第7話
ある休日、家に来訪者が来た。
「こんにちは」
使用人によって部屋に通されたのは、先生だ。
「すまない。休日に押しかけて……。最近サークルに顔を出さなくなって、心配になってな」
「いえ、記憶を失っているので、貴族の礼儀作法を一から学んでいたのです。ハイディには言っていたんですが……」
「あいつ……」
先生が右を向いたため、左の首元が見えた。葵に見覚えのある黒子がそこにあった。
葵は先生の顔をじっと見る。成長してはいるが、面影が残っている。そして、涙を目にためながら、頬から首筋に手をなぞる。
琉生の黒子は左の口元に一か所、そして同じく首の左側に一か所あるのだ。
先生はそのなぞる手を握りしめる。
「俺の名前はルイ。エルミーヌこの名前は憶えている?」
「ええ。琉生くん。葵っていう名前に心当たりはある?」
「ああ」
二人は再会の喜びに抱き合うと、部屋の扉が開くと、父が顔を出す。二人はパッと離れると、父がニヤニヤしながら話しかけてくる。
「エルミーヌ。君も知っていると思うが、ルイ・カステル君だ。カステル卿より打診があってな……。今日から君の婚約者だ」
「へ?」
父の突然の言葉に、葵は目を丸くする。その様子を見て父は笑う。
「カステル卿の話では、どうしてもと息子が初めて求めたものが、君だったそうだぞ?」
「シャレット公爵それは……」
先生は顔を真っ赤にさせている。
父が部屋から出れば、部屋に二人きりとなった。
「琉生くん。これは……」
「君のプリンを食べてから、どうしても気になって、ただ、葵と話したかっただけなのに、父がその……。勘違いして先走ってしまったんだ」
「琉生くんが婚約者とか……。ていうか、琉生くんはなんで見た目が変わってないの? 大人になっているみたいだけど」
「それはこっちのセリフ。外人みたいな見た目になりやがって……。来ているなら来ているって早く言えよ。転移陣の研究にどのくらいの時間を使ったと思っているんだ?」
「へ?」
ルイは葵を抱きしめる。大人になったルイに、がっちりと抱きしめられたせいか、葵の心臓の脈は速い。
「葵、そばにいるって言った癖に嘘つき。俺ずっと一人ぼっちだった」
葵はルイの頭に手を伸ばして、トントンと撫でてあげる。
「ごめんね」
二人で涙を流し合う。
「んっ……」
葵は急に頭痛がして、生まれてから魔法を受けるまでの記憶が一気にフラッシュバックしてきた。
「大丈夫か? 葵?」
「ルイ先生……」
「葵?」
葵が頭を抱えて、ルイの肩を強く掴む。
「大丈夫……。今までの記憶が戻っただけ。どうやら、15年間の記憶を忘れていたみたい」
「そっか。俺は生きてこっちに来たけど、葵は……」
「そう、一度たぶんあの時に死んでいるんだと思う」
悲しく微笑むと、ルイから離れ、背を向けた。
「私はただ葵の記憶を持つだけで、別人なのよ。琉生。あなたとは違うの」
「何を言っているんだ?」
「婚約の件は、私がお父様にお断りのお話をしておくから……」
後ろからルイに抱きつかれた。
「それでもいい。俺はまたお前に……。いや、お前の作ったプリンを食べるために、何年も転移陣の研究してきたんだぜ?」
「プリンのために?」
「ああ、変な話か?」
「そこは私に会うためとかのほうが嬉しかったよ。琉生くん」
すると、背後から葵の顎に手が伸び、葵の顔が後ろに向けられる。
「いつまでも、くん付けはないだろ? 今は俺のほうが年上」
ルイは優しく葵の唇を優しく包み込む。
「る、琉生くん?」
「くん付け直すまでやめない」
ルイは何度も口づけをすると、葵は必死に身を離した。
「琉生、分かったから」
「もう、しょうがないな」
ルイは葵の顎から手を離すと、葵の首元に抱き着く。
「葵がそばにいると思うと、安心するな」
「私は安心できない。心臓がバクバクいう」
琉生はクスクスと笑う。
「なあ、葵。今度こそずっとそばにいて、また飯作ってよ。野菜抜きで……」
「琉生はまだお野菜食べられないの? そんなに大きくなっても?」
葵もクスクスと笑いだす。
「しょうがないな。毎日野菜入りのハンバーグ作ってあげる」
「やめろって……」
「プリンつけてあげるから……」
「だから、いつまでも子供じゃないんだよ」
葵の体の正面に琉生は動くと、またキスをした。
「もう、大人です」
「キー!」
これは決して恋ではない。運命によって結ばれた二人のお話。
少女は転移した幼なじみと恋はしない @kou2015
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