24.3 「ソウィユノ――力を貸せ」

「第二フェーズ! バケットホイールエクスカベーター、起動!」


 ノヴェル達がホイールローダーから飛び降りるやいなや、待機していた整備班が小屋から飛び出した。

 ドリルビット射出機をジャッキアップして搭載し、第二フェーズ用に転化される。

 採石場の丘の向こうから、小屋の上を越えてバケットホイールエクスカベーター、通称BWEの鉄橋が現れた。

 その動きたるや――機械の癖に眠そうだ。

 ミラはその先端、バケットを山ほど付けたホイールに掴まっていた。

 先端は大きな弧を描き、採石場の上に現れた。

 あの巨人を見下ろしている。

 まだ早朝だが、明るさは充分ある。

 キャラバンの中から飛び出してきた子供たちが、イグズスを囲むように並んだ。


「イグズス!」

「イグズスを守れ!」


 巨人の肩にも、腕にも子供たちはいた。

 彼らは皆、頭上のミラを見据えている。


(――子供らを盾にしやがって)


 イグズスの真上に迫り、まさに重ならんとする。


「下げろ!!」


 運転席に合図を送ると、先端は頭を下げ始めた。

 ミラは力強く叫んだ。


「おい! イグズス! ガキどもを離せ!」

「ああ? おれが知るかよ。こいつらに言え」


 ――しらばっくれやがって。

 集められた子供たちは四十人。

 左肩に二人、左腕に四人、そしてポケットに一人。残りは地面の上にいる。

 距離、位置はばらばら。人数も多い。

 まして既に敵意を持たれてしまっている。

 一人一人認識阻害をかけて引き離していたら恐ろしく時間がかかってしまう。

 海賊の一件以来、見違えるほど卓越した彼女の認識技術をもってしても簡単ではないかも知れない。


「――おい、聞いてるか。そこにいやがるんだろ、てめえのことだ――」


 ミラは自分の中のあの男に語り掛けた。


「ソウィユノ――力を貸せ」


 ミラは研ぎ澄ませたナイフを取り出し、朝日を反射させる。


「子供達! あたいを見ろ!」


 その背後から、彼女を援護するように複数の照明がかれた。

 照明はイグズスの顔を狙っていた。

 イグズスは右肘を上げて眩しそうに顔をおおう。

 ワインレッドのドレスのすそをはためかせ、ミラは高々と上げたナイフを動かす。

 視線の集中とコントロールは認識技術者にとっての追い風だ。

 それだけはない。

 彼女は内から沸き起こる魔力が、強烈な光に乗って届くような気がした。

 すぐに巨人の肩に乗った二人の子供達が、何かに導かれるように動き出した。

 肩からイグズスの頭へと上る。


「こっちへ来い! 一人ずつ飛べ!」


 ミラの声に応え、イグズスの頭からブーム先端の掘削バケット目掛けて飛び移る。

 彼女は手を伸ばし次々に子供をキャッチすると、自らは回転してくる下のバケットに降りた。

 まず二人。

 腕の中の子供達も、肩の二人につられるようにして動き出した。


「おい、お前ら! くすぐってえぞ! 動くんじゃねえ! 危――」


 イグズスは慌てた。

 腕の中の子供達四人が、腕を抜けて肩の方へ上って来たからだ。

 イグズスは右手に持ったハンマーを置き、空いた右手で子供たちを押さえようとする。

 子供達は止まらない。

 そのまま耳、頭とイグズスを登って、ミラのいるバケットに向けて次々と飛んだ。

 ミラはそれを受け取ってバケットに乗せてゆく。


「いい子だ!」


 だが四人目のとき、イグズスが激しく動いた。

 頭の上の子はバランスを崩した。

 ――くそ。

 ミラは気が付くとバケットから飛んでいた。

 イグズスに飛び移り、バランスを崩して落ちそうになっていた子供を捕まえ、空いた手でイグズスの髪を掴む。

 もう大丈夫、と腕の子に言い聞かせつつタイミングを見計らう。

 バケットは近づいたり離れたりを繰り返している。

 この空中ブランコに命綱はない。

 地面まではおよそ四メートル。五歳か六歳の子供を落とすには高すぎた。


「あたいにしっかり掴まっていろ」


 ミラはイグズスの首に手を回し、イグズスの肩、腕へと降りてゆく。


「なんだこの女! おい! うっ――くそ! この眩しいのをやめろ!」


 サーチライトを持った部隊が下で展開し、ライトをイグズスの顔に当て続けている。

 坑内を照らす強烈なライトだ。

 ミラは一旦、子供を抱えたままイグズスから飛び降り、地面に下ろすと再びイグズスを見上げる。

 ――残りは一人。ポケットの中の子供だ。

 居たはずだが下からでは顔が見えない。


「もう一回行く! 照らし続けろ!」


 ミラは叫んで、ナイフを咥えた。

 イグズスに飛びつくと膝を蹴って駆け上がる。

 ポールダンスよろしく首に掴まって手を伸ばしても、ズボンの前ポケットに隠れている子供には届かない。

 ポケットを開き、中の子に呼びかけて引っ張り出すには両方の腕がる。


(――ガキども、大サービスだぜ)


