第4話 みんなに優しい工廠長



 「いつも言ってんだろ? オレに迷惑をかけるなって。お前みたいなゴミがこの工廠にいられんのはオレのおかげだってこと忘れんなよ?」

 「……はい」

 

 倒れたミヤビを冷たく見下ろし、マルクは吐き捨てるように言う。


 懐の広さに定評があるマルクだが、その実、非常に短気である。少しでも思い通りにならないことがあれば癇癪かんしゃくを起こし、全ての責任を周囲に押し付ける。そこに相手の都合や事情などおもんぱかるような優しさは一切、無い。

 

 そんな子どものまま大人になったような人間なのである。僅かな時間でも待たせてしまうと、間違いなくいびり倒されることになるだろう。そう思い、すぐに行動したのだが……それが裏目に出てしまったようだ。

 

 しかし、言い訳したところで彼の反感を買うだけである。どんなに理不尽だろうと全て肯定し、感情が過ぎ去るのを待つ。それが正しいマルクの扱い方だとミヤビは熟知していた。

 

 「でもさ、考えようによっては、亡霊を庇ってあげてるマルクくんステキ! みたいな感じにもなるんじゃねえの?」

 

 ソファの後ろにいたガタイの良い男が背凭れにひじをつき、マルクに言う。マルクの本性を知る取り巻きの1人、アンドラ=オーランある。

 

 「それは別にいいんだよ。っていうか、日頃こいつをフォローしてんのはそのためだし。そうじゃなくてオレは! こいつと仲が良い、みたいに思われるのがイヤだっつってんの!」

 「あっはっは。そりゃそうだ。亡霊なんかとつるんでたら裏でなに言われるか分かったモンじゃねえ。そうなったら、必死に猫被って築き上げてきた今の地位がパァになるかもしれねえしなぁ」

 

 もう1人の取り巻き、マハト=ベンバーが声を大にして笑う。そんな長髪の男の胸を軽く叩き、マルクは立ち上がったミヤビに視線を戻した。

 

 「まあ、それはもういいや。それよりも亡霊。お前に新しい仕事だ」

 「仕事?」

 「そうだ。明後日、訓練生共の野外訓練があることは知ってるよな? その準備があるからお前もついてこい」


 訓練生の野外訓練。それは例年、行われている野営訓練のことだ。舞台となるのはフロントーラからほど近いエレフトさん。その山中で数日、キャンプし、決められた時刻までにこの基地に自力で帰還する訓練である。

 

 例年の習わしでは、ルーク級がナイト級を同伴して事前登山を行う。訓練するのにエレフト山は適した状態なのか、それを検査するために前もって山中を巡るのだ。


 しかし、この事前登山は、実際には形骸化していると言ってもいい。なぜなら、エレフト山ほど食料が豊富で気候も安定しており、それでいて基地に近い自然区域など他に無いからである。事実として、この行事が恒例になってから、一度も実施地がエレフト山以外になったことはなく、事前登山も省略されるケースが最近は多い。


 ともあれ、事前登山には、問題が発生した時にすぐ対処できるよう、救急要員としてのナイト級を待機させておく本部テントを設営したり、周囲の村々への通達などを行うなどの段取りも含まれている。マルクの言う準備とはつまり、それらの事を指しているのだろう。

 

 だが、ミヤビは不審に思う。例年通りならば、その準備は数日前からすでに始まっているはずだからだ。今さら手伝いに向かったところで、もうほとんどが完了しているだろう。

 さらに、マルクは「ついてこい」と言った。それは、彼も現地に行くことが前提の発言である。訓練生のための行事の下ごしらえ、という小事。工廠長であるマルクがわざわざ出向くような仕事ではない。

 

 「準備って……なんですか?」

 

 マルクの気分をなるべく害さぬよう、ミヤビは恐る恐る訊ねる。マルクは足を組み直し、揚々と答えた。

 

 「エレフト山に動体検知器を設置すんだよ」

 「動体検知器? それって……防犯とかによく使われる、近くで動いたものを感知するアルニマですよね?」

 「そうだ。お前、知ってる? ちょっと前から起きてるエレフト山の連続失踪事件のこと」

 「……いえ、知りません」

 

 嘘である。その話題は、少し前から工廠内でもよく取り沙汰されていた。だが、自尊心の塊であるこの男にそのことを話すと、間違いなく不機嫌になるだろう。

 最近のニュースも知らない愚かなグズに説明してあげる寛大な俺様。この構図をお膳立てしてあげることが最良だとミヤビは判断した。

 

 案の定、マルクは優越感に満ち満ちた笑顔でミヤビを笑い飛ばす。

 

 「はっ。ンなことも知らねえのかよカスめ。しょーがねーなぁ! オレが教えてやるよ、感謝しろ。いいか? エレフト山ではな、最近、村人の連続失踪事件が起きてんだ。しかも、なぜか全員、遺体すら見つかっていないっていう。だから今、エレフト山は立ち入り禁止になってんだよ」

 「へえ、そうなんですか。ぜんぜん知りませんでした」

 

 さらに詳細に言うと、最初の行方不明者は半年前、山に山菜を採りに出かけた主婦である。捜索隊が夜通し山を探し回ったが、見つけることはできなかったそうだ。

 そして、その後も失踪事件が続いたため、今からおよそ三か月前、軍は調査のためにエレフト山の入山禁止を決定した。しかし、新規入隊者の受け入れが間近に迫っていたため、今までずっと調査は保留にされていたのだ。

 

 「それで……それと動体検知器に何の関係が?」

 「アンナからの要望だ。なんでも、今回の訓練のついでに連続失踪事件の調査も行うんだと。だから何か山中を監視できる物はないか、って相談がここに来てた理由。そんで、動体検知器を仕掛けるか的なカンジに落ち着いたんだ」

 「訓練のついでに? それは……かなり思い切った事、というか……」

 「ははっ、お前でもそう思うか。まあ、調査なんてのは実は建前で、本当は新人共の腕試しらしいけどな。上層部の連中も無茶させるぜっ」

 「腕試し? 調査するのは訓練生なんですか?」

 「そうだよ。訓練生の中でも特に優秀なヤツらで構成した部隊にやらせるらしい。これはもう訓練じゃなくて任務だ! ってアンナのヤツぶち切れてたなぁ。動体検知器は調査のためじゃなく、むしろ訓練生の安全確保のためのモンだ。失踪事件には野生の想生獣か山賊なんかが関わってるんじゃないか、って睨んでるみてーだし。ははっ、あんなガキ共のことなんて放っておけばいいのによぉ。ありゃいつか心労でぶっ倒れるぜ、あの女。ぎゃはははっ」

 

 手を叩いて笑うマルク。そこに普段の紳士的な姿は無い。

 ミヤビはアンテレナと親しくは無く、別に畏敬の念を抱いてもいない。むしろ、先ほどの件もあって苦手意識があるし、マルクの偽りの姿を信じ込んでいることに関しては憐れみすら感じている。

 

 しかし、他者のために力を尽くそうとしていること。その気持ちは紛れもなく本物だろう。それを笑い物にするマルクの言動は、決して愉快なものではなかった。

 

 「ああ、そうだ。これ、お渡ししておきます」

 

 耳に障るマルクたちの高笑いを止める意図も兼ねて、ミヤビは抱えている二つの包みをマルクに差し出した。

 

 「おっ、もう終わったか。どれどれ」

 

 それらを受け取ったマルクは、そのうちの片方の布を解いていく。そうして現れたのは、上腕から指先までに至る鋼色の義手だった。それは右用であり、もう一つの包みには左用の義手が納められていた。

 

 マルクはその二つをソファ前のテーブルに置く。部屋の照明を浴びて、義手の表面はニスでも塗ったかのようにピカピカと輝いていた。

 

 「ふん…………見た目はまあ、一応、完璧だな。動作確認はしたのか?」

 「はい。問題なく作動しました」

 「ホントか? 後で最終チェックするけど、もしダメだったらどーなるか分かってんだろうな?」

 「はい」

 「…………即答かよ、生意気だな。まあいいや。一応、納めておいてやる」

 「ありがとうございます」

 

 ミヤビは深々と頭を下げて礼を述べた。

 

 この義手は『双龍潮手ナグマデ』というマルク手製のアルニマで、ナイト級のリーダー的存在であるライゼン=リージャマタの獲物だ。マルクは彼と専属契約を結んでおり、つまりは専属技師なのだ。

 

 本来、専属関係にある者のアルニマは、その担当技師が一括管理をして、決して他者に介入させることはない。それが依頼主との信頼の証であり、ルーク級の不文律ふぶんりつである。

 

 それなのに、どうしてミヤビがライゼンのアルニマを持っていたのか。

 言うまでも無く、マルクが自分の仕事をミヤビに押し付けているからである。当初は簡単な組み立てや動作確認、表面の研磨などだったが、今では内部構造の点検や整備なども任されるようになった。実質、ミヤビが受け持っている、と言っていい。

 

 このような替え玉作戦は日常茶飯事だった。マルクが良い顔をして面倒事を請け負い、それを全てミヤビに放り投げる。もちろん、その賞賛や褒美は独り占めだ。

 

 ただ、マルク自身に技術が無いわけではない。ナグマデという作品を手掛けたことからも分かるように、彼もまた優秀な技術者だったのだ。だからこそライゼンに選ばれ、そんな彼が数多もの戦場で勲を上げてきたからこそ、マルクも評価されて工廠長の地位まで上り詰めることが出来たのだ。

 

 しかし、元来のマルクは努力家ではなく、楽して成果を収めたい怠け者であった。そんな持ち前の性悪さが社会的地位によるプライドと選民思想によって肥大化し、そこにミヤビというおあつらえ向きなキャラクターと出会ったことで、良識のタガが一気に吹き飛んでしまった。それが現在のマルクである。


 「しっかし、このままあいつについていってもいいのかねー」

 「ライゼンのことか?」

 「それしかねーだろ。ったくよぉ。自分はサティルフになる男だと普段から威張り散らしてるくせに、新しく来た勇者候補にあっさり負けやがって」

 「あーそれね。カッコ悪かったよなー。自分からケンカ売っておいて返り討ちにあってんだもん。その上、ナグマデまで壊されてさー」

 

 マハトは肩を揺らして笑うが、ミヤビには決して笑い事ではなかった。


 その事件が起こったのは、新規入隊者の入隊日当日のことである。入隊者の中には勇者候補と目される男がいた。名前をレンヤ=ナナツキと言い、同じく勇者候補とされていたライゼンは彼に食って掛かったのである。

 

 どちらがサティルフに相応しいか。自分こそが王連合軍を打ち滅ぼす勇者だと自負していたライゼンは、レンヤに決闘を申し込んだ。そして、たったの一撃で負けてしまったと言う。

 

 その際、ナグマデの左腕が破壊されてしまった。そしてそれは、ミヤビが丸一日かけて整備したものだった。

 入隊日の前日に任務から帰還していたライゼン。そのアルニマは、点検のためにマルクに預けられた。当然、それは最終的にミヤビの許に回される。

 

 ナイト級のトップとして軍を牽引するライゼンは、いつでも出撃できる状態にあるのが望ましい。そのためにミヤビは一日を費やし、完徹までして整備を完了させたのだ。

 

 それが、ほんの一時間弱で壊れて戻ってきた。

 あの時の喪失感は筆舌に尽くしがたい。

 

 そんなミヤビの心情を考えるマルクではなかった。それがどれほど困難か、製作者であるなら知っているくせに、「ちゃんと完璧に元通りにしろ」とミヤビに軽く申し付けた。 

 幸いにも中核は無事だったので、失った部分を設計図を基に一から作り直し、約二週間を掛けて再現したのがテーブルに置かれたそれである。

 

 ミヤビの努力と忍耐の結晶であるそのナグマデを、無遠慮な手付きで弄りながらマルクは嘆く。

 

 「あいつがサティルフになってくれねーとこっちが困るんだよ。あいつがサティルフとして王連合軍を倒せば、それをサポートしてたオレの戦後の暮らし安泰計画。そのために今まであいつの無理難題を聞き入れてきたんだぜー? あの乱暴で身勝手な言動にも我慢して付き合ってきたのによー」

 「かっか。ほとんど亡霊にやらせてたくせによく言うぜー」

 「でもまあ、あの事件は衝撃だったもんなー。今じゃ勇者候補の筆頭はレンヤ=ナナツキだって言われてるぜ。今期に入隊したおれの弟もそいつに付く、って言ってるしな」

 「オレもあのガキに鞍替えしよーかなー。でもなあ、今のポジションってアンナに恩を売れる絶好の立ち位置なんだよなー」

 「お前まだアンナのこと狙ってんの? もしかしてお前も密かにサティルフの座を狙ってたり?」

 「バカ言え。世界のために戦うとかナイト級脳筋共の仕事だろ。オレはただアンナとヤれればいーの。あぁー、あの爆乳おもいっきり揉みしだきてー」

 「ひゃははっ! まあ、そのためにライゼンに付き合ってるトコもあるんだろ、実際」

 「そーなんだよ! ライゼンに困ってるところを優しくしてやればコロっと堕ちると思ったのに、案外ガードかてーんだあの女! そのくせ、よりにもよってあのガキの方に気が向いてるみたいだし? あー、ムカつく。こーなったら今度、資料室に忍び込んでやろうか」

 「おおっ? ついに実力行使ですか? あの時みたいに」

 「人聞き悪いこと言うなよ。あれはちゃんと金はらったからごーほー。まあ、なぜか退役しちゃったけど? オレのことが好き、って言ってたんだから良い思い出になっただろ。こっちはどんな顔だったか忘れちゃったけどな!」

 

 そうして、また馬鹿笑いを重ねる3人。

 


 聞くに堪えない……。



 下卑た会話の内容に、ミヤビは表情が険しくなることを禁じ得なかった。

 この顔を見たれたら絶対に難癖をつけられる。そう危惧したミヤビは素早く頭を下げた。

 

 「それでは、自分は戻ります」

 

 それを一礼とし、決して表情が見られないよう注意しながら反転し、部屋のドアを開ける。

 

 「明日! 朝9時にグラウンド! 登山だからそのつもりでな!」

 

 ドアが閉まる寸前、隙間から滑り込んできたのはそんな言葉。動体検知器の件だろう。

 

 「分かりました」

 

 承諾の返事を送り、静かにドアを閉める。それからミヤビは早足で自分の作業部屋に向かい、壁にもたれて肺の中にある空気を全て吐き出した。

 

 

 床には新しいゴミが散乱していた。

 



 

 

 

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