38.3 「まだるっこしいぜ、アルドゥイノ! さっさとこの扉を開けろ!」

 ブリタシア島が近づくに従って、ジャックは落ち着きをくしていた。

 苛々 いらいらして、満足に寝ていないのか会議でも居眠りをしている。

 イライラか、ウトウトか。


「おい、イラウト野郎」


 ジャックの船室にずかずかと入り込んできたミラは、いきなりそう食ってかかる。


「――ミラか。なんだイラウトってのは」


 てめえのことだ――とミラは凄んだ。


「そのザマは何だ。まだ着いてすらいねえんだぞ。そんなでノヴェルの野郎を助けられるのか」

「あ――ああ、済まない。迷惑はかけない」


 ジャックはそう流そうとしたが――ミラは突然、横にあった椅子を蹴り倒す。


「『迷惑はかけない』だぁ!? どういう意味だ! どのクチで言ってやがる!」

「す、すまな――」

「謝るんじゃねえっ!!」


 あたいは謝らねえぞ、とミラはこぼすように付け加えた。


「姫様には親父のことで謝ったが、お前には謝らん。あたいはお前んちの庭で親父を取り逃がしちまったが、お前だって入り江でやり損なった。お互いイーブンだ」

「何のことだ。そのことはもう――」

「黙れ、話の途中だ.いいか、あたいはお前には謝らねえ。心の底から自分が悪いと思わなきゃ謝らねえ。しょうがねえだろって気持ちが少しでもあったら、あたいは謝らねえ。お前もそうしろ」

「だから俺は――」

「嘘だ! お前は腹の底で自分は被害者だと思ってる! それは別に間違ってねえ! だから謝るんじゃねえ!」

「何が気に入らないんだ! お前は俺にどうしろと!?」

しっかりしろ・・・・・・って言ってるんだ、ジャック! ブリタまではエイスが連れてってくれる! だがその後は!? ブリタに着いたらお前だけが頼りだ。そのお前が『迷惑はかけない』!? 違うだろ!」


 ミラはジャックの両肩を掴む。


「迷惑をかけろ! 迷惑をかけるんだよ! あたいに!」

「有難い話だが――乗れない。乗るわけにはいかない。それに俺は、まだ心の整理がつかない」


 心の整理だぁ――? とミラは思案する。


「ああ。俺はこれから、お前の親父を殺す。そうなればお前にとってのかたきは、その瞬間から俺だってことになる」

「だとしたら何だ。あたいに恨まれるのはいやか!?」

「わからん。それがわからんからこうして――」

「じゃあ、あたいに恨まれないようにそうやってぼんやりして、あたいに親父を殺させようってのか? そのせいでノヴェルの野郎を助け損ねたとしても? あたいがそんなことを望んだか!?」


 お前は突っ走れ! とミラは吠える。

 ジャックは顔を伏せる。


「怖いんだ。また俺が突っ走って――」

「お前の家族のことか?」


 ジャックはハッとしたようにミラを見る。


「――俺の記憶を読んだのか」

「読んでねえ。だがお前の顔みたら判る。知ってる顔だ。うちは病院だったからな」


 それでもジャックは釈然しゃくぜんとしない。

 認識術を使ったかどうかではなく、そわそわとして――自分自身の身の置き場に困っているようだった。


「確かに――俺は家族を失くした。だがどうだ。周りを見ればそんな奴ばっかりだ。ノヴェルも爺さんを殺されて、妹も危ない目に遭ってる。お前だって――」

「そうだ。あたいはこれから親父を殺される。それか自分で殺す。その覚悟だ」

「本当にそれで平気なのか!? 今は平気でも、いつか――」


 ならねえよ、とミラは言った。


「同じじゃねえ。同じじゃねえんだ。家族が死んだっつっても、お前のそれ・・と、ノヴェルとあたいのそれそれは、全然同じじゃねえ。お前にはそれがわかると思ってたぜ。いや、わかるんだろう?」

「――わからねえ」


 ミラは自分で蹴った椅子を戻し、座る。

 息を吸った。


「いいか。病院にゃ色んな奴が来る。もうダメって奴だって運び込まれてくる。だから病気やケガで、家族を失った奴の顔をみてきた。すると判るんだ――自分を守ってくれる親を失った子と、自分が守るはずだった子を失った親じゃ、全然違う」


