40.2 「誰も、誰もあの男の本当の姿を知らない。勇者たちさえもね」

 鉛のように陰鬱いんうつな色をたたえた湖に沿って、汚れたイクスピアノ・ジェミニは走った。

 カレドネルには二つの建国神話があり、その片方がこのディラック湖に伝わる。

 伝説では、かつての城主は非業ひごうの死をげた。

 あがめられ、同時に呪われた場所である。

 やがて道も途切れ、三人は車を降りる。

 湖面近くまで降り、そこからは徒歩で湖を北へ回り込む。

 しかし、アレン=ドナ城は湖中央の島にある。

 岸からの距離はざっと一キロほど。いくら回り込んでも、その島との距離が縮まるものではない。

 そうしてある古い船着き場らしき場所まで来たとき、ファンゲリヲンは何かを唱える。

 すると――湖面に次々と何かが現れた。

 黒く四角い、しかし異様に薄い謎の空間である。

 ノヴェルが驚いていると、湖面が白く泡立った。

 大量の水を持ち上げ、その下から――石のアーチが出現する。

 アーチはそれぞれ繋がって、橋となっていた。

 たちまち浮上したその橋を、ファンゲリヲンとインターフェイスは当たり前のように渡り始める。

 橋自体の重量。それが押しのけた数百トンの水。

 世界中で一番大きな水門にも勝る。途方もない大仕掛けであった。


「こいつは一体――どういう仕掛けだ」

「さて。ここで説明してもよいが、おいそれと真似できるものではないぞ」


 後からノヴェルも渡る。

 そうして遂に、アレン=ドナ城へとノヴェルは至った。

 美しい城だった。

 城壁の代わりの湖と森に守られながらも、それは肩をあらわにした乙女のように無防備である。

 正面の城門は気品があり、古めかしい険しさもあった。

 窓の一つ一つは鉄格子。少なくとも外側から見る限り、ガラスのようなもろい材質は使われていない。

 門を潜り、彼らは場内へ入る。


「ここが――アレン=ドナ」

「ようこそ、ノヴェル・メーンハイム。我ら七勇者の城へ。勇者以外でここに招かれた者は――君が初めてだ」


 ベリルの庁舎と同様、古典的なロの字の構造をしている。

 入ったそこは暗いゲートハウス。

 正面の大きな窓の向こうに広がる内郭インナーベイリー

 左右のアーケードが続く先は、二つのタワーハウスを持つ宮殿パレスだ。

 入った先は左右へ長く続く回廊。

 ファンゲリヲンの先導で、城の奥へとノヴェルは向かう。

 内郭を横目にアーケードを渡り、パレスへ。

 その大ホールに入り、タワーハウスの螺旋階段で三階へ上がる。

 アーケードもホールも階段も、異常に暗かった。

 ここには照明と呼べるものが一切ないのだ。

 廃墟・・――。

 古城よりアジトより、廃墟というのが最も適切だ。

 それなのに蜘蛛くもの巣ひとつなく、鳥の声もしない。

 響くのは足音のみ。

 そして――ドアの開く、重たい音。

 そこは窓がひとつあるだけの、異様に暗い部屋だった。

 窓はあるのに闇が濃く、部屋の隅々まで見通すことができない。

 湿度が高い。


「ここは――なんの部屋だ?」

ヘッドルーム・・・・・・だよ――貯水槽のね」


 水音が響いていた。

 さらに中の鉄階段を再び下りる。

 三階に上がってそこから半階分ほど降りた形になるだろうか。

 そこでノヴェルは息を呑んだ。

 床や天井に反射する集光模様コースティクス――水面が反射、屈折させた光のきらめきだ。

 そこは屋内の貯水池シスタンだった。

 シスタンの中央には石造りの島と台座があり、水瓶みずがめを持った像の手前に誰かがたたずんでいる。

 ざらり。

 鎖が動いて振り返る。

 それはノヴェルが船で出会った魔人――。

 あのお方スティグマであった。




***




 ファンゲリヲンがひざまずく。


放蕩ほうとうのファンゲリヲン、お導きに従い、只今お戻りいたしました。おまみえの御許しを」

「『構わぬ。楽にせよ』」


 オレの背後から声がして、天井に反射する。

 答えたのは――インターフェイスだった。


「お客人を連れてまいりました。ノヴェル・メーンハイムです。ノヴェル君、つつしんでご挨拶を」

「お――お招きにあずかりました、ノヴェル・メーンハイムです」

「『よい。よくぞ参った』」


 良い――って、いいのか?

