第10話 行動開始



 工廠の壁をビリビリと震わせる大勢のときの声。基地内の兵士たちの雄叫びだろう。

 

 「う、わ。ついに始まるんだ、戦争が」

 「やっべ。おれ、ちょ、鳥肌が止まんない。マジやべー」

 「だい、じょうぶだよなぁ? ナイト級、勝ってくれるよな? おれたち死なないよなぁ?」

 「大丈夫だって! 工廠長が言ったことを信じろよ。アンナ様もいるんだし、きっと王連合軍なんて追い払ってくれるさ!」

 

 まるで互いの体温で暖を取る小動物のように、一か所に集まる若いルーク級の作業員たち。初めての戦争で、まだ現実味を感じていないのか。緊張の面持ちながらも、皆で励まし合う様はどこか楽しげだ。

 

 一方、若者たちとは離れた場所でたむろしているベテランの中年作業員たちは、至極、平然とタバコをふかしている。さすがの年の功というべきか。そのうち、グウェンという男が煙を吐き出しながらマルクに言った。

 

 「んでよ、工廠長。今回のいくさに勝機はあんのかい? アンタ、会議に出てたんだろ? ナイト級はどんな作戦で王連合軍と戦うって?」

 「ああ。グウェンさん。なんでも、まずは中央司令基地から招集したナイト級をぶつけるらしいよ。今日のためにシングルを送り出した、っていうんだから、上層部も本気さ。きっと勝ってくれるはずだよ」

 「聞いたかよ! シングルが来てくれてんだってよ!」

 「やったぁ! アンナ様にレンヤくん! しかもナイト級のシングルまで来てくれたら怖いものなしでしょ!」

 「へへっ、こうしちゃいられねえや!」

 

 マルクとグウェンの会話を聞いていた若者たちが一斉に騒ぎ出す。その熱量に浮かされるように、1人の青年が持っていた作業袋に手を突っ込んで物色を始めた。

 そうして取り出したのは、モニターが付いた小さな機器である。

 

 「おい、なんだよそりゃ?」

 「受信機だよ。この基地には監視塔ってのが左右に建てられてんだ。基地周辺の様子を確かめるための塔な。そこには監視用のアルニマが装備されていて、その映像は司令本部の作戦会議室と中央司令基地に発信されてんだよ」

 「へー、それで戦場の状況をウォッチできるってわけか……って、まさかそのモニター?」

 「ピンポーン。監視塔担当のヤツと仲良くなってさー。戦場の映像をこっちに都合してくれるってー。これ、そのための受信機。まあ、携帯用だから画質は悪いけど、外の様子を確認するくらいにゃあこれでもいいっしょー」

 

 そう答えながら、青年は受信機のスイッチを入れる。途端にモニターを染める砂嵐。だが、それは次第に薄れていき、しばらくして地平線を埋め尽くす大量の想生獣の映像が浮かび上がってきた。

 

 「うおおっ! すげえ量の想生獣! こんなの見たことねえ?!」

 「しかも、ほとんどが原種とか第二世代じゃない? え? これ、本当にこの基地の人たちだけでどーにかできんの?」

 「ちょ、見えない見えない。想生獣ってなに? どんだけの数?」

 「押すなってー。潰れるからマジでー!」

 「痛い痛いっ。誰か足ふんでる! ちょっとどいてー!」

 「こらこら! こんな所で暴れるな! 皆さんの迷惑になるだろう!」

 

 モニターを持つ青年に群がっていく若者たち。その押し合いへし合いはちょっとしたパニックであり、マルクたちが慌てて止めに入らなければ、最悪、死人がでてしまいかねない騒ぎだった。

 

 その騒動を笑いながら見ていた老年の現地のルーク級作業員が、混雑から解放された青年に声を掛ける。

 

 「おっ、だったらよ坊主。その受信機とここにあるモニターを繋げっか? けっこうデケェのがあっからよ。そしたら全員、見ることができるだろ」

 「マジっすか! お願いします!」

 「おっしゃ。すぐに持ってくっから待ってろー」

 

 男は老体とは思えない軽やかな調子で工廠奥へと走っていく。間も無く、彼が台車で運んできた大型モニターを、作業員たちが協力して作業台を二段重ねて作った台の上に置き、それと受信機を専用のケーブルで繋いでいった。

 

 何度かの試行錯誤の末、無事、受信機の映像を大型モニターに映すことに彼らは成功する。

 

 「おおー! すげー、これが外の映像かー」

 「ってか、やべーじゃん! なにあの想生獣の数!」

 「げえっ、しかも一斉に走り出した! あんなの止めようがないじゃん! やばいって!」

 

 モニターに流れる絶望の光景に、全員が一斉に悲鳴を上げる。

 


 その瞬間、基地全体を揺り動かす地響きが発生した!