 ジャックはハッとした。


「違うのか。違ってていいのか」

庇護ひご者――親を失った子供ってのは、どっかで打算的だ。明日からどうやって生きればいいか考えてる。逆に言や明日があるってことだ。薄情かも知れねえがそれでいいんだ。死んだ親だって、最後の瞬間までそう願ってた」

「……」

「だがな、子を失った親はまるで違う。他に子供がいりゃあまだいい。明日がねえんだ。昨日までも無くなって、明日もない。明後日もない。未来がなくなったとしか本人には思えねえ。見渡す限りの――真っ暗な闇だ。同じ絶望でも、味が違う」


 ――知ってる景色だ。

 そうジャックは思う。

 俺はその闇を見た。その闇も俺を見ていた。

 俺はその中で藻掻もがく――それを生きているというのか知らないし、藻掻くと決めることもなく――今も藻掻き続けている。


「子は親の仇なんかとらなくていい。だが親は子の仇をとるべきだ。それしかできねえのならな」


 ジャックは、いつの間にか自分のほおを伝う涙に気付いた。


「だが明日がねえってのは事実じゃねえ。実際、お前はまだここで生きてるだろ。乗り越えろ。そのために、お前は自分のことを話せ」


 涙をぬぐう。

 ――俺は、許しを得た。

 俺の復讐を続けていいという許しをだ。

 未来に罪を重ねるとしても、その幾ばくかを――軽くしてもらえた。

 少なくとも、目の前にいる口の悪い女のぶんだけは。


「ありがとう、ミラ――お陰でなんていうか、少しはすっきりした。だが――」


 それはジャックにとって充分な許しだったが、彼の中の天秤がひっくり返るほどではなかった。


「だが――話すのは勘弁してくれ。俺は――」


 ミラはジャックの右頬を拳で殴った。


「まだそんなこと言ってんのか!? 話せ! 話さなきゃお前は、決心できねえ。自分で話さなきゃお前はこれからベストを尽くせねえ!」

「ノートンにも言った。これが片付いたら話すと――」

「ふざけんな! お前は、これが終わったらパルマに帰るのか!? 元からそんなつもりはねえだろ!」


 今度は左の頬を殴られ、更に襟首を掴んで前後に揺すられる。

 これから向かうのは――勇者の本拠地だ。

 スティグマがいる。

 戦って勝てる相手ではないことは――二度も奴と戦ったジャックなら一番よく知っていることだ。


「死ぬつもりだろうが! お前は懐かしのロンディアを見て、ノヴェルを助けて、仇を討って、自分は死のうとしてるんだよ!」

「――よ、余計な心配をするな」


 ジャックは目をらす。

 その瞬間をミラは見逃さない。


「目を逸らすな! あたいの目を見て言えるか!? 死ぬつもりはないって! 今のままベストを尽くせるって!」

 

 ジャックは目を見ることは勿論、顔を上げることすらできなかった。

 ミラが手を離した。

 その表情を見ることはできない。


「現実から目を逸らしてやがる。――見損なったぜ。お前のやろうとしてることは復讐なんかじゃねえ。手の込んだ自殺だ。だからロウやセスの手助けも断ったんだろ。お前のそれは、あたいの目的とは違う。そんなもんにあたいを巻き込むな」


 終わりだ、とそう言い捨てて、ミラは船室を出た。




***




 ドアがノックされた。

 ミラなら出て行ったばかりだ。おそらくもう二度と戻らないだろう。

 涙の跡を誤魔化したが――おそらく誤魔化しきれない。

 ジャックはベッドに腰かけたまま返事をした。


「誰だ? 悪いが体調が優れなくてな。明日にしてくれないか」

「明日にはロンディアに着いちまうぞ、ジェイクス・・・・・


 ――ばかな。

 耳を疑う。それは――かつての同僚、フィルの声だ。

 こんなところにいるはずはない。いや――。


「フィルか!? どうしてこんなところに――」


 慌ててドアを開けようとドアノブに組み付いたが、なぜかドアは開かない。


「フィル! ここを開けてくれ!」

「おいおい、閉ざしてるのはお前だぞ、ジェイクス。お前の女房もいるのに」

「――トリーシャ!? トリーシャがそこにいるのか!?」


 ジャックは必死にドアを叩く。

 そのうちに、ドアの向こうからくぐもった声がした。


「――あなた?」

「トリーシャ!!」

「ずっと探していたのよ」

「トリーシャ! 君のほうこそ、今までいったいどこに――なぜ――」

「あなたのことだから、きっと世界中を渡り歩いて、この子の仇を取ろうとしてるんだと思ったわ」

「そうだ、トリーシャ。いや、違う。俺は――ずっと君らと一緒に居たいと思った。俺は、こっちで最後の遺恨いこんを晴らしたら、君のところに行くって、そう決めてたんだ。だから――」