 正直な話、招かれた覚えはない。


「この者は、マーリーンの孫。そしてジェイクス・ジャン・バルゼンに列する者です。ソウィユノ、ゴア、オーシュ、イグズス、メイヘムを殺し――」

「『知っておる。幾度も私の手を逃れた。魔力を持たぬ少年よ。船で会ったな』」

「は、はい――」

「『そうかしこまるな。私は君のおさではない。敵であろうに』」

「う――」


 そう、敵だ。何の危険もない敵。

 だからオレはこうして立っていられる。

 でもその言葉を聞いて反応したのはむしろファンゲリヲンのほうだった。


「失礼ながらお耳を拝借したく。この者は力を持ちませぬが、必ずや神めを手に入れる切符となりましょう。何卒なにとぞ寛大なご処置を」

「『この者の処遇は後程決める。今日は少し疲れた』」


 ははっ、とファンゲリヲンは跪いたまま答えた。

 一度も顔を上げない。

 一瞬だけ、きらりと水面が光を反射して、スティグマを照らした。

 その顔は、向かって左半分が真っ黒だった。




***




 オレは独房めいた小部屋に通された。

「気に入られたな」とファンゲリヲンは言っていたが、オレにはその感覚は判らない。

 しかし――参った。

 スパイといったって、ここにはスティグマしかいないようだ。

 そのスティグマはどうやら、インターフェイスなしでは口を利けないらしい。

 いくらコッソリ動き回っても、どうやって情報を集めたものか――。

 今オレが知らなきゃいけないことは、スティグマのたくらみ――ファンゲリヲンは何かが『完成したのか?』と言っていた。

 それだ。

 つまりなぜファンゲリヲンが呼び戻されたのかってことだ。

 オレは音を立てないよう、こっそりと部屋の木扉を開ける。

 外は――暗い。

 ここは陽が落ちてしまえばもう明かりはない。

 真っ暗だ。

 こう暗くっちゃ、この廃墟同然の城を動き回るのは不可能だ。

 オレはベッドに寝転がった。

 スパイは明日からにしよう。

 オレはそう思った。




***




 ジャックとミラは、ディラック湖のほとりで乗り捨てられたイクスピアノ・ジェミニを発見していた。


「間違いない。奴の車だ」


 ジャックは借り受けた狙撃銃を持って車を降りる。

 ロンディアではあれだけ派手に暴れまわったのに、死者の報告はなかった。

 市警は重症者二十五名、軽症者八名。家屋は十一棟が全半壊。第三層では街区四ブロックが断水になった。

 車両は重装甲車二台が廃車相当のダメージを受けたほか、民間車両含めて六十台以上が被害に遭った。

 ジャックたちが街を離れる直前まで、通報は鳴りやまず車両被害はまだまだ増えそうだった。

 ――まぁ、死人がでなきゃおつりが来る。

 ジャックはボンネットに大判の紙を拡げ、懐中電灯で照らした。


「そいつはなんだ」

「市警にマニアがいてな。伝承を元に、アレン=ドナ城の見取りを作っていたのを借りた。まぁ当てにはするな」


 古い作りだ。

 外郭、内郭を持ち、島自体を土塁モット――城を守る丘にしている。

 天守キープは北側、大きな宮殿パレスの中央にある。


「湖はほり。島全体がキルゾーンだ。スティグマはおそらくこのキープだろう。ノヴェルはパレスのどこか」

「もう暗くなる。朝まで待つか?」

「朝には霧で包まれるだろう。それにまぎれてもいいが、狙撃はできなくなる。朝までに島に行くぞ」


 すっかり調子を戻しやがって、とミラが毒づく。


「で、どうすんだい。どうやって島へ渡る」

「地図によると橋があるはずだ。でっかい石の橋が」


 二人は湖畔こはんに沿って歩き、伝承にある波止場と橋を目指す。

