第二章 エレフト山 野営訓練編

第1話 野営訓練の朝



 翌日。登山用の装備を着用したミヤビが予定の時間通りにグラウンドに着いた時には、すでに大勢のルーク級がそこに集まっていた。グラウンド前に並んでいるトラックにテントなどの様々な機材を総出で詰め込んでおり、それがちょうど完了した頃である。

 

 ミヤビからすればマルクの指示に従って来ただけなのだ。しかし、今まで作業していた者たちからすれば、今さらノコノコとやってきた、としか思えないだろう。ミヤビを睨み付ける彼らの視線は、ひどく冷たい。

 

 さて、どうしたものか。

 ミヤビが悩んでいると、トラックの前で指揮を執っていたマルクがこちらに気付いたようだ。早足で近寄ってくる。

 

 「遅いぞミヤビ! 昨日、8時に集合と伝えておいたはずじゃないか! まったく、キミから参加したいと言ったんだぞ! 言ったからにはちゃんと責任を持たないとダメじゃないか!」

 

 と、頭ごなしにミヤビを叱りつけるマルク。

 その瞬間、ミヤビはすぐに理解した。ああ、

 

 「申し訳ありません。寝坊しました」

 「寝坊だって? はぁ……しょうがないヤツだな。いいか? オレに迷惑をかけるくらいならまだいいさ。オレが尻を拭えばいいだけだからな。でも、今日みたいに集団で活動する時はちゃんとしないといけない。なぜなら、1人の無責任な行動によって他の人たちが迷惑するからだ。いつもそう言っているだろう?」

 「はい。すみませんでした」

 

 ミヤビが素直に頭を下げると、マルクは満足げに笑いながらミヤビをさとす。そのあべこべの言動を後ろの集団が知ることは無い。

 

 「もーいいっすよ、工廠長。亡霊にいくら言っても無駄ですって」

 「そーそー。根性ひん曲がってんすからそいつ。どーせ今も、うるせぇ、とかしか思ってませんよ」

 

 その時、2人の会話に別の声が割り込んできた。声の主は集団の中にいる男たちだ。

 

 「ってゆうか、来るタイミング完璧だったしな。実はもう来てて、積み込み作業したくねーから物陰に隠れてたんじゃねーの?」

 

 男たちはミヤビに歩み寄り、にやけた顔を近づける。しかし、その瞳は挑発的にギラついていた。

 

 「おいおい。それはいくらなんでも邪推しすぎだよ。ミヤビもそこまで最低な男じゃないさ」

 「いやいや、ありえますって。作業が終わるのをどこかでこっそり覗いてたんですよ。それこそ『亡霊』のように」

 「あははっ。うまいこと言ってらー」

 「やめないか。人をそんな渾名あだなでバカにするような真似は。みんなも笑わないように」

 「はーい。ごめんなさーい」

 「もぉー。工廠長やさしすぎですよー。ホント、人が良いんだからー」

 

 いつしかマルクの周りには人が集まり、ミヤビへの悪口をさかなに彼を褒め称える。マルクはそれを注意しているが、満更でもないのはにやけた表情から丸わかりだった。

 

 マルクは度々、このような自作自演でミヤビをおとしめることをする。それは、おそらく彼自身の趣味でもあるだろうが、第一は自身への悪い印象を払拭させるためだ。


 マルクにとってミヤビは自分の仕事を押し付けられる都合の良い人材だが、他の作業員はできるだけ関わりたくない存在でしかない。その負の感情は、たとえ人手不足という明確な理由を根拠にしても解消させることは叶わず、不満はやがてマルクにも向けられるようになる。それを解消させるために行う、いわゆるがこの自作自演なのだ。

 

 わざとミヤビにミスをさせ、集団で笑い物にする。そうすることで日頃の鬱憤が少しは晴れ、さらに仲間同士の連帯感を強めることができる。ついでに、ミヤビを庇うことで性格の良さをアピールすることも忘れない。自身の体裁を保つためのマルクの悪知恵である。

 

 「さあ、お喋りはここまでだ。みんなトラックに乗って! 出発するぞ!」

 

 そうしてまんまとミヤビをおとしいれたマルクは、頃合いを見計らってパンパンと手を叩き、全員を移送用のトラックへ促していく。ミヤビをさんざん嘲笑した集団は楽しげな雰囲気を継続したまま、並ぶトラックに次々と乗り込んでいった。

 

 「はぁ……」

 

 溜息をついて、ミヤビは最後のトラックに向かうためにとぼとぼと歩き出した。

 

 

 

 

 

 それから約一時間を掛けて、トラックが停まったのは大きな山の麓。


 エレフト山。明日、訓練生が野営訓練に挑む舞台だ。

 

