24.4 「無理でした」

 バケットホイールエクスカベーターBWEは完全に制御を失った。

 すがままにぐるぐると回転し、その足元の杭打機は一向に狙いを定めることがきない。

 イグズスの次の一撃がクリーンヒットし、BWEは死んだ牛のように動かなくなった。

 代わりにカウンターウェイトがギギギガガガと金属のきしむ音を立て――巨大掘削機械は根元から折れて横転した。

 牛追いに始まったこの作戦。空中ブランコ、ポールダンスを経て最後に闘牛を制したのは――。

 潰滅かいめつの勇者イグズスだった。


「まさか――これだけの機械が――あり得ない!」


 巻き起こった土煙は高台にまで達しようとしている。

 土煙から身を守ろうともせず、セスは顔面蒼白になった。

 物理的にはあり得ないことだ。

 だがイグズスの膝の傷を見よ。その傷は真っ黒である。

 イグズスは自らの弱点である脚、膝をあの黒い力で補強している。

 それがあの力の原動力だ。


「ノヴェルさん! ミラさんが!」


 ロウが叫びながら走ってきた。

 担架に乗せられたミラを、この高台まで運んできたのだ。


「クソッ。しくじっちまった!」

「ミラ! 大丈夫か!?」

「これが大丈夫に見えるか!? 死にはしねえから作戦に集中しろガキ!」


 ノヴェルは狼狽ろうばいしたが――ミラの言う通りだ。

 ひとまずは作戦に集中しようと頬を打った。


「しかしどうします。ここにある機械だけでは奴の足止めはもう無理だ。我々にはもう打つ手がありません」


 ロウは半ば悄然しょうぜんとしつつあった。

 ノヴェルは、採石場近くにある塔のようなタンクを指差した。


「ノートンさん――アレやろうぜ」

「アレをやるのか。感心しないね。成功率は低いのだろう。普通ならまず却下だ」


 ――でももうやるしかない。

 ノヴェルがそう言うと、ノートンはもうどうにでもなれと頷いた。



***



 イグズスは体に打ち込まれたドリルを捻り出していた。


「ふう、痛ぇ。なんてことしやがる小人共め」


 おいデカブツ――ノヴェルはイグズスの後ろに立って、勇者を呼んだ。


「――ああ? さっきのガキか。おめえもおれさまのポケットに入りたくて来たクチか? 残念だけどよ、おれは今機嫌が悪い」

「約束を果たしに来た。お前を殺してやる」


 ああん? とイグズスはその巨大な首を傾げる。


「ありがてえ話だけどよ、聞いて驚くな? 今までおれにそう言って、おれを殺せた奴ぁいねえんだ。誰もだ」


 イグズスはハンマーを拾い上げると、何の躊躇ちゅうちょもなくそれをノヴェルに振り下ろした。

 ノヴェルは全力で飛んでそれをかわす。


「どうした!? 潰滅の勇者! 当たらなきゃなんてことないぞ!」


 半分はかわしたが半分は風圧で飛んだだけだ。つまりこれもハッタリの一つ。

 ノヴェルは横転した掘削機械の死角へ滑り込む。


「小人は皆そういうぜ。だがよ、いつまでつ。いつまで足が動く」


 ハンマーの一薙ひとなぎが大型掘削機械を雑草のように払った。

 だがそこにノヴェルの姿はない。

 イグズスは、もうはえのように潰してしまったかと思ってそのハンマーヘッドを見たが、そこにもへばりついていない。


「お前の本当の名は何だ」


 声のほうを見ると、ノヴェルは倒れたBWEの残骸の上に立っていた。


「イグズスだ! 他に名前なんかねえよ!」

「それが本当の名か!?」

「そうとも! 鍛冶屋のおやじがくれた名だぜ!」


 気に入ってんだ、とイグズスはBWEの残骸を叩く。

 ノヴェルは一歩早く飛び降りた。


「あのお方もよ、お前はイグズスのままでよいって言ってくれたんだ。おれが新しい名前を憶えねえから!」

「『あのお方』はどうしてお前を殺してくれないんだ!?」

「そりゃあおめえ、罰よ。おれもお前も、この生きるって地獄でまだ罪を償っていねえ。まだまだ殺し足りねえんだ」


 お前もおれに殺されろ、とイグズスはハンマーを振るう。

 ノヴェルはそれを転がって避ける。

 ハンマーヘッドはノヴェルのすぐ横の地面にめり込んでいた。


「――でな? そろそろ疲れてきたろ、小せえの。楽になれ」


 一発二発躱せたとして、躱し続けることはできない。


「う、うるせえ。なんでさっき子供を殺さなかった?」

「ああ? あのうるさくてくすぐってえ奴らか。あいつらがいるとお前ら、変なことしないだろ」

「本当か? 本当にそれだけか?」


 さぁな、しらねえよ――そう言ってまたハンマーを、今度は水平に撃ち流す。

 ノヴェルは――その瞬間を見逃さなかった。

 掴んでいたワイヤを離し、前へ飛ぶ。

 イグズスのハンマーはワイヤを絡めた。ワイヤはBWEの残骸の上を通って、反対側のホイールローダー上の掘削機械に繋がっている。

 ぐぐっとワイヤが緊張し、掘削機械はホイールローダーからり落ちた。


(今だ!)


