33.5 「そんな与太話に騙されて人間をやめたのか」

 ――親父。

 ノヴェルは、六十を超える殉教者じゅんきょうしゃの間でがっくりと項垂うなだれながら、ミラの言葉を反芻はんすうしていた。

 オフィーリアも、サマスも死んでしまった。

 血の混じった泡を吹き、瞳孔どうこうの開いた眼は大きく見開かれているのに、そこには何も映していない。

 ――親父。そう言ったのか? 今、ミラはファンゲリヲンを「親父」と、そう呼んだのか?


「生きていやがったのか。てめえが――この教団の黒幕だったのか」


 ファンゲリヲンは引きったように短くわらった。


「黒幕とは? 私が作った教団だ。私をおいて誰が彼らを導く?」


 引き継いだのでも乗っ取りでもなかった。

 教祖は、ただ戻ったのである。


「どこにいやがった! 何をしていやがった! て、てめえは――」

「女神を離れ、新たな魔術体系の世界を作る――その一環いっかんをね。平坦な道ではなかった。だが私はあのお方・・・・のもとで勇者として活躍するかたわら、この教団を作った。この日のためにね。私たちの新しい家だ。母さんは――ここにはいないのが残念だ」


 ミラは「この野郎!」とつかみかかろうとし、再び前のめりに倒れる。

 かつてミラは見ていた。

 あの大雨の夜、馬車を降りてヘイムワース邸を訪れる『あのお方』の姿を。

 ――聖痕スティグマって野郎だ。


「ミランダ。私は君に警告したのだよ。あの列車の旅で。君は受け取ったはずだ。それを理解しながら、君はそれを無視した」


 ――ヨーキョウダイ・・・・・! ゲンキソウダナ! オトウサマ・・・・・カラコトヅテ伝言ダ!

 首は、ミラにそう言った。

 いつもなら死霊術を忌避・・するはずのミラは、その時に限ってあの首を持ってゆくことにしたのだ。


「再度警告しよう。ここからの道程みちのりは、あまりに危険だ。誰も生き残ることはない。これは父として、勇者として断言する。お友達にもそう伝えておくれ」


 ファンゲリヲンは言う。


「――随分、つらい思いをしたみたいじゃないか。信じたものに裏切られてばかりで。可哀そうに」

「てめえが!! そのケチの付き始めだろうが!!」


 ミランダは土を握って投げ、立ち上がる。


『ミラ、撃たせてくれ。眼と指がもう――限界だ』


 ジャックはそう懇願こんがんするが――立ち上がったミラは大きく手を拡げ、ファンゲリヲンをかばうようにしていた。


「まだだ! まだ撃つな!」

「父想いの娘だ。君の中に、まだ私を想う気持ちがあったのか」

「そんなものはねえ! 欠片かけらもだ! だが聞かせろ! 何が望みだ! 何がお前達の本当の狙いで、なぜテメエは故郷の町ペニーを潰した!」


 ミラは必死に声を振り絞る。

 ファンゲリヲンは薄く嗤った。


「フェスティバルだよ。私にとっての通過儀礼イニシエーションとでもいうかな」


 勇者はそう言った。


「私はあの晩、兼ねてから計画していたフェスティバルを敢行した。私の死霊術で半永久的な生命を得た彼らは、私の計画通り私を追い詰めた。一晩中、私は納屋から納屋、家から家へと逃げ回り、何度も死を覚悟した。素晴らしい体験だったよ」

「いかれてやがる」

「そうだ。まったくの愚行だった。何しろ私は棒きれ一つ持ってはいなかったのだからね」

「精神薄弱だったなんて言うんじゃねえだろうな」

「まさか! 私は全てを理解した上で行った。予想通り、私にはどうすることもできなかった。彼らを救おうにも、彼らはもう救われていたのだからね」


 ――私は無力だった、それを知った、とファンゲリヲンは回顧かいこする。


「一晩で私は十も老けた。しかし私は生き残り――勇者となった。全てはあのお方・・・・のお導きによるものだ」


 勇者になるための条件の一つ。

 死地を切り抜けて尚、変わることのない不屈の決意。

 ヘイムワース卿はそれを示した。


「訂正するぜ……テメエは……いかれてなんかいねえ。一緒にしたらそこで転がってるイカレ野郎らに申し訳ねえぜ。テメエは正気。正気で最低の大馬鹿野郎だ。テメエより下はこの世にいねえ。ソウィユノは死んだからな」


 勇者ソウィユノは、自らの潔癖けっぺきさのために彼の民族を犠牲にしたという。


「すべては『救済』のためなのだよ。――救済――女神から? いいや違う。信徒らには果てなき永遠の命を与え、君達には尽きえぬ力を与える。やがて壊れてしまうこの宇宙から、そして逃れられない因果の法、第二の法からの脱出――」

「判るようにいいやがれ!」

「理解する必要はない。偉大なるあのお方のお導きに従うのだ。あのお方は――この宇宙を救う。大英雄のやったような、応急処置ではない。根治こんちだ」

根治・・――だと?」


 はっ、とミラは毒づく。


「くそ親父が。そんな与太ヨタ話にだまされて人間をやめたのか。小物らしいくだらねえ最期がおがめそうだぜ」


 ファンゲリヲンは勝ちほこった笑いを引っ込めた。

 やや興をがれたようだ。


「与太ではない。難しいのは確かだが、与太などではない。私は見た! 勇者ならば誰でも見るのだ。あの力の楽園。うずき、飛び交う黒き力――ヴォイド。勇者ならばそれを知っている。宇宙を何度でも作れるエネルギー。それを無限と言わずして何を言う? 私の授かった力もその片鱗へんりん――君達にはいいものを見せよう」


 ファンゲリヲンはふところに手を入れた。

 ノヴェルは身構える。

 ミラは手を挙げ、「撃つな」とジャックを制する。

 ジャックは張り詰めた緊張を懸命けんめいに維持しつつ、スコープ越しにそれを見た。

 取り出したのは懐中時計だった。


「丁度いい時間だ。デモンストレーションを始めよう」

「デモンストレーションだと?」


 ふと、周辺で動くものに、ミラは気付いた。

 ファンゲリヲンの足元に倒れていた男が、起き上がったのだ。

 ノヴェルもそれに気づく。

 サマスだった。


「サマスさん!? あんた無事か――」


 ノヴェルは一瞬だけ喜び、そして硬直した。

 サマスの目はどんよりとよどんでいるのに真っ赤に充血し、生前の快活さは微塵みじんもない。

 表情筋が完全に弛緩しかんし、表情は『無』だった。

 唇は紫色に変色し、開きっぱなしの口からはだらりとんだ舌が垂れている。

 これは――死霊術。

 その最上級、死体の完全操作だ。

 いわば、歩く屍を作り上げる。

 次々と死体が起き上がり始めた。


「例えば死霊術は、魔力の体系では説明しきれない。だのに我らはその力をっていた。理解できずとも、古来よりその力と生きてきた。可能性を秘めているだろう? 可能性があるということは、すなわち『理解できない』ということなのだ。宇宙も同じ」


 銃声がして、そのうち一体が後ろ向きに倒れた。

 頭蓋が吹き飛んで、脳漿のうしょうをそこら中にばらまく。

 ジャックの撃った弾は命中し、頭蓋を砕いていた。

 だが――それは再び立ち上がる。


「私に与えられた力は『教団』。永遠の命を得て目的を果たす不死の軍団だ。ソウィユノの死霊術などとは違うぞ!」


 ソウィユノによれば、死霊術による死体の完全な操作には半日を要する。

 それを数分で、大規模にやってのけた。

 集団自殺を果たした六十余の信徒らは、今や諸共立ち上がり、教祖の命令を待っている。

 これはファンゲリヲンの軍隊。

 その中心で、ファンゲリヲンは朗々と声を上げる。


「二十二時間――それを超えれば生者と遜色そんしょくない。――ヴォイドを宿し、生者を超えるだろう。もっとも我らにも予算がある。その都合上、今回はわずかだがね」


 立ち上がったオフィーレアは、やはり死んでいた。

 しかし――吹き飛んだ右手首のところから漆黒しっこくもやが朧気ながら――。

 まるで手のように生えている。


「あれは――ソウィユノの!?」


 ノヴェルは思わず声を上げた。

 それは確かに、ソウィユノが繰り出し宿無亭やどなしていを破壊したあの手を思わせた。

 ノヴェルはミラを庇い、オフィーレアとの間に入った。


「ノヴェルさん。最初の質問にお答えしよう。今君達が目にしているものが、新たな神の力だよ。宇宙の根源、ヴォイドの神! それを我らは再び・・よみがえらせようとしているのだ! その力で、我が信徒たちの『救い』は成った! 永遠の命を手に、全ての恐怖から解放された彼らが殉教者じゅんきょうしゃに見えるか? いなである!」


