Ep.28: 最初にして最後のピース

28.1 「二百年前、陛下御自身は何をなされたのでしょう」

 御所の質素なお屋敷の地下にそれはあった。

 青く光る泉だ。


「元々このロ・アラモは地の女神アーセムの聖地。この泉は大皇女陛下のご要望で、新たに作られたものと言われている」


 まさかフィレム神のためとは思わなかったが――とノートンは説明にそう付け加えた。


「聖地? 泉? 聖地には泉がつきものなのか?」


 当たり前のように聖地から泉に話が飛んで、オレは面食らった。

 どちらも知っているつもりだったが、こうして目の前にするとこれって何なんだという気持ちがでてくる。

 何か関連があるのだろうか。


「魔力が沢山あればそこは聖地だ。そういう場所には、神殿やら何やら、何かしら太古からの痕跡があるもんだ。でも泉があるのは聖地のうち、特に神がおわす場所だね。女神の泉だ。水のように見えているのも水ではない」


 触っても? と訊くと大皇女様は「どうぞどうぞ」と言った。

 水面に恐る恐る指先を入れると、何もない。水のようにきらめいて揺れているが、そこに実体はない。


「ならアーセム神の泉があるのにわざわざ新しく泉を作ったんだ? フィレム神のために?」

「――君ね、本人の御前ごぜんでよくそんな混み入ったことを聞けるね。私は知らないよ」

「いいのよノートンさん。フィレムさんのわがままなんだから。ここは聖地で、泉も元々あったのに古いからいやだって」

「ふ――古いからではありません。元々地の女神アーセムの居地なので遠慮したのです。それは確かに古いですし、地面の下の岩ばかりのところですが……」


 ふむ、色々あるみたいだ。

 それで、爺さんはどこにいるんだろう。


「御覧なさい。今復活の最中です」


 輝く泉の中を見る。

 そこには人影らしきものがあった。

 輝く蒼い水の中に、輪郭だけがぼんやりと浮かんで揺らいでいる。

 これが――爺さんなのか?


「服は? 服はどうなるんだ? 裸で出てきたらオレは逃げるぞ!?」


 身内として一番気になるのはそこだ。


「ゾディアックでもマーリーンでもなく――光の神フォテムとして転生します。光の神には充分な神格があったのに、私たちのような人格を得られませんでした。それにゾディアックの人格を与えます」

「つまり――未完成だった?」


 そうなります、とフィレム神は頷く。

 初めてこの神様に頷いて貰えた気がする。

 光の魔法――オレもソウィユノと戦ったときにはそれに助けられた。

 しかし妙だ。爺さんは光の神を作ったとソウィユノに言っていた気がする。


「爺さんじゃないなら全裸で出てきても――平気かなぁ?」

「ではノヴェルちゃん、復活の儀式を」


 名指しされても――どうすればいいのかオレには見当もつかない。


「あの、どうすれば?」

「魔力を注ぐだけです。さあ」


 ああ――それはお生憎あいにく様だ――。


「すいません、オレには魔力がからっきしで」

「まるで無いってことはないでしょう? ゾディのお孫さんなのですし」

「いや、その、残念ですし、オレも何でか判らないんですけど、本当に」


 本当です、とノートンとミラが口を揃えて言う。

 大皇女様はしばらく困惑していたが――やがて何かに納得したようだった。


「――そう、そうなのね。あなたはそういう選択をした。そういうことなのね? ゾディ」


 輝く泉を遠い目で眺め、大皇女様は安堵あんどしたように少しだけ微笑む。


「わかりました。そういうことならわたくしたちで善処します。いいですよね? フィレムさん」

「構いません。皆様、御心配なら外でお待ちください。完全な形になるにはどの道二か月ほどです。話をするだけなら数日、おそらく一週間程でしょう。すぐにお呼びしますので」

「本当は大賢者の力を使うのが一番だと思うけれど。仕方がないわね。やってみましょう」


 なんだ? オレじゃないと何か不都合があるのか?

