Ep.34: 死霊は踊り、春の到来を祝う

34.1 「死霊どもとの根競べ――いや、知恵比べといこうぜ」

 扉が鳴る。

 雷鳴が体に響く。すぐ近くに落ちたみたいだ。


「参ったな。春の嵐ってやつだ」


 まるで雨宿りしてるみたいなセリフだが――ジャックの邸宅に集まっているのはそのためじゃない。

 今、オレ達は歩く屍どもに囲まれ、籠城ろうじょうしている。

 扉を叩くのも風じゃなく、屋敷を取り囲む屍どもだ。

 オレ達がいるのは吹き抜けになった大きなロビーだ。

 ここから二階へ上がる階段はない。

 パーティーともなれば二階の回廊に繋がる派手な階段があってもよさそうな造りだが、この屋敷の設計者は地味な性格だったらしい。

 そこには突貫で作ったバリケード。似たようなものが居間、裏口側と階段上、地下室前にもある。

 オレ達がそこで死霊と戦ったことで、ロビーのバリケードはその最初のものになった。



****



 オレがミラを運び込んだ直後、このロビーには招かれざる客が四、五人入ってきた。


「ロウさん! ドアを!!」


 オレはそう叫んだ。

 外にお客・・はもっといたが、銘々めいめいにドアを通ろうとして渋滞を起こしている。

 邸宅の正面であるその扉は、内開きの両開き大扉だ。

 ロウは慌ててドアをふさぎ、「何か持ってこい!」と部下に命令して、大扉を自分の背中で押さえる。

 部下達が数名、壁際にあったサイドボードやチェストを扉の前まで押してきた。


「それじゃ軽い! もっとだ! 誰か、鍵を頼む!」


 医療班にミラを預け、オレもドアを押さえに加わる。

 叫ぶロウの体が、背にした扉ごとドカンドカンと押されている。

 わずかにできた扉の隙間から、青白い指が入ってくる。


「ノヴェルさん、ナイフを!」


 オレはロウの腰のナイフを抜き、入ってくる手を、指をめった刺しにする。

 でも――痛覚のない相手に意味があるのだろうか。

 それじゃだめだ、と走ってきた隊員がオレからナイフをひったくり、入ってきた腕の手首に突き立てたかと思うと起用に動かしてゆく。

 けんと筋肉を切り離したのだろう。

 数秒で手首から先が落ちた。

 バタンとドアが閉じ、ロウが素早く鍵をかける。

 さすがは戦闘のプロだ。

 ソファ、チェア、ラック、何かのパイプ――ダメ押しに趣味のよくわからない額縁を乗せて、あっという間にバリケードが完成していた。



***



 そうして現在。


「この扉とバリケードで一晩持ちこたえられるかどうか――」


 ノートンは悲観的だ。

 頼りないがこれを作るのにも大分時間がかかった。

 最初に作っただけあって、不格好というか無駄が多いようにも思う。

 窓には頑丈な鎧戸よろいどが落とされており、僅かな隙間からしか外の様子はわからない。

 まぁ一応無事を確認した。

 それと同時に不安なのも再認識したわけだが、ともかく見回りを終えてオレ達は振り返る。

 籠城して二時間。外は真っ暗。

 時間のせいばかりじゃない。この嵐のせいだ。

 ベリルには応援を要請しようとしたが、この天気で通信が難しいらしい。

 ロビーから扉を抜けると、奥まで続く中央廊下。

 その馬鹿みたいに長い廊下に二階と地下室に向かう階段がある。

 そこさえ守り切ればオレ達の勝ちだ。

 地下には女神スプレネムが、二階にはミラがいる。


「スプレネムを二階に移せないのか」


 守る要所が二か所に別れてしまっているのはあまり良い気がしない。


「無理だ。説明したがまったく言うことを聞かない。梃子てこでも動かないつもりだ」

「抵抗ができるくらいには回復したってことか? だとしても、今はとても移送できないが……」


 人間のようでも人間じゃないのだから、寝たり休んだりして回復するものでもないのだろう。

 水びたしにしていたのが信仰の現れってことで、いいように受け取られたのかも知れない。


「ミラならどうだ。俺達よりは話せるんじゃないのか?」

「望み薄といったところだが――一応、頼んでみることにしよう」


 ミラの様子も気になるが、バリケードで二階へはおいそれと行けない。

 オレがどうにか家まで連れ帰ってきた後も、ずっと同じように茫然ぼうぜんとしていた。

