28.4 「わしを何の神にした! フィレムよ! 答えよ!」

 一週間が過ぎた。

 爺さんの復活だか転生だかの儀式は進んでいるのだろうか。

 オレは足しげく図書館にかよっていた。調査じゃない。単に宇宙やその起源に興味が沸いたからだ。

 オレのような学堂にもまともに行ってない奴に読んで判るような書物は多くなかったが――それでも宿で腐っているよりはマシだった。

 どうやら宇宙は大昔に爆発して生まれ、今もまだ広がっている。

 どうしてそんなことが判るかと言うと、電波だ。宇宙には爆発で生じた電波が今も残響のようにただよっているのだそうだ。

 その他、電波は通信以外にも色んなことに使えるらしい。

 ノートンのドヤ顔が目に浮かぶ。

 ノートンは今朝早くに市街に向かった。

 というのも今週に入ってベリルからの返事がない。ウェガリア市街の通信交換局に何かあったらしく、ロウとセスが視察に向かったところ機器が不調とのことだった。

 結局ノートンが調査に行くことになり、「こんなときにマーカス君がいてくれればなぁ」とボヤキながら市街へ向かった。

 市街といえば、ハックマンが荷物を出しに行ってから三週間以上つが戻ってきた様子はない。

 奴のことだからきっと何か事件の匂いを嗅ぎつけて追い回っているのだろう。

 ところで、一昨日にもオレは様子を見にロ・アラモから御所へ行った。

 一人でだ。

 肉親の見舞いに行くような気分で。それも別に変ではないだろう。

 許可もないしダメ元でおしかけたのだが、メイドは困惑しつつも対応してくれて、大皇女様は快諾してくれた。


「あらあら、こんなお婆ちゃんのところへまた来てくれるなんてね。それともフィレムさんがお目当てかしら」


 ――この流れで爺さんだとはちょっと言いにくい。

 オレは適当に答えをはぐらかそうとして――それが悪かったのか、期せずしてオレは大皇女様と二人きりでティータイムと相成った。

 話題はミハエラ皇女様の最近のご様子などで、まぁ爺さん以外で共通の話題はそれくらいだ。

 皇室の血筋は万世一系だけれど皆短命――当のアリシア様は例外中の例外だとして――、先代にあたるミハエラ様の母君も早くに亡くなってしまった。それでミハエラ様のお体が心配だとかそういう話だった。


「万事問題ないですよ。ジャックっていうとんでもない野郎がついてるのがアレですが、頼りになるっちゃなることもありますから」


 当たり障りのない話をしつつ、何とか大英雄と今の勇者の関係について訊き出そうともしたのだが、軽くあしらわれてしまった。

 ノートンのような尋問のプロ、じゃなくて海千山千じゃないと相手にされないのか。

 そう思った頃、大皇女様は「車椅子を押していただけるかしら」と言い出した。

 どこへ行くのかと思うと「海を見たいのです」と言われた。

 来たよ・・・やめてくれ・・・・・。何の前振りだ。

 オレが背伸びすれば崖の向こうにギリギリ海が見えそうだが、確かに車椅子では見えないのだろう。


「崖近くは危ないので――」

「大丈夫ですとも。今日は風もないですし、暫くは落ち着いております」


 オレは失礼のないように恐る恐る車椅子を押して――。


「ここいらで見えますか? ここから先はちょっと危ないかも――」


 海をのぞむ高い崖の、これ以上は問答無用でオレの首が飛ぶかもと思えるギリギリまで来た。


「結構ですよ。どうせ見えはしませんが、見えるようです。水平線の向こうに、離れ離れになった聖地の片割れが――」


 ――何のことだ。

 そのときは知らなかった。


「大昔、人が魔力に気付いて神を知り、文明を作り上げるよるずっと以前――大陸は一つでした」

「――?」

「この海を挟んで丁度反対側のエストーアも、その頃はここと同じ聖域を共有していたのです。大陸が割れて移動し、聖域は二つに別れてしまった」


 聞いたことはある。

 エストーア中立国は、モートガルド大陸南の最西部にある。大陸では唯一モートガルド帝国の侵攻を受けなかった国だ。

 数十名の神官のみが住むらしい。

 それでなぜ無事なのかは難攻不落とか内陸側を巨人の国にはばまれていたからとか色々言われており、たぶんそのどれもが本当なのだ。

 見たことはないがそれでもこのロ・アラモと別れたと言われればそれはさぞかし難攻不落だろうとも想像できた。

 一番の理由は、そこが世界的な尊敬を集める土地だからで、武力で攻めても獲得は不可能と言われることだ。きっと割に合わないのだろう。

 でも――こと魔力となればどうだのだろうか。

 大皇女様はなぜその話をオレに?

