルニマとの強い親和性を実現。能力発動時に発生するマギナロスを極力減らすことが可能になり、従来品よりも高いパフォーマンスを発揮できるようになった。

 

 サリスが扱う如意双鎖斧もまた、自身の骨を材料として造られた特殊なアルニマ。それを駆使し、サリスは一体いったいがタイタンボアに引けを取らないサイズの想生獣たちを次から次へと撃破していく。

 


 これが、トップランカーの力。アンテレナが今日のために選んだナイト級たち。

 

 

 「圧巻、だな……」

 

 窓に手を置き、ミヤビは溜息を吐くように呟いた。


 6王によって支配された六つの世界。そこで辛うじて生を繋いでいる人類たちは、しかし、ただ滅亡の時を待っているだけではなかった。王と戦うため、生き残るため。王に対抗しる能力や技術を、大勢の犠牲を払い、何世紀もかけて作り上げたのだ。

 

 それこそが『聖族特性フォーラム』――世界を支配する王に対抗するため、各世界の人類が獲得した民族的能力である。

 

 サカムツキの自身の肉体の一部を用いてアルニマを製造する技法。

 ウォールスイの本来は敵である想生獣と契約してその能力を獲得する手段。

 モクドヘイムの自身の力を封じて御魂剣を作り出す製法。

 

 これらは全て、各世界のフォーラムが土台となって成立している。もちろん、第三世界ヒトヒリカ第六世界ゴルドランテにも、独自のフォーラムが存在している。

 

 人智を超えた力を思いのままに行使する王。圧倒的な存在に命を脅かされる絶望的な現実を前にして、しかし、人類は決して膝を地面に付けることはなかった。その不屈の信念は希望の灯となって何世代にも渡って受け継がれ、ついに人間をこの領域まで進歩させるに至った。

 

 「何十億という人間が無慈悲に殺され……この世界に追い詰められて。何度も何度も辛酸しんさんめ、その悔しさをバネに力を付けていった人間。狭い箱庭の中で生活を強いられ、100年かかっても1人の王すら討つことができず、大勢の仲間たちを失い、その遺志を受け継いで精鋭化していったフロンズ聖伐軍。そして、レンヤを始めとする勇者候補……女神に愛された者たちと王連合軍との戦い」

 


 そこに……果たして、自分の出る幕があるのだろうか?

 

 

 戦う力に恵まれた者たちが繰り広げる戦争は猶も続く。途中、やはり多勢に無勢なのか、少し追い詰められる時間があったものの、サリスたちは見事にそれを切り抜け、むしろ軍勢を押し返しつつあった。

 

 「「「「「わあああああああああああああああああっっっ!!!」」」」」


 ここが勝負を仕掛けるタイミングとアンテレナは踏んだのだろう。開きっぱなしの基地正面門から、前衛関地にいた兵士たちが雄叫びを上げながら戦場へと突撃していく。

 

 そして、自軍兵士たちは特別編成隊の3人と合流し、彼らと協力しながら前線をどんどん押し上げていった。

 

 「…………これで、勝負はほぼ喫したな」

 

 見る見る自軍兵士たちに埋め尽くされていく戦場を見て、ミヤビは防衛戦の結末を悟る。

 東部周衛基地に所属するナイト級、およそ200人。それに3人の特別編成隊を加えた圧倒的少数軍団が、減ったとはいえ未だ3000人はいるであろう軍勢をいとも簡単に退けていく、不可思議な光景。

 しかし、それも当然と思える安心感が、今の自軍兵士たちからは感じられた。今回の戦いもまた、無事に終わった。そう、早くも実感できるほど。

 

 この情勢が覆る可能性があるとすれば、王が直接戦場に出てくるくらいである。そして、その可能性は限りなくゼロだろう。威力偵察に徹しているこの侵攻戦に、自軍が圧倒しているのならともかく、劣勢に追いやられているこの状況下で、リスクを負ってまで出陣しなければならない理由は全く無い。ある程度、こちらの戦力を削いだら撤退を開始するはずだ。

 

 「結局、俺の取り越し苦労だったな……。そりゃそうだわ。こんな選ばれし人間たちだけが参加できる戦争。俺みたいなノーナシに何ができるってんだ」

 

 言って、自ら落胆するミヤビ。先のエレフト山での事で、自分も出来ることがあると勘違いしてしまったのか。飽くまで、あれはレンヤが暴走したために起こってしまった事件であり、彼がアンテレナに管理されているこの戦争では、それも起こり得ない。

 

 「自惚うぬぼれ……たった一度、うまく事が運んだだけだろうが。基本的に俺に出来ることなんてねーんだよ。わきまえろバカタレが……」

 

 言葉にできない感情が胸中に渦巻き、ミヤビは窓枠を拳でドンと叩いた。

 右手に伝わる痛みを噛み締めて、少しだけ冷静になったミヤビはこれからの事を考え始める。

 

 「とにかく、もうここには用はねえ。とっとと戻るか……次に何かやらかしたら軍から追い出されるらしいからな。マルクたちに気付かれる前に工廠に……でも、どうやって戻る? 出た時みたいに窓から中に……で、いけるか? 他にもっと安全な方法は……」

 

 思い悩み、つい頭を下に垂らした時である。兵士たちに遅れて、正面門から出てきた作業員たちの姿をミヤビは捉えた。数人のナイト級に守られながら戦場に散らばっていく彼らは、サリスが倒した想生獣の死骸の元へとそれぞれ向かっていく。

 

 「あれは……そうか、モーシャスが言ってた捕獲班か。ああ、そうだ。あいつらに混じってくか。回収された想生獣の死骸は工廠に運ばれるはずだ。その機に乗じて工廠内に忍び込む……あれだけの作業員の数と、想生獣の大きさだ。運ぶのに夢中で、ひとり増えたとしても気付くヤツはいねえだろ」

 

 名案を閃き、ミヤビはパン! と両手を打ち鳴らした。

 

 

 その時である。

 ミヤビの視界を、空中を高速で駆けていく物体が横切った。

 


 「え?」

 

 一瞬しか映らなかったが、その影を誰が見間違えようか。

 

 正面門から突如として飛び出し、兵士が入り乱れる戦場の上空を通過して、その奥に控える王の元へとすっ飛んでいくあの後姿は――

 



 「………………レンヤ?」


 





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