28.3 「化け物――なものか。僕は――正統王シドニア」
モートガルドはドラグーンの本場。
ドラゴンでは海を越えることは
だが船に乗せて運ぶのはむしろ正則であった。
八十機のドラグーンがベリルへ向かう。
ものの二キロもない。ドラグーン兵団はあっという間にベリルの上空へ至った。
宮殿などの重要拠点には皇室の部隊が狙撃銃を構えて待機していた。
銃で数機を迎撃する。
しかし――夜であることに加えドラグーンが高度を上げたため状況は庁舎戦同様、
「うーん、やっぱりそう来るよね。どれ――暗いな」
庁舎の屋根の上。
狙撃銃のスコープを覗き込んで、セブンスシグマは「暗い」と繰り返した。
宮殿からは距離があるが間もなくここもドラグーンの攻撃対象になるだろう。
「照明!! 照明を出せ!!」
スペースモンキーズが次々に応じて、上空を照らすサーチライトが灯った。
スコープがこちらへ向かって飛ぶドラグーンの姿を捉える。
騎乗者に狙いを定め――。
「今だ」
引き金を引く。
銃声。
だがドラグーンは止まらない。
「――外れた。もう一発」
セブンスシグマはレバーを起こして引き、次弾を装填すると再び狙い撃つ。
しかし次弾もやはり的を
「――我が王。また外れたようです」
「わかってるよ! うるさいな! 集中できないだろ!」
セブンスシグマは「昔から銃は嫌いだったんだ」と言いながらオルロに銃を渡すと、自分は弓を担いで横にいたドラゴンに
先月のベリル襲撃で、皇室の精鋭部隊の狙撃を掻い
臆病な個体だったがセブンスシグマとは気が合った。
「僕はこっちの方が成績が良かった」
やっほう! と叫んでセブンスシグマは夜の街を空へと飛びあがる。
皇室宮殿上空で旋回するドラグーンの中から、一機がこちらへ飛んでくる。
セブンスシグマはドラゴンを操ってその敵をやり過ごし、旋回させた。
後ろをとった。
弓を構えて
リリース。
そしてフォロースルー。
重い矢は放物軌道を描いて――ドラゴンの胴体に突き刺さった。ドスッという音が聞こえるようだった。
暴れるドラゴンに振り落とされ、騎手は四百メートル下の地面へと落ちてゆく。
「イェイ! やっぱり弓はイイね! 気持ちがいい!」
次の矢をつがえるうちに、
騎手はセブンスシグマを狙って、火魔術を撃とうとしていた。
(そんなの当たるわけないじゃないか)
正面から弓で狙いをつける。
だが次の瞬間――騎手の頭が、被った
オルロの援護射撃だ。
「上手いじゃないか! さすが軍人! 喋り方だけじゃなかった!」
「自分は銃など好かんのであります」
地上ではオルロが、セブンスシグマの側近相手にそうボヤきながらレバーの操作に手間取っていた。
「――弾を込めるのはこうでありますか?」
上空のセブンスシグマは、皇室宮殿上空のドラグーンの中隊に囲まれていた。
次から次へと矢をつがえては撃ちを繰り返していたが――更に沖からもう一中隊ぶん飛来するのを見て「さすがにこの数はまずいな」と言った。
うち何機かのドラゴンは口を開け、火炎球を吐く体制をとっている。
「仕方がない。いいもの見せてあげよう。僕はね――」
弓を構え、弦を引く。
金属のサイトで一機のドラゴンに狙いを定め――矢を放つ。
瞬間――セブンスシグマは、何十にも重なって存在した。
そこから全方位に向けて矢が乱れ飛ぶ。
セブンスシグマを囲んだドラグーン中隊は、一斉に落下してゆく。
まるで機銃の一斉掃射だ。
「事象が並列するものなら同時に結果を求められるんだ。そのぶん疲れるけどね」
しかし、五機撃ち漏らしていた。
その五機は怯えたようにセブンスシグマから離れてゆく。
「おっと! 待ってくれ! まだ途中だ! ここからなんだ!」
セブンスシグマが五本の矢を一度につがえ、逃げ惑うドラグーンへ向けてろくに狙いも定めずに撃つ。
矢は一本も当たらず、ただ外れて落ちてゆくだけ――のはずだった。
ところが全ての矢は、逃げてゆくドラゴンの頭に深々と突き刺さっていた。
「確率的に起こせることは殆ど百パーセント実現させる――たぶんだけどね」
落ちてゆく騎手が振り返る。
何が起きたのかわからない――そういう顔をしていた。
その顔は遠すぎてセブンスシグマには見えなかったが、経験的にこの能力で死ぬ相手の顔は予想できた。
元老院の老人どもが揃って浮かべた、あの表情だ。
