Ep.35: 塀の中の懲りない面々

35.1 「辞めた子も、行方不明になった子もいるよ。皆、そいつのせいだって言ってる」

 どんな手段を使っても、とミハエラは言った。

 それは皇女の覚悟の大きさを意味する。

 ジャック騎士爵領での事件は凄惨せいさんにして酸鼻さんびきわめた。

 なのに『外交上の体面に留意』でも『事件の全容解明をしつつ』でもないのだ。

 ――何が何でもマーリーンを探せ。

 皇女の命令通り、皇室はその全勢力を挙げてマーリーンと泉の捜索が行われた。

 マーリーンが拉致されてから一週間。

 さらわれた大賢者の行方は、ようとして知れなかった。



***



 オレはあせっていた。

 ノートンたちが爺さんを探してくれているが――一週間経って何も成果はない。

 オレはその間こうして、リンの様子に変化がないか見張っている。

 厚いガラスの向こうで、リンはベッドに横たわっていた。

 ベッドはキングサイズ。

 手足が大人のように伸びているのが薄いカバーの凹凸でわかる。

 それでも顔だけはオレのよく知る、十歳の子供のような顔で――寝息を立てて眠っている。

 少し髪も伸びただろうか。

 今のところまだリンに影響はでていない。

 しかしまだリンが無事ということは――ファンゲリヲンは何を狙って爺さんを攫ったりしたのだろう。

 オレははたと気付く。

 それって一番最初、ポート・フィレムで初めて勇者たちと遭ったときの疑問と同じだ。

 随分ずいぶん色んな思いをして、色んなことを知ったつもりでいたのに――。

 何のことはない。

 オレはそこから一歩も進んではいなかった。


「――何笑っていやがる」


 リンを見舞いにしてきたミラが、横で言う。

 オレは――笑っていたらしい。


「やめろ。らしくねえ笑い方をするな。気色わりィ」


 しっかりしろ、とミラはオレの肩を叩き、戻って行った。

 オレはまだそうして、リンを見ていた。



***



 セシリアは不眠不休でオルソーを捜索していた。

 オルソーには鉄道車両基地があり、少しウェガリアに似ている。

 南方路線の要所だ。

 本来はベリルであるべきなのだが、間に広がるフィレムの森のためにここが事実上のターミナルとなっている。

 車両基地は全部調べた。

 鉄道関連の施設も調べたし、運輸局の連中も聴取した。


「そうこんを詰めるな、セシリアよ。病み上がりであろうが」


 いつの間にか背後にロウのチームがいた。

 町での聞き込みの最中だったようだ。


「根――そう見えますか」

「見えるね。責任を感じる気持ちは判る。俺達は、このところ裏目ばかりだ」


 セシリアは、車両が襲撃された際に無事だった。

 しかばねは車両に乗り込んできて、彼女も襲われた。

 女神の泉があっては攻撃魔術を使うこともできない。

 白兵戦で数体を動けなくしたが、多勢に無勢ぶぜい――。

 気が付くと彼女だけが、近くの交換局の職員に救出されていた。

 車両は忽然こつぜんと消えていた。

 その車両が北へ走り去るのを、駅にいた市民などが目撃している。

 屍を満載した列車が駅を走り抜けて、駅は大パニックにおちいったそうだ。

 だが、その列車はそのまま消えてしまった。