 波止場は見つけたが、遠巻きに見る限り橋はなさそうだ。


「橋なんかねえぞ」

「――あくまで伝承だ。当てにならん。波止場にはボートがあるんじゃないか」


 だが、たどり着いた波止場には橋は勿論ボートもなかった。


「どうする。波止場はあるがボートはねえし――」

「車のトランクに、スペアのタイヤがある。それを二つ浮かべて、上に板を、こう――」


 ミラは溜息をいた。




***




 何時間そうしていただろうか。

 眠ろうと思っても眠れない。

 ぼんやり、うとうとすると妙な物音で目覚める。

 だから寝転がって、頭の上に広がる真っ暗な闇を見詰めていた。

 いつぞやそうして、ゴブリンの襲撃を待っていたときのように。

 そのときだ。


「――ェル君。ノヴェル君――」


 どこからか、オレを呼ぶ声が聞こえた。

 ささやくような男の声だ。だがジャックでもノートンでもファンゲリヲンでもない。

 誰だ。


「頼む――てくれ――」


 オレは身を起こして、壁に耳を付ける。

 でもどの壁も特に反応はない。

 扉を薄く開けて外をうかがう。


「こっちへ――」


 部屋の外から聞こえるようだった。

 招かれざる者が深夜に城内をうろついていたら、殺されたって文句言えない。


(――呼ばれたら、仕方がないよな)


 オレは手探りの暗闇の中、回廊に出た。

 タワーハウスの前を通り過ぎる。


「――っちじゃない――上――上へ」


 タワーハウスの上、さっきスティグマに謁見えっけんした貯水池のほうだ。

 声に導かれて階段を上がる。

 あの重い扉に耳を付けると、オレを呼ぶ声は確かにそこからする。

 ――スティグマがいるんじゃないだろうな。

 オレはその扉をゆっくり押し開け、中に入り込む。

 月明りが差し込んでいた。

 月明りの中に、ぽつりとランプがある。

 ランプは消えていた。

 オレはそのランプに手を伸ばしたが――これは魔力式だ。


「――ヴェル君――明かりを、点けてくれ」


 囁き声もはっきり聞こえるようになった。

 オレは暗闇に向かって囁き返す。


「誰だ。オレにはこいつは使えない。マッチを寄越せ」

「――マッチが――プの下にある」


 ランプのあった場所を見ると、確かにマッチはあった。

 でも一体いつからそこにあるのか――とんでもなく湿気しけている。


「湿気過ぎだ。こんな部屋に置いとくから」

「――率はゼロじゃない――何度も擦ってくれ――」


 確率? 確率と言ったのか?

 そんな恐ろしいほど下らない屁理屈へりくつをこの状況で吹っ掛けるのか?


「確率だと? 馬鹿にするな。何が――」


 オレはヤケになってマッチを擦ると、驚いたことにマッチが点いた。

 弱弱しい明かりで、暗闇を照らす。

 そこに、生首があった。


「うわあっ」


 驚いてマッチを落とす。

 一瞬だけだったが――そこには、水槽に入れられた生首が浮かんでいた。

 喋れるはずも、喋ったところで聞こえるはずもない。

 でももしこの生首が空気魔術を使えるなら、オレに呼びかけることも――。


「し、死霊か? ファンゲリヲンの、魔術が使えるタイプの死霊か?」

「違――は死んでいない。僕はセブンスシグマ――その、首だ」


 セブンスシグマ!

 死んだとだけ聞かされていた。

 こんなところに、首だけになって生存していたなんて。

 オレは暗闇の中、その首に近づく。


「ジャックから聞いた――あんたが」

「いいかい。大事な――伝える。ファンゲリヲンと、インターフェイスを連れ――逃げるんだ。そして――僕を殺してくれ」


 殺してくれ。殺してくれと言ったのか?