「難しいだろ!? 判んなくていいよ! どうせ君は死ぬだけだ!」
――さて次だ。
セブンスシグマが矢をつがえようとすると、矢筒は空になっていた。
一瞬ヒヤリとしたが、左手に弓がある以上、矢は存在するのだ。
――落ち着け、消えちゃいない。撃ち切っちゃっただけ――この能力の悪いところだ。
弾がいくらあっても足りない。
セブンスシグマ自身、この力が代償とする副作用の大きさは計り知れなかった。
だが彼は気付いていない。
自分の更に上に、死角をついて飛び込んできたドラグーンがあることに。
その騎手は短剣を構え、速度をセブンスシグマに合わせると――ドラゴンを捨てて上から飛び降りた。
「――!?」
背中に取り付かれ、セブンスシグマは抵抗する。
「離せ! 離せ!」
「くたばれこの化け物め!」
右腕と背中に力が入らない。
彼の力の難点のひとつは並行させた事象の数だけ確実に疲労することだ。
セブンスシグマの眼前に、背後から回された短剣が迫る。
彼は片腕でその
「化け物――? 誰に向かって言ってる――僕は王だ。連れていけば有利になるぞ」
「ふざけるな! 真に王ならば潔くこの手にかかれ!」
左肘で敵の脇腹を何度も打ち、尚も抵抗する。
だが敵はライトメイルを着込んでいる。打撃など無意味だ。
「本当だ――疑うなら降りて聞いてみろ。正統王シドニアはどこか、と」
一瞬、敵の手が緩んだ。
その隙にセブンスシグマは両手で手綱を握り、ドラゴンの背を膝で蹴る。
ドラゴンはひとつ
「ぬああああっ」
急加速からの連続バレルロール。
世界が何度も回転する。
彼の国の大地が、海がぐるぐると回って、二人をドラゴン諸共飲み込もうとする。
だが――背中の男はセブンスシグマに掴まったまま、振り落とされない。
弓と短剣だけが離れてゆき、海に落ちる。
ドラゴンは戦線を離脱し、海の上まで飛んでいた。
――このままどうにか水面に不時着して――。
体勢が戻ると男は再びセブンスシグマの背中に取り付き、今度は首に手をかける。
「手間取らせやがって化け物め!」
「化け物――なものか。僕は――正統王シ」
その時だ。
王の名乗りを妨げたのは一発の銃声。
残響が崖に反射して響いた。
背後でバシャッという卵の割れるような音がして、振り返ると男の首から上がなくなっていた。
下を見る。
波間にキュリオスが数機浮上していた。そのライトが辺りを照らしている。
その上に、ジャックがいた。
構えた銃を下ろし、レバーを引く。
「ジャック君――本当に君はなんていうか――
こういうときにどうしていいか判らず、セブンスシグマは
「――あの野郎。何、手なんか振ってんだ」
ジャックは挙げかけた拳を引っ込め、ハッチを閉めた。
***
電力を使いすぎてバッテリが
整備のために帰投したのだ。
「いやぁ、こいつは凄い乗り物だぜ」
上機嫌でハッチから出る。
「戦況はどうなってる」
「本部からによりますと敵艦隊はほぼ壊滅状態。大型船二隻と中型船十隻、哨戒機数隻のみが戦線を離れ南に逃走しています」
「南に――? なぜ本国へ逃げ帰らない」
わかりません、と首を振る海軍兵を押し退けて「本部と話す」とジャックは通信機に向かった。
「本部へ。こちらジャック。一時帰投した。敵船団は南へ敗走中と聞いたが、本当か?」
『トレスポンダ君。カーライルだ。こちらも情報を収集中だが、本当だ。ヘンブリー将軍はまだ見つかっていない。気になるか?』
「気になるね。奴らにはもう打つ手がないはずだ。逃げるにしても南は『魔の海域』。意味が判らない」
「――ジャック君」
呼ばれてジャックは振り返る。
鉄の階段をセブンスシグマが降りてくるところだった。
「これはこれは。シドニア王じゃねえか。潮
「僕の国でもあるんだし視察くらい当然じゃないか。ドラゴンは車椅子よりずっと楽しかったよ」
待て、今塩水を出してやる――とジャックが言うとセブンスシグマは苦笑した。
「随分だなぁ。君が僕に頼んだんだろう、元老院の資料を探れって。それとスパイが面白い情報を持ってきたよ」
「なんだって。何か進展があったか?」
「元老院は密かにモートガルドとの講和を内定していたみたいだ。戦う前に白旗とは、まったく気の早い連中だったね」
「内容は?」