 ベリルに到着することはなかったのである。


「――南方路線でイグズスに遭遇そうぐうしたときのことを覚えているだろう」


 ロウの言いたいことは判る。

 イグズスは空から投下された。

 あの時――鉄道のシャーシが、はるか上空を飛行していたのである。

 人間の力ではあり得ない。

 もしあんなことをされたのなら――発見は不可能だ。

 だがセシリアは、その点についても疑問があった。

 本当に人智を超えた力で何でもできるのなら――もっと早く大賢者を奪えたはずだ。

 ロ・アラモには手が出せなかったとしても、道中に列車を襲う機会はあったのではないか。

 少なくとも教団の信徒を死霊に変えるなどという、非道な方法以外がいくらでも――。


「もちろん、忘れる筈がありません。でもあんなことが無制限にできるなら、もっと良いやり方があったはずですよね」

「――たしかに、それも一理だな。どれ、俺達はひたむきに聞き込みをするとしよう」


 ロウ達は、オルソーにある『神と人々の家』の教団施設も捜索したという。

 もぬけからだったが、そこにファンゲリヲンや、教団幹部であるノックスが居た形跡を見つけていた。

 これからオスローの娼館しょうかんの集まる通りへ聞き込みに向かうのだという。


花街かがい――ここは宿場だからな。先週、そこでファンゲリヲンらしき仮面の男が目撃されている。セシリアも来るか?」

「『来るか?』って――イヤですよ、ロウ主任! 私だって一応は女なんですから!」


 セシリアが笑うと、ロウは真っ赤になった。


「な――セクハラなどではないぞ! 落ち込んでいるようだから元気づけようと」

「だからどこの世界に娼館の聞き込みで元気になる女がいるんですか!」


 わ、わからないではないか、とロウは口ごもる。

 それに宿場・・花街・・って――とセシリアは更に笑った。

 それはもう、腹筋が痛くなるほどに。



***



 オルソーいちと言われる娼館、『ハナレンマの館』の前でロウは聞き込みに――失敗していた。


「なんだい、むさくるしいね。朴念仁ぼくねんじんに用はないよ」


 ロウ達に気付いた街娼がいしょう所謂いわゆる『立ちんぼ』と言われるような連中は色目を使って寄ってくるが――彼らが皇室の捜査員だと判ると一転して冷たくあしらわれる。

 まれに話を聞いてくれる街娼も居たが、ノックスの写真を見せると「おおいやだ、死霊じゃないかい。おぞましいや。ツキが逃げちまう」と逃げていってしまう。

 オルソーは港町ポート・フィレムからも近く、鉄道の駅もあるため旅人が多い。

 ポート・フィレムで営業すればいいように思うが、あの街は壁に囲まれた小さな街で、地価が高い。

 建物も古く小さいため、民王部公安局が営業許可を出さなかったわけである。

 ベリルは観光客も多いが皇女がおかたくてとても営業できない。

 そうしてベリルからもポート・フィレムからも弾き出されたシモの産業が、この街ではさかんである。

 この裏通りにはのぞき小屋やショーパブが並んでいる。

 ロウが子供の頃は『親不孝通り』と呼ばれた記憶があるが、『親』と聞くとそれだけでしぼんでしまう部分もあることから、ここは今では『ローズ&フラワーストリート』と看板を出している。


(花街――だよなぁ……)


