45.2 「ノヴェル、海の中に――何かいるよ」

 証言 0715

 聴取者:イーサン・ラ=フォンテーヌ

 ――まず名前と、どこから来たかを教えてください。


「ポラ・モーラントです。オルデアから、船に乗ってやってきました」


 ――ウインドソーラー城で何を見たか、話せる?


宗主そうしゅ女王様が祝砲をあげると仰って、軍人さんがすごく大きな大砲みたいなものに乗って――大砲そのものが飛んでいきました。すぐに空が光って――」


 ――それは爆弾だった? それのせいで、皆死んでしまった?


「たぶん爆弾でした。でもそれはずっと遠くで爆発して――そのせいじゃないです」


 ――爆発するところを見た?


「いえ、見えませんでした。でも空がピカッて光って――不発かも知れませんけど、何かが起きたんです」


 ――ごめん。続けて。爆弾が飛んで行って、でも皆が死んだのは『そのせいじゃない』ってところから。


「少しして、ざわざわし始めて、周りで逃げだす人が何人も。『逃げろ』って言われたんです」


 ――逃げだす? 何から?


「その……その場から・・・・・。最初は、本当に何が起きたのかわかりませんでした。避難しろって叫んでる人たちがいて、それで訳も分からず逃げだしたんです」


 ――ではポラ君、君は、何があったのか見ていない?


「……振り返ったら、空に人がいました。頭が変になったって思われそうですけど、あいつは空を、普通に歩いていたんです。三十メートルか、四十メートルか、それくらいの高さだったと思います」


 ――顔を見たらわかる?


「遠かったけれど――はい。銀色の長髪で、顔の半分が真っ黒でしたから。すすとかかも知れませんけど、手まで。鎖を垂らして、変な、黒くて細長い紐みたいなものをいっぱい出してました」


 ――それ・・は急に現れた?


「はい。気がついたら。それまで式典にはいませんでした。誰かが、『勇者だ』と」


 備考:同証言多数



***



 証言 1412

 聴取者:デボラ・サレイユ

 ――お名前とそれから、お家はどこ?


「レベッカ・ウォルシュといいます。家はロンディアの二層、十九番街です」


 ――ウインドソーラー城で何を見たの?


「私は何も見てません。ずっと横の友達と内緒話してたから……『空が光った』――? そうかも知れません。気づきませんでした。赤髪の女の人に『逃げろ』って言われて、何言ってるんだろうと思ったんですけど、急に逃げなきゃって思って。それで――逃げました。友達と」


 ――どういう風に逃げたの?


「最初はもう、言われるままで。黒い服の人たちに『こっちだ』『列車に乗れ』って言われました。でも、一緒に逃げてた子の家がウィローにあるからって、そっちへ行っちゃったんです。駅じゃなくって」


 ――ウィローのどこ? その子の名前は?


「名前は――わかりません。ウィローの端っこらしくって、駅を通り過ぎました。私は列車に乗りたかったんですけど、駅も人でいっぱいだったし」


 ――駅を越えて、その先で誰かに会った?


「はい。駅を過ぎた先に、女の人がいました。ワニ革みたいなスーツを着て、沢山剣を持った――」


 ――その女の人は何をしていました? どこへ向かいました?


「人を――殺していました。通りにいた人たちです。みんな魔術で戦おうとしたんですが、当たらなくて。そのままこっちへ――駅のほうに向かってきました。私は逃げました」


 備考:同証言多数




***




 早朝のブリタシア=フルシ連絡橋。

 十二の橋脚きょうきゃくを持ち、それぞれの間を下部のアーチと上部のタイドアーチで補強した世界最長、最強強度の巨大な橋だ。

 上階の車両道路と下階の列車線路を重ね、途中には四ケ所もの跳ね橋機構を持つ。

 かつて勇者らが建造したその巨大な連絡橋は、大陸とブリタシア島をつなぐ唯一の陸路だ。鉄道がブリタにもたらした恩恵は計り知れない。

 このフルシ側国境検問ゲートでは、フルシ軍による封鎖がかれていた。

 まだ朝靄あさもやが晴れない。

 靄が晴れさえすれば見えるはずだ。そこは通常なら、六車線の一般道から広いゲートを通ってフラットに橋梁きょうりょう部に乗る。ブリタシア側のようなアプローチの坂はない。

