Ep.25: 鉱山のハッピーバースデイ/プレゼント

25.1 「それが全てなんじゃねえか」

 ――イグズスよ。こんなところで死んでしまうとは。

 情けない奴だ。死ぬか? こんなところで。よりにもよってお前が。

 聞いているんだろ。

 なぁ、頼みがある。

 友達だろ。



***



 事件から一夜明けた。

 イグズスが死にぎわに手放したハンマーはすぐに見つかった。

 暴れた拍子ひょうしにそれは手を離れ、すっとんで行ったのだ。

 高炉の大事な部品をだいぶ巻き込んで転がったまま。

 重すぎて運べないため、しばらくはそのままとなったようだ。


「始末書で済むだろうかなぁ」


 ノートンは通信機を修理しながら泣きそうな顔で言った。

 イグズスの襲撃を受けて仕方がなく――というのは情状酌量の余地があるんじゃないかと思う。

 でも高炉やあの、バケットホイールエクスなんとかというどでかい機械、あんなものまで壊してしまったので鉱山は操業停止。被害は甚大であるらしい。


「いくら友好的とはいえこれは外交上の汚点だよ。まったく。皇女陛下に向ける顔がない」


 ああいっそここに骨を埋めたいものだなぁ、とノートンは大袈裟おおげさに嘆いた。


「ノートンさん、それは?」


 ノートンがいじっている機械が何となく気になって聞いてみると、少し恥ずかしそうに「小型の通信機だ」という。

 何が恥ずかしいのかさっぱり分からなかったが、説明しているうちに「ジャック君のイアーポッドとは違うぞ」と言い出したので察した。


「あそこまでの小型化は残念ながら無理だ。だが見通しでの距離はこちらの方が上だ」

「そんなに便利なものがあるなら使わせてくれればよかったのに」

「ん? 昨日の作戦にも使ったのだよ」


 初耳だ。オレは何も聞いていない。


「――いやまだこれは実験段階なのだ。前線の君に頼ってもらえるような代物では到底なく……」


 ふぅーん、とオレはねてみせた。


「ミラ君の治療もあるだろう。暫く逗留とうりゅうしたらいいよ」とノートンは勧めてくれたが、セスやロウのこともある。

 ベリルも心配だ。

 二人にはベリルに帰ってもらって、ミラが恢復かいふくしたらノートンと共に御所の調査へ向かおう。

 そういう相談をしていた。

 ミラは元気そのもので相変わらず憎まれ口を叩いていた。

 イグズスを殺した顛末てんまつについては「そうか」とだけ言った。

 ミラからは、彼女が聞き得た子供達の話も聞いた。

 子供達は皆ロードリンという山の僻地へきちから来たのだそうだ。

 後日知ることだが、なぜかあのハムハットから捜索願が出ていたのだ。ハムハットは生きていた。それも不幸中の幸いだった。

 今朝のうちにウェガリア市街まで送り返されていた。

 全員揃って怪我もなく、元気だという。

 ミラを刺した子についても取り立てておとがめというか、そうしたことはない。これはミラの意志だ。

 子供達にはイグズスは「山に帰った」と知らされた。

 しかし子供達には認識阻害の影響はなかった。イグズスは彼の言った通り、子供達を無理矢理連れ去ったのではなかったのだ。


「それなんだけどさ、イグズスは本当はあの子らのことどう思ってたんだろう」

「あの子らは楽しかったって言ってたぜ。それが全てなんじゃねえか」


 今度はオレが「そうか」としか言えなかった。


 

***



 ハックマンは決戦の場となった高炉の中にいた。

 彼お得意の事件の嗅覚――そんな大層なものではない。

 事件はもう終わった。これは事後調査だ。

 高炉は停止されており、今は室温も随分抑えられている。

 これから銑鉄せんてつを抜く作業が行われるのだ。

 ハックマンはまずイグズスのハンマーを検分した。

 大きさ、意匠だけでなく位置、落ち方、被害状況などを細かく記録する。


「記者さん、そろそろ抜くで」


 ハックマンは高炉の中心へ向かった。

 高炉というだけあって上を見るとかなり高い。この上から鉄塊が熱されて落ちて来て、下のプールに溜まるわけだ。

 今ハックマンたちがいる場所はメンテナンスや操業のために人が出入りできるようになっているが、普段はまず人が入らない。

 イグズスが踏み込んだときも、プール上に架けられた橋のような鉄の足場が閉じていた。これもメンテナンス時の落下防止のためのもので普段は開いている。その足場ももうないのだが。

 昨日、最後の作戦のためにノートン達が閉めさせたのだ。

 そこにノヴェルが国旗をいて、イグズスを足止めする。ノヴェルは機械を操作して足場を開き、それで落ちなければノートン達が重機で押し込む。そういう作戦だったのだ。

 ただホイールローダーは三機とも使用中であるため、いかにノヴェルが時間を稼ぐかが鍵だった。

 よく上手く行ったものだとハックマンは感心よりなかば呆れていた。

 師から同じ話を聞いていた彼にも、モートガルドの国旗で奴を足止めするなどという奇策は思いつきようもなかった。

 激しい怒りは判る。恨むのも理解できる。

 国旗はその怒りの象徴だったとして、我が身を忘れて打ったりするものだろうか――そこのところがハックマンには理解できない。

 ――なぜなんだ。本当に死にたかっただけなのか? それとも。

 答えはない。

 それを知る者は今は溶鉱炉の底。

 今はただ、真っ赤な銑鉄が静かに横たわっているだけだ。


「作業開始~」


 ロ・アラモ特有のなまりのある気の抜けた声が響いて、銑鉄が下がり始めた。

 ――勇者の死体。こいつは売れるぞ。

 銑鉄はみるみる下がって行くが、なかなか死体は現れない。


「このプールってやつはどれくらい深いんだ」

「五メートル」


 ならばもう頭くらい見えてもよさそうなものだが――。

 そう思っているうちに、底が見えた。


「完了~」


 そう声が響いたが、どこにも勇者の死体はなかった。

 跡形もなく溶けてしまったのか。それもあり得ない話ではない。

 ハックマンが狼狽うろたえていると奥から胴間どま声が響いた。


「記者さん! ハンマーどこやった!」

「どこやったって――」

「さっきまであったんだよう! あんたが見るまでは!」


 あの巨大ハンマーをハックマンごときにどうこうできるわけはない。

 あんなものを持ち出せるのは一人しかいない。


「まさか――」


 背後で悲鳴が起きた。

 ハックマンは振り返る。

 そこに巨人がいた。

 ――本当に死にたかっただけなのか? それとも・・・・

 先ほどの疑問には続きがある。

 それとも溶鉱炉に落ちても死なない自信があるのか。

 全身に鋼鉄をまとう身長四メートルにも及ぶ大男――。

 潰滅かいめつの名を持つ勇者だった者。

 現れたそれは、昨日までのそれとは異なる。

 完全被覆鋼フルメタルジャケット――イグズスだった。

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