 おかしな人ね、とトリーシャは笑う。

 ドアの向こうにいてもその笑顔は、ジャックの目の前にあるかのようだった。

 手を伸ばせば届くほどの場所に――。


「私はずっと、あなたの傍にいたのに」




***




 ハッと気づいたとき、ジャックは船室の床の上だった。


(夢――だったのか)


 よだれだと思って拭うと、それは血だ。

 床に倒れて気絶していたのか、ミラに殴られすぎたのか。

 いずれにせよ、ダメな人間だなとジャックは自分を責めた。

 ミラの言う通りだ。

 ミラが離脱したら自分一人――こんなザマで作戦をこなせるわけがない。

 たった一つの優先目標すら、達成できない。

 自分には――ミラが必要だ。


(現実から目を――か)


 ジャックは船室の、もう誰も叩くことのない扉を見た。




***




「足りねえなぁ」


 男は組んでいた脚を事務所の低いガラステーブルに乗せて、オレたちをにらんだ。

 事務所とはいうものの民家っぽい応接間は、照明もなくカーテンの隙間すきまからの外光のみ。

 陰影が、男の掘りの深い顔の陰影を強調して、エラい凄みを持たせている。


「七十五万。俺ァそう言ったんだぞ。アッチのほうは元気だった癖に――アタマのほうは」


 耄碌もうろくしたか? と男はファンゲリヲンの顔をのぞき込む。

 勇者は何も答えない。

 殊勝しゅしょうなことだ。よく暴力に訴えないものだと程度の低い感心をしてしまうが、どうやらこのファンゲリヲンって勇者にはまったく独自の倫理観がある。

 ある種の産業に関しては、特に強いリスペクトを抱いているようだ。


「足りぬか」

「だから足りねえって言ったんだよ! 四十万しかねえ。どうすんだ、まったく」


 溜息交じりだ。

 この男のほうも、腕っぷしは強そうな強面なのに、言葉の端々に弱気がでる。

 その四十万だってマフィアから盗んだものだって知ったらきっと頭がおかしくなるだろう。

 ファンゲリヲンに言わせればそれも『貸しを返してもらっただけ』らしい。


「これじゃ女の取り分も出ねえ。昼まで繋いでやるからあと最低二十、なんとかならねえのかよ」


 用心棒でも借金取りでもなく、金策に走る経営者のようなうれいをびた顔で男は言う。

 なんとなく憎めない。

 ちょっとジャックっぽいのかも知れない。


「あんた勇者なんだろ? 金なんかどうとでもなるんじゃねえか。こっちはそうはいかねえんだよ」

「だから待ってくれさえすれば――」

「待てねえんだよ。こちとら火の車だ。そっちのガキは何かねえのか。稼げる芸とか――」


 急に振られて目を白黒させた。


「オ――オレ? オレは金も無いし、特に何も――」


 だよなぁ、と男は溜息をく。

 どうやら本当に困っている。ファンゲリヲンにはそれが判ったのだ。


「なぁ、ファンゲリヲン、どうにかならないのか? そもそもお前が金もないのに三人もはべらして豪遊なんかするから――」

「わ、わかっておる」

「お前の『貸し』ってのはそれで全額なのか?」

「そんなわけがあるか。金額にすれば百億は下らぬ。だが昨夜の今日だ、ブーマンの奴らもガードを固めているだろう。また押し入るにはいささか準備が――」


 ブーマン・ファミリーと聞いて男の顔色が蒼白になった。


「――おっ、お前ら! 何の話をしてるんだ!? ブーマン・ファミリーを襲ったのか!? たった四十万ばかりのために!?」


 まずい。バレた。

 オレたちがバカみたいな顔でうなずくと、男は立ち上がってオークのようにウロウロし始める。

 そしてオレたち二人を指差して激しく非難する。まぁ彼からしたらオレたちはとんでもない面倒を起こした山のお猿だ。


「し、信じられねえ馬鹿どもだ! 脳みそに梅毒が回ってやがるな!?」


 梅毒ときたか、とファンゲリヲンが噴き出す。