 オレは更にその首に近づいて、水槽に顔を付けるほどになった。


「――!? なんで――」

「久しぶりにおしゃべりしたい気持ちはあるよ。でも理由――時間はないんだ。僕を殺せばそれで終わる。僕の計算力がなければ、あいつの――集めたくらいの魔力じゃ、――計画を実行できない。あいつの企みの中で、一番、最悪なことはもうできな――るんだ」

「そんな! ――とにかく、ファンゲリヲンたちを逃がせばいいんだな!? 危険があるのか!?」

「そう。抹殺される。彼の提案は、却下だ。だから君も不要に――。――ジャック君も危ない」


 ジャックに危険が――?


「はっきり答えてくれ。ジャックにどんな危険がある」

「勇者殺しは、格好の狙い目さ。あいつは、放っておかない。次の勇者の、第一候補だ」

「ファンゲリヲンの提案ってのはつまり、ヴォイドの神を作ってどうこうってことか?」

「ファン――には心当たりがあるはずだよ。君の妹を乗っ取ってヴォイドの神を作り、――スティグマを延命するよう再契約を迫るはずだったんだ。でもそれは正式に却下された。彼は命令に背いて勝手に動いた反逆者。しかも失敗した」


 ――ファンゲリヲンのいう『予算』のことか。

 それはそんなに重いものなのか。


「おしゃべりは終わりだ。わかったらもう、僕を殺してくれ」


 オレはナイフの柄を握る。


「水槽を割って、首のチューブを切断してくれ。それで僕は死ぬ」


 オレは掌で、水槽の感触を確かめる。

 冷たい。

 ガラスの厚みは判らない。


「ジャックから聞いたぞ! あんたはジャックの味方だろ! どうして死ぬなんて」

「誰も、誰もあの男の本当の姿を知らない。勇者たちさえもね。あんな――あんな恐ろしい計画に付き合わ――もう嫌なんだ」


 オレはナイフの柄を向けて振り上げる。

 震えるような闇に向かって――。


「ああ――早く」


 だめだ。

 オレは振り上げたナイフを力なく下ろす。


「オレは――あんたに恨みはない。恨みのない相手は殺せない」

「君は――恨みがあっても殺せないだろう? 違う。助けると思えばいいのさ。君の友人を。そして僕を」

「き――詭弁きべん、そんなのは詭弁だ。オレは納得してない! まだ全然、あんたと、それ以外を天秤にかけるような――」


 そのときだ。

 背後、扉の外で誰かが動いた。

 ――誰だ。

 暗くて色柄材質はまったく見えなかったけど、ちらりと揺れたのはおそらくスカートのすその動き。


「まずい。見られた」


 オレは身をかがめ、入り口をうかがう。


「ノヴェル君! 早く僕を殺してくれ!」

「あ――後だ! ファンゲリヲンを逃がして、本当のことを聞き出す! もしそれで納得したら――ジャックを連れてあんたを助けに来る!」

「そんな! そんな話してわかるような、まともな話じゃないんだ! 君は納得できないし、ここへ来ればジャック君も危ない!」


 とにかく後だ! ――オレはそう言いおいて、部屋から外を見る。

 高窓からの月明りだけが頼り。

 かすかな光だ。


「セブンスシグマ! 援護を頼む!」

「僕にそんな力があるなら自分を殺してるよ――ええい、仕方がないな……」


 オレは真っ暗な螺旋階段を下りて一階へ戻る。


「そっちでよさそ――」


 セブンスシグマの声が遠い。


「どこに行った? 誰だ?」

「ゲートハウス――内郭の反対側のほう――動きが」


 ゲートハウスというのはたぶんロの字の底辺、最初に入った玄関のある建物だ。

 パレスからアーケードへ出る。


「そこ気を付――いる」


 オレはアーケードの柱に身を隠した。

 恐る恐る先をのぞく。

 アーケードはロの字の左右向かい合う二辺――内郭を抱くようにゲートハウスとパレスを繋ぐ長い通路で、彫刻の意匠がほどこされた沢山の柱が並んでいる。

 内郭から差し込むにぶい月光が、柱を通ってくしのように床に落ちている。

 そこに。

 人の輪郭りんかくがあった。

 立っているのは――女?


