28.2 「お礼参りの時間だ! 思う存分やっちまいな!」
霧の船団――霧に身を隠し、隠密行動を得意とする皇女の艦隊だ。
旗艦はクイーン・ミステス。
それは最強の艦隊であると言われる。
北から夜の海上を霧が広がって、モートガルドの船団を呑み込んでゆく。
敵船団は散開して霧から逃れようとするが――混みあった海上で逃げ場を失った船は次々と霧に包まれて、二度と出て来ることはない。
「十一時方向、距離四百。二時方向距離四百半」
真っ白な霧の中で大型機銃のマズルフラッシュが光り続ける。
鳴り
マズルフラッシュは水の粒子で複雑に反射し、霧の船団を十倍にも二十倍にも見せ敵の感覚を圧倒する。
ナイト・ミステスの船長ハーレイ・エイスは熱感知とソナーを駆使して識別、的確に敵船を沈めてゆく。
重装甲ルーク・ミステスが敵の
敵の哨戒艇は押し退けられて横倒しになり、次々と積み荷を落としながら沈む。
ルーク・ミステスの
それが起こす大波に揺られ、敵の機銃掃射は定まらずばらばらと散って海上に
「ソナー来ます」
「オーシュ・リフレクターを。三、二、一、照射」
オーシュの使った音波反射を配備していた。
敵のソナーを妨害・
「――逃げていきます」
「姫様のご命令で深追いは厳禁でさあ。そっちは霧の外の連中に任せましょ。ウチらはベリルの方へ」
すると通信機が光った。
『ナイト・ミステス・ワン。こちらキュリオス・ワンだ。エイス、今敵の哨戒艇を沈めたのはお前か?』
「ジャックの旦那、何か不味いことでもありやしたかい」
キュリオスに搭乗したジャックは、海底から敵の艦を攻撃していた。
そうしているうちに海底にモートガルドの重戦車を発見した。
沈んだ哨戒艇から
大半はひっくり返ったまま、亀のように死んでいる。
だが何機かはそれを免れ、海底をゆっくりと進み始めたのだ。
「ああ、不味いことになってる――沈んだ船からゴキブリがでてきた」
『ゴキブリ? ああ、重戦車のことですかい』
「あれが海底を這ってる。奴らの奥の手はこれだ」
『海中でも動けるんですかい!? ――沈められるのは織り込み済みってこった。何とかなりますかい』
「ライトをつけても土煙が酷い。だがこいつらの行先は判ってる。キュリオス部隊を全部寄越せ」
『本部からキュリオス・ワンへ。ミハエラです。承認します。海中部隊は以降ジャックの指示に従ってください』
「よしキュリオス・ツーからフォーまで俺に続け。ファイブからテンはベリル北の沿岸へ向かえ」
ジャックは通信を切って「ううむ」と
ベリルは崖の上だ。重戦車で海中から上陸できる海岸線は限られていた。
しかし一機でも上陸されたらあれを止めるのは骨だ。
重大な損害を
『本部からキュリオス・ワン。ジャック、ノートンは不在ですが重戦車に関しては既に調査済みです。密閉性が極めて高く、代わりに視界がほぼありません。開口部は底部のハッチのみ』
「開口部があっても水圧でまず開かないだろう。視界ナシだとすると中の連中はどうやってベリルを目指している?」
まず考えられるのはコンパスだ。
「――磁石――方位磁針か」
『その可能性が高そうです。有効な攻撃がありますか?』
「磁石、磁石。地磁気、磁気、攪乱――電撃か。電撃を試す。この中に誰か電気魔術の得意な奴は?」
『アームを使ってください。量産試作型キュリオスはバッテリを搭載し、アームから放電できます』
二本の多機能アームは、元々の海底での標本採集の目的から離れて余計な機能が付与されたらしい。
ノートンの野郎だな、とジャックはぼやいた。
「あるものは使わせてもらうぞ。どれくらい効果あるかはやってみないと判らんが――放電を準備!」
「ジャック船長、電圧は何ボルトですか」
「わからん、最大出力だ!」
船長、船長はいいね、とジャックは
「アームの絶縁完了」
「二万で昇圧開始――! チャージ!」
「キャパシタ確認!」
キィィンという高周波ノイズが響いた。
ところで海底に張り付く重戦車をソナーで発見することは難しい。
「これには熱感なんとかっていうのは搭載されてないのか?」
「ありますが、電力を攻撃に回してしまっており――」
コックピットの巨大球形ガラスの向こうは、サーチライトの照らし出す海底。
煙のように海底の
まだその姿は見えない。
「もっと寄って探せ――いいぞ。ゆっくり――
それは
真っ黒く平たい背中の装甲。
四角いが、ジャックがゴキブリと呼んだのは的確だった。
放電! とジャックの合図で、二本のアーム間を高圧電流が流れる。
青白い稲妻が瞬間的に走って、キュリオス内部の照明が明滅した。
「――効いたか?」
「まだ判りません――」
舞い上がった塵がゆっくりと降り始める。
重戦車は停止していた。
「――動かない」
「やったか――!?」
だが、再び重戦車は唸りを上げて動き出した。
海底を破壊しながら、力強く進み始める。
「ダメだ――!」
「いや待て――」
だがその軌道は、先ほどまでと違っていた。
明後日の方向に曲がり、どんどんと曲がって沖のほうを目指している。
「――やったぞ! 奴らの電磁コンパスを破壊した!」
あの哀れな重戦車は、水圧で動けなくなるまで海を潜り続け、やがて鋼鉄の棺桶となるだろう。
「キュリオス・ワンから全キュリオス部隊! 重戦車には電撃が効く! 奴らのコンパスか何かの計器は電気式だ! 最大出力で奴らの計器を破壊しろ!」
『こちらナイト・ミステス・ワン。さすがにツイてますなぁ、ジャックの旦那。じゃあもう沈めまくってよろしいんで?』
「ああ頼む!」
了解しやした、とエイスは言って指向性音声通信の向き先を変えた。
変えた先にはモートガルド軍を
「こちらナイト・ミステス・ワン! 海賊共! ザリア共! お礼参りの時間だ! 思う存分やっちまいな!」
海賊たちは一度は
ザリアの民にすればモートガルドは
彼らは揃って力強く
「野郎ども判ってるな!? 姫様に恩返しの機会だ! 手抜き仕事はするんじゃねえ!」
「捕虜にとっていいのはザリア人だけだ! 残りは殺せ!」
彼らの
木造のヴィンテージ船から最新鋭の軍船に乗り換えても、彼らの哲学は同じだった。
真っすぐに進むものなど一隻もなく、常に横滑りしながら弧を描いて敵の射線を避けて近づく。
だが一隻だけ、どこから調達したものか場違いなヴィンテージ船が混じっている。
帆船だ。帆は飾りでなく、開いている。
明らかに速い。その動きは混成船団の中でもずば抜けて曲芸的だった。
霧を抜けて逃げ惑うモートガルドの船の前に滑り込んだと思うと、既に横腹を向けている。
「撃て撃て!」
大砲窓が火を噴く。
懐の至近距離から大砲の一斉照射を浴び、モートガルドの大型軍船は砲門とブリッジを損傷して船体にも穴が開いた。
すかさず海賊たちが乗り込んでゆく。
木造船から飛び出した中にはザリアの亡命者も多く見えた。
「大将首を探せ! チョビ
「――ん!? 上を見ろ! アレは何だ!」
空は暗い。
目を凝らしてもそれが何かははっきりとは見えない。
だが海賊たちの上を飛び越えて、ベリルへ飛んで行く影がある。
「あれは――ドラグーンだ!」
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