30.3 「そんなもの、僕が全部使い尽くしてやる!」
庁舎のシドニア謁見室――スティグマは勇者の存在理由を明かした。
真実のセブンスシグマはその背後に迫る。
(ジャック君に相談したかったけど――仕方がないね)
――戦うしかない。
真実のセブンスシグマはその意思を確認する。
問答の必要はない。
既に覚悟は決まっていたのだから。
スティグマ――七勇者を
(コインと同じ。五分五分ってとこだ)
セブンスシグマは、能力を全開にした。
瞬間、華が咲く。セブンスシグマは花弁のように幾重にも重なり、開き、その場所に同時に存在する。
あらゆる角度から刺殺、殴殺、撲殺、絞殺、銃撃、魔術、毒針――考え得る限りの方法で同時に攻撃を繰り出す。
スティグマに向けて――。
スティグマは振り返った。
「……」
「あんたはまだ僕らに言ってないことがあるだろう!
セブンスシグマの集団は、スティグマを取り囲む。
スティグマは数本の黒い
蔦は
全方位からの同時攻撃を、やはり同時に叩き落す。
『世界の終わりが近い。
世界が終わるのは確定事項で、遅らせることもできない。そういう言い回しだ。
その計画が何かは判らないが、完成しつつあるなら勇者達には知らされているべきだ。
「まだだ! 魔力の
「……」
スティグマが黒い蔓を出したということは、その黒い蔓の位置が確定したということだ。
ならばこれを掻い
セブンスシグマは踊るように踵でくるくると回りながら距離をとる。
隅のテーブルが邪魔だ。彼の攻撃は、狭いと充分に効果を得られない。
部屋の真ん中にまで離れると、並んだ椅子の間から波状攻撃の第二波を繰り出す。
第二波の攻撃は、黒い蔓の間を狙ってスティグマ本体を目指す。
勝てるかどうかは判らない。
それでもこうして黒い力同士をぶつけ合うことは――スティグマが最も
――プール。
スティグマの話から導き出されるのは、その存在だ。それがなくては、彼の話は成立し得ない。
『その
魔力は送ることができないとしても、溜めることはできるに違いないのだ。
そうでないならそもそも
ところが勇者の襲撃は立て続けに失敗している。ポート・フィレム、モートガルド沖、ベリル、ウェガリア市街、ロ・アラモ――。
マーリーンがケチのつけ始めだ。その孫のいるところ、勇者は損害ばかりを拡げている。
一方で巨人の勇者はモートガルドの内地や鉄道でかなりの成績を収めたとも聞く。
世界はまだ終わっていないし、黒い力も健在だ。
ならばどこかに魔力のプールがある。
救った数の二割ではなく、使った力の二割――それを維持できなければ魔力のプールはいずれ空になる。
ここ最近の慌てぶりも、おそらくプールが底を尽きそうだからだ。
契約とはおそらくそのことだ。
当然、勇者全員が意識すべき事柄である。なのにスティグマはそれを伏せた。
「そんなもの、僕が全部使い尽くしてやる!」
第二波の攻撃は、よりスティグマに近付きはした。
だがあと四歩、三歩半及ばない。
すべての攻撃はまた新たに出現した黒い蔓によって切り刻まれていた。
黒い蔦は全てを切り刻む。
飛び掛かっていく分身は勿論、それが剣であれ銃身であれ全てをだ。
しかも数が多い。それはスティグマを囲うように広がり、鉄壁のガードを造っている。
それでも――近づいていきさえすれば、いつかはスティグマまでの距離はゼロに近付く。黒い蔦を出す隙間もなくなる。
第三波の攻撃を出す。
接近戦を意識して、ナイフ、
セブンスシグマ達は武器を手に手に、魔人を囲む。
踊るような動きで蔦を逸らし、スティグマへと挑む。
その腕が、切断された。
唖然とする間にも胴体を細切れにされるが、背後から別のセブンスシグマがその細切れになった胴体越しに短剣の刺突を突き出す。
一対無限のダンスは、踊れども踊れども手を取り合うことはない。
仮に腕が無限にあったとしてもだ。
血の赤いドレスがはためいて、鉄のスパンコールが弾けてる。
すべては一瞬だ。
道ができていた。
カーテンのようになった蔦の合間から、スティグマが見えた。
こちらを視ている。
スティグマが一歩近づく。
一歩。また一歩。
蔦全体を伴って、第三波をものともしない。
(――くそっ。これほどとはね)
魔力プールを空にして、あいつの
それはきっとセブンスシグマを――。
(勝てなくてもいい。それはきっと僕を本当の王にしてくれる。世界一の賢王に)
第三波に参加したうち、残りのセブンシグマが前に出てスティグマを
それを縦横に切り刻み、飛び交う蔦。
まるで黒い蔦の
迎撃のうち、間からこちらを見つめるスティグマが徐々に見え難くなっている。
――しくじった。
ここまでの密度になれば、こちらの攻撃が通る可能性は完全にゼロになってしまう。
だが、セブンスシグマは攻撃を続けるうちにあることに気付いた。
例えば蔦が水平に動くときの動きは異様に小さい。
垂直に斬るとき、突き出すときは素早く、動きが大きい。
(蔦同士が――干渉している?)