 ノヴェルは跳ねるように動き、重荷を落としたホイールローダーに飛び乗る。


(ええと、操作は――)


 さっきボブが運転するのを見ただけだ。

 エンジンは既にかかっている。ギアを入れてペダルを踏みこむ――ホイールローダーは唸りを上げ、ゆっくりと動き出す。

 ハンマーに絡まったワイヤと格闘しながら、イグズスは叫ぶ。


「おい! 逃げるな!」


 ノヴェルはようやくスピードが乗り始めたホイールローダーを駆って、一目散に奥のタンク状の建造物を目指す。

 それは高炉だ。

 内部の高温で鉄と石灰石を混ぜたインゴットを溶かしている。

 インゴットは塔のようなその先端からコンベアで落とされ、中を通るうちに高温で溶け銑鉄せんてつとなり、真っ赤に熱されたまま下部の炉に溜まる。

 ワイヤを切断したイグズスがこちらへ向けて迫っていた。


「待ちやがれ!」


 あと少しのところでイグズスはすぐ後ろにまで追い付き、ハンマーを振り上げた。


(くそっ、ここまでか)


 ノヴェルは走行中のホイールローダーを捨てて、運転席から飛び出す。

 ホイールローダーは真下に振り下ろされたハンマーの餌食になり、ピン止めされた甲虫のように潰れて停止した。


「二度も同じ手を食うかよ!」


(――やっぱりだ。やっぱり上から叩くよな)


 イグズスはハンマーを引き抜くと誇らしげに笑い、意気揚々と構えてノヴェルを探す。

 ノヴェルは高炉の壁のそばにいた。

 そこを狙って、イグズスは高炉の壁諸共もろともノヴェルを叩く。

 穴の空いた高炉の壁からは、ムッと熱された空気が漏れだす。


「――んだあ? ここは――」


 イグズスは勘づいていた。

 この奥には、危険があることを。

 そして気付く。ノヴェルがいないことに。


「――おい! 小せえの! 中にいるのか!?」


 炉の中で動く影がある。


「あのな、おれは鍛冶屋だぞ――って知らねえか!? 鍛冶屋なんだよ! 焼いた鉄打つの! ここに焼けた鉄があるってことくらい、臭いで判るンだよ!」


 ノヴェルは物陰に隠れてイグズスを待つ。

 イグズスは入ってきた。

 イグズスは鍛冶屋。勿論知っていた。チャンバーレインに聞いたからだ。



***



「鍛冶屋?」

「さよう。奴の魔術は土魔術。土とはいうが、これは鉱物全般を指す。オリハルコンさえ奴の手にかかれば鋼鉄同様だ」

「あ、ゴアの翼――」

「ゴアか。今は銀翼のゴアと名乗っているんだったか。そのはねも、奴が加工したと言われる。メイヘムの魔術を防ぐ鎧もな。勿論、奴のハンマーも奴の手製だ」

「じゃあ例えば、溶鉱炉に叩き落とすとかは――」

「落とせば熱で殺せるだろうが、ほぼ確実に勘付かれるな。不可能だ」



***



「来いよイグズス! 来なきゃオレは殺せないぜ!」

「そうだがよぉ――このおれを相手に、溶鉱炉とはちょいと知恵が足りないぜ」


 イグズスは慎重に歩いている。

 薄暗い高炉内部は昨夜から停止しているというのに――黙っていても汗だくになるほどの高温だ。


「放っておいてもおめえは暑くて死ぬだろ。楽に潰してやれないのは可哀そうだが――ん?」


 辺りを慎重に見回しながら歩を進めていたイグズスは、それに気が付いた。

 妙なものがある。

 構内中央の鉄の橋の上、その上だ。



***



「ノートンさん、その、重戦車が同じところに飛ばされていたっていう話ですけど」

「ああ、真横から同じ場所を打たれたんだろうな」

「どうしてそんなことを? 普通、真上から打ちませんか? こう――叩き潰すように」


 水平にした左掌を重戦車に見立て、ノヴェルは右手の拳を真上から振り下ろす。

 ノートンは「そうだな」と言った。


「普通はそうだ。だが何故か横っ腹を打ったんだ。なぜだろうな。しかしそれは重要なことかね?」

「そこに何があったか次第ですね」


 資料を見るか? とノートンは乱雑に書架に突っ込んだ紙束の中から、重戦車の写真を取り出した。

 ノヴェルの想像よりもずっと平べったい戦車だ。そのぶん、重心は下にあってより重たそうに見える。

 ボディは真っ黒。余計な装飾のない、文字通りただの箱だ。

 その側面に。

 ――『砂漠の月』があった。

 それはモートガルドの国旗だ。

 紺色の空に浮かぶ黄色い満月。

 それが重戦車の側面に描かれていたのである。



***



 そしてその『砂漠の月』は今、溶鉱炉内部の床に現れていた。

 昨夜、ノヴェルが用意したものだ。

 イグズスが内包するモートガルドに対する激しい憎悪、彼の人生を空っぽにし、希死念慮きしねんりょと原罪意識を注ぎ込んだ象徴である『砂漠の月』だ。

 イグズスの行動が予測できないなら、誘導すればよい。

 これはその最後の手段だ。


「ぬあああああああっ! なんで! なんでここでこんなものをぉぉっ!」


 イグズスは吠えた。

 両足をガンガンと鉄の橋を確かめるように踏みしめたかと思うと、両手で顔をおおってときの声を上げる。

 イグズスは一瞬落ち着きを取り戻し、ふうと息を吸うと、地の底から沸き起こるような低い声で――


「きさま――モートガルド人か」


 そう言った。


「そうなんだろう!! 騙したな!! このおれを!! このウェガリアで!!」

「どうした! それが憎いか!?」

「憎いたぁなんだ! おれはただ潰す! お前らを! 壊す! お前らの国を! うがああああっ」


 空気を震わせるイグズスの咆哮ほうこう

 ノヴェルはレバーに手をかける。今これを下げれば奴の足元が開く。それで終わりだ。

 ――だがどうしても。

 ノヴェルにはそのレバーを下ろすことができなかった。


「どうしてお前には名前がない! どうしてお前は誕生日を知らない!」

「やめろ!! おれにはそんなものえ!! 無えだけだ!!」

「そうだ! お前にはそれが無い! 無くたっていいだろ! 取り戻せ!!」

「取り戻す!? 馬鹿め! おれたちは誰も、望んで生まれてない! 憎まれて生まれては生きて恨まれ、死ぬまで恨まれ続ける!」


 イグズスだけではない。

 未来を奪われた者、未来を信じることなく戦火に身を投じた者は、同じ病にかかる。

 ――でも、こいつにはまだ――。


「本当か!? お前本当は子供が好きなんだろ!? どうしてお前は自分の人生を生きられない!? 信じろ! 差別されない世界、未来のある世界をお前はもう見ちまったはずだ!」


 ――残酷だ。

 ノヴェルは叫びながら自分の胸のあたりを握りしめ、苦悶くもんに表情を歪めていた。

 ――どうして。どうしてこんなことを言わなきゃならない。


「お前が強すぎるからいけないんだぞイグズス! 今なら――今ならまだ、お前は、その力を」

「あああああああああっ」


 ノヴェルの言葉は、イグズスの叫びにき消された。

 勇者は呪われている。

 今、潰滅の勇者は自らの呪いを自らはらうようにハンマーを高々と上げ、地に落ちた『砂漠の月』を――叩き潰した。

 足元がぐしゃんとひしゃげて、橋が崩壊する。

 崩壊したところから、真っ赤に溶けた銑鉄の光が漏れ出す。

 イグズスはバランスを崩した。

 だが――落ちない。


「うがあああああっ」


 イグズスはバランスを取り戻し、崩壊しつつある足元から安定した床へ一歩――。


「ノヴェル君!」


 壁が割れた。

 高炉の壁を突き破って、二台のホイールローダーが突入してきた。

 ノートンとロウが運転している。

 前部バケットを前に反りださせた、壁モードでの進行だ。


「――!?」


 ホイールローダーは、バランスを取り戻そうとしたイグズスを思い切り押す。

 イグズスは危うい足場の上で尚、ホイールローダーを二台とも押し返す。


「小人どもぉぉっ! 力でおれに敵うと思うなよ!」


 だが――。

 二台のうち一台は、後部に杭打機を積んでいた。

 杭打機が長い杭を後退させ、一気にイグズス目掛けて打ち出す。


「   」


 イグズスの腹を直撃した。

 巨人は息を吐き出し、声にならない声をあげる。

 そのまま両手を振りながら後ろへバランスを崩し、今いよいよ崩壊する足場と共に――銑鉄の中へと落ちた。


「ああああっ」


 ばしゃばしゃと、焼けた銑鉄をかき分けてイグズスは叫ぶ。


「あづいっ!! でづがっ!!」


 ノヴェルは物陰から出てきた。

 銑鉄の中で溺れる勇者を見下ろす。


「おめえ! ガキ! なんで!! なんで泣いてんだ!! おい!!」


 断末魔はすぐに消え、勇者・潰滅のイグズスは銑鉄の中へと沈んでいった。


「――大丈夫か? ノヴェル君」


 ノヴェルは泣いていた。

 それを見て、ノートンは「やれやれ」と小さく肩をすくめる。


「君にはつらい仕事だったと思う。どうだ? こいつの呪いをどうにかしてやれたか?」


 無理でした、とノヴェルは小さく答えた。

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