「パルマ領土の一部譲渡だね。どこか、まではわからない。場所は未定だったけど、少なくともかつてのノートルラント領ではない。見返りは不可侵条約の締結と、地下資源の貿易だ。背景にあるのは例の秘密兵器かも知れない」
本当だとすれば相当なクズだ。
「外患誘致で死刑だよ。あ、もう死刑にしたからそこは心配しなくていい。問題はスパイのほう」
これを、と差し出したのは新聞記事の共通語翻訳版だ。
「――『アンチワイルドニュース』。タブロイドじゃねえか――」
その一面記事を見てジャックは眉根を寄せた。
「『ディオニス二世が生存。帰還へ――』だと? 馬鹿馬鹿しい――」
記事によると以下のようにそれらしき人物が目撃されたということのようだ。
行方不明にあられた「征南王」ディオニス二世閣下の生存が確認された。
本誌記者が目撃した情報をレポートする。
場所はウェガリア市街。ロ・アラモでの養生を終え、パルマ官僚Nとの密談を交わしたのち、大モートガルドへの帰還を目指して船に搭乗なされた。
閣下を助けられたのは三人の勇者様。
御一行はウェガリア駅近くにて最後の
閣下は
「フルメイルを身に纏い――って何だこれは!? 日付は二週間前、記者はオストン・チャンバーレイン――どういうことだ」
「この記事を皮切りに、モートガルドでは大盛り上がりみたいだ。他にもある。こっちはディオニスが一人でロ・アラモに向かったって内容だ。記者は同じ」
「内容は違うが――同じ記者で、似顔絵もついている。船で一度見ただけだが、確かに特徴はあるな。このツンツン頭とか」
「それくらい、モートガルド人なら見なくても描けるのじゃないかい」
「ああ。だが『白銀のチェーンメイル』『性別不明の白マント』ってこれはお前ら勇者のボスだぜ。これだけは見なければ絶対に描けない」
どういうことなんだ、とジャックは頭を抱えた。
「――何かを伝えようとしてる。何だ。共通項はディオニス、ロ・アラモ――ディオニスらしき人物がロ・アラモにいた、そして勇者と繋がっている――」
「あり得ない話じゃない。ロ・アラモには勇者を倒す秘密兵器があった」
「イグズスはそれで死んだ。記事にイグズスが出てくるのに、イラストには居ない。死んだからだ。だが鎧は作った。こんな事情を知ってるのはノートンの仲間だけ。官僚Nはノートンの野郎だ。繋がったぞ」
「でもそもそもディオニスは死んだんじゃないか? 君が言ったことだ」
「――ああ、今でもそう思ってる――海に沈んだのは間違いない。だが――あの時以降、スティグマは海に現れてない。俺は意識不明になってたから知らないが、あの後。海にはオーシュだけだったんだ」
「つまり、ボスがディオニスを救出する機会はあったと? 何のためにだい」
「――なんてこった。考えてみりゃ見え透いてる。『
だがとても考えられないぜ、とジャックは混乱する。
「王として考えられるか? お前ならどうだ。自分がディオニスだったとして、生きていたら祖国を酷い混乱の中に四か月近くも放置できるものか? たとえどんな事情があったとしてもだ」
「――仮定が多すぎて、即答は難しいね」
そう
――勇者は勇者にしかなれない。
インターフェイスの「忠告」はこういう意味だったのだろうか。
ジャックの言う通りならば、確かにディオニスは王ではない。勇者メイヘムだ。王の地位を利用しているだけだ。
ジャックは通信機にしがみついた。
「姫さん! ディオニスは生きていた! 奴は、戴冠のディオニスだ! モートガルド軍を動かしたのは奴だ!」
『――聞いておりました。言葉をなくしています。民を守る皇帝が、勇者として自軍を動かすなど……人の
珍しくはないかも知れないぜ、とジャックはセブンスシグマを見る。
セブンスシグマは少しだけギクリとしたものの、平静を装って肩を
「教えてくれ。ロ・アラモはウェガリアのはずだ。だがノートンのいる御所は、パルマの土地か?」
『はい。法的、歴史的に我が国の領地で、神のおわす聖域です』
「講和の条件は
『ジャック――先週、ノートンからの
「確約はできない。そこにはもうメイヘムがいる可能性が高い。だが――」
ロ・アラモへ向かうぞ、と言って通信を切った。
「キュリオスを出す! 全艦隊俺に続け! 奴らを追うぞ!」
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