第11話 髪を隠すだけで雰囲気は変わる



 ミヤビが工廠からでた直後、その声は降り注いできた。

 

 「総員傾聴けいちょう!」

 

 司令本部の屋上。凹凸が連続する胸壁きょうへきの上にアンテレナの姿があった。今の声は彼女のものか。その隣には案の定、レンヤもいた。

 

 「只今ただいま、王陣営の敵騎てっき総突撃が確認された! その兵力、およそ5000! これに対処すべく、中央司令基地より派遣されたナイト級らで結成されし特別編成隊を出動させる! 当該の者はただちに正面門へ! 他の者はそのまま待機し、次の戦いに備えよ!」

 

 アンテレナは前衛関地に集まるナイト級たちを見下ろし、基地内に声を響かせる。いよいよ戦争は兵士同士による白兵戦に展開していくようだ。静かに戦いの時を待っていた関地が、にわかに慌ただしくなってきた。

 

 それを受けて、ミヤビは急いで近くにある軍人用寮舎へと駆けていった。人の流動が激しくなり、このままでは見つかってしまうと思ったからだ。ひとまず人目のつかない場所に移動しなければならない。この緊急時に、寮舎に用事がある者などまずいないだろう。

 

 ミヤビの考えは正しく、寮舎内は無人だった。念には念を入れて、一階奥の浴場前脱衣所まで歩を進め、そこでようやく一息つく。

 

 「……ふぅ。さて、これからどうする?」

 

 脱衣所中央のベンチに腰掛け、薄暗い闇の中で思案を始めるミヤビ。

 

 ミヤビの目的はレンヤをサポートすること。この状況下で、自分がレンヤのためにできることは何か?

 

 「それはつまり、今回の防衛戦の目的ゴールと同義。すなわち、基地を死守し、王連合軍を退けること。じゃあ、この戦いにおけるレンヤの役割はなんだ?」

 

 先ほども考えたように、レンヤが前線に出ることは無いだろう。彼の能力は規模が大きいため見境みさかいが無く、敵味方が入り乱れる戦場では活躍しづらい。恐らく、基地防衛の守護神として、関地内に侵入してきた敵を待ち構える算段だ。アンテレナと共に屋上にいたことから、それは間違いない。

 

 「それ故に、アンテレナもこの基地内に残るはずだ。レンヤに指示を出す人間が傍についていなきゃならない。だったら、俺は必要ないか? レンヤの傍にアンテレナがいるなら……しかし、エレフト山での事もあるからなぁ……」

 

 一か月前のエレフト山野営訓練。近隣住民の連続失踪事件を調べるために組織された調査隊を率いていたアンテレナにレンヤの管理を願ったが、彼女はピギーボアの群れとの戦闘で負傷し、そのせいでレンヤが野放しになった結果、タイタンボアを暴走させる事態になってしまった。

 

 無論、悪いのは軽率な行動を取ったレンヤであり、アンテレナを非難するのはお門違いではあるが。


 「アンテレナが傍にいる……それだけで完全に安心できるわけじゃないもんなぁ」

 

 眉間にしわを寄せ、両手を組み、ミヤビは頭をもたげて考え込む。

 

 しばらくそうやってうなった後、思い出したかのように頭を上げた。

 

 「ええいっ。情報が無い以上、ここでうんうん悩んでもらちが明かん。そもそも、俺がこうして出てきたのは、工廠内に引き籠ってたら何の情報も得られないからだ。とりあえず、まずは情報収集を第一にしよう」

 

 自分にそう言い聞かせたミヤビは、ベンチから立ち上がって脱衣所内をぐるぐる歩き回り始めた。そんな単純作業は、ミヤビをより思考の深淵しんえんへと導いていく。

 

 「情報収集……戦況を誰よりも把握できる場所……例えば、高い場所。司令本部の屋上……は、レンヤたちがいるからダメだ。となれば、残るは監視塔しかない。基地の左右に位置する、基地周辺を監視するための塔」

 

 廃品回収係として基地内の至る所を回った経験から、ミヤビは東部周衛基地の内情をほぼ正確に把握していた。監視塔の設計と業務内容もまた、しかりである。

 

 塔内には常に3人以上が駐在。1人が塔の半ばにある機械室で監視用アルニマを始めとする塔の様々な機器を管理し、もう2人が塔上部の展望室から周囲を監視する。

 

 そして、戦時中の現在、そこには通常業務時よりも多くの人間が動員されていた。戦況を見極める『目』の役割を果たす監視塔は、それほどこの基地によって重要な施設なのである。

 

 「だから、部外者の俺が行ったところで中には入れないか。手伝いに来た、とか言っても門前払いを喰らうだけ………………いや、逆にアリか? それ」

 

 愚痴っぽく呟いていた、何気ない言葉の羅列。しかし、ミヤビはそこに可能性を見る。

 

 「…………いける、か? この状況下だ、人手があって困らないはず。協力を申し出てきた人間を追っ払う理由は……無い、はずだ。俺は中央司令基地の人間だが、人手が足りない場合は加勢に行く、とマルクも言っていたし。俺が向かうことに不自然は無い、よな?」

 

 それでも、もし、監視塔の作業員たちがミヤビを拒むとしたら、それはどんな理由だろう?

 

 「……懸念があるとすれば、、ということくらいか……」

 

 東部周衛基地で勤務したこの数日で、同僚たちからミヤビの悪評を聞いている者も少なからず存在しているはずだ。その人間がいた場合、それを根拠に拒まれるかもしれない。

 

 「変装……とまではいかなくても、少しは外見を工夫する必要があるな……」

 

 ルーク級の作業服は、中央司令基地でも東部周衛基地でも基本的に同じだ。相違点と言えば、胸に刺繍された所属する基地名くらいだろう。他の作業員の中に混じっていても、違和感を持たれることはあるまい。

 

 問題は顔だ。

 何か都合よく顔を隠せるものがあればいいのだが。

 

 「しかし、あからさまに顔を隠すと相手に不信感を抱かせてしまう。何か……顔をなるべく見られないような。それでいて、普段から身に付けていても不思議じゃない物は……」


 ブツブツ言いながら脱衣所を徘徊していたミヤビは、ふと、入り口横の壁際に設置された落とし物入れの棚に目を留める。

 

 そこには、誰かが落としたのだろうか。作業員用の帽子が入っていた。

 

 「……これならいけるか?」

 

 それを手に取り、深く被りつつ鏡の前に移動する。そして、顔を上下左右に動かしながら帽子の位置を少しずつ修正していくミヤビ。

 

 「……うん。髪を中に入れて、俯き加減でつばで顔を隠すようにすれば……いけるな。よし、これでいこう」

 

 最後に鏡の中にいる自分に頷いてから、ミヤビは脱衣所を出ていった。

 

 

 

 

 

 

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