「笑いごとじゃねえ! お前ら、ここに入るのを誰かに見られてねえだろうな!」

「さぁ、特に気にせんだったが」

「うちみたいな弱小のインディペンデントが、ブーマンみてえなビッグ・ファミリーに目ぇ付けられたら終わりなんだよ!」


 血走った目でそう叫ぶ。

 締めきったカーテンの隙間から、男は外を覗く。

 すぐに凄い勢いでカーテンを閉じた。


「――張られてるじゃねえか! ブーマン・ファミリーの奴らだ!」


 壁に張り付いて、男は小さく叫ぶ。

 今にも泡を吹きそうな勢いだ。


「くそ! こんなはした金で――くそっ!」


 マフィアは執念深いらしい。

 金額の大小によらず、必ず報復をする。


「いや、金のことは後だ……。なんとか女だけでもここから逃がす!」

「オレたちも手を貸そう」


 手を貸そうじゃねえ、何様のつもりだ、と男は憤慨ふんがいしつつも、奥へ通じる扉を開けた。

 ここはもう囲まれている。時間はあまりないだろう。


「二階に三人。一階に一人寝てる。二階から下へ連れてきて、裏口から逃がす」

「裏口は安全なのか?」


 そう訊くと男はまた癇癪かんしゃくを起こした。


「『安全か』? こっちが聞きてえ! 安全な場所なんかあるわけがねえ! 大陸の端から端まで危険が危ないんだよ! お前らのせいでな!」


 少し広いだけの二階建ての民家。少なくとも外から見た印象はそうだった。

 オレたちは繁華街に近いほうのゴチャッとした通りから庭を横切ってここへ入った。

 塀に囲まれた庭だった。

 包囲されやすく、逃げにくい――。


「女の他にはいないのか?」

「経営も用心棒も経理も送迎も全部俺一人だ」


 アルドゥイノ! アルドゥイノ! とドアの外から、しゃがれ声が飛び込んできた。

 庭側、つまりオレたちの入ってきたほうのドアだ。


「ヘルロフの野郎だ! 勘弁してくれ!」


 呼吸だけ――かすれるような無声音でそう叫び、男は魔術を構えてドアに近づく。

 どうやらこの男はアルドゥイノというらしい。


「あ――朝っぱらから何の用だ、旦那」

「ちょいと妙な噂があってな。お尋ね者のジジイとガキが、なんでかウチのシマのポン引きを叩いた・・・らしい。そいつらがなんでかこの家に入るのを見たって奴がいる。単刀直入に言って、そいつらは今、中にいるか?」

「いや――うちは年寄りとガキは断ってるから」

「まだるっこしいぜ、アルドゥイノ! さっさとこの扉を開けろ!」

「――す、すまん、起きたばっかりでまだ下をいてねえんだ」

「おれにしゃぶれっていうのか!?」

「そうじゃねえ。そうじゃねえんだヘルロフ。パンツを探してこないとならないんだよ」

「――一番真新しいやつにしろ。おろしたてのをな」


 アルドゥイノはこちらに目くばせする。


『パンツを探してくればいいか?』

『馬鹿野郎! 履いてるだろ! 女を逃がせって言ってんだ!』

「――誰と話してる! アルドゥイノ!」

「独り言だ! 探し物してると、ついつい出るだろ、こう、愚痴みたいなものが」

「――逃がそうっていうなら無駄な努力だぜ、アルドゥイノ。もう裏にも部下が見張ってる」

「~~~!」


 アルドゥイノは悔しそうに顔面をくしゃくしゃにした。


「……なぁ、本当に、俺は何も知らねえんだ。あんたの顔に泥をるはずがねえだろ、ヘルロフの旦那」

「まあな。おれはお前を買ってる。ファミリーじゃあねえが、シマでお前に客を取らせてるのは、おれがお前を兄弟みたいに思ってるからだ。違うか?」

「違わない! なら――」

「それでデルの叔父貴がな、ようやく目を覚まして朝から妙なことを言うんだ。そのジジイには手を出すなってな」

「聞いてくれ、ヘルロフ。そのジジイは、勇者だか何だか知らねえが、何にも知らねえ。たぶんボケたんだ。通りすがりの厄介者だよ。盗まれたぶんは俺がどうにかする。部下を引っ込めてくれ。お願いだ」

