30.2 「お前たち勇者の――存在理由だ」

 セブンスシグマはコインを投げていた。

 謁見室――その窓から中庭を見下ろしながら。

 部下は皆遠ざけた。

 万が一に備え、あの少年、サイラスにも来ないよう言ってある。

 新しい五十セントハーフバック硬貨はやや重すぎ、親指に馴染なじまない。


(さて――覚悟を決めるか)


 彼はコインで決めようとしたのだが、勇者になってからというもの出目の偏りが酷い。

 殆ど無意識に、望む目ばかりが続けて出てしまうのだ。


「真実のセブンスシグマ――!」


 ――来ると思ってたよ。

 名前を呼ばれ、セブンスシグマは振り返った。

 インターフェイスが立っている。


「どういうおつもりか、申し開きをお聞きしましょう。なぜメイヘムの軍勢を邪魔だてし、暗殺者をロ・アラモへ向かわせたのです」

「なぜって――戦争だよ? やらなきゃやられる。僕は王として戦ったまでさ」

「いいえ、勇者・真実のセブンスシグマ。あなたは勇者として振舞うべきだったのではないかしら?」

「勇者としての振舞いって何さ」

「この場合は『傍観ぼうかん』です。ここを襲った戴冠たいかんのメイヘムの軍勢など陽動に過ぎませんでした。争うに任せておけば、先日のあなたの失敗の幾許いくばくかを埋め合わせることになったのではないかしら?」

「君は悪い奴だねえ。僕にはそんなこと思いつかなかった」


 セブンスシグマはへらへらと笑った。


軽挙妄動けいきょもうどうは命取りになると、あれほど警告して差し上げたはずです。あのお方はあなたに一目置かれておりますが、わたくしにはあなたに――その自覚があるとは思えません」


 おや、とセブンスシグマは意外そうな顔をする。


「やけにずばずばと自分の意見を言うじゃないか。君は人形みたいなものだと思っていたけど。君なりの優しさかい? それとも義務?」

「――真実のセブンスシグマ」

「歯向かおうっていうんじゃない。君は自分の仕事を理解してるのかも知れないけど、僕はそうじゃない。勇者が何か説明できないのは判った。でも僕が何者なのかは教えてくれ」


 さげすむような視線を、インターフェイスは向けていた。


「あなたがご自分の存在を疑うのですか? 本気とは思えませんのだけれど――」

「本当さ。僕は、僕の居場所、存在理由をいつも見失ってるんだ。そうでなきゃ王だの勇者だのになってみようなんて思うわけない。普通はもっと『身の丈』っていうものを若いうちに知るんだ」


「身の丈」が判れば見合った居場所を見つけるものだろう。

 彼のように「身の丈」を奪われた者のゴールは――どこなのか。


「マジな話――僕が自国民を見殺しにしたとして、それで誰が救われた? そりゃモートガルドの軍人は死なずに済んだかも知れないけど、それは救われたとは言わない。最初から戦争になんか来ずに布団から出なければよかっただけのことなんだから」

「私があなたに申し上げたのは、『ご自分の失敗を償ったらようございましたのに』とだけです。メイヘムの計画とは無関係です」

詭弁きべんだね。同じことさ。そもそも、なぜそんなに下々の者を殺したいのさ。ただ殺戮さつりくがしたいなら勇者である必要はないよね。シリアルキラーでも雇えばいい。独裁者とかさ。僕はそこのところを何も聞いてない。納得のいかないことをやれと言われても、こうして齟齬そごが生じるのは当然のことさ。君の言う『自覚』のことだ」

「最も効率のよい方法であるからです。過去最高の殺人者が何人殺せましたか? 独裁者は? 千人? 一万人? 十万人? 一番多く人を殺したのは何ですか?」

「さぁ。魔術かな」


 正義です・・・・、とインターフェイスは答えた。


「手段として魔術が使われたかも知れませんが、今まで一番効率よく人間を殺してきたものは、正義です」


「正義なんてものは知らないなぁ」ととぼけつつも――セブンスシグマは少なからずショックを受けていた。


「あのお方は、二代の勇者を従えて人々に尽くされました。そうして得られた最善の方法がそれ・・なのです」

「そうだとして、君は質問に答えていない。何のために人を殺す? 放っておけばいいじゃないか。誰であれ人はいつか死ぬんだ」

「――それでは間に合わないと気付かれた」


 続けて、とセブンスシグマはテーブルに腰かけた。


「どうやらお互い急いでるみたいじゃないか? ようやく意見が合うかも知れないよ?」

「――それは私が話す」


 突然、インターフェイスの口調が変わる。

「あのお方」だ。

 また背後の暗闇から、スティグマが現れる。


「お戻りでしたか」

「先ほどな。南部の聖域にて、メイヘムが死んだようだ」


 ディオニス二世が死んだ。

 一度も会ったことのない男だ。

 セブンスシグマは何の感慨も沸かないが、ジャック達はまた勝利したのだと思った。


「それで――僕ら勇者はなぜ下々の者の犠牲を求めるんです?」


 スティグマは、彼の問いなど聞こえないかのようにゆっくりと歩きながら語り始めた。

 尤も、実際に喋るのはインターフェイスだ。


「世界の終わりが近い。それまでに・・・・・、あの計画を完成させねばならない。そのための魔力にマーリーンと聖域の泉が必要だった」

「聖域の泉とは――つまり神様?」

「余人の神々は無用だ。神にとって理こそ全て。人の生き死になど問題ではない。しかるに我らは力の源泉、泉だけを求めた」

「それで隣国の皇帝はエストーアを目指して――。それが上手くいかなくてロ・アラモへ?」

「メイヘムの裁量だ。関知はせぬ。私の関心は来るべき終焉しゅうえんに救いの提供、選定、終焉を遅らせること――。お前の言う通り、勇者でなければならないことだ。時にそれは決断を伴う。海をひらいて道を通すなら、いずれ戻さねばならぬのだから」