 再び銃声。

 銃弾はオフィーレアを狙ったものだったが僅かに逸れ、後ろにいた別の屍の肩を破壊する。


『ミラ、気が済んだか? 次の弾でファンゲリヲンを殺す』

「やめろジャック――こいつは、あたいが殺す」


 ファンゲリヲンはまた笑った。


「我が娘よ。繰り返すが、理解の必要はないのだ。我々の起こす奇跡が、君らを導く。何、いずれまた会うだろう。親子とはそうしたものだ」


 ファンゲリヲンはマントをひるがえし、死人たちの間に身を滑り込ませる。


「待ちやがれ! ジャック! ノヴェル! この死骸どもを退かせ!」


 ジャックはスコープ越しにファンゲリヲンを追う。

 だが、狙いをつけるたびに屍がファンゲリヲンに重なってしまう。

 撃った弾は、ファンゲリヲンを守るように飛び出してきた屍の頭を吹き飛ばした。

 まるで奴を庇っているようだ。


『死霊どもが邪魔だ!』


 ファンゲリヲンは素早く屍の群れを走る。


「我が力を受けし者どもよ! 軍団となりてスプレネムを取り戻すのだ!」


 次弾も勇者を外れ、別の死者に当たった。

 頭が半分弾け飛ぶ。ハリーという男だった。

 ハリーは少しガクンとひざを落としただけで、倒れることはなく――ジャックのいるベランダのほうを向いた。

 三百メートル先のジャックへ向けて掌を伸ばす。

 ミラはそれを見た。


(まさか……。死霊は魔術を使えねえはずだ)


