フェチ13:一番いいのは気にしないこと

 試験の作戦で手ごたえを感じたオレと聖法院。引き続き、様々な作戦を展開していくことになる。

 ある日、不自然に散らかされたゴミをオレは浄化した。

 ある日、オレは素敵な数のハチと格闘かくとうした。

 ある日、突然学校に迷い込んだ片目のアイベックスと対決した。

 ある日、廊下で魚のように跳ね回る老婆を……介抱した…… 

 お、お膳立ては助かる。だが、老婆は不審者ふしんしゃとして通報されかかったぞ……聖法院……

 ナックルも保健所行き一歩手前だったしな……

 そこで判明したのは、ナックルはコイコイのペットという事実だ。

 コイコイが「話題のため」と言って、聖法院に同行させたのが初日らしい。

 確かにアイベックスの話題を出したら嬉しそうだったな。

 作戦が上手くいったからだろうか?

 聖法院の笑顔を思い出す。

 ここ数日、段々とオレの気持ちもほぐれてきていた。

 突然、妹だから同居する、と言われて戸惑とまどわない奴はいないと思う。

 選ばれたオレでさえ疑ったからな。

 しかし、聖法院は協力的であるし、作戦が少しでも効果を表すと、本当に嬉しそうにする。

 その笑顔は純粋そのものだ。裏や打算があるとは思えない。

 そう、見知らぬ妹との同居は順調だった。

 独り暮らしと比べると、確かに面倒なことは増えた。

 料理の量が倍に増えた。朝、用意する弁当も二つに増えた。ただ、作る手間はまったく変わらなかったので苦ではなく、むしろ洗い物をしてくれる分、楽になった。

 時には作ってくれることもあった。料理が壊滅的に下手……なんてことはなく、おいしいご飯を用意してくれたが、さすがに朝からチーズフォンデュはいかがなもんかとも思うこともあった。

 洗濯物にも気を使う。こちらも量が増えたし、なによりハンガーが足りなくなった。下着だけは自身で洗うと、別個にされているし、干してあるのを見て欲しくないと、秘密裏に行なわれた。オレも見ないようにその時は部屋にこもった。聖法院が家の中を歩いている気配を感じると、少し緊張した。

 一緒に学校へ行くようになり、一緒に帰ることも多くなった。もちろん、変な噂が立たないように気を使い、人目が多いところでは邂逅かいこうを避けたが。

 寝る前には一緒に歯を磨き、おやすみの挨拶をし、そして朝はおはようと言い合う。会話のネタを探し、話すことが見つからない場合は、主に小鳥居さんのことについて話した。聖法院は手馴てなれているのか、ニュースのことやテレビのこと、日本についてあれこれ聞いてきた。

 劇的な変化に戸惑いはしたものの、それが段々と普通になっていった。

 悪い気はしなかった。

 聖法院は確実にオレの生活に馴染み始めていた。

 ゆえに、オレには新しい悩みが発生する。

 学校の帰り道、オレは腕を組みながら独りごちた。


「……うーむ、いつから妹と呼ぶべきか……いやいや、そうでなくとも名前で呼んだ方が……うーむ」


 今度は妹としての距離を測りかねているのだ。

 なんとなく、聖法院がオレのことを名前で呼ぶのも、距離を測りかねてだと思う。

 ちなみに、聖法院の正体を確かめるための手紙は、もう一週間前に出してある。……ただ、教えられている住所がアフリカの方だったので、返事があるかは怪しい。というか、届くのかが怪しい。

 うーん、両親のことも、どう確かめたものかなぁ。

 聖法院とも、このままずっと一緒に暮らすのだろうか?

