第12話 案ずるより産むが易し
寮舎から出たミヤビは、司令本部の一階を歩いている2人組を見つけた。片方は眼鏡をかけた理知風な女性。大きな枕を抱いた白髪の小柄な男を連れて、どこかに向かっている。
「あれは……ウリタリア秘書官? それに、子ども? ……を連れて、こんな時にどこへ行こうとしてるんだ?」
この先に行っても、あるのは東部周衛基地の裏門だ。それは司令本部棟の一階奥に位置しており、現在、封鎖されている。それを司令官の補佐役であるウリタリアが知らないはずがない。
「何かあるのか……? 戦場とは真逆の方向に……もしかして、この基地から脱出しようとしているのか? でも、マルクのヤツは抜け道のことなんて一言も言ってなかった……上層部でも、一部の人間にしか知られてない? だから、ウリタリア秘書官が案内している?」
ミヤビは監視塔へ向かう予定を変更し、司令本部棟一階、爆弾を仕掛けた中央広場を抜けていく2人の後を追いかけた。
「仮にそうだとして……じゃあ、あの子どもは誰だ? 防衛戦の要である
だとしたら兵士?
しかし、この状況下で、兵士1人を域内に逃がす理由が思い付かない。むしろ、今は少しでも戦力が欲しい時局だ。
それを差し置いてまで、避難させたい兵士がいるとしたら……。
「……もしかして、あいつがマルクの言ってたシングルか?」
先刻、モニターに映し出された、想生獣の群れが片っ端から吹っ飛ばされる映像。それを行ったのは十中八九、シングルだろう。そこまでが下された指令だったのか、それとも王による攻撃を受けて戦闘を継続できなくなったのか。いずれにせよ、お役御免となり、ウリタリアに連れられて帰路の途についている――。
「あり得るな。シングルはフロンズ聖伐軍にとって重大な戦力。そもそも、周衛基地の防衛のために出動させられること自体、かなりの異例だ。ある程度の役割を果たしたらフロントーラに戻る……そう、事前に決められていてもおかしくない」
ミヤビが考察している間に通路に入り込んだ2人は、その途中にある部屋に入っていった。そこは、古びた鎧や埃かぶった調度品が所狭しと並ぶ倉庫らしき一室。その奥、壁沿いに置かれた本棚へとウリタリアは歩み寄る。
八つある段の全てにみっちりと本が詰められた本棚。そのうち、二段目の赤い本、四段目の青い本、五段目の赤い本と緑の本、七段目の白い本を深く押し込み、壁に飾られた鹿の剥製の角をレバーのように下に倒した。
直後、壁の一部がせり上がり、ランタンに照らされる一本の通路が出現する。
「この通路を進めば外に出ることができます。すでに部下が乗った車が門前に待機しておりますので」
「ふぁ~い、分かりましたぁ。案内ありがとぅごじゃいますぅ~」
眠たそうに眼をこすりながら白髪の男はお辞儀をし、ふらついた足取りで通路を歩き出した。そんな彼の背中は、下りてくる壁に消えていく。
「やはり、抜け道があったのか……これは覚えておいた方がいいな。もしものために……」
その様子をドアの隙間から覗き見ていたミヤビは、ウリタリアが動き出す前に足早で来た道を引き返していった。
そうして再び外に出たミヤビは、本来の目的のために走り出す。目指すは最寄りである左監視塔。なるべく人目に付きづらいルートを選びながら、基地の端へと急ぐ。
基地の壁の向こうからは、鼓膜を震わせる爆音に大勢の悲鳴と怒号が上がっていた。あの2人を追跡している間に、アンテレナが用意したナイト級ら特別編成隊が王の軍勢と衝突したのだ。その人員や規模、目的は知れないが、防衛戦は明らかに激戦の一途を辿っている。
(こっちもウカウカしてられねえ! 早く監視塔に向かわねえと!)
目前の戦火に
その一方で、監視塔付近はやけに人の気配が乏しかった。それを不審に思いながらもミヤビは塔の入り口まで駆けつけ、しかしただちに塔内に入ることはせず、胸に手を当てて深呼吸を始める。
「大丈夫だ……俺が拒まれる要素は、たぶん無い。慌てるな、堂々としろ。ビクビクしてたら怪しまれる。むしろ、手伝いに来てやった。そのくらいの気概で行け」
自分に言い聞かせながら呼吸を整え、一抹の不安と興奮が心の水面に沈んだのを自覚した後、ミヤビは鉄製のドアを開けた。
「失礼しま! ……す?」
内部は、派遣された多くのルーク級でごった返している……ミヤビはそう予想していた。
しかし、実際は人っ子ひとりいない。螺旋階段を導く空間にミヤビの声が木霊していくのみである。
そして、その残響音に誘われるように、1人の中年男性が螺旋階段を下りてきた。
「おーう。誰だお前はー?」
一階まで下りた男性は、
「は、はい。自分は中央司令基地から派遣されたルーク級であります! 東部周衛基地の緊急時に際して、皆様の加勢をしに参りました!」
軍人然と敬礼をし、ハキハキと応えるミヤビ。異常なほど人がいない塔内、という予想外の出来事に頭の中が真っ白になった――ところでの出会いである。事前に考えていた受け答えのセリフなど軽く消え去り、口から出まかせで放った言葉は妙に仰々しく、不自然だ。
――まずいな。不信感を持たれてしまったか……?