「インターフェイス――なのか?」


 オレは柱からおどり出て、そしてはたと立ち止まった。

 振り返る影。

 シルエットが違う。

 ずっと身長が高い。


「――だ、誰だ」


 瞬間――本当に瞬きするほどの間に、女の影は近くに飛び込んできた。

 音もなく、それは――。

 ヒュッ。

 鋭く空気が鳴る。

 オレは――後ろに飛んで、仰向けに倒れていた。


「!?」


 がごん、がごんと音がして、オレのすぐ横にあった柱が――切断されて転がる。

 長い剣を振りぬいた姿勢の女。

 斬ったのだ。

 柱もろとも、オレを。

 もう仰向けに転んでいるのに、更に腰が抜けるのを感じた。

 闇の中でも自分の手が震えるのが判る。


「逃げなさい」


 インターフェイスの声が、オレの背中の下から聞こえた。

 彼女はオレを抱えて――下敷きにされている。

 引っ張って助けてくれたのだ。

 剣先を払い、長身の女が動き出す。

 ――まずい。

 オレは少ない決意を振り絞って、インターフェイスの手を握り返す。

 弾かれたように立ち上がると、靴底を滑らせ、元来たパレスのほうへ逃げた。

 インターフェイスの手を握ったまま。

 走りながらインターフェイスが状況を補足する。


「放蕩の者に、処分が下ったのよ。彼はパレス一階奥の私室にいる」

「聞いた! 奴を連れてここから逃げるぞ!」


 ――車まで戻れば逃げられる。

 パレス入り口のドアにたどり着く。

 それを開けようとした。


「伏せて」


 インターフェイスの声で思わず頭を下げると、またヒュッと風切り音がして、二枚の扉が四枚になった。


「あ――開ける手間が省けた」

「馬鹿なことを言わないで」


 インターフェイスに押され、オレはパレスに転がり込む。

 中は暗い。振り返っても、やはり暗い。

 背後からの足音。

 敵の姿が、その間合いが見えない。

 もっとも見えたところでどうしようも――。

 ヒュッ。

 音に気付くと同時に、オレはインターフェイスに押し飛ばされて転がっていた。

 調度品が砕けて散らばる音で、オレは何が起きたか知る。

 あいつの一刀だ。

 インターフェイスには、見えていたのか?


「早く」


 今度は彼女がオレの手を取り、走り出す。


「こっちよ――」

「早く」

「ここから逃げるぞ」

「伏せて」

「――こっちよ」


 突然――真っ暗なパレスの大ホールに、オレとインターフェイスの声が響きだした。

 声はあちらこちらから聞こえる。

 ――セブンスシグマだ。

 奴が援護してくれている。


(今のうちに!)


 オレはインターフェイスのスカートの裾を掴んで、足音を立てないよう、暗がりを進む。

 おそらくもうすぐ。もうすぐ大ホールの奥の扉へたどり着くはずだ。

 そのとき、ガシャン、と足が何かを蹴った。

 暗闇では視覚以外の感覚がぎ澄まされる。

 瞬間、火のような殺気が迫りくるのがオレにも判った。

 風圧。

 オレとインターフェイスは飛んで伏せてそれをかわす。

 そのまま匍匐ほふく前進でホールの出口を目指すが――。

 ザッザッという足音が、オレのすぐ後ろまで迫っていた。

 まずい。

 もう立ち上がって逃げるだけの猶予ゆうよはない。

 ――殺される。

 観念したそのときだ。

 パパパパパッと音が響いた。

 扉に空いた無数の穴から、光が漏れてくる。

 その扉は勢いよく蹴り開けられた。

 同時に大量の光が入ってくる。

 回廊のランプが煌々こうこうかれ、眼がくらむほど明るい。

 振り返ると――オレのすぐ傍にその女は立っていた。

 銃弾をまともに浴びて尚、眩しそうに顔をかばっている。

 入り口に立っていた男は勿論――放蕩のファンゲリヲンだ。


「――おはよう若人たち。年寄りの朝は早くてな」

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