 二日経った今でもその答えは判らない。



***



 ノートンが市街の調査から戻るのを待って、ミラを連れてオレ達はまた御所に向かった。


「ゾディアック氏がお目覚めに」


 そう伝言を受けたからだ。

 途中、ノートンから気になる話を聞いた。

 チャンバーレインの邸宅が火事になったのだそうだ。

 火事になったのはもう三週間も前のことで、ハックマンが出て行った後だ。

 チャンバーレインは旅に出ていて無事のようだが「原因が判るまでは大皇女様には内密に」とのことだった。

 御所に着き、その高い壁の真ん中、鉄格子の門扉が開く。

 メイドたちもすっかり顔馴染みで、「お待ちしておりました」と通してくれた。

 泉のある地下へ降りると、一見して先週と違いはない。

 フィレム神のたたずむ横から、輝く水面を覗き込む。


「この泉は異界へ通じております。この泉を通じてのみ、彼――あなた方にすればゾディアックと対話が可能です」

「復活、じゃなくて転生のほうが進んだっていうことですよね?」

「さようです。しかしまだ前段階。人格としても神格としても不安定で、統合が果たされるまでは二つの格が交じり合った状態にあります。望んだ結果になるとは限りません。構いませんか?」


 はい、とオレは答えた。

 では呼びかけを――とフィレム神は一歩離れた。

 呼びかけ――どうすればいいんだ。

 見下ろす限り、やはり人影のようなものがぼんやりと浮かんでいるだけで爺さんがいる実感はない。


「――爺さん、ゾディ爺さん――そこにいるのか?」


 答えを待つ。

 やがて。


「誰か」


 答えがあった。


「オレだ! オレだよ!」

「オレとは誰か。名を名乗るがよろしかろう」

「ノヴェルだ! ノヴェル・メーンハイム! あんたの孫だ!」

「ノヴェル――孫――? わしは誰だ」


 爺さんの声だ――。たった半年ちょっとなのに、もう何年も昔のような――懐かしい声。

 あんたと話がしたかったんだ。


「ゾディアックだよ! オレはゾディ爺って呼んでた! あんたは伝説の――」


 ノヴェル、とフィレム神が横からオレを止めた。


「今、彼が誰かを強調されては差し障ります。彼は今後、神として私たちと共にるのです」


 小声でそう説明する。


「そ、そうか。なるほど――じゃあどう言えば」

「彼が思い出すのにゆだねるのです。記憶の封印が開けば、おのずと鮮明になります。予断を与えてはなりません」

「わ――わしは――大賢者――賢者とは何か」


 どう答えたらいいのか。オレが困っていると、フィレム神が代わって答えた。


「賢者とは力の道を示す者。私たちと神と同じです。判りますか?」

「ああ、覚えがあるわい――。だが、この恐怖、後悔――わしには寿命があったはずだ。限りある肉体が」

「その時になって、望むなら肉体が与えられます。無限の肉体を」

「――なぜかのう、それもっすら覚えがあるわい。まるで」


 まるで――と言ったきり爺さんは黙り、暫く影だけが水にただよっていた。

 オレはフィレム神に訊いた。


「どう聞いたら、ゾディ爺さんが――勇者について教えてくれるでしょう」

「直接はいけません。格の統合に失敗すれば、互いが互いを拒絶して、消滅してしまうこともあり得ます。とりわけゾディアックの場合はその恐れがあると危惧きぐしています」

「――どうすれば」


 後ろからミラが口を開いた。


「ノヴェル、他人事として聞いてみりゃいいんじゃねえか? お前の爺さんの体験じゃなくて、風の噂、世間話として聞いてみろ」


 フィレム神が頷く。

 世間話。世間話か。それなら得意だ。

 オレは冒険者には知られた聞き上手――はちょっと意味が違うか。


「あんた、もし宇宙が真空崩壊して世界が滅ぶとしたらどうする」

「悩むのう。わしだったら、まず格の高い魔力を打ち込んでみるかのぅ。周辺の格が上がることで、真空の降格を妨げられるやも知れぬでな」

「魔力って移動できないんじゃ?」

「光の性質を使えば移動はできるわい。移動した先で溜めることができぬだけ。光は波と粒子の性質をもっておる。この性質を借りて、魔力そのものを送れるだろう。光――なぜだろう、わしはなぜ見たこともない光についてこんなことを知っておる?」