 無理じゃないならまだマシなのだろうが――二か月。長いか短いか。


「街へ戻ろう、ノヴェル君、ミラ君。ここは聖域だ。我々が長居していい場所じゃない」

「待ってくれノートンさん。オレ達はまだ訊くべきことを聞いていない。聞いたのは、なんていうか、歴史の話とか、科学の話とか、神様の話とか――いや、すごくありがたいし、感謝してるんだけど」

「言いたいことは判る。しかし我々の聞きたいことを必ずしも陛下はお話になられない。大賢者のことは大賢者に聞けと仰せだ。今は待つのだ」


 心なしかオレの落胆がけて見えていたのかも知れない。

 ノートンは溜息をくと少し何かを考え、そして大皇女様のほうを向いてこう尋ねた。


「大皇女陛下、質問を変えさせてください。大賢者のお考えは大賢者にお尋ねするつもりです。ですが二百年前、陛下御自身は・・・何をなされたのでしょう」


 なるほどねぇ、と大皇女様は感心した。


「それだったらわたくしがお話しするのが筋ですね。ゾディはまだ起きそうにありませんし、お話いたしましょうか」


 構いませんよね? と女神に尋ねると、フィレム神は「私には何とも」と微笑む。


「世界を回って――あちこちに天文台を作りました。ただの天文台ではありませんよ? それこそ、世界中の聖地と呼ばれるような場所に――ね?」


 悪戯っぽく笑ってフィレム神を見た。

 フィレム神は「そうでしたわね」とまるでしらばっくれるような反応をした。


「フィレムさんには、あのときは本当になんていうか――お世話になってしまって」

「もう忘れてしまいましたわ」


 話が見えない。

 初代勇者と女神の間に一体何があったのだろう。


「あのね、わたくし達がここに天文台を作らせてほしいって頼みに行ったら、この人それはもう怒ってしまって。火の雨を降らせて大暴れしたの」

「なんですか、神を駄々だだっ子みたいに。あなた方がちゃんと話さないのがいけなかったのですよ。泉の魔力をみ上げて空に打ち出す・・・・・・なんて話、怒らないわけがないでしょう?」

「まぁまぁ。御所ここも悪くないでしょう?」

「岩が多すぎます。眺めはいいですし、お花は可愛いから辛抱しておりますが」

「あ、今の話は内緒ね? フィレムの森にフィレムさんが居ないなんてことになったら、ちょっとした騒ぎになりますもの」


 要するに――初代勇者らがフィレムの森に「天文台」を作ったことで、フィレム神は森を追われていたのだ。

 あの神聖な森に神は不在だった。


「でも、あの森には天文台なんて――」

「ありますよ」

「あります」

「あるぜ」

「知らないんですか? 地元なのに」


 あったのか。なんだか騙されたような気がする。


「元々天文台向きの土地じゃありませんでしたものねぇ。五十年かそこらですぐに木に呑まれてしまいましたし。もう役目は果たしたと思いますが、フィレムさんここが気に入ったのかずっとここに――」

「ずっとではありません。儀式の際には森へ行きますよ」


 神様は一人森に戻るのが寂しいのかも知れないと思った。

 ノートンが天文台について尋ねた。


「先ほどただの天文台ではないと仰いましたが、魔力を汲み上げて打ち出すというのが、つまり目的だったのでしょうか」

「そうそう。そのあたり、わたくしにはうまく説明できませんけれど、フィレムさんはお詳しいのじゃないかしら」

「あなた方の言うところの『魔力』とは何か、それをご説明することはできません。ですが先ほどのお話で言えば、魔力とは宇宙のどの力より格の高いものであり、そこから自然界の身近な力に降りてきます。どの力に降りるか、それを決めるのが我々神の仕事であるのです」


 さすが神様だ。その言葉には疑問の余地はない。


「アリシアが造ると言った建物は、格の高いところにある魔力を降格させないまま・・・・・・・・星外へ送る・・・・・――そのためのものでしたね?」


 そう続けた。

 魔力を――送る。それはオレにとって蠱惑こわく的な響きがあった。


「魔力を使うということは魔力を降格させるということです。『それを格の高いままで宇宙へ送れば宇宙の崩壊を打ち消せるかも知れない』――あなたが私をそう説得したのですよ、アリシア。よくもそんなことを考えたものです」

「わたくしでしたっけ? 忘れてました。受け売りですもの。わたくしにはゾディの言うことは難しくって」


 大皇女様はそういってコロコロ笑うと、オレとノートンのほうを向いて言った。


「興味がおありでしたら……そうですね、下の書庫にゾディの書いた魔力の送り方についての論文がありますよ」


 ノートンは食いついていたが、読んでも判らなそうなのでオレは固辞した。

 しかし爺さんが起きる前に大筋は判った。

 連鎖的に起きる真空崩壊を止めるため、高い格である魔力を送り込んだのだ。

 大皇女様はそのために各地の聖地に「天文台」と称する設備を作っていった。

 それが初代勇者の戦い――少なくともその一部がはっきりした。

 今の勇者達にそれがどう関係するのかしないのか、なぜ爺さんを狙ったのかはまだ判らないが、それもいずれ爺さんに聞くことができる。

 でも一つだけ、どうしても気になることもあった。


「あの……魔力を送ることが出来るって意味ですか? もしそんなことができるなら、もしかしてオレにも魔力が――?」


 どうでしょうねフィレムさん、と大皇女様はまたフィレム神に尋ねたが、フィレム神は残念そうに首を横に振った。


「先ほども言いました通り、私たち神はその使い道を与えるのです。そして残念ですが、授けることはできない――魔力は術者の系に宿るものです。他に移せば留まることはなく、留めたものは留めたまま移すことができません。水や電気とは全く異なるのです」


 なるほど――違うのか。

 確か船で戦ったとき、魔力球は術者の系を離れると慣性が効かなくなるとか、物理法則に従わなくなるという話を聞いたような気もする。

 そうなると魔力って一体何なんだという気がしてくる。


「『魔力とは何か』?――それを突き詰めたのがあなたのお爺さんで、大賢者と呼ばれるようになった所以ゆえんなのですよ」


 おかしなものだ。その孫はその魔力から一番遠くにいるんだから。

 あまり爺さんを問い詰めたことはなかったけど、そんなに詳しいんだったら問い詰めておけばよかった。

 爺さんが復活したら聞いてみよう。

 それはもう、色々なことを。



***



 放蕩ほうとうのファンゲリヲンは、ウェガリア市街の住宅地へ急いだ。

 チャンバーレインの隠れ家が判明したからだ。

 大英雄の生き残り――初代勇者の生き残りの一人。

 利用できないのなら始末しなければならない。

 手こずるだろう。

 大賢者マーリーンを狙った勇者は二人共戻らなかった。あのソウィユノがだ。


(奴の弟子が隠れ家を白状してくれて助かりました。いかな大英雄とはいえ――寝込みを襲えばこちらに有利でしょう)


 寝込みを襲う――なんと洗練された暗殺方法だろう。

 あの爺の自由を奪ったらどう拷問して、どう人間を辞めさせてやるか。

 そう思いを馳せながら角を曲がる。

 すると――チャンバーレインの家が燃えていた。

 石造りの家の、窓という窓から炎が噴き出している。

 地図を見て位置を確認した。

 ――間違いない。あの男が教えてくれた場所だ。

 その家には今、消防隊が詰めかけ水魔術で消火活動を行っているその最中だ。

 ファンゲリヲンは傍に寄って訊く。


「あの――この家のお爺さんは」

「ああっ? 後にしろ! 今忙しいんだ!」


 ファンゲリヲンは窓から顔を出していた野次馬の一人に同じことを訊いた。


「ああ? チャンバーレインさんかい? 旅行だとかいって昨日から出かけてるよぅ! 普段寝てばかりいた癖に! まったく悪運の強い爺さんだ!」


 チャンバーレインを逃した。

 しかも戻らない。

 更に、奴が持っていた記録や情報も――燃えてしまった。

 ――くそっ! やられた! 古狸めっ!

 ファンゲリヲンは地団駄を踏み、燃え行くチャンバーレイン邸を睨みつけた。

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