 ミラはイグズスの腹の辺りを掴んで思い切り蹴ると――手を軸にして逆様になった。

 ミラの両脚は空へ真っすぐ向かう。

 彼女は両手で自分の体の裏表をひっくり返し、そのまま膝裏でイグズスの両肩を――掴んだ。

 両手は自由。

 ライトアップも申し分ない。

 ドレスの裾は逆様だが――。

 ズボンの前ポケットの中身が見えた。

 女の子だ。

 怯えて小さくなり、ミラを見上げている。

 ミラは思い切り手を伸ばした。


「出てきな! おうちでママが待ってるぜ!」


 イグズスは顔を押さえたまま、ミラを振り落とそうとその場で肩肘を振り回しながら暴れた。

 ポケットの中の子供は、突然イグズスが暴れ出したため一層身を固くする。


「早く! 倒れる!」


 もしイグズスがバランスを崩し、転びでもしようものなら――子供たちが危ない。

 ――クソッ。

 膝を限界まで伸ばし、脹脛ふくらはぎを押し付けて体を下げる。


「さぁ! 掴まって!」


 ミラの手が、小さな女の子の腕を掴んだ。


「あたいに掴まりなさい! 大丈夫! 大丈夫だから!」


 願いが通じた。

 少女は自らミラの手を掴み返し、次に腕へとしがみつく。

 引っ張り上げる。

 ミラはその子を力強く抱いて両脚を離した。

 裏返りながら地面へと――着地した。


「サービスタイムはしまいだ! 全員こっちへ!」

「やれやれ。はしたない・・・・・。これだから大人の女は」


 どこからかあの男の声がした気がして、一瞬ミラは辺りを見回した。

 子供達に混じって、ただの・・・ソウィユノが立っているような気がしたのだ。

 ミラはそのあたりを狙って指差し、小さく毒く。

 ――うるせえ。


「上は全員救出した! 打ち込んでやれ!」


 下にいた子供たちをイグズスから遠ざけながら、ミラは作戦第三フェーズへの移行を宣言した。

 イグズスを包囲していた二台のホイールローダーに搭載されたドリルビット射出機がアームをもたげ、狙いを澄ます。


「――発射!」


 部隊員が叫んで、ワイヤ付き小型ドリルが射出された。

 一本はイグズスの左腕に、一本は右膝へと命中する。

 だが右膝に打ち込まれたはずのドリルは金属音を立てて弾けてしまった。

 膝頭のズボンと、その下の皮膚を傷つけたのみだ。

 その傷から覗く――イグズスの皮膚の下は真っ黒な謎の物質で満たされていた。


「もう一度だ! 次弾用意!」


 反れたドリルとワイヤを根本から外し、新しいドリルビットとワイヤを装填する。


「発射!」


 次弾はイグズスの右肩に深くめり込んだ。

 ワイヤがピンと緊張する。

 ミラは地上の子供達を誘導していた。


「ここは危ない! とにかくこっちへ来なさい!」


 子供達は悪夢からめたかのように大人しく従った。

 イグズスの下を抜け出し、安全圏まで退避する。

 ライト照射部隊の離脱を確認し、射出機を乗せたホイールローダーが走り出した。

 打ち込まれたワイヤはイグズスまで伸びている。

 巨人の周りを大きく旋回し、ワイヤを巻き付けてゆく。

 イグズスも負けてはいない。


「お? お? なんだこりゃ! やんのかぁ!?」


 ホイールローダーの回転に合わせて回転し、体に巻き付くのを防ぐ。


「――やはり簡単にはいかぬか。ワイヤをバケットホイールエクスカベーターへ!」


 ホイールローダーの旋回する半径は長く、弧は大きくなっていた。

 その旋回が巻き込もうとしているのは、地面すれすれまで首をすっかり下げたBWEの掘削ヘッド。

 ワイヤの軌道がそのバケットの一つを噛んだ。

 バケットからは別の部隊員が顔を出し、ワイヤを掴むとそれをバケットへしっかり噛ませる。


「ワイヤ確認! 巻き取れ!」


 彼の合図で、BWEは再び頭を持ち上げる。

 反対側のホイールローダーに搭載された射出機がテンションに負けてずり落ちた。

 イグズスも両足を踏ん張っているが、ずるずると引っ張られて引き寄せられ始めている。


「いいぞ! 引っ張れ!」


 ――大成功だ。