 うーむ……


「あなたは、知ている? 佐藤の家を?」


 急に声をかけられた。発音が微妙におかしい。思考が中座する。

 顔を上げると、前に金髪女子がいた。前髪パッツンのストレート。しかも碧眼へきがんである。

 それなりの身長。薄手の青いケープに同じく青のロングスカート――ワンピースかもしれんな――を着こなしていた。モデルみたいだ。

 両手で軽々と大きな旅行鞄を持っている。


「……外人……?」


 相手は綺麗な顔を少しゆがませる。


「質問はワタクシです」


 若干、日本語が怪しい。


「ああ、すまん。佐藤家だったな?」


 とりあえず、オレの家が一番に思いつくが、他の家かも知れない。

 近所で他の佐藤家と言ったら……


「……ないな」

「心得ました。ありがとうございます」

「あ、いや、そうじゃなくてだな。ある、あるぞ、佐藤の家!」


 オレは慌てて自分の家の方角を指差した。女性は首をかしげた。


「以前は、ない、おっしゃいました……」

「いや、他にないと思っただけで、オレの家が、いや、オレが、佐藤だっ」


 外人にも受けるように歌舞伎かぶき見得みえっぽくポーズを決める。

 すると、女性の目つきが鋭くなった。鞄を置き、懐から小さく折られた紙と、豪華なさやに納まった短剣を取り出した。

 女性は短刀を抜く。その刃は透明とうめいで美しいものだった。水晶の短刀だろうか?

 ……あ、あれ?

 というか、なぜ短刀を抜いた?

 はっ! 歌舞伎が嫌いだったのか!?

 いや、いくら嫌いだからっていきない短刀は抜かないだろう、普通。

 ということは、どういうことだ、おちつけオレ!!


「問います。あなたは、ヒロ、サトウ?」

「……そ、そうだが……?」

「それはいいことです」


 紙を開く。そして水晶の短刀を突き刺した。瞬間に紙が燃える。

 同時に女性の雰囲気が物騒ぶっそうになった。チンピラのようでもあるし、食べてるえさを途中で取り上げられた猛犬のようでもある。それまでは見知らぬ土地で緊張している旅行者という感じだったのに……

 なにが、どうなっているんだ?

 しかも背後にどす黒いオーラのようなものが見える。そんな気がする。


「……し、しかし負けんぞ。わけは判らんがっ」


 こういうのは雰囲気に飲みこまれると危険なのだ。


『お前は、死ぬ』

「いつかはなっ」


 一二〇歳になっても生きている自信がないので、素直に認める。

 ……しかし、なんなのだ? 先ほどとはガラリと声色が違う。言葉も流暢りゅうちょうになっている気がする上に……音が、相手の口ではなく、オレの耳元で発生しているように聞こえる。


『……わめき、さけび、絶望せよ。今よりお前は三度の月を見る間、九度の痛みを感じる。日の光は味方せず、孤独のうちにしずみ、最後はおぼれるように死ぬだろう……』


 オレはなんとなく手の甲を九回つねった。これで、他の大きな痛みはこない気がする。


「……いや、じゃなくて、まて。死ぬのは困る」


 運命も確かめていないのにっ。


「てか、なんなんだ、一体。いきなり現れてそんな呪いみたいな……」

『そうだ。これは呪いだ。お前は死ぬ』

「は……?」

『我が名はお前をむしばみ、九度の痛みを悦楽えつらくとし、お前の死を嘲笑ちょうしょうしながらうたげを開く』


 うむむ、本当になにかの呪文のようだ。


『我が名は貴様にくさび穿うがつ。深く、深く、深く、火の属性を持って二点を崩す』


 しかし、オレは選ばれた佐藤。そう簡単に呪われたりしないっ。

 呪いはいわゆる気分だとか、ストレスだとも言われる。

 特定の人物を相手に、百人が結託して「あなた顔色が悪いですよ」と言い続ければ、その人は本当に病気になってしまうらしい。

 つまり、一番の対処方法は気にしないことだ。


「そうか、変質者も気にしなければただの人か」


 妙に納得できたので、オレは夕飯の買出しに向かうことにした。


『どこへ行く。貴様。我が名は…………我が名は…………我が…………』

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新妹神理使い、フェティシズムをかく語りき ('ω') @Shiro_kurohara06

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