帽子のつばの下で、ミヤビは僅かに目を細める。
「おお、手伝いに来てくれたのか! そいつは助かる! 早速だが、ちょっと手を貸してくれ!」
しかし、ミヤビの危惧に反して、男性はすんなりと喜色を浮かべた。そして、ミヤビを手招きしながら反転し、階段を上り始める。
「はい! お供します!」
少しは怪しんでもいいだろうに。上手く事が転がってホッとする傍ら、拍子抜けのような気持ちになりながら、ミヤビは男性の後に続いて螺旋階段を上がっていった。
監視塔は三構造で成り立っている。屋上に当たる展望室、
モーシャスという男が入ったのは機械室。監視用アルニマを始めとする、監視塔の全設備を管理するための部屋だ。
「どうしてこの塔には人がいないんですか?」
モーシャスに誘われて機械室に入ったミヤビは、彼を追いかけながら問う。
「さっきまではたくさんいたんだがな。王の攻撃で監視塔の機器の大半がイかれちまって、しょーがねえから他に回されたんだよ」
「ああ、さっきの衝撃波みたいなヤツですね。でも、いくらなんでも人がいなさすぎませんか」
「監視塔の役割は、基地周辺の監視と警戒だからなぁ。それが不能になったらやる事はなくなるって。今は必要最低限の人間だけ残して、あとはみんな関地の捕獲班に加勢に行ったよ」
「捕獲班?」
「そうだ」と頷くモーシャス。
「王連合軍によるフロントーラ侵攻は、人類のピンチではあるけど、アルニマの素材を大量入手できるチャンスでもあるからな。戦況を見て、余裕があればルーク級が戦場に出て想生獣の回収を行うんだ」
「戦争が終わった後ではダメなんですか?」
「へっ。そんな後じゃあ、戦争の余波で全て黒焦げかミンチになってるぜ。ちゃんとしたモンが欲しいなら、なるべく早い段階で回収するしかないんだ。だから捕獲班には特に人手がいるんだよ」
「なるほど……それじゃあ、モーシャスさんはここで何を?」
「ん? ああ、せめて監視用アルニマだけでも再起動できねえか、と上から注文があってな」
たくさんのコードが走る狭い通路を歩いていたモーシャスが、不意に足を止め
る。
そこは、機械室奥に造られた作業部屋。その中心に位置する台には、恐らく監視用アルニマの本体だろう、半壊状態の機器が置かれており、その周りの床にはたくさんの大小さまざまな
モーシャスはその機器に近づき、それをこつんと右手で叩く。
「そんなわけで、おれはここでこいつと悪戦苦闘してるわけだ」
「1人でですか?」
「ああ。上の連中もダメ元で言ったんだろうぜ。実際、一日やそこらでどーにかなるほどの損傷具合じゃねーし。まっ、戦況は展望室にいる2人が目視による状況説明で伝えているから、問題は無いんだがな。ただ、できるなら映像で……その目で見たい、ってことなんだろう」
そう説明したモーシャスは、そこでミヤビをジッと見据えた。
「ところで、お前、名前はなんてーだ?」
「名前ですか?」
「そーだよ。誰にだってあんだろ、名前。これから一緒に作業するんだ。名前を知ってなきゃ不便だろ」
「あー……そう、ですねぇ……」
ミヤビは返答に困る。外見を誤魔化すことばかり考えて、名前まで考えが回ってなかった。
さて、どうするか。ここで正直にルナサノミヤビと名乗っては、帽子を被ってきた意味が無い。「ルナサ」や「ミヤビ」など、一部だけを使う手もあるが、そこから本名がバレる危険性もある。なにか全く別の名前でやり過ごすのが賢明だろう。
「み、ミコトです」
そうした懊悩の末、ミヤビは咄嗟に思い付いた名前をモーシャスに伝えた。
「ミコト、か。良い名前だな。それじゃあ、ミコト。おれぁ今から、故障したパーツの替えを取ってくっからよぉ。お前はこの設計図に書かれている必要なパーツをこっから選んで、纏めといてくれねえか? ついでに汚れや
「分かりました」
「頼んだぜ」と言って、モーシャスは機械室から出ていった。
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