 平和条約締結ていけつから、国境検問所は国境としては機能していない。いわば平和の象徴だ。

 その平和の象徴が、今朝はまるで物々しいとりでだ。

 ようやく昇った朝日の丸い光を眺めて、オベール特務曹長はひとつあくびをした。

 徹夜である。

 ゲートの向こうの橋上きょうじょうには第一小隊から第四小隊が戦車をともなってズラリと並び、それぞれ上下車線を封鎖中だ。

 戦車はモートガルド式とは異なり、装甲車両をベースに砲門を搭載したものだ。車高が高く、ゲートもそれを通せるように、上部を跳ね上げてある。

 砲門を連絡橋の先へと向けていた。戦車の車体から突き出したスタビライザーを路面に打ち込み、固定砲台と化している。

 オベールはゲート越しに、朝靄に溶けるそのシルエットを見渡す。

 彼がひきいる第五小隊は、ゲートのこちらで一晩中待機していた。連隊長の少尉殿の指示だ。

 いっそ跳ね橋を開いてしまえばいいのにと彼は思うが、避難者は受け入れなければならない。

 ――バカバカしい。勇者が大陸まで無差別攻撃なんかするか?

 こうなった直接の原因は昨日ブリタシアで起きた大惨事だ。

 避難してきた少年たちの証言によると、勇者の指導者と目される男がブリタの都市を北から南へ破壊し続けている。

 ウィロー、ロンディア、カウンターバレー、ドノバ。

 無差別攻撃。

 ――海峡だって勇者様が作ったんだ。無差別攻撃なんてするわけがない。

 最近では『勇者は実は人喰いで、隠れて捕虜を喰っていた』などとも噂されている。

 どれも信じられないが、橋の向こうでは前例のない大惨事が起きていることだけは間違いない。

 軍部はピリピリしていたが――オベールは文字通り『対岸の火事』と思っていた。

 そこへ、前方の小隊から、戦車の間を抜けて走ってくる若者の姿があった。

 歩兵の一人がゲートを越えて、待機中のオベールのところへ来たのだ。

 交代かな、とオベールは思った。


「第一小隊よりご報告を申し上げます! 連絡橋に人影! 女一名!」


 ――女一名?