 熱も高かった。


「使える武器は、斧、剣が二本。槍が一本。せめて斧や槍が飾りでなくて良かったです。そして狙撃銃」

「銃はあまり使えん。取り回しにくいし、当てても倒せない」

「弓矢は? 先日の作戦に持ってきた暴徒鎮圧用のネットなどがあったはずだが」

「ここに残したものは殆ど庭のフェンスに使ってしまいました。少数残りはありますが、小型ですし時間稼ぎにしかなりません」


 ロウによると大部分は残りは帰投した部隊に持たせてしまったらしい。

 そういうとこなんだよなぁ、とジャックが愚痴る。


「仕方がなかろう。こんな事態は想定外だ。何とか援軍を要請してみる」

「何とかなりそうか? 魔術は勘弁かんべんしろよ。二階に被害が出たらヤバい。病人がいるからな。なんとかスプレネムを上に移して、防御の要点をまとめる」


 オレ達は相談しながら居間へ入った。

 部隊員が二人、ここに駐留している。

 テーブルのそばに残った貧弱なチェアで、二人は仮眠をとっていた。

 夜に備えてのことだろう。無理もない。昨夜も外の抗議の相手やら、フェンスの建造やらでろくに寝ていなかったはずだ。

 だらんと投げ出された手が酷く疲れているように見えた。

 ここには鎧戸なしの大窓がある。

 バリケードは念入りに作られているが、窓の大きさに比べると随分頼りない。

 血まみれの床に、首が一つ転がっているのに気付いた。

 名前は知らないが――オレには見覚えのある顔だ。


「おい。まただ。さっきの首だ」


 ジャックがテーブルの上に銃弾やら鍵やらを投げ出し、気味悪そうに言う。

 ロウはその首を拾い上げてバリケード越しに外に放り投げた。

 さっきもそうしてバラした部品・・を、バリケードの上から外に捨てたはずなのだが――。

 ここにバリケードを作っている最中、大窓を破って侵入した屍四体のうちの一つだ。

 バラバラにしても、その手や足は暫くは動き続けていた。

 脳や心臓を破壊しても死なない。それはそうだ。不死者の名は伊達だてじゃない。


「さっき捨て忘れたのか?」

「いえ……いくらなんでもそんなことは」

「また投げ込まれたんじゃねえのか」


 バリケードの隙間から外を見た。

 放り投げた首は、表でたむろしている奴らの間に落ち、奴らは大勢でその首を探し始めた。

 まぁ彼らはたしかに――死の恐怖からは自由になったと言えなくもない。

 ひどい詭弁きべんだとは思う。


「奴らを見たまえ。動きがにぶくなっている。死後硬直の影響が無視できないんだ。今から十時間後、チャンスがくる。明日の朝までが勝負だ」


 確かに――奴らは窓の外を横切り、中を見ているが、飛び込んできたりはしない。

 ノートンが言うには、死霊術によって動く死者はどんどん腐って行く。

 死体現象というらしい。その変化のスピードは普通の死体よりも遅くなるが、死後二十時間ほどまでは同じことが起こる。

 つまり死後硬直だ。

 いかにあのヴォイドの力を使ったスーパー死霊術といえど、その変化は起こるのではないか――とノートンは予想していた。

 死後硬直は死後十二時間ほどで最大になる。

 もし彼らがあのとき毒入りジュースを飲んできっかり死んだとすれば、明日の早朝には最も動きが鈍くなる。

 そのときが脱出するチャンスだというわけだ。

 もっとも奴らのほうも――まるで何かをたくらんでいるようで気味が悪かった。

 主要防衛個所は三か所。ロビー、居間、裏口。そこのバリケートと――近くの窓は巡回して確認する。

 ロウを含めて六人の部隊と、ノートン、ジャック、そしてオレ。

 ロウによれば敵は六十二体だそうだ。


「もう十数体は倒したでしょうか」

「庭でジャック騎士爵が活躍したのではなかったかね。それを入れて二十体近くは倒した筈なのだが」

「ああ――それなんだが……レアっていうかなんていうか」


 言いずらそうにジャックが説明するには――焼くことは焼いたが折悪く降りだした雨で火が消えてしまったらしい。


「だからいつも言っているだろう! 魔力球をもっと長く維持しないから火力が弱いんだ! 私の部下を見たまえ! ぎりぎりまで引き付けて火球になるよう、調整して撃ってるだろうに!」