 「「「「「わあっ?!」」」」」

 

 それとリンクしてモニターに映る基地前の大地が隆起し、津波のように激しく唸って想生獣の行進を吹き飛ばした。

 

 「「「「「おおおおおおお――――――っっっ!!!」」」」」

 

 「すっっっげえ!! なんじゃ今の?! ナイト級の仕業か?!」

 「絶対そうだよ! レンヤくんとかがやってくれたんだよきっと!」

 「うおあー! あの巨体が鼻くそみてーにどんどん吹っ飛んでいきやがる! ははっ、こいつぁ爽快だぜえ!!」

 「あっ、見て! また画面になんか映ったよ!」

 

 少女がモニターを指差し、仲間同士で肩を組みながら盛り上がっていた作業員たちは再びモニターに注目する。

 画面端から現れたのは、空を覆い尽くさんばかりの巨大な人間の上半身。発生源の不明なそれが空を飛ぶ怪鳥の群れをはたき落としながら、敵の陣営へと突っ込んでいく、まるで夢物語のような映像。

 

 「すっげええええ!! あれってもしかしてシングルの力か?!」

 「なんだっていいよ! とにかくやっちゃえー! そのまま王をぶっ倒せーっ!」

 

 意味が分からずとも、次々と馬鹿でかい怪鳥が何をできずに墜とされていく光景に歓喜し、作業員たちはより一層の快哉かいさいを上げた――その時である。

 

 

 「きゃああああっ?!」「ひいいっ?!」

 


 寒波がごとき凍てついた風が、突然、全員を襲いかかった。

 

 そう、建物の壁を貫き、中にいる人間の体の芯まで凍えさせる、音無き衝撃。感覚で分かる、マギナの大量放出によって生まれた波動だと。

 

 「な、なんだ今の……」

 「……うえっ?! ちょ、モニター?!」

 「え? ああっ、何も映ってないぞ!」

 

 沸き立つ大勢の熱気を一瞬でかっさらったマギナの波動は、交信にも障害を与えたようだ。モニターの画面には再び砂嵐が発生し、作業員が受信機やモニターを弄るが全く改善の様相を見せなかった。

 

 「ん~……こっちに別段、損傷や不具合は見つからねーなぁ。ってことは、アレだ。多分、今の衝撃で監視塔の発信機が故障しちまったんだろ」

 「え~~~~。そんなぁ~~……」

 「くっそぉ、これじゃあどっちが勝ってんのか分からねえじゃねーかよぉ」

 「あーあぁ、せっかく面白くなってきたのになー」

 

 作業員たちは口々に不満を垂れる。だが、そこに絶望感や焦燥感は含まれていない。想生獣の群れを圧倒する先ほどの光景を目にして、自分たちの置かれている立場を忘れてしまったのか。


 

 しかし、たった1人、この現状に危機感を燃やしている男がいた。

 


 砂嵐を流し続けるモニターを未練にも見つめ続ける集団。それを離れた場所から眺めているミヤビである。

 

 (今の衝撃はマギナによるもの……それがここまで届く、ってのは、膨大な量のマギナがあって初めてできる芸当。間違いなく王によるものだ)

 

 集団に背を向け、歩きながら考えを深めていく。 


 (定石じょうせきで考えれば、陣営の長たる王は軍勢の一番奥にいるはず。その王が、こちらに攻撃をしてくる事態…………それは多分、画面に映った空を覆い尽くす男による攻撃。それが直接、王を狙い、王はマギナの大量放出によってそれを防いだんだ)


 

 (恐らく、その攻撃はシングルによるものだろう。大地を操作し、あれほどの巨人を出現させるほどの能力……それと、アンテレナが呼んだ2人のトップランカーが第一陣として前線に出る。じゃあ、レンヤはどう動く?)


 

 (……俺がアンテレナの立場だったら、ヤツをまだ前線には送らない。少なくとも1人にはさせない。自分の目が届く場所にヤツを置くはずだ。単独行動をさせるには、あいつはあまりに危なっかしすぎる。誰かが手綱を握ってなきゃならない。それはアンテレナも理解しているはずだ。つまり、レンヤはまだこの基地内にいる。アンテレナと一緒に……おそらく、屋上に)


 

 (フィオも戦場に出ることはないだろう。安全な場所でサポートに徹する役回りのはずだ。つまり、フィオもレンヤもまだこの基地にいる。ただ、これからの戦況次第ではどう動くことになるかは分からない……)


 足を止めて、ミヤビはモニターに視線を戻す。

 画面には未だに砂嵐が吹き荒れている。

 

 (いずれにせよ、状況が知れなくなったのは痛い。今後のことも含めて、今のうちに行動を起こしておくべきか)


 集団は未だにモニターを諦めきれない様子だった。しかし、ちらほらとモニターから離れて、雑談にふける者も出始めている。このまま各自が自由に行動を始めれば、いざという時、動き出すきっかけを見つけにくくなってしまうだろう。

 

 ――そうなる前に、先んじて行動しておくべきか。

 

 

 ミヤビは、砂嵐のモニターを見つめる集団に背を向け、近くの個室の中に忍び込む。

 そして、そこにある窓から外に出ていった。







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