「おれの意見は逆だ! デルがなんと言おうと、おれはその厄介者を捕まえて金に換える! 世界のどこででも、好きな場所で好きなことができる金が手に入る! パルマの女王様からな!」

「ファミリーを……裏切るのか」

「そんなことはお前に関係ねえ! お前はこの瞬間にもおれを裏切ってる! これ以上おれをがっかりさせるんじゃねえ!」


 くそっ、とアルドゥイノは苦悩する。

 それを少し懐かしそうにながめつつ、ファンゲリヲンが前に出た。


拙僧せっそうが話す。その男は、拙僧の知るブーマン・ファミリーとは違うようだ」

「おい! 引っ込んでろ! お前らは女を――」


 アルドゥイノは必死にファンゲリヲンを止めようとするが、勇者は平然と声を張った。


「ヘルロフ君。聞こえるかね。拙僧は放蕩ほうとうの勇者――仮面の者――ギル坊がなんと言ったか知らぬが、お探しのジジイだよ」

「ここを開けろ!」


 乱暴にドアを叩く。

 アルドゥイノはびくつき、掌で魔術を構えたままきつく目を閉じている。


「開けろ! 昨夜の件はそこのアルドゥイノの間抜けに責任を取らせる! ジジイ、てめえの命までは取らねえでやる! 大人しく出てこい!」

「――話にならぬな。拙僧が助けたファミリーとは違うのか? ソウィユノの焦土作戦から、拙僧が救ったのはここにいる弱く、小さく、しかして立派な――」

「アルドゥイノの言った通り、本当にボケてやがるのか!? ――ずっとそうやって昔話をしていろ」


 ファンゲリヲンは、オレとアルドゥイノをちらりと見ながら、妙な薄笑いを浮かべた。


「よかろう。君達の親分のフェルナンド――今はデル坊か? 彼らは元々カンパネラの弱小マフィアだった」

「――」

「つい四年ほど前のことだ。七勇者・無欲のソウィユノが始めたマフィア掃討作戦でカンパネラは壊滅し、君達は小さな娼館の女たちをかくまってこの土地へ逃げてきたのだ」

「――」

「君達はこの土地では何の後ろ盾も持たない弱小組織。ここなアルドゥイノ君とまったく同じに、弱く、小さく、しかし立派に女たちを食わせ――聞いているのか?」

「――聞こえてるよ」

「やがてソウィユノ達はこの街にまで至り、乱れた風紀に心を痛め、君達を虐殺しようとしたがそこで拙僧が――伏せよ」


 不意に『伏せよ』と、脈絡のないセリフで話を止めた。

 聞き違いかと思ったがそうじゃない。

 それはオレたちに向けられた――短く、きっぱりとした命令だった。

 オレは伏せた。

 わずかに遅れて、アルドゥイノも伏せる。

 その瞬間、窓ガラスが粉々に吹き飛んだ。

 カーテンがたなびいて、きらきら輝くガラスの破片が応接間を飛んで行く。

 パパパパパパという細かい破裂音が続いて、部屋の花瓶が、絵が、棚の中の皿が破壊されてゆく。

 ファンゲリヲンは扉の前に立ったままだ。


「――なんだ!!」


 オレが叫んでも誰も答えない。

 聞くまでもなく――銃声だ。

 外に並んだ黒服のマフィアどもが、この家を外から一斉掃射している。

 代わりに、上の階から女たちの悲鳴が聞こえてきた。

 銃声が止んで、嗄れ声がした。


「聞いてないのはてめえのほうだ。おれはてめえに、扉を開けて出てこいと言ったんだぞ」


 ドアが乱暴に蹴破られ、ヘルロフが姿を現した。

 季節外れの長い黒コートに黒い帽子を被った中年男だ。


「なんだよ――」


 ヘルロフはぐしゃぐしゃに破壊された部屋を見渡し、ホッとしたように言った。


「パンツは履いてるじゃねえか」

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