 トラックから降りたルーク級は、山道前のスペースにいくつか設営されたテントのうち、ホワイトボードとパイプ椅子が並んだ作戦本部らしきテント内に集められる。

 

 そして、ホワイトボードの前に立ったマルクが、パイプ椅子に着座する集団を見渡してから切り出した。

 

 「それじゃあ、今回のオレたちの仕事内容を説明する。動体検知器をエレフト山の各ポイントに設置することだ」

 「なんで山の中に? 普通、建物の中に設置するものじゃないんですか?」

 

 挙手をした作業員から至って真っ当な質問が送られる。マルクは頷き、答えた。


 「普通の動体検知器はな。だが、この『ペンタマス』は野外用の監視機器なんだ」

 

 マルクは手に持つ小さな巾着から取り出した黒い立方体を皆に見せ付ける。大きさはキューブを一回り小さくしたくらいか。ついでに、先端が鋭い棒状の機材も取り出し、二つを前に掲げた。


 「ペンタマスから送られる情報はこの『パルボラ』に集積され、さらにここ本部に送られてくる。まずはパルボラを指定の場所に差し込み、それを中心にして五つのペンタマスを設置するんだ。通信距離は約30~50メートル。通信状態であればペンタマスのランプが緑に点灯するから、それを確認しつつ、なるべく見晴らしの良いところに設置していってくれ。分かったかな?」

 

 マルクの確認に全員が「はい」と答える。マルクは頷き、山の全容が描かれた用紙の束を取り出した。

 

 「では、これからチーム編成と設置する各ポイントの地図を配布する。今朝にも説明したが、この作業はここエレフト山での連続失踪事件を調査するためのものだ。なので、安全性を考慮して、単独での登山ではなくチームで作業してもらう。また、アンテレナ様からのご厚意で護衛用のナイト級も派遣してもらった。すでにそれぞれの入山地点に待機してもらっているので、地図を受け取ったら速やかに向かうように」

 「うぇー。チームっすかー? ってことは、人員が割かれるんすよねー? 頂上を担当するチームって今日中じゃ終わらないんじゃ……」

 「はは。安心して。頂上付近はオレとアンドラとマハト、そしてミヤビのチームでやるから。キミたちは近場をやってくれればいい。どんなヤツがうろついているか分からない山の中で、最も危険な場所を大切な部下たちにやらせるわけにはいかないからね」

 「うおーっ。さすがマルク工廠長!」「かっこいいー!」「アンドラ先輩とマハト先輩もありがとうございますっ」「ってか、亡霊も一緒かよ」「まあ、工廠長くらいじゃないとあのクズは扱いきれねえからな。足引っ張んなよ、マジで」

 

 テント内に沸き起こる喝采と、ミヤビへの罵詈雑言。両手を緩く振るうことでそれらを宥め、マルクは話を結ぶ。

 

 「設置し終えたチームは下山し、後は宿泊用のテントで待機。帰還予定は明日の夕方くらいになるだろう。では、今からチーム編成を発表するから、呼ばれた者は前に出てくるように――」


 そして、順に呼ばれた5人はマルクから地図を受け取り、テントから出ていく。その工程が数回、繰り返され、テント内に残ったのはミヤビと、マルクら3人。

 

 「おらよ」

 

 最後の人が出ていって間も無く、それまでの笑顔を消したマルクは数組のペンタマスとパルボラをミヤビに放り投げた。

 

 「それ、全部やっとけよ」

 「……はい」

 

 分かっていたことである。この男が人前で良い顔をする時は、必ずミヤビにそのしわ寄せが来ることになると。

 

 「へへ。よーやく皆いなくなったな」

 「ああ。これでおれたちゃ明日まで自由だ。んじゃあ、早く行こうぜ。おれぁこの日をずっと待ってたんだよ」

 「そー焦るなって。あんま急いだらあいつらに見つかっちまうぞ?」

 「でもよー、明日はおれたちの調査報告を聞くためにアンナが先乗りしてくんだろー? 向こうで長居できないってわけじゃん、つまり。じゃあ早く行かねえと」

 「あーあー、分かった分かった。モテねえ男は必死だな。ってなわけで、亡霊。明日、訓練生が来る前に終わらせとけよ? 待ってるナイト級はうまく誤魔化しとけな。バレんじゃねーぞ? バレたらお前、後が酷いからな?」

 「はい。分かりました」

 