 ミラは子供たちを伴って、安全な物陰まで避難させていた。

 BWEの運転席近くの小屋だ。


「避難完了だ! ぶちかましてやれ!」


 最後のホイールローダーが、杭打機を乗せて現れた。

 杭打機の杭は、垂直真下から水平まで打ち込む角度を変えることができる。

 長い杭は最初から水平。高さはイグズスの身長に合わせて調整されている。

 だが打ち込むためにはホイールローダーの対地ロックを打ち込み、安定させなければならない。

 イグズスは――地面に置いたハンマーを拾い上げていた。


「ダメだ! 右手が自由だぞ!」

「何なんだこの機械! 邪魔だ!」


 イグズスはハンマーヘッドを地面すれすれに構え、それを上向きに打ち上げてBWEの鉄橋ブームを思い切り殴打した。

 バガン、と鉄のひしゃげる轟音。

 鼓膜が破れるような衝撃と共に、鉄橋が――曲がった。

 運転席上部から後方へ続くBWEのカウンターウェイトがぐわんぐわんとたわんだ。

 巨大建造物にも匹敵するその躯体くたいがやや傾く。


「――あり得ねえ! なんて力だ!」


 イグズスは更にハンマーを背後に構えた。

 再び力いっぱい打ち上げて――殴打。

 今度は鉄橋は曲がらなかった。

 そのかわりその衝撃はBWEのカウンターウェイトを揺らし、その力の波は跳ね返って運転席下の根元に伝わる。

 イグズスは複雑な鉄橋の構造を読み解き、何らかのコツを掴んだようである。

 どこを打てばどこに響くか。

 どこが一番もろいか。

 損失ロスを最小限に一番脆い場所に衝撃を伝えるには、どこをどういう角度で打てばよいか――。

 カウンターウェイトを揺らした力がブームを伝って戻る。

 その波を狙って、畳みかけるように更にもう一撃。

 その一撃は、的確に巨大掘削マシンの最も弱い箇所――ブームの回転の中心、全ての負荷が集中する、その根元部分へと響いた。


「あああああっ!!」


 突然絶叫がして、BWEの運転席から部隊員が転げ落ちた。

 鼻と耳から出血している。

 衝撃でやられたのだ。

 イグズスがワイヤを引くと、運転手を失ったBWEは飼いならされた牛のようにそちらを向く。


「うへへ……いい子だ」


 ――まずい。

 この機械を動かさないと。

 ミラは立ち上がって、無人の運転席へと這入はいった。


(どうやればいいんだ)


 イグズスがワイヤを引いてBWEが首を振ると、それにつられて中央の円盤が回転する。


(――こいつか)


 ミラはハンドルにしがみつき、思い切り回す。

 反応した。

 当然パワーステアリングなのだろうが――重い。

 イグズスの引く力が強いのか、それとも常にこうなのか、途轍とてつもなく重い。

 だがここで踏ん張らなければ作戦は失敗だ。

 イグズスの動きを止めなければ、致命的な打撃を食らわすことはできない。

 ミラは必死でハンドルを掴み、全身全霊の力を込めてそれを――。

 ざくっ。


(――えっ?)


 不意に、腰の力が抜けた。

 何が起きたのか判らず、彼女は運転席の床に崩れ落ちる。


「何を――」


 振り返ると子供が立っていた。

 十歳くらいの、怯えた子供だ。

 わなわなと震え、立っているのもやっとのようだが――その手にはナイフが握られていた。

 ミラのナイフだ。

 ――しまった。

 咄嗟とっさに置いてしまったのだ。

 ナイフには血が付いている。

 ミラの背中から抜けてゆく、その血だ。


「お、お前――」

「イグズスをいじめるな! この――この悪党め!」


 しくじった。それも二度だ。

 一つ目は認識阻害が不完全だったこと。

 もう一つはナイフから手を離してしまったこと。

 傷口は背中。掌まで出血で真っ赤になっている。

 この手ではハンドルを回せない。

 ミラはドレスの裾で血を拭う。

 ――赤いドレスで良かった。

 だが。

 ミラはもう、立ち上がることができなかった。

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