「わかってるっつうの! 苦手なんだよ!」


 ともかく魔術もそれほど効かないし、二階に病人がいてはリスクがある。

 二階にスプレネムを移す前提で、朝までもたせる計画を練らねばならない。

 屋敷の見取り図を囲んで、オレ達は防御計画を立てた。

 銘々に武装して、見回りをするのは当然として――。

 一番ヤバいのはこの居室だ。

 ここには外に通じるドアがない。その代わりテラスに出る大窓がある。

 その大窓は跡形もなく破壊され、積み上げたバリケードでしのいでいる。

 吹き込む雨風。

 血まみれの床にはガラスの破片と斧の傷。

 あの柔らかいソファや本棚、書き物机やチェストなどで組み上げられたバリケードは揺らされている。

 通信機もあるからノートンはここを離れられない。

 ここを中心に人員を集めて五名、二名、二名の体制で守ることになった。

 オレとジャックを計算に入れても九人しかいないわけだ。


「フランツの報告によれば地下の強度は充分だ。万一、二階の窓から侵入された場合、このラインが生きていればここを通って地下へ移せる。医療設備までは無理だが、あらかじめ物資を一部移しておこう」

「よし。これでいい。死霊どもとの根競こんくらべ――いや、知恵比べといこうぜ」



***



 このとき、居間に投げ込まれていたのは首だけではなかった。



***



 夜半。

 突然、廊下の奥で何かが割れる音がした。

 居間のチェアでうとうとしていたオレ達は飛び起きた。


「――なんだ?」

「ロビーのほうだ」


 時計の針は深夜二時を回っていた。

 相変わらず風雨が強い。

 ジャックとノートンが立ち上がり、部屋の外を確認した。

 バリケードの上に置いていた謎の額縁を思い出す。

 オレ達――ノートンとジャックは、居間をロウと犬顔のジョンに任せて出た。

 ロビーに着いてオレは身構えた。

 ロビーを警護していたビルとフランツがおろおろとしている。


「室長! す、すみません! 一瞬のことで、何がなんだか――」


 バリケードが外側から揺さぶられ、全体が押されている。

 ドアだ。

 バリケードの向こうの頑丈な両開きの二枚の扉が――開かれようとして、バリケードを押しているのだ。

 隙間から見えるのは外の暗闇――そこから、こちらをのぞく眼だ。

 オレはそれと眼が合って、思わず飛びのく。


「うわあっ、と、扉が――」


 隙間すきまに無理やり差し込まれた腕が、こちら側を掴むように伸ばされる。


「ノートンから全隊へ! ロビーの扉が破られた! 総員――クソッ! 電波がダメだ!」


 ノートンは乱暴に小型通信機のスイッチをガチャガチャしている。

 ロウ達はイアーポッドを持っていない。


「ノヴェル! ここは俺達に任せてロウ達を――」


 言い終わる前にバリケードの上部が弾け飛んだ。

 扉が残りの残骸ざんがいを押しのけ、完全に開放される。

 それを切っ掛けに、まるで堤防が決壊するように死霊どもが――雪崩なだれ込んだ。

 渋滞こそしているが――こうなっちゃスピードはもう関係ない。

 物量の問題だ。


「早く行けっ!」


 オレは、廊下へ通じる扉へ飛び込んだ。

 無駄に長い廊下を走って居室へ飛び込む。


「ロウさん! ロビーがやられた!」

「なんですって!? 見張りは何をしてたんですか!」

「どうも一瞬のことだったらしくて……」


 ロウは少し不安そうな顔で、テーブルを見た。

 そして気付く。


「鍵束が――ない。ここにあったはずの鍵束が」


 たしかに、ジャックがそこに置くのをオレは見ていた。

 イアーポッドを通じてジャックにいた。


「ジャック! 鍵束を持ってるか!?」

『テーブルの上だ!』


 それがないから聞いたんだ。

 もしかして――。



***



「ノヴェル君は何だって?」

「『鍵はどこだ?』ってさ。細かいこと気にしやがって。今それどこじゃねえってのに」

「後半には同意する」


 ジャックとノートンは背中合わせになって、屍に囲まれていた。

 見張りをしていた二人のうち、ビルが既に屍どもに倒されている。

 彼は雪崩れ込んできた屍に果敢かかんに立ち向かった。

 切りつけた剣が抜けず、それを引き抜こうとするうちに後から後からし掛かられ、助ける間もなく踏み潰されてしまった。


「おいノートン、武器は持ってるか?」

「護身用のナイフなら腰に。なんていうか知らないが、ギザギザのついてるカッコいいやつだ」


 なら俺の勝ちだ――とジャックは腰から、真新しいなたを取り出す。


「おい、君はなんでそんなもの持ってる」

まきを割るのに買ったのを思い出した。ないと不便だろ?」

「薪? 君は魔術師じゃないのか?」


 彼らに迫った死霊が一斉に、手を伸ばす。

 生憎あいにくだな――とジャックは鉈を水平に構えた。

 それを振るって、眼前に迫る屍の首を斬り落とす。


「俺の魔術はブラフ用でね」


 ノートンは低い姿勢からナイフを繰り出し、屍の脚の付け根の腱を切断する。

 屍は横向きにバランスを大きく失い、他の屍を巻き込んで倒れた。


「ジャック!」

「室長!」


 ノヴェルが戻った。

 ロウは戦斧をたずさえている。

 その長い三日月斧を振るって、敵の頭や片脚を次々破壊する。

 柄で防御。蹴りで間合いをかせぎ、斧頭おのがしらで敵の部位を砕く。

 この一連の流れをスムースにつなぐ。

 斧のリーチを完全に把握はあくし、まるで自分の手のように使いこなしている。

 不死の敵に対する攻撃は、行動を起こせなくすることだ。


「ジャック君! 脚を狙え!」

「切断するなら首だ!」


 脚の切断がベスト。

 首の切断は次点。それすら致命傷にはならないが、一時的に相手の感覚をうばって行動を混乱させることができる。

 さらに――。

 転がった首を踏んで、他の屍が転んだ。

 それに引っかかった別の屍も転ぶ。

 純白だった彼らの服は泥と血にまみれ、今や見る影もない。

 もつれあう屍たちの間を抜けて、ジャックとノートンはどうにか急場を脱した。

 腰を抜かしているフランツに駆け寄ったロウが「しっかりしろ!」と引っ張り上げる。


「早く! こっちへ!」


 扉のところでノヴェルが叫んだ。

 ジャック、ノートン、ロウ、フランツの四人は屍の追撃を振り切りながら、廊下に続く扉へと逃げ込んだ。

 

「フランツ、漆喰しっくいの壁だ。ここを封鎖しろ!」


 扉を押さえながら、ロウが叫ぶ。

 この扉には鍵がない。

 ロウが全力で押さえ込んで尚、扉は外側から押されてバタバタと暴れていた。


「し、漆喰……。主成分は、石灰……ですね」


 フランツが壁に手をかざすと、壁の一部がのろまな虫のように動き出した。


「量も強度も足りません! これでは壁は――」

蝶番ちょうつがいだ! 扉の蝶番を潰すだけでいい!」


 フランツが扉の反対側、蝶番のついているほうに回り込んで壁の漆喰を操作した。

 それはゆっくりであるが、僅かに動いて蝶番の可動部を埋めてゆく。


「土魔術か? 珍しいな」

「ああ。測量や、ちょっとした建築の際に役立つ」


 それより――とノートンは血まみれの鍵束を取り出し、ジャックに突き付けた。


「どういうことだ、これは! 奴らがなぜこれを持っている!」


 ジャックは面食らった。

 しかし鍵束を改め、驚いた声を上げる。


「俺んちの鍵じゃねえか! テーブルに置いたはずだ!」

「それをなぜ奴らが持っていたのかと訊いたのだ!」


 喧嘩はやめろ、とノヴェルが割り込む。


「なぁ、思い出してくれ。オレ達があの部屋に入ったとき、中に首が投げ込まれていたろ」

「あったな」

「そこに手もあったんじゃないか?」

「手などなかった! あったらつまみだしている!」


 いや――こう、とノヴェルは自分の指をわさわさと動かす。


「手首だけなら、こうしていまわれるだろ。どこかに隠れて、テーブルへ――」


 屍の手首は、仮眠をとっていた隊員の毛布に隠れていた。

 そこから隊員の体をいあがり、途中ノヴェルに目撃されつつも、機会を待った。

 ノートンが部屋を出、残ったメンバーがうとうとしたり、定時の見回りに出た隙にテーブルへ向かう。

 鍵束を盗み、外へ逃げる。

 大窓は跡形もなく破壊されていた。

 バリケードには手だけなら通れる隙間はいくらでもあった。


「――クソッ! 見縊みくびっていた!」


 ノートンは珍しく言葉を荒げ、拳で壁を叩く。


「何が『知恵比べといこうぜ』だ! ボロ負けではないか!」

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