Ep.23: ペンは剣より強い⇒(ならば)人の良心よりも強い/或いは哲学者の死

23.1 「師匠は詳しいぞ、特にあの巨人には」

 マルケス達一行は、村人の頼みで子供たちを連れ去った笛の男を追った。

 笛の男は少し前から村に流れ着いている旅芸人であるのだという。

 ――流れ者の変態野郎だ。

 ――子供たちをさらって、口にするのもおぞましい行為に及んでいる。

 村人たちは口々に、笛の男は偏執的な小児性愛者であると訴えた。


「許すことはできぬ」


 マルケスの仲間、ソウィユノは怒りに満ちて笛の男を追った。

 彼らは笛の男の隠れ家を突き止めた。

 村はずれの廃屋に隠れ棲んでいたのだ。

 ソウィユノは笛の男を殺したが、そこにはさらわれた子供など一人もいなかった。

 男は犯人ではなかったのである。



***



 ロ・アラモ鉱山。

 そこは古くからあるウェガリアの鉱山だった。

 鉱山には鉱夫が集まり、小さくも豊かな街ができる。資源が尽きれば街ごと放棄される。

 そうして放棄される街はウェガリア中に沢山あったが、ここロ・アラモは格が違った。

 何度も鉱物が尽きたと思われたが、少し掘れば更に貴重な鉱物が出る。

 そういうことが何度も続き、今やウェガリアで最も古い鉱山、同時に最新技術を用いた最新の鉱山でもあった。

 ミラとセス達はここへ辿り着いていた。

 ここまで来れば御所はすぐ近くである。


「予定よりもずいぶん早いじゃん」

「――本当によかったんですか」

「いいもわりぃもねえだろ。あのままフラフラと人探しできる状況じゃあなかった」


 道中何か起きてバラバラになった場合は、ここロ・アラモ鉱山で再合流することは出発前に決めていた。

 しかししょぱなからノヴェル達とはぐれてしまうとは。

 まったくだらしねえ奴らだぜ、とミラはウェーブした髪をアップにし、長いドレスの裾を上げた。


「日没まで時間があるじゃねえか。あたいらは別に探さなきゃならねえ奴がいるだろ。まずはここの駐在員に会う」



***



 ロ・アラモの町は、ベリルよりも更に急な坂や崖に作られていた。

 どこへ行くにも急勾配の坂を上るか降りるかする必要があった。

 建物も世代ごとに古いものは百年から前、新しいものはつい最近と幅が広かった。

 鉱山には家よりも巨大なタンクのほうが目立っていた。


「ここは地下水が全くないんです。雨も少なく川の水が命綱で、ああしてみ上げた水に頼っています」

「鉱山のすぐ向こうは海なんじゃねえか? いや、低すぎるか」


 気候は亜熱帯で海も近いが、如何いかんせん標高が高い。

 ロ・アラモ鉱山はアラモ高地の山々の一つだが、地理的にはこのアラモ高地というのはテーブルマウンテンだ。

 だがそのテーブルは、海のところですっぱりと切れてしまっている。まるでナイフで大陸を切ってしまったかのようにだ。

 アラモは巨人だったという古代の剣聖の名に由来する。アラモが剣で山を切って作ったようだ、ということである。


「まぁ、面白ぇとこだよな」


 ミラとセスが向かったのは、合板を書き集めて作ったような古びた建物。

 鉄の塔がにょっきりと伸びている。

 しかし中身は最新の通信設備を備えた通信交換施設のはず――だった。

 だが。

 伸びた鉄塔はぽっきりと折れ、壁も酷く壊れていた。


「――こりゃあ――」


 ミラも絶句する。


「とても誰かいるとは思えませんが――」


 セスが扉に手をかけると、その扉がバンと開かれた。

 髭面の男が立っている。

 髪はぼさぼさに伸び放題。


「――おや、セシリア君。それと君は、ミラ君だったね」


 その声は、変わり果てたノートンに違いなかった。

 ノートンは汚れた指先で、割れた眼鏡をくいっと持ち上げた。



***



 オレは目を覚ました。

 ここは――と慌てて体を起こす。

 高級そうな木材で統一された、小奇麗な部屋の中だ。奥のソファーにはロウが寝かされていた。

 薄暗い。

 一人掛けのソファーに身を沈めて新聞を読んでいるのはハックマンだ。