 セシリアには爆笑されてしまったが。

 誰がなんと言おうと、ここは宿場の花街なのである。

 勿論、娼館も多く店を構える。

 情報によれば、先週ここでファンゲリヲンが目撃されている。

 数回聞き込みを繰り返して、どうやらファンゲリヲンはこの『ハナレンマの館』の常連であるらしいことまではつかんだ。

 だがその先は――。


「なんだい、官憲さん。あんたたちもしつこいねぇ」


 館に入って行こうとした娼婦が、こちらに気付いて鋭い視線を送ってきた。

 三日前、『ハナレンマの館』に大挙たいきょして捜索に入ったロウ達は、娼婦からボディーガードから、それはものすごい抵抗を受けたのである。

 幸い、テーブルがいくつかと、ロウの部下の肋骨ろっこつが砕けただけで済んだ。

 死人がでなかったのが奇跡としか言いようのない大乱闘で、報告したロウはノートンにこっぴどく怒られた。


『手段を選ぶなとはそういうことではないっ!』


 ノートンはそう言って、高額紙幣を二三十枚束にしてテーブルに投げた。

 客として話をけということだ。

 それは最後の手段だな、とロウは思った。


「あんたたちのせいでボディーガードが怪我しちまってさ。足りないんだよ。腕っぷしの強い奴、十人かそこら用立てちゃくれないかい」


 ――チャンスだ。


「まぁそういうことなら都合するが――差し当たりこの五人ではどうだ」


 ロウは背後にずらりと並んだ強面こわもて五人を指してそう提案したが――。

 冗談だよ、と娼婦は吐き捨てるように言った。


「――あんた達だって忙しいんだろ。娼館の入り口で突っ立ってる暇があるのかい」

「む、むぅ」


 手段と目的が逆だとさとされたようで、ロウは二の句がげなかった。


「もっと手っ取り早い手があるだろうよ」


 娼婦は手で金を数える仕草をする。

 清廉潔白せいれんけっぱくでやってきたロウとしては屈辱くつじょくだが――手段を選ぶなと言われている。

 それはノートンの意向ではなく、なんとあの皇女陛下の指示であるらしい。

 ロウは紙幣を二三枚取り出してその手に掴ませる。


「あのね。あたしはさっき十人って言ったんだよ」


 ロウは追加で十枚掴ませた。


「旦那、見かけによらず気前がいいじゃん」

「まぁな。今日は特別だ」


 ロウの金ではない。


「最初からそうしときゃ誰も怪我しなかったのにさ。――で、何が聞きたいって?」


 ロウはようやくえりを直して、懐から写真を出しつつ、それを引っ込めた。

 ――ここの娼婦は本丸を知っている。


「金色のマスクをした男を探している。歳は見掛け六十代。紺色のマントをして――いや、服装は色々だ」

「『勇者』の旦那じゃないか」

「知っているのか!?」

「『勇者』って呼ばれてるさ。もっとも本物なわきゃあないさ。勇者がこんな娼館であんなことするかね」

「そいつはどんな奴だ」

「異常者さ。金持ちで、とんでもないサディスト。嬢を娘に見立てて、殴りつけるのさ」

「その娘の名は?」


 女は思い出す仕草をした。

 行き交う人混みの中から、誰かが「官憲さん」と呼んだ気がしたが――。

 ロウはその女の細く、しっとりした手に更に追加で二枚、紙幣を握らせる。

 女は笑顔になった。


「――思い出した。『ミランダ』だ。あたしは相手にしたくないよ。とにかくそいつのせいで――」


 間違いない。

 そいつはファンゲリヲンだ。

 ――官憲さん、とまた誰かに呼ばれた気がしたが、ロウはその娼婦の話の続きを聞きたかった。


「辞めた子も、行方不明になった子もいるよ。皆、そいつのせいだって言ってる」

「そいつはここによく来るのか? いつ? 曜日は決まっているか?」

「先週来たけど――今週はまだだね。曜日も時間も色々さ」

「官憲さん」

「しゅ、主任――」


 少し待て、と自分を呼ぶ声のほうを手でさえぎる。

 だが――。


「こっちを見よ、官憲!」


 怒鳴り声がした。

 ロウがそっちを向くと、そこには金色のマスクをした男が立っている。


「――お探しのサディストであるぞ」


 ロウは一瞬だけ息をみ――即座に戦闘態勢に入る。


「下がれ!! ファンゲリヲンだ!!」


 部下達は指示通り、後退あとずさる。

 銘々めいめいに魔術やナイフを構え――引いた部隊が横並びにファンゲリヲンを狙う。

 ファンゲリヲンは両手を挙げた。

 魔術ではない。

 降参のポーズに見えた。


「――投降しよう。乱暴はよしなさい。戦闘の意志はこちらにはない」


 ロウは歯噛はがみする。

 ――投降だと? 本気か?


「民間人は退避! 部隊、包囲せよ!」


 ロウの合図で、並んだ部隊は少し散開し、そこからじりじりとファンゲリヲンへの距離を詰める。

 ファンゲリヲンは両手を挙げたまま、「やれやれ」とわらった。


「後ろを向いて手を頭の後ろで組め! 地面にひざをついて頭を下げろ! 頭を上げたら攻撃する!」


 ファンゲリヲンは指示通り後ろを向き、頭の後ろで両手を組んで両膝をついた。

 部隊員が一気に距離を詰め、完全に包囲する。

 ロウは小型通信機のスイッチを入れた。


「こちらロウだ。ファンゲリヲンを確保した。繰り返す。ファンゲリヲンを確保した」

「――こいつは何をやったんだい」


 背後で、さっきの娼婦が言った。


「こいつの罪状を読み上げたら朝になってしまう」

「へぇ。ロマンチックじゃないかい」


 ファンゲリヲンは肩を震わせて小さく笑い、言った。


「クククク……罪状? ――『世界の救済』だよ」

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