いつも爆笑ツイート拝見させて頂いております。
毎年、年越しは誰かと一緒だった。上京するまでは家族であったり親族であったり、大学進学してからは友人や何かの催し、そしてこの2年は佐野。今年も一緒に過ごす、全く疑うことなくそう考えていた。
煌々と輝く蛍光灯。黄熱灯に変えようと思ってずっと変えられていなかった。冷たい光は静かに、こたつの上で転がった空き缶たちを照らしている。そのうちいくつかはまだ飲み残しが残っている。
口のなかがはげしく気持ち悪い。それを意識した途端胃の奥からせり上がるものがあった。
「うっ......」
急いで立ち上がり、たたらを踏んで、それでもどうにか洗面所までたどり着く。
蓋の開閉、途端に嘔吐、水栓バーの押下、水の流れる音。最悪、最悪、と頭の中で繰り返す。髪の毛がひとふさ、便器の水面に浸かっている。しりもちをつく。こたつで寝たせいでスウェットの背中が汗ばんでいる。
とっさに起き上がったと思ったはずが、右手にはきっちりスマホが握られていた。つけると既に日がまわっている。2021年1月1日午前2時。新年を迎えるたびに思い出す、年越しの瞬間にジャンプして、21世紀になった瞬間地球上にいなかったってやつ、その20年後の自分はハッピーニューイヤーをこたつの中で過ごし、吐き気で目覚めて便器にもどしている。背中をさすってくれる人は誰もいない。
スマホのロックを解錠するとLINEが開いていて、佐野とのトーク画面が写っている。テキストボックスには、寝てしまう直前に酔いながら書いてあのであろう文章が入っている。『夏にやり損ねた花火、まだ残ってるからやろうよ』。そこから目をそらすようにホーム画面に戻る。Twitterを起動する。
『ひとり酒してたら年越し、めちゃくちゃ吐いた』
『頭痛いし嘔吐ひどいし気持ち悪いし、こういうときどうすればいいんだろ?』
深夜ゆえタイムラインの速度はかなり遅い。みんな初詣に向けて寝てしまったか、もしくは何か夜通し楽しいことをしているからTwitterを見ている暇はないのかもしれない。ときどき、日の出を見るために待機している人が成田山の様子をツイートしている。ふもとの居酒屋が24時間営業をしていて、みんなで飲み会をしながら夜明けを待っているようだった。ハイボール、ビールビール、ハイボール、と数えるうちにまた気持ちが悪くなってくる。
少しまた吐いてしまって、画面酔いかも、と思っていると、Twitterの通知欄に数字がついた。リプライだった。
『@sumidayou いつも爆笑ツイート拝見させて頂いております。自分の場合は脱水で気持ち悪くなることが多いので、水をこまめにとってみるといいかもしれません』
うう、という声が自分の口から漏れていた。まだ少し気持ち悪さが口に残る。唾を吐く。便器が頬に冷たい。リプライを打ち込む。
『@tmgyy69 ありがとうございます! 水分…忘れてました。とろうと思います。…ところで、私のツイートそんなに爆笑ツイートですか?(笑)』
いや、(笑)は違うか。(笑)は消そう。いや、というか、いいか。
『@tmgyy69 ありがとうございます! 水分…忘れてました。とろうと思います。』
吐き気が少し収まって、洗面所から出て台所。水切りに入っていたコップに水道水を入れる。少しレンジにかける。その間に口をゆすぎ、水の温めが終わったら、座り込んで口の中を潤す。
爆笑ツイート、そんなにしてただろうか。
なんとなくその人のホームを見に行ってしまう。「100日後に死ぬワニ」をリツイートしている。これダメなんだよな。
どういう意味だったんだろうか。爆笑ツイート。皮肉か? いやでも心配してくれてたんだもんな、皮肉じゃないか。じゃあ爆笑されていたのか? 何をだ。
またリプライがくる。
『@sumidayou そうしてください。ちょっとあっためるといいかもしれません』
『@tmgyy69 ありがとうございます。そうします。少しだけ楽になってきました』
『@sumidayou よかったです。温かいスープとかもいいですよ! 私いま飲んでます』
『@tmgyy69 あーいいな、うらやましい』
特に面識もないのだが、妙に会話が続いてしまう。時刻はまだ午前二時。リプライとは別に『望遠鏡でも出そうかな』とツイートする。そちらのツイートにいいねがつく。あ、これでいいんだ。どこかで爆笑ツイートを意識してしまっている自分がいる。
聞いてしまおうか。
『@tmgyy69 あの、そんなに爆笑ツイートしてますか? 私』
いいねがつく。しかしそれだけだった。
気持ち悪さがだいたい引いてきていた。
返信せんのかい、と思いながらリビングに戻る。リビングは酷い有様で、酒の缶に混じって、どこから引っ張り出したのかなぜか夏に買った花火が置いてある。ベランダの室外機の上に忘れてあったライターをとってくる。部屋の電気を消して、ライターを点火する。
炎が揺れる。花火は当然湿気っていて、火花は散らなかった。火薬の匂いだけが残った。空き缶の口に、燻った花火を突っ込む。
『夏に買った花火を冬にやるの、その間ずっと一緒だったんだねってことなんだな』
@tmgyy69 から、これにもいいねがついた。早く寝てください。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます