25.2 「奴はそこを目指してる! あんたの宿だ!」

「おい、何の音だ」


 ロウが異変に気付いた。

 二階のテラスから外を見ても、何が起きたのかは判らなかった。


「今なんだかすごい音が」


 セスも上がってきて、テラスから外を見て絶句した。


「あ――無くなっています」

「何がだ」

「高炉です。朝はここから見えていたのに――」



***



 街は蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。

 勿論オレ達にだって何が起きたかなんて判らない。

 セスが「高炉が消えた」と訳のわからないことをいうので、そこはロウ達に任せオレとノートンはとりあえず高炉へ向かった。

 ロ・アラモは小さな街だ。

 鉱山の周りにへばりつくように密集する民家は狭く、そのぶん高い。

 ベリルと同じで平な土地が貴重なのだろう。

 民家の間の狭い道を下りてゆくと、下から誰かが叫びながら坂を上がってくる。

 ハックマンだ。

 またあいつ何か良からぬことを――。


「イグズスだ! フルメタルジャケット・イグズスだ!」


 何を言っているんだ。フルメタルジャケットって何だ。

 ――イグズスだって?


「なんのことだ」

「わかりません。イグズスがどうとか」

「イグズスは死んだはずだぞ」


 しかし――ヌッと――。

 ハックマンの背後、まるで彼を追うように建物の影から現れたのは――紛れもなく巨人だった。

 確かにイグズス並み――いや、もしかすると奴をやや上回る大きさの巨人だ。

 滅茶苦茶にハンマーを振り回しながら、周囲の家を滅茶苦茶に破壊しながらやってくる。

 全身を鋼鉄でコーティングされており、まるで鉄の鎧をまとったようなその姿。

 なんてことだ。


「前言撤回だ。イグズスは死んでいない。馬鹿げてる。死んだはずなのになぜ――」

「奴は――鍛冶屋なんだ。いや、土魔術っていうのは鉱物全般を操作する魔術で」

「よく知ってるじゃないか。合格点だ」

たとえそれが溶けた銑鉄せんてつでも――自分の体の周りにおおえば」

「不合格だ。二千度以上だぞ。即死だ」

「昨日、イグズスは即死してたか――?」


 ノートンは「ううむ、しかしまさか」と沈黙する。オレだって同じ気持ちだ。


「奴は骨格にあの黒い力を使ってた。オーシュの浮袋と同じだ。鮫になるみたいに、イグズスも体の周囲に展開すれば……」

「――なるほど。奴には時間があった。我々が思っている以上に、あの銑鉄の中で猶予があったのだな」


 イグズスはオレに気付いたようだ。

 ハックマンは横道に逃げたのに、まっすぐこちらを目指してくる。


「で、どうする」

「逃げる他なかろう」


 すると奴はハンマーで地面を打ち――空へ飛びあがった。

 こちらを目掛けて飛んでくる。


「逃げるってどこへ!!」

「鉱山だ!! 坑道へ逃げ込め!」


 ドーンと土煙を上げ、家々を破壊し、鉄の塊はオレ達の逃げる道の先に着地した。

 振り返る。

 顔は潰れた鉄と焦げた肉が混じり、原型がないが――オレはイグズスだと感じた。


『よう』


 そう言ったように感じる。

 もっとも奴の口は鉄で溶接され、もう何も喋れないようだったが。


「ぼさっとするなノヴェル君! 逃げろ! 逃げ続けろ!」


 横道に逸れて走り出す。


「ノートンさん! 奴に電気は効くか!?」

「試すまでもない! 表面を流れて終わりだ!」


 オレ達は喋りながら全力で逃げる。

 坑道――坑道はどこだ。

 すぐ頭上を、奴のハンマーが通り過ぎる。

 ハンマーはすぐ横の家を一瞬で粉砕した。

 狙いが無茶苦茶だ。もはや死の王に取りかれた勇者でない。壊れた破壊マシーンだ。

 道が左右に分かれている。

 すぐ後ろはイグズスだ。

 オレは右へ飛び込んだ。

 ノートンは左へ飛んだ。

 道を挟んでオレ達は別れてしまった。


「ノヴェル君! これを!」


 ノートンは例の小型通信機を投げて寄越よこした。

 背中にした建物を伝って、細かい振動を感じる。

 奴はこっちへ来るだろう。


「アンテナを引き出せ! 喋るときは横の黄色いスイッチを押すんだ! 家の中を通って山の上を目指せ! 坑道がある!」


 それだけ言うとノートンは「行け!」と言って道の奥へ走った。

 オレは一人うなずき、建物を離れる。

 直後、オレの背後の建物が爆音とともに砂塵にした。

 塵の中を砂にまみれて走る。

 オレは――飛び込める家がないか探した。



***



 オレはノートンの指示通り、家の中を通って山の上を目指した。

 途中、窓から眼下に広がる街を見下ろすと手当たり次第に街を破壊するイグズスが見えた。

 オレを見失って苛立っているのか。

 いや――違う。

 振舞いこそ滅茶苦茶だ。奴の前には家も道もないかのようだ。

 それでも奴の移動は一直線。

 どこかへ向かっている。

 奴の向かう先――どこだ。

 視線を向けると、その進行方向の先にはノートン達が逗留とうりゅうしている宿が見えた。

 ――なぜだ! 奴はあの場所を知らないはずだ!