 その掌に黒い力が渦巻く。

 そこから――魔術の光球が出現し、ジャックへ向けて飛び出した。


『ジャック! 退避たいひしろ!』


 イアーポッド越しにノヴェルが叫んだ。

 ジャックが伏せるのと、火の玉が二階ベランダを直撃するのは同時であった。

 火球が爆発的に弾け、窓ガラスを揺らす。

 ジャックは匍匐ほふくでベランダから脱出する。

 ――別格だぜ。そこいらの死霊術とは桁が違うってことか。

 咄嗟とっさに体を庇ったそでに火がついているのに気付いた。

 火を叩き落としながらわめく。


『熱ッ! アッツい! 畜生! 死霊の癖に魔術なんか使いやがって!』


 魔術を撃った屍――ハリーは活力を失い、その場へ崩れ落ち、動かなくなった。

 その死体はぶすぶすと煙を上げている。

 それを見た他の屍たちは奇声を発し、おいおいと泣き崩れるようになげいた。

 死者たちの間に動揺が広がってゆく。

 ノヴェルは、泣き崩れる屍らの間に目を走らせ、ファンゲリヲンを探した。

 ――いない。

 本陣の後ろに逃げ込んだのか。


「ミラ! 今のうちに逃げよう! ファンゲリヲンはもう逃げた!」


 ミラは、嘆きあう死霊たちの横に座り込んでいた。

 その肩を引っ張り上げ、ノヴェルはミラを引きって――逃げ出した。



***



『野郎を見失った! クソッ!!』


 ノートンはジャックの報告を受けながら、本部の奥で部隊を招集しょうしゅうしていた。

 ジャック邸本部に駐留しているのは医療班四名を除けば、ファサで『神と人々の家』を急襲したメンバーのうち約半数、六名だ。


『あの黒い力を死霊術に転用して、死人どもを操っていやがる。あの死霊どもも桁違いだ。頭を撃ったのに動いていやがる。魔術まで使いやがって――ああっ! くそっ!』


 死霊術は、一般には役に立たないものとされている。

 死者の細胞を魔力で強制的に活性化させ、活動を維持させる。

 魔力で活性化した細胞は、やがて自壊する。

 そのため通常は非常に短い時間であり、活動も限定的。

 だがポート・フィレムでマーリーンを襲った死霊『ロイ』は、三週間以上活動を続け、高度な命令に従うばかりか自律動作もした。

 ジャックはそれをもしのぐ『桁違い』と言ったのだ。

 ノートンはまた銃声を聞いた。


『こっちへ向かってくる! スプレネムを強奪するつもりだ!』


 ジャックの報告を受け、ノートンはロウに情報を知らせる。


「ロウ君及び諸君。勇者ファンゲリヲンは逃げた。奴の死霊が攻撃を開始した。銃撃は無効。死霊であるが、魔術を使う個体がある。死霊は六十二体。全員クラス四以上の高度体と目される。その前提で行動せよ」

「了解しました」

「民間人二名が彼らの中に取り残されている他、死霊はここを目指している。目的は女神スプレネム。民間人を救出し、スプレネムを守れ。以上だ」

「了解しました。ノヴェルさんとミラさんですね。フランツ、地下の強度を計測してプランBを立案しろ。ハンロンとオッカムは二人の救出に当たれ。ビルは入り口、ローリングは階段から裏口を見張れ。ジョンは私と居室へ。ロックンロール」


 ロウは指示を出し、ジョンを連れて居室に向かった。

 ハンロンとオッカムは狙撃銃をたずさええて外に出、庭側へ回り込む。

 無数――殆ど無数といってよい程の死者の群れが、苦悶の声を上げながらこちらへ来る。

 速い。

 今まさにフェンスに差し掛かろうとしている。

 その先頭は――ノヴェルだ。

 ノヴェルが、ミラの脇を支えてこちらに走ってくるところだった。



***



「くそぉぉぉぁあああっ」


 ノヴェルは叫びながら走った。ミラに肩を貸しながらだ。

 ミラは何とか二本の脚で立っているが、走れるほどの体力は残っていない。

 ノヴェルは一瞬だけ、淡い期待のようなものについて考えもした。

 ――ひょっとしてミラなら幼馴染が目の前で死んでも、よみがえって手を伸ばしてきても、その黒幕が死んだと思っていた自分の親父でも、平気で悪態をいて戦うんじゃないか――。