 彼は戦車の上に立って目を凝らすが、まだ朝霧が晴れない。


「避難民だろう。夜が明けたからな。入管を呼ぶ」

「おそらく――ですが、何やら長いもの・・・・を沢山所持しているようです」

「長いもの? 武器か?」

「判りませんが、おそらく――」


 ――それは。

 オベールがその名を口にしようとしたときだ。

 爆発が起きた。

 空気、炎――魔術の爆発だ。

 前線が攻撃を開始したのだ。

 爆風は朝靄を吹き飛ばすほどだった。

 ぽっかりと靄の晴れた中心、そこに立っていたのは報告通り、女だ。

 朝日を浴びたスレンダーの、しかしその異様なシルエットは――背中に背負った無数の剣。

 既に二名の歩兵が、切り刻まれて絶命していた。

 小隊の歩兵が展開し、その不審者を取り囲む。

 キラリと閃光が走った。反射がそう見えただけだ。

 現れた女は、手にした得物えものを振るって――橋の上部アーチの鉄筋もろとも、取り囲んだ歩兵を切り捨てた。

 ――間違いない。


「ゆ、勇者です! 報告にあった慈愛のホワイトローズと思われます!」


 アーチの鋼鉄の部材が、ガランガランと派手な音を立てて転がり、一部は橋から落ちて行く。

 それに比べると歩兵たちは、あまりにも静かな悲鳴を上げて倒れた。


「こ――攻撃しろ!」


 一斉攻撃が始まった。

 砲門が開き、砲塔、固定機関銃、魔術、あらゆる攻撃が不審者を撃つ。

 オベールもそれほど一糸いっし乱れぬ攻撃を――ある意味ヒステリックなほどの攻撃を、見たことがない。

 それもたった一人の女に対してだ。

 四台の戦車が間隙かんげきなく砲撃を繰り出し、強烈な火球が橋上を焼き尽くす。

 骨も残らないのではないかというほどだ。


「止め! 撃ち方、止め! 砲門を閉じよ!」


 命じたのはオベールではない。前方の小隊長だ。

 ただ――妥当な判断だったとは思う。

 高温になった橋上に砲撃を重ねては、橋がもたない。

 実際、尋常じんじょうでない振動がここまで伝わってくるほどだった。

 それが一転、水を打ったような静寂。

 立ちめた水蒸気や煙だけが残った。


はらえ!」


 小隊長の合図で風魔術が、煙や蒸気をはらって視界をひらく。

 そこに女の姿はなかった。

 骨も残らなかったか、それとも橋から下に落ちたか――。

 そう思った瞬間、空からその者が戻ってきた。

 橋上に着地すると、着地姿勢も見せずぬうちに高速で飛び出す。

 女は、上に跳んで橋の上部アーチに掴まり、そこで攻撃をやり過ごしていたのだ。

 戦車の周りの哨戒しょうかい歩兵を、次々上下左右に切り刻む。

 あまりにも速く――何もかもが殆ど同時に起きたように見えた。

 渦巻く靄や煙の残りだけが、女の動きを示していた。

 一人あたりが最低でも四つのパーツに別れ、崩れ落ちてゆく。


「小隊ちょ――」


 前線の兵士が見上げた車上の第一小隊長は、すでに胸から上を失っていた。

 呼びかけた方の兵士の首も空中でくるくる回っている。

 第一小隊が、三秒以内に壊滅。


「散れ! 散れ!」


 慌てて散開した第二小隊の兵士らも、十秒以内には壊滅していた。

 巨大な橋とはいえ、所詮は橋だ。散開するにも限界がある。

 路面下階の鉄道軌道を挟んで、反対側にいた第三、第四小隊が慌てて援護射撃を開始した。

 女は戦車の陰に飛び込む。

 反対車線からの砲撃は、味方の戦車の横腹を大きく凹ませて、更に路上を横から爪弾つまはじく。

 だが――女は砲撃など気にもめぬかのように戦車の上から飛び出した。

 空中をくるくると回転しながら、中央の鉄道軌道を飛び越え、反対車線に飛び込む。

 第三、第四小隊の歩哨ほしょうで斬りした。

 車上からは必死に固定機関銃の射手が女を追うが――目でさえ追えぬものを照準にとらえられるはずもない。

 銃撃はただ路面を削るばかりだった。


「援護!! 援護ーーーっ!!」


 援護を求める声。

 オベールはそれを聞いていた。

 その叫び声は、オベールに向けられたものだ。

 ――い、いやだ。

 オベールは命じることができない。

 後方で待機中だった第六、第七小隊が進み出てきた。