 頭を下げるミヤビに嫌らしい笑みを浮かべ、マルクたちは揚々とテントから出ていった。彼らが向かう先は、なんとなく想像がつく。

 このエレフト山は動植物に恵まれた土地であり、その恩恵を求めて周囲にはいくつかの村が点在している。その中には歓楽地として発展したところもある。そこには、いわゆるも設けられているだろう。

 

 完全なる就業時間内での私的行為。本来なら糾弾されるべき業務違反だが、それを監督すべき者が犯しているのだから救いようがない。


 ミヤビは渡された動体検知器一式をリュックサックに詰めると、それを背負って席を立ち、外に向かった。

 

 先にった同業者たちは、待機しているナイト級と合流してすでに山に入ったらしく、テントの周りには誰もいなかった。ミヤビは動体検知器一式の中に混じっていた地図を頼りに、自身の集合地へと足を急がせる。果たして、そこには1人の男が立っていた。


 中肉中背の、大して覇気を感じない、ナイト級にしてはいささか心許ない雰囲気を纏う男。その人はミヤビを見つけると、ギロリと目を鋭くした。


 「遅いぞ! いつまで待たせる気だ?! 僕を誰だと思っている?! あのライゼン=リージャマタが率いる烈火の騎士団の1人、アレク=エルストだぞ! ルーク級ごときがなんたる無礼だ!」

 

 うわ、地雷だ。

 会うや否や怒鳴りつけてくる男を見て、ミヤビは内心、嘆息した。

 

 王連合軍の侵略に対抗するために人類が結成したフロンズ聖伐軍。しかし、その大きな枠組みの中にも派閥が存在する。派閥のトップは各世界の勇者候補やソラリハで、要するに長である勇者候補をサティルフとして支持する団体のことだ。

 それら派閥は『騎士団』という組織単位で表されており、『烈火の騎士団』、『水月の騎士団』、『風雅の騎士団』の三大派閥が現在のフロンズ聖伐軍の大勢を占めている。ナイト級の任務はこれら三つの騎士団でこなされているのだ。

 

 フロンズ聖伐軍の本拠地である中央司令基地には、勇者候補やソラリハを始めとする優秀な兵士が在籍している。しかし、その中には明らかに能力に見合っていない者も少数、いる。その存在理由は、曲者くせものだらけの騎士団内での活動を円満にするための潤滑油であり、早い話がミヤビと同じく〝割を食う者〟というわけだ。


 このアレクという男は烈火の騎士団における〝その人〟なのだろう。普通、戦場に出る者はアルニマに触れる機会が多く、その重要性を知るからこそルーク級との関りを大切にする。

 それを、こうも高圧的な態度を取るということは、彼の出撃経験の乏しさを示す何よりの証拠だ。その鬱屈を自分より地位が下の者にぶつけているに過ぎない。自身に誇るものが無いから『烈火の騎士団』という豪華な看板を振り翳して。

 

 まあ、だからこそ、大きな山の頂上で作業するチームの護衛、なんていう面倒な役を押し付けられたのだろうが。

 

 「まったく……というか、他のヤツらはどうした? ルーク級はチームで行動するんじゃなかったのか?」

 「ああ……すみません。チームじゃなくて俺ひとりです」

 「1人だと?! ふざけるな!」

 

 きょろきょろと辺りに視線を飛ばしていたアレクは、ミヤビの返答を聞いて激高した。

 

 「今回の指令はルーク級の護衛だ! それはルーク級の作業が完了し、下山するまで続けられる! ただでさえ山の頂上まで向かうというのに、お前1人でやっていたら日が暮れてしまうだろう! まさかこの僕に野宿しろとでもいうのか?!」

 「すみません……あの、俺以外のチームメイトが全員、体調を崩しまして……」

 「それはお前らの体調管理がなっていないからでこちらには関係ない! とにかく! 事前説明と明らかに齟齬そごがある以上、僕はこの任務から降ろさせてもらう! いいか! 責任は全てお前たちにあるんだからな!」

 「……はい。分かりました。申し訳ありませんでした」

 「ふんっ。この件は工廠長に伝えておくからな! 覚悟しておけ!」


 その工廠長が元凶なのだが。

 

 当然、そんなこと言えるはずもなく、いかり肩で歩き去っていくアレクをミヤビは低頭したまま見送った。

 やがて、彼がテント内に消えてからゆっくりと体を起こす。

 

 「…………まあ、一緒にいられても気まずいだけだしな」

 

 負け惜しみか、自分への慰めか。一つの言葉を零して、ミヤビは振り返った。

 

 目の前にあるのは、鬱蒼とした森の中にぽっかりと開いた闇の入り口。ミヤビはリュックサックを背負い直すと、太陽の光がほとんど差し込まない樹海へと足を踏み入れた。


 

 




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