これは勝機かも知れない。
スティグマはたった一人で無数の蔦を操っているが、こちらは全てが個別に動いている。
そう思ったときだ。
ぶつかり合うセブンスシグマ達と蔦との合間を縫って――数本ほどの蔦が、素早く動いた。
こちらを目掛けて飛び出してくる。
素早い。
セブンスシグマは後ろに飛び、何度か
そこへ黒い蔦が襲い、突き刺す。
「――!」
セブンスシグマは、あらゆる確率を百パーセント近くにまで高めることができる。
勝てる可能性が0.00000000025%でもあれば、それがたとえこの惑星が出来てから数度しか起きていないような
たまたま投げた石がたまたま打ち所の悪く当たり、死んでしまう確率。
食べたものに付着していた僅かな菌が、たまたま心臓の弁でコロニーを作る確率。
それを引き寄せる。
つまり最強だ。現実に彼に勝てる人間など存在しない。
「痛――くないぞ」
スティグマの放った蔦の刺突も――セブンスシグマの脇、
一本も当たってはいない。
セブンスシグマは続けて中距離から無数の矢を放つ。
その矢が、絹のように守る蔦の間を抜け、スティグマを貫く確率――。
(それを百パーセントにしてやる――!)
矢は向かう。
蔦は動く。
無数の矢は、蔦に当たって蒸発していた。
スティグマは、蔦で見えない。
セブンスシグマは息を呑む。
静寂――。
やがてスティグマが黒い蔦によるガードを一斉に解いた。
矢のうち一本が、スティグマの左腹に突き刺さっていた。
聖痕の刻まれていない、奴の左半身だ。
血が流れている。
魔人の血は赤かった。
(いいぞ! 隙間があるなら――これだ!)
干渉を避けて蔦が動くなら、奴のガードはいかに鉄壁であれ必ず隙間がある。
一本の矢がそれを証明した。
確率はゼロではない。
セブンスシグマは懐から瓶を取り出し――投げた。
宙を舞うその瓶は、床から伸びた一本の蔦に貫かれ、中身をばらまく。
液体だ。
それは瞬時に気化し、室内に充満してゆく。
セブンスシグマは口と目を押さえ、部屋から脱出していた。
謁見室の外した扉を持ち上げ、部屋の入口を塞ぐ。
(神経ガスだ。これなら――)
密閉性は低い。
ガスの発生も、充分近いとは言えなかった。
それでも、セブンスシグマの能力と併せれば十分すぎるほどの効果があるはずだ。
少しだけ呼吸を整える。
能力を使いすぎた。
並行する波状攻撃を四度凌ぎ、反撃まで行うとは。
だがこれでいい。
「聖痕の者! そろそろ死んだかい!? 返事をしろよ!」
無論返事はない。
「こんなときでもダンマリかい? いくら君でも、確率には勝てなかった? そりゃそうさ、コインの魅力には誰も逆らえない」
彼はギャンブルは嫌いだった。彼はスリルや駆け引きを望まない。
しかしコインは好きだ。どこにでもあって、何でも使えて、フェア。
コインを投げるとき、彼は何者からも自由だった。
彼の生まれの
「そうだな。中を確かめるかどうかは、コインで決めよう。裏が出たら僕はこのまま立ち去る」
セブンスシグマはズボンのポケットを確かめるが――ポケットには大きな穴が開いていた。
中にいれていたコインはない。
――さっきの蔦の攻撃だ。
他のコインは――と別のポケットを探る。
そのとき、「これをお探し?」と彼にコインを渡す者がいた。
驚いて振り向く。
そこにいた。
インターフェイスだ。
その向こうの暗闇から――ぬっと魔人が現れた。
「そんな、まさか――」
平然と現れたスティグマ。
「なぜ二人いるんだ――」
インターフェイスは冷たく嗤った。
「あなたがそれに驚くのかしら。無数にいる真実のセブンスシグマの一人であるあなたが」
ボルキス・レポート。
元老院に拒否されたそのレポートには、スティグマが同時刻に遠隔地に複数存在していた可能性が指摘されていた。
セブンスシグマが自らが書いたレポートである。
そのとき既に、彼からその記憶は失われていた。
彼はただ
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます