シャケ鍋太郎

(おことわり。このお話は息子に対して聞かせている創作童話です。途中で急に作者の息子のリアクションが挟まれたりします。)



昔々あるところに、木の実に入ったおじいさんと、普通のおばあさんがおりました。

ある日おばあさんが川へ、キャベツ、人参、椎茸、ネギ、豆腐などを取りに行くと川の上流から、どんぶらこ、どんぶらこと大きな木の実が流れてきました。

おばあさんはそれを見て、ああ大きな木の実だなあ、アク抜きしたら食べられるかなあと思い、家に持ち帰りました。

家に持ち帰ったおばあさんは、その木の実を火にかけて、アク抜きをしました。


その時、コンコンコン、と音がして、


「おばあさん、私はここです、ここにいます」


と声がします。おばあさんは不審がって家を出て、周囲を探し回りました。しかしどこにも誰もおりません。

家に戻って再び木の実の下処理をしていると、また、コンコンコンと音がします。


「ここです、ここから話しかけているのです」


さすがのおばあさんもこれには気がつきました。木の実の中から声がしています。おばあさんは、鍋を火から落とし、粗熱をとると、木の実の皮を、ぺりぺり、ぺりぺりと剥がしていきました。


(※ここでだいたい息子が「のりのり?(海苔?)」とリアクションをする。)


するとどうでしょう。木の実の中から、70歳くらいのおじいさんが。


おばあさんは驚いてしまいました。


「あなた、名前はあるのかい?」

「いいえ、私に名前はありません」

「じゃあ、あんたは今日からシャケ鍋太郎だよ」

「え、それって、僕にぴったりじゃないですか!」


おじいさんもといシャケ鍋太郎は、それはもう嬉しくて嬉しくて、嬉しくて嬉しくて、緑になってしまいました。

(※レオ・レオニ『あおくんときいろちゃん』)


それもそのはず。シャケ鍋太郎は、日本語こそ話せども、この70年間人と交わることが一切なかったので社会常識というものがありません。シャケ鍋太郎は家を飛び出ると、川へと入り、そこで5、6匹のシャケを捕らえ、ついでに河原に生えていたキャベツ、人参、椎茸、ねぎ、豆腐もとって、家に帰り、シャケの鱗をとって内臓をとり下味をつけ、野菜は適当なサイズに切りそろえ、鍋に入れ、水を入れ、ぐつぐつ煮込んだ後、味噌を溶かしました。


「おばあさん、どうぞ」


おじいさんはおばあさんに一杯のシャケ鍋を差し出しました。おばあさんはそれを一口食べ「これは美味しい、こんなに美味しいシャケ鍋は初めて食べたワイ」と唸りました。そして家を出て村中の人を呼び集めて、シャケ鍋パーティを開きました。


村の人々は総勢4、50人。そんなにいたらシャケ鍋足りるの? とお思いの方もいらっしゃいますでしょう。しかしあの2メートルはあろう巨大な木の実を茹でた鍋は直径5メートル、何人の客が来ようがシャケ鍋が尽きることはありません。


そして、この美味しいシャケ鍋を食べた村人は口々に、


「うまい、こんなシャケ鍋初めて」

「おいしすぎてたまんない」

「誰がこんな絶品グルメを?」


と噂しました。


シャケ鍋太郎は感動して泣きました。(※息子、だいたい慰めてくれる)だって嬉しかったんですもの。木の実に入って70年、彼はこんなに優しい言葉をかけてもらったのは初めてのことでした。集団に所属することすら初めてです。こうやって自分が他人の役に立つのだという事実に、嬉しくて嬉しくて泣いてしまったのです。


しかし、そんなシャケ鍋太郎の喜びとは裏腹に、この村にはひとつの危機が迫っていました。そう、それはシャケ鍋パーティ大好きこと、鬼たちです。鬼たちはシャケ鍋の匂いにつられて、この村にやってこようとしていたのでした。


村人にシャケ鍋を振る舞ったその日、シャケ鍋太郎は嬉しさのあまり眠れませんでした。ずっと目が冴えて、それにお腹も空いてきたので、シャケ鍋太郎は川に出て、シャケをとってこようとしました。すると、川の中ほどに人影が。


とっさに身を隠したシャケ鍋太郎。その人影は、最初1メートル60センチくらいに見えていましたが、徐々に大きく、1メートル70センチ、1メートル80センチ、1メートル90センチ、そして2メートル、3メートル、4メートル、ついには5メートルまで大きくなりました。


そして、頭には一本の角が。シャケ鍋太郎はハッとしました。鬼です。鬼はぶつぶつと呟きます。「うーんここらでシャケ鍋の匂いがするんだよな、どっかでシャケ鍋パーティが開催されているはずなんだよな」


シャケ鍋太郎はことの大きさに気がつきました。シャケ鍋太郎の作ったシャケ鍋が、鬼を呼び寄せてしまったのです。ということは、村は? シャケ鍋太郎は不安に駆られ、村へと急ぎました。


村には煌々とひかる松明! 鬼たちは村人を吊し上げ、取り囲んでいます。


「俺たちはシャケ鍋の鬼。お前たちはシャケ鍋を食べていただろう、俺たちにも御馳走しないとどうなるか分かっているな?」


村人たちはその意味が恐ろしいほどわかりました。けれど、あのシャケ鍋を作ったのは村人たちではありません。おばあさんは、これも私の運命、さだめか、と諦めかけていました。シャケ鍋が別の鍋になるのも秒読みという、その時です。


シャケ鍋太郎が鬼の前に転び出ました。そして言いました。


「このシャケ鍋を作ったのは僕です。村人たちは無関係、解放してくれたら嬉しいな」

「お前がこのシャケ鍋を作ったというなら、その腕前を見せてみろ」


言われるとシャケ鍋太郎は、先ほど川に行った際にとってあったシャケの鱗をとり、内臓をとって下味をつけ、キャベツ、人参、椎茸、ねぎ、豆腐を一口大に切ると、鍋に並べ、水をはり、火を起こし、グツグツ煮込んで、そして最後に味噌をとかしました。


「これが僕のシャケ鍋です」


鬼たちは大興奮。5メートルの鬼たちが10人から15人ほど集まり、シャケ鍋を食べていきます。鬼たちにとって5メートルの鍋は、どうやらちょうどいいサイズだったみたいです。


鬼たちはシャケ鍋を食べると「ふん、なかなかいい味じゃねえか、だがこの程度で俺たちの舌は唸らん。次はお前の番だ!」とシャケ鍋太郎に食ってかかりました。


すわシャケ鍋太郎鍋か。しかしシャケ鍋太郎は冷静な表情。

では、と言わんばかりに塩をひとふりすると。


「ウッ」


鬼たちはうめき、そして口々に感想を言いました。


「これは、うめえ!」

「おとうちゃん、おかあちゃん、みんなを思い出す味がする」

「こんなあったかい味は初めてだ」

「こんなに幸せな気持ちになったのも、こんなに優しくされたのも初めてだ!」


シャケ鍋太郎は、そんな鬼たちを抱擁します


「俺もつい最近まで優しさってもんを知らなかった、俺はお前だ......お前たちは、俺なんだ!!」


そう叫んで泣きました。(※ここでも息子が慰めてくれる)


その後、鬼たちとシャケ鍋太郎はシャケ鍋専門店を開業し、大変もうかり、たくさんの財宝を築き上げたとのことです。


めでたしめでたし。

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