「第五小隊!! オベール小隊長!! 前進しろ!!」


 ――いやだ。

 歩哨を失った戦車は砲塔を切断され、破壊されたハッチから女の侵入を許した。

 中で何が行われているか、オベールには判る。

 部下も皆狼狽うろたえ、固まっている。

 彼らはここから、ほぼ一部始終を見てしまったのだ。

 オベールは両腕を開いて、自分たちの後ろに迫った二小隊を制する。


「第六、第七小隊! あれ・・に近づくな! ここからの攻撃を提案する――!」


 提案の承認を待つ時間はなかった。

 あの女が、戦車隊を始末し、こちらへ向かって歩いてくるからだ。

 古くなった剣をて、背中から新しい剣を抜く。

 奇妙なことに、女の背中から延びた無数の黒い糸のようなものが背後へすぅっと伸びていた。

 背後には歩兵たちの部分・・が散乱しているだけだ。

 糸は、彼らの死体を求めるように動き、女はその糸をわずらわしそうにまとめて引っ張る。

 女は黒い糸を束ねて背後に仕舞い、そのままゲートに至った。


「攻撃! 攻撃!」


 オベールは叫んだ。

 第五から第七小隊が攻撃を開始する。

 女はひらりと垂直に跳んで火球をかわし、空中を自由軸で回転しながら風魔術を避け、空気を斬る。

 音速で飛ぶ砲弾ですら、女はゲートからゲートへと移って躱し、らした。

 平和の象徴・国境検問所のゲートは砲撃と機銃掃射そうしゃで見る影もなくバラバラに吹き飛んでしまっていた。

 女はゲートだったところを越える。


「ほ、放水! 放水開始!」


 第七小隊の給水車から、高圧の放水を開始した。

 魔術による水柱を水平に放射するものだ。粒子の集束しゅうそく性が非常に高く、その水流はドラゴンの頸のように強く女を叩かんとする。

 女は剣を正中に立て、放水を真正面で斬り続ける。

 しかし――連続的に押し寄せる多量の水を抑え続けることは難しい。

 女の足元は徐々に、後ろに滑り始めていた。


「効いてるぞ! 放水車前へ!」


 放水車がじりじりと出て距離を詰め、女を押し戻してゆく。

 だが――。

 女が前転し、水流の上に立った・・・

 放水車から続く高圧の水の流れの上を、女は走る。

 女は――わらっていた。

 一瞬で距離はゼロになる。

 女はそのまま、放水車の車体を真っ二つに切断した。

 第六小隊の戦車が砲門を開く。

 ドドン、ドドンと容赦ようしゃなく女を、放水車の残骸ざんがいを、ゲートを、橋を攻撃する。

 オベールのすぐ脇を砲弾が飛んで行く。

 彼はただ頭を抱えていた。

 ――逃げなければ。

 オベールは砲撃の間をって戦車を飛び降り、逃げだしていた。

 砲撃の中を気にせずに走った。部隊も、敵も、誰もオベールを気に留めない。

 橋へ向かって走りながら振り向くと、置き去りにした第五小隊を挟んで、第六と女が向き合い、双方位置取りのために回転している。

 第六の戦車の砲塔が火を噴き、反動で大きく傾く。

 女は両手で下向きに構えた剣の一閃で、砲弾を真っ二つに切り裂く。

 返す刀を、手近な第五小隊の戦車の装甲の隙間に突っ込んで、乗組員を刺殺した。

 ――すまん。

 橋を目指し、再びオベールは走りだす。

 どの方向にでも逃げられたが、彼が橋へ向かったのには勘定かんじょうがあった。

 惨事は対岸の火事ではなかった。奴らのいる場所にこそ、惨事があるのだ。ならば奴の来た方向こそ、奴らのいない場所だ。

 ゲートの残骸に滑り込み、身を隠す。

 ――このまま逃げられる。

 砲撃の流れ弾がゲートを砕き、連絡橋が揺れた。

 橋を構成する頑丈な鉄骨が、たわみ、振動するが、あの女には傷一つ付けられない。

 あんなものが来たら、フルシはもう終わりだ。

 そう思ったときだ。

 橋の脇、何もない空中を、ヌッとせりあがってくる人影があった。


(――?)


 オベールが、それが何者なのかを知ることはなかった。




***




「いいか。奴はリンを狙って船を追ってくる。リンの乗るビッグフット・ツーを死守しろ。この作戦では、それ以外の船は破壊されるのが前提だ。キュリオスのノートンが救助する」