 そうはならなかった。


『くそったれどもが』


 ミラは呪詛じゅそを絞り出し、以来うめき声一つ上げていない。

 屍どもは足が速い。

 ポート・フィレムで偽マーリーンを襲ったロイを思い出す。

 しかし数が多すぎるためか、押し合いへし合いの渋滞になりうまく走れないようだ。

 だから今、まだノヴェルは逃げている。

 フェンスのドアに飛び込む。

 ドアを閉じて鎖を巻き付けていると、総勢六十からの屍どもが一斉にフェンスに飛びついた。

 突貫のフェンスはたまらずに倒れ、ノヴェルは屍とフェンスの下敷きになる。


「うああああっ」


 三発の銃声が、ほぼ同時に響いた。

 おおいかぶさっていた屍の頭が弾け、僅かにゆるんだ力の合間を抜けてノヴェルは転がり出る。

 少し離れたところで四つんいになっていたミラに肩を貸し、再び走り出す。


「民間人のお二人! こちらへ!」


 ハンロンが彼らを呼んだ。

 振り返ると、屍どもはフェンスのワイヤに絡まって抜け出そうと藻掻もがいている。


「もう少しだ! ミラ! がんばれ!」

「……」


 隊員と合流し、五段ばかりの石段を登って屋敷正面に回る。


「居室で隊長がお待ちです!」


 ひっきりなしに銃声は響いているが。


「大分倒したか!?」

「銃撃ではバラバラになるまで撃たなければ効きません! 魔術で迎え討ちます!」


 ノヴェル達を屋敷にかくまい、二人は再び庭へ戻る。

 ジャックの狙撃で、屍の脚ががれてゆく。

 それでも奴らは、腕だけでこちらへ這ってくる。


「なんて奴らだ――」


 オッカムはおぞましさに震え、つるつるに剃り上げた自分の頭を撫でた。

 先日の急襲で見覚えのある顔だ。大声を上げてつばを飛ばしながら抗議し、激しく抵抗していた男だ。名前は知らない。拘束されて、並んで座らされていた。

 オッカムは、そいつに傷一つつけなったのだ。

 それなのに今は足もなく――いやそもそも命がないのだが――もう立つこともないのに、それでも殺意をき出しにして、こちらを殺そうと向かってくる。

 更にその奥に目を向けると――。

 狙撃をくぐって、猛然と走り来る屍どもがいた。

 五体ほどが、手足を滅茶苦茶に振り回しながら、それでも驚くほど確実に地面を蹴って走ってくる。

 オッカムとハンロンは両手に魔力を込め、炎の魔術球を撃ち出す。

 光球は、屍に当たる直前に大きな火球となって先頭二体を炎上させた。

 屍は炎に巻かれながら前のめりに倒れ込む。

 それを飛び越えて後続の三体が走り来る。

 銃声もしたが、それはどこにも当たらずに地面を穿うがった。ジャックの集中力も限界を超えているのだろう。

 続けて火球を放ち、飛び込んできた三体のうち二体を次々落とす。

 ――残り一体。

 だが近い。魔力のプリチャージが間に合わない。


(くっ)


 掌を向け、後ろに下がりながら魔力を注ぐ。

 すると横を抜けてハンロンが飛び出した。

 ハンロンは銃床で、屍のあごにカウンターの一撃を食らわせた。

 屍は背中から倒れ、後頭部を地面に打ち付ける。

 ハンロンはその頸部けいぶを踏みつけ、頭部に一発、両脚に一発ずつ計三発を撃ち込んだ。

 ハンロンは、その傷跡だらけの顔をオッカムに向けた。


「顔は見るな。もうこいつらは人間じゃない」



***



 ――らちが空かねえ。

 俺の庭を屍の運動会場にしやがって。

 ジャックはジェニファーと名付けた銃を置いて立ち上がる。

 狙撃の集中力はもう切れていた。

 隠れたファンゲリヲンにも動きがない。

 下の部隊二人は健闘しているようだが、フェンスを逃れた奴らはまばらに、しかし次から次へと――しかも速い。


「やれやれ。少しは騎士様らしい活躍をしとかんと査定に響くな。俺の火魔術を見せるときか」


 ジャックは上階ベランダから飛び降りた。

 着地に失敗し、膝で顔面を打ったがせいぜい二、三階ぶんの高さだ。


「――俺の仲間によくも好き勝手してくれたな」


 屍どもは、ジャックを見つけると一斉に寄ってきた。

 ジャックはその中心で、両手を左右に目一杯まで広げてくるくると回る。


「三、四、五人。五人だけ? ハイハイ、ドウッ、ドウッ! 下がって!」


 屍たちは更に集まる。

 やや誘われるように、ジャックを囲んで回り始めた。

 グギャァ、と女の屍が威嚇いかくするように吠える。

「ハイそこのお嬢さん、お静かに!」と指を立ててそれをいさめ、回転しながら右、左と視線を流す。


 六、七、八体……と屍たちは数を増やし、徐々に距離を詰めてくる。


「十一……十二人。おおっともうそれ以上来るな。来るなよ? 来るなって!」


 十二体の屍に囲まれて――ジャックは指を鳴らす。

 すると十二体は、一斉に燃え上がった。

 目にも止まらないスピードだった。

 それはまるで回転するバーナーのようである。

 ――来るなって言ったろ。

 更にもう数体、今度はまとまってやってきた。

 その先頭を一瞬で燃やし、それを乗り越えて飛び掛かってきた死霊をも焼く。


「よしよし、これがパルマ流の葬式だ。昇天しやがれ」


 如何いかに不死者と言われる死霊であっても、体表の燃えるダメージには逆らえない。

 それは筋肉の収縮しゅうしゅくを引き起こし、屍の動きを封じる。

 ただ、完全に燃やしきるには時間がかかる。

 ジャックの火魔術は、見た目こそ派手で高効率だが――実際に燃えているのは髪や衣服であって、火力が小さい。

 ぽつり。

 大粒の水滴がジャックのほおを打った。

 雷鳴が響く。


「あ――雨だ」


 ほんの数呼吸の間に、大粒の雨が地面をぐしゃぐしゃにしていた。

 今しがた燃やしたばかりの屍が、煙を上げながら起き上がる。

 十三、十四、十五――。

 黒く焦げた人影が、次々と起き上がり、こちらへ向けて動き出す。


「あ――」


 ジャックは振り返り、猛然と逃げ出した。

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