第6話

 ダンスパーティー当日も、葵は一人で、楽しく踊る人々を飲み物を片手に、見物していた。


 1回目のダンスが終わると、様々な男から声を掛けられはじめ、葵は一人、庭園へと避難してきた。

 

 


 そこへ、オスヴィンが一人でやってくる。

 


「婚約は解消した。聞いているだろう?」


「はい、父から聞きました。マリーさんは?」


「ほかの男と踊っている」


 

 口に手をあてて驚くが、オスヴィンは首を横に振った。

 


「マリーは、私を手に入れたから、もう用はないそうだ」


「なんで?」


「公爵家の人間たちに、陰でどうやら私の悪口を言っていたらしい。今では私も前のお前と同じ状態だ」

 


 どうやら、マリーは男を落とすゲーム感覚で、オスヴィンに近づいたらしい。

 


「それは、お気の毒に……」


「エルミーヌ。私の元に戻ってきてほしい。私の魔法の属性は知っての通り水だ。お前の魔法を強化できるだろう? 魔法の相性もいい……」


「しかし、オスヴィン様、私たちは婚約を解消したのでしょう?」


「父に頼めば、また婚約などできる」


 

 歩み寄るオスヴィンに対して、葵は後ずさりをする。他の女がだめだからと自分を求められているのが、嫌だったからだ。


 そこへ先生が駆けつける。

 


「オスヴィン君。女性を誘うならもっとスマートに誘わなきゃダメでしょ」

 


 葵の肩を支える。オスヴィンは激怒して、先生を押し倒した。その時にフードが外れる。


 異国の色の髪や顔立ちをもつ青年がそこにはいた。ここでは珍しい黒髪に黒い瞳だ。

 


「カステル家の養子が僕に立てつく気か?」


「養子だけど、僕の方が、力が上なことを分かっているよね?」

 


 オスヴィンと違い、先生の契約している精霊は、水帝である。

 魔法を発動しようとしていたオスヴィンは、舌打ちをすると、その場を後にした。


 

「大丈夫かい? エルミーヌくん?」

 


 尻をついたままの先生に言われ、思わず笑ってしまったが、先生に手を伸ばす。

 


「先生こそ、大丈夫?」


「ああ」


 

 先生が立ち上がり、二人で笑いあっていると、突然先生が葵を自分の胸へと引き寄せた。

 


「お前、子豚だろう?」

 


 葵の髪に口づけし、呟いた。

 


「こぶた?」

 


 葵が聞き返せば、青年は何でもないと夜の庭園を去っていった。

 残された葵は緊張から解放され、地べたに座り込んだ。

 


「るい?」

 


 この少女として意識が戻る前に、最後にそばにいた少年の名前が、思わず出た。

 

 

 



 

 それから、葵は放課後にサークルに立ち寄らなくなった。放課後は家に帰り、貴族としての作法を学んでいたのだ。


 婚約者は空白のまま月日が過ぎる。

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