 作戦会議ではそう言っていたけど――そのキュリオスはもうはるか後方で、呼びかけにも応答しない。

 オレたちは既にビッグフット・ファイヴをうしなった。


『ノヴェル! アルファはついてきてるか!?』


 高速で連絡橋を目指してはいるが、肝心のアルファが水素爆発にあおられて水没したまま現れない。

 オレは双眼鏡越しに後方――ミラたちの乗るビッグフット・スリーと、ビッグフット・フォーを見る。

 海上にも、空中にも、岸にも、アルファの姿はない。


「いや! まだだ! まだ目視できない!」


 別行動しているツインズを敢えて合流させるのがこの作戦の肝だ。

 このまま二度と現れないならそれでラッキーだけどさすがにそんなに簡単にはいかないだろう。

 だいぶ速度を落としているが、これでも予定通りオンタイムだ。前半にスピードを出し過ぎたせいだろう。

 そろそろ連絡橋が見えてきてしまう。

 ――参ったな。

 そのとき、リンがオレのそでをぎゅっと掴んだ。


「リン! 捕まっていろ! 振り落とされるぞ!」


 リンが珍しく不安そうに、首を横に振る。


「ノヴェル、海の中に――何かいるよ」


 見えるのか。

 オレは風圧に備えて掴まりながら、身を乗り出して船の下を確認した。

 高速救命艇の下に、何か影がある。

 つたか。それとも――。


「ジャック! 船の下だ! ジャック!!」

『下!? 下がどうした!?』

「避けろ!!」

『どっちへ――』


 どっちでもいい。らちが明かない。

 オレは運転席にすがりついて、操縦桿を横から強引に押す。


『おい! 危ない!』


 船は急激に左に傾き、海面の抵抗をもろに受けてバウンドしながら旋回する。

 すると――右前方の海中からそいつは浮上した。

 アルファだ。

 奴は、リンを見付け――にやりとわらった。

 表情まではっきり見えるような距離感だ。


「リン! 伏せろ!!」


 リンが伏せ、オッカムがそれをかばったがもう遅い。

 アルファは、その体から黒い蔦を出して――この船を切り刻むことなく、掴んだ。

 急激に揺れがなくなって、ただし速度を保ったまま――船が浮かび上がる。


『助けてくれ!! 船が持ち上げられてる!!』

『ビッグフット・ツー! こちらビッグフット・スリー、救助に向かいます!』


 助けてくれと言っておいて何だけど――この状況で救助なんてできるか?