 オレは通信機のアンテナを伸ばすと黄色いスイッチを押した。


「ノートンさん! 大変だ! 奴はそこを目指してる! あんたの宿だ!」


 ノイズのような音はするが、通信機からは何の応答もない。

 壊れているのか。

 オレは諦めて指を離すと、急に声がした。


『喋り終わったらオーヴァーと言って黄色いスイッチを離したまえ。奴はここを知らない。偶然ではないか? オーヴァー』

「違う! 悪い予感がする! なぜか知らないが、奴はそこ・・を知ってる! ……ん? ええっと、オーヴァー」

『オーヴァー、は無理に言わなくてもいい。スイッチだけ離せ。オーヴァー』

「……わかった、聞いてくれ! 今すぐそこを離れろ! 悪い予感がする!」


 こうして押し問答している間にも、イグズスは宿へ近づいていっている。


「作戦変更だ、ノートンさん! オレは今からそこへ戻る。奴を引き付けてから坑道へいく。いいな? オーヴァー」

『良くない! 絶対に来るな! 君の代わりはいないんだ!』

「ミラは動けないんだぞ! チャンバーレインの証書もそこにある! あんたも代わりはいないんだ!」

『どうしても奴がここを目指すなら我々も退避する! だがなぜだ! なぜ奴はここを知ってる!? 根拠を言いたまえ!』


 根拠――根拠。

 今、奴の進行方向に宿がある。それだけじゃ不満か?

 でも確かに奴が直進し続けるとは限らない。

 なぜだ。オレはなぜ奴がそこを目指すと確信してるんだ?

 オレは何を知っている? 思い出せ。思い出せ――。

 奴と会ったのはあの列車だ。

 オレは屋根の上にいて、あいつが空から投下されるのを見た。

 あいつに殺してやるといって、メイヘムを殺したかと聞かれ――知らないと答えた。

 メイヘム。――勇者なんだっけ?

 その後列車でトンネルを逃げて、あいつの脚をガラスで潰して、南の真っ暗な星空を見て――どうしたっけ?

 そうだ。奴は暫く現れなかった。

 ロウは絶対に奴が来ると考えて、奴の妨害ルートを何通りも予想した。でも一つも当たらなかった・・・・・・・・・・

 ロウとセスが予想しなかったたった一つの可能性、それが「何の妨害もない」だ。


「あいつは……ウェガリアまで現れなかった。絶対に途中で列車を妨害に来ると思っていたのに――」


 だが奴はオレ達がウェガリアの駅について、出ようとしたところでタイミングよく現れた。

 偶然か? 偶然なのか?


「ウェガリアから出ようとしたところに現れて――」


 オレはチャンバーレインの家に拉致された。

 その間、奴は防衛線を抜けてロマン街道へ――。


「ロマン街道へ行ったんだ。そうだ。ミラ達を追って――」


 ハックマンの馬車で奴を追い抜いたとき、奴はそれを予想してなかった。

 オレを無視していたんだ。

 ボブと一緒に街道の出口で奴を待ち伏せたとき、奴は何て言った?

 ――お前――列車のガキかよ! ジャックだっけ?


「奴は――イグズスはオレを無視していた――」


 オレは何を勘違いしていたんだ。

 奴の狙いは最初からオレじゃなかった・・・・・・・・


「奴の狙いは――ミラだ」

『しっかりしたまえノヴェル君! なぜ奴がミラ君を狙う! そうだとして、なぜ居所が判る!?』

「それは――」


 そうだ。その通りだ。

 考えろノヴェル。大筋では間違っちゃいないはずだ。

 ――もっと前。

 イグズスに会う前。

 オレは何で列車の屋根に上っていたんだっけ?


「――ファンゲリヲン」

『――今何と言った?』

「オレ達はファンゲリヲンに会った。奴の仕掛けた死霊術で操られたゴードンを助けて――そうだ!」


 ゴードンの腹は横に割かれていた。本来、仕立て屋ギルバートは縦に割いていた。ハックマンもそう言っていた。

 なぜだ? そうだ、あの首だ。

 あの首。

 あの首が両方の目で外を見るように横に割かれていたのではないか?

 潰されたゴードンの目の代わりかと思ったが――そうじゃない。ゴードンに視力はなかった。

 あの目は何のために外を見ていた?

 もしかしてそれはイグズス達に場所を知らせるためじゃなかったのか? だからあの首を摘出したことでイグズスが投下されたのか?

 あの首はどうした。

 あの首は、ミラが持っているんじゃなかったか?


「首だ、ノートンさん。あの首が、何かの力で奴らに居所を知らせてるんだ。だから慌てて列車を妨害する必要なんかなかった――。反対に、街で首から離れたオレの居所は掴めなかったんだ」


 あの首と話したのはミラだ。オレ達が捨てたほうがいいと言ったとき、珍しく彼女が執着を見せた。

 何か、ミラが持っていきたくなるようなことを話したのではないか?


『――。オーヴァー』

「ノートンさん!?」

『失礼、言葉がなかった。一考に値する。何より実際に戦ってきた君のことだ。信じよう。私が首を持ってここを離れる。捨てればいいか?』

「いや――首を持って坑道に来てくれ。オレに考えがある」

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