「それはわかりますよ。なんとなくね。でもそれがなぜ人を殺すことに? それは飛躍があるよ。全員は救えないにしても、放っておけばいいでしょう?」

「そうではない。今、世界の終焉を遅らせているのはかつての英雄が作り上げた結界などではない・・。そんなものはとうにほころんでいる」


 セブンスシグマには判らない話だった。

 大英雄は結界を作った――? そうしてそれは綻んだ?

 真偽も明らかではなかったが、セブンスシグマは黙って先を聞いた。

 議論よりまず主張を明らかにしなければならない。


「真実のセブンスシグマよ。今より明かすことは勇者が勇者たるたった一つの心得。お前たち勇者の――存在理由レイゾンデートルだ」



***



 宇宙を満たす真空が連鎖崩壊を起こし、世界は滅びつつある。

 スティグマによれば、大英雄がかつて真空崩壊から世界を救った方法――それは綻んでしまったという。


「魔力を星外に送り、崩壊の連鎖を止める――だがその技術は失われた。故に我らには第二の矢が必要なのだ。そのためには魔力がる」

「人を殺すとそれができる?」

「使うことで格の下がる魔力。使うことなく送るには、まず術者から切り離す必要がある。つまり死だ。ただ死ぬに任せればよいというものではない。我らが立ち会い人として、ヴォイドへと送る」


 疑問はある。それなら確かに勇者が勇者として死地におもむく理由ではありそうだと、彼には思えた。

 ある時は災害の跡地に、ある時は戦いの矢面に。

 長らく平和ならば――自ら戦乱を起こさねばならない。

 死のあるところに現れる勇者の実態は、術者をうしなった魔力をヴォイドへと送る。

 それじゃまるで死神じゃないか、とセブンスシグマは思った。


「魔力というのは送れるんですか。送れるなら死んでる必要はないんじゃないですか」

「送れぬ。その方法は我らの技術にはまだない。かつて我らの先達が崩壊を止めた技術は失われてしまったのだ。その方法を探したかった・・・


 かった――過去形である。諦めたのだろうか。


「もっと確実な方法を見つけたのだ。魔力の星外送信ではなく、ヴォイドを通じた魔力の直接供給。見返りに我らはヴォイドの力を得る。諸君らが手にした力だ。ヴォイドに魔力を与えることで、我々はヴォイドを使役する。その利鞘ざやが人間の数でならし二割に相当するのだ。――ソウィユノの勘定によれば、だがな」

「ま、待ってよ――。じゃあ、そのヴォイド――? 黒い力を使って、それに見合った魔力を与えられないと――どうなる」

「ヴォイドは活性化する。世界の終焉が速まる」


 なんだよそれはさ――とセブンスシグマは考える。


「やっぱり、なんだかその話はおかしい! 何かを隠してるでしょう!? 大体、あなたの話じゃヴォイドっていうのは魔力より格上の力に聞こえる! なら魔力をどれだけ捧げてもあがなえるもんか! それは『熱力学第二法則ザ・セカンド・ロウ』に反してる!」

「そのようなものは経験則に過ぎぬ。それを帰無する悪魔のレシピこそ魔力。たった一つ、第二法則を超越し得る法だ。契約こそがそれを実現する。我らはその守護者。なればこそ、世界の守護者たり得るのだ。努々ゆめゆめ忘れてくれるな、真実のセブンスシグマよ」


 契約って――何の。

 インターフェイスは再び彼女の制御を取り戻した。


「――ご納得されたかしら。私の理解では追い付いていないところが多かったもので。実感としては魔力を理解できませんの。私には魔力がありませんから」

「魔力を理解だなんて――そんなのは僕にだってできない」


 死地の勇者は、そこに取り残された魔力を黒い力ヴォイドで回収する死神だった。

 熱力学第二法則に抗って、ヴォイドによる宇宙の崩壊を止めようとしている――それも不確かな方法で。

 更に使った力の二割を回収できなければ彼らの手段は失われる。


(可能なのか? いや、そんなの不可能に決まってる――)


 スティグマの語った話。それが――それが本当なら。

 導かれる答えはたった一つしかない。


(ならやっぱり――やるしかない)


 セブンスシグマは、謁見室の入り口を確認する。

 テーブルの下にも目をやり、次いで部屋の隅の暗がりを見る。

 暗がりに戻っていこうとするスティグマの後姿があった。

 ――無防備だ。

 だが隙は無い。

 セブンスシグマはスティグマの背後に立つ。

 ――あなたはまだ僕達に隠している。あなたは終焉を止める気なんてさらさらないし、人を救うことにも興味がない。あんたの本当の目的は――それとは全然違うことだ。

 真実のセブンスシグマは、未だ謎の多いその能力を全開にした。

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