 ――爺さんだ。紛れもなく、これは爺さんだ。

 質問を変えてください、とフィレム神が言った。

 光に関係する質問はダメらしい。

 かといって勇者のことも聞けない。爺さんは初代勇者だったのだ。直接的過ぎる。

 言われた通り、オレは質問を変える。


「ある悪党が、妙な黒い力を便利に使っているのを見た。それって何だと思う? どこで手に入る?」

「黒い力――それはヴォイドのことか? そんなもの、宇宙のどこにでもあるが――ううっ――待て。うう――!」


 突然様子がおかしくなった。

 フィレム神が慌てて止めに入る。


「質問を変えてください。その質問はまだ早すぎたかも知れません」


 ところが――抵抗したのは爺さんのほうだった。


「ううぅ、待たぬ。『早すぎる』? 遅すぎたくらいだ。ワシは――そのことを、誰かに――誰だ」

「フィレム神! 爺さんは何かを思い出そうとしている!」

「ヴォイド――四つの相互作用の原点にして統一された力――重力を与え、質量を与え、磁界に作用して、真空さえ破壊する」

「ヴォイドは――本当の真空ではなく――力?」

「ある面では左様さよう。ある面では宇宙誕生前の姿。いずれ仮説ではある――ああ、神をつくって確かめようと――。だが――一つの人格への統合には至らず――ああ! なんということだ」


 爺さんは苦しんでいる。苦しむ肉体はないのに、それでも苦しんでいる。

 苦しみの記憶なのか、それとも記憶の蓋が開いてしまった苦しみなのか。

 言葉の間に苦悶が混じり、藻掻もがきのうちに言葉がつむがれる。


「――問題はないはずだった――それ自体は無害――。最悪の事態こそまぬがれたが、終わりは始まりだったのだ」

「終わりは始まり? どういうことだ?」

「ヴォイドで四つの相互作用を統一できた。だがどうしても魔力はできなかったのだ。まだ下があると考えた。我らは真空崩壊は止めたと思ったが、その過程で、あれを――あれを造ってしまった! それを――!」


 もうお止しなさい! と大皇女様が泣き崩れた。


「もう充分です。あなたはもう、自分も、誰も責めないで。あとはわたくしがお話を……。わたくしは……残酷なことをしてしまった。ゾディを神として転生させるなど」

「――アリシア! その声はアリシアか!? アリシアがそこにいるのか!? ジェイソンは!? チャンは!? アレスタは……!」

「ジェイソンは亡くなりました。もうずいぶん前に」

「ああ――そうだった。覚えておる。しかしなぜ、なぜわしなのだ、アリシア! 神にするならジェイソンとの統合が適格であろう!」

「ごめんなさい……。わたくしには――できませんでした。そんな――酷なこと」


 ――残酷、なのか。

 いや、残酷なのだろう。

 オレはただ爺さんと話ができると思って浮かれていた。

 でもどうだ。その爺さんは「また呼び戻してくれてありがとう」と言いたそうか?

 まるで逆だ。

 そう思ってオレは気付いた。オレはここへ来てからずっと、大皇女様に騙されていたのではないか?

 騙され、誤魔化され、はぐらかされてきたのでは――なかったか?

 オレに魔力がないことも知っていたのではないか? その上で魔力を注げと言い、できないなら時間がかかると時間を稼いで――。


「大皇女様、それは一体どういう意味です。説明してください」

「ごめんなさい、ノヴェルちゃん。こんなことになるとは思っていなかったの。本当よ」

「う――嘘だ」

「わしを! わしを何の神にした! フィレムよ! 答えよ!」


 姿のない爺さん、いや神は怒っていた。

 泉の水が揺れて地震かと思うほどだ。

 フィレム神は何も答えず、小さく震えていた。


「フィレム! 返答によっては急を要するぞ! 今すぐこんな儀式を止めるのだ! さもなければ――」


 よみがえりつつあるのは確かにゾディ爺さんだった。

 ただそれはオレの知っているいつも不機嫌そうな爺さんではなくて――怒り狂っていた。

 その理由をオレは知ることになる。

 二百年前、この人たちの活躍で宇宙の崩壊は止められたのかも知れない。でもオレの知っている世界の崩壊はもう誰にも止められない気がした。

「終わりは始まり」と言ったか。

 それはその言葉の通り、次のステージの始まりだったのだ。

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