 高度は四メートル、五メートルとぐんぐんと上がる。

 アルファを含め、船団は速度を維持したまま連絡橋へ向かっていた。

 視点が上がり、連絡橋が見える。

 これは――イグズスを南方線路へ降下させたやり方だ。

 奴はこうやってイグズスを運んだ。


『セシリア! 速度を揃えろ!』

『ビッグフット・スリー、了解! 皆! こちらへ飛び降りて!』


 ――そう来るか。

 オレたちはイグズスじゃないんだぞ。

 オレは思わず下を見る。

 真下にセスとミラの船――ビッグフット・スリーが見えた。

 ジャックとオッカムも横に来て下を見下ろす。

 高さは――周りに指標がなくて判らない。

 判らないなら考えても仕方がない。


「ジャック、飛び降りるぞ」


 ジャックもうなずく。


「全員――息を吸え」


 オレはリンの腕を取って――飛んだ。


「――」


 殴りつけるような風。

 青い海。

 その風を掴むように、足が勝手に暴れるが――腕だけは、絶対にリンを離さない。

 飛んでみると判る。

 これは、意外に、高――。


『ナイスキャッチ!』


 ――かった。

 オレたち三人は、ビッグフット・スリーの船底に叩きつけられた。

 リンはミラがキャッチし、オレとジャックは揃って同時に顔面を打ち付けていた。


「痛ぇっ!! ちっくしょう!!」


 上を見ると、蔦にからめとられた高速艇が三枚におろされ、投げ捨てられた。

 その残骸はビッグフット・スリーのすぐ近くに落下したが、セスはこれを難なく回避した。

 アルファはリンを追って、こちらに高度を下げてくる。

 右からは速度を上げてロウのビッグフット・ワンと、ビッグフット・フォーが接近してきた。

 ロウの船から、アルファに向けて魔術が飛ぶ。

 アルファは蔦を出してこれを防ぐ。

 爆炎や暴風が背後に流れてゆく。

 水柱がオレたちの周囲に幾本も立って、セスはこれをかわし、アルファはこれを斬る。

 アルファの蔦がある限り、普通の攻撃は何も通用しない。

 しないが――。


『奴が蔦を出した! 電撃を食らわせてやれ!』


 ロウはこれを狙って、蔦を出させたんだ。

 ロウの指示でビッグフット・フォーが近づき、電気魔術の放電を開始する。

 交流・・とやらが黒い蔦を伝い、アルファを直撃した。


『いいぞ! 利いてる!』


 感電のせいか、みるみるアルファは減速してゆく。


『間もなく連絡橋だ!』


 前方を見ると、いつの間にかもう連絡橋が大きく見える距離まで来ていた。

 しかし、それは昨日とはまるで違った姿をしていた。

 切断され、曲げられ、焼かれ――そこには、立派な橋だったもの・・・・・の橋脚が海上に突き出しているだけだった。


『くそ! 橋がやられてるぞ! ベータの仕業だ!』


 橋だけじゃない。フルシ側のたもとはごっそりとえぐられ、地面に埋められた橋台が露出している。

 ブラックホールの直撃を受けたんだ。

 封鎖していたフルシ軍は全滅だろう。

 オレは振り返ってアルファをにらみつける。

 奴は自由になっていた。

 術者との距離が開いて、電撃が急激に弱まったせいだろう。

 アルファは周辺の蔦を消して、速度を上げてビッグフット・フォーに再度迫る。

 ビッグフット・フォーは逃れようと更に加速する。

 アルファが空中で指先をわずかに動かした。

 直後、ビッグフット・フォーの針路の海上に、黒い蔦が現れた。

 けるには速過ぎた。

 一瞬の間に、ビッグフット・フォーは、前のめりにひっくり返りながらバラバラになって飛んで行く。

 乗組員たちはそれぞれ、水切りのように海上を転がって、すぐに見えなくなった。


『ビッグフット・フォー! フランツ!!』


 乗組員は無事だろうか。

 全てはあまりに高速に、あまりに小さな飛沫を上げて海上に散らばってしまった。

 残る船は、オレたちとロウだけ。


『くそ! 振り向くな! 前を見ろ! 橋をくぐるぞ!』


 オレたちは、頭を下げて崩落した橋の残骸の間をくぐり抜けた。

 ロウは、オレたちの後から橋を潜ってくる。

 その途中、ロウが橋脚や残骸に光球をバラまいた。

 直後、アルファが橋を通りかかる瞬間――光球がほぐれて電撃を走らせる。

 バチィッ! と青白い閃光が走った。


『直流をお見舞いしてやりました。少しは時間が稼げるでしょう』

『超音波で付近に霧を展開します。音声通信が乱れるかも知れません』

『了解した』


 セスは空気魔術と水魔術で霧を発生させる。

 海峡を包み込むほどではないけど、オレたちの位置を誤魔化ごまかすには充分だ。

 オレたちは、河口から雄大な大河に入り、速度をややゆるめた。


「いいぞ、後はベータを探す」

「アルファはいいのか?」

「心配するな。ここまで誘導した。お前の妹がいる限り追ってくる」


 セリーヌ川はフルシのペアリーズを貫く大きな川だ。


「破壊の痕跡こんせきを探せ。煙、振動、悲鳴――そこにベータがいる」


 河口付近の牧歌的な風景はどこへやら、あっという間に風景が変わって生き馬の目を抜くペアリーズ市の街並みが現れる。

 川面かわもの近くまで迫った市街地。

 建物と川の間の、遊歩道程度の河川敷に市民がひしめいて、何やら大声を上げている。


「おい、ジャック――あれ!」


 オレは前方の川上を指差す。

 そこで――セレーヌ川を遡上そじょうし始めたオレたちを正面から迎えたのは、川幅いっぱいに広がった巨大遊覧船の群れだった。

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