「やっと気付いたか」

「て、てめえ、この野郎――」


 オレは慌てて飛びつこうとしたが、真っすぐ飛びつくのが難しくふらふらとバランスを失ってテーブルにつまづき、絨毯じゅうたんの上に転んだ。


「ま、ま、動かないで。あれだけ派手に落ちたんだから安静にしたほうがいい。ほら、クールダウン」

「ふざけるんじゃねえ、あんた一体何のつもりだ。こんなことして……」


 ちっちっ、とハックマンは指を立てた。


「俺は何も悪さしちゃいないぜ。馬車の御者が消えて困ってたから、代わりに俺が動かしてやったんだ。これでもちょっとした特技でね。でもあんなデカブツが追ってくるなんて予想してないだろう? そりゃ必死で逃げるさ」

「ロウさんを――」

「必死で逃げたって言ったろ。その途中に乗客が暴れたらどうする? 静かにさせるだろ。そうしただけ。こうして傷ついた乗客を運んで安全なところで手当てしてやってるんだ。ほらな? 俺はそんな目でにらまれるようなことは何もしちゃいない」

「どうやって列車に紛れ込んだ」

「そこはまぁ、職務上の秘密だ。何、特別変わったことはしてない。記者なら誰でもやる」


 話しても無駄だ。

 そう考えてオレは無視を決め込むことにした。

 ハックマンは勝手に話した。


「これは俺の長年の勘だが、君には特ダネの匂いがする。アントン君。いや、ノヴェル・メーンハイムといった方がいいかな?」


 オレは何も答えない。


「黙っていても無駄だ。俺達は認識技術のエキスパート。他人より何倍も使い込んでる。だが俺達は相手の意識を読み取っても、それをそのまま呑みになんかしない。なぜか? 人の意識に上るのはほんの表層だ。そんなものじゃ商売にならん。まったく、楽な仕事はないもんだ」


 じゃあなぜ認識技術自慢などするのか。


「じゃあなぜ、と思ったろ? 今のも認識術じゃないぜ? 俺達がこの力を使うのは、相手が本当に知りたい情報を探し当てるためだ。聞きたい話、喜ぶ話。聞きたくないと思っていても、深層心理で渇望するような醜聞しゅうぶんだ」


 つまり市場調査さ、とハックマンは言った。

 コホン、と咳が聞こえた。

 オレでもハックマンでも、ロウでもない。

 隣の部屋からだ。


「君らがゴア殺しの容疑者なのは知ってる。その容疑者が揃って皇室とつるんでるのは非常に興味深いが、察しはつく。会社はそういうネタが好きだが、俺はこの国に興味はない。社会面なんかもううんざりなんだ」


 俺は事件記者、事件記者ハックマンだ、とやや上気したような顔で奴は言った。

 ハイエナの顔が人の皮を破って飛び出してきそうで、オレは少しはらはらした。


「とにかく、俺は早く歴史に残るような大事件を掴んで本国に戻りたい。――これで少しは信用してもらえるかな?」


 ふざけるなよ、今の話のどこに信用できる要素があった?


「――大事件ならゴア殺しを記事にしたらいい」

「まさか! 君はもっとでっかいネタに繋がっている」

「知らねえ。何のことか見当もつかない」


 オレは目を伏せた。


「聞いたぞ。マーリーンだ。君はあの大賢者の孫なんだろう?」

「そんな話を真に受けてるならあんたは間抜けだ。二百まで生きたなんて、誰が信じる? ゾディアック爺さんの法螺ほら話さ。見ろよ、オレは魔術なんかからっきし使えないぞ。疑うなら学堂で裏でも取れ」


 ああ普通は信じない、とハックマンは断言する。


「だがどうだ? 例えば全く同じ、二百年生きている人間が身近にいたとしたら?」


 何を言ってるんだ、この男は。


「二百年前の大事件で、共に戦った賢者の生き残りが、一人でないとしたら・・・・・・・・・?」


 ハックマンはオレのすぐそばに腰かけ、オレの顔を覗き込んだ。


「俺の師匠、アストン・チャンバーレインは二百年生きた。そして間もなく死ぬ。マーリーンとも馴染なじみらしい。俺にはその真贋しんがんを確かめる方法がなかったんだ。君に会うまでは」


 アストン、アストン・チャンバーレイン。

 どこかで聞いた名だ。

 オレはその名前を知っている。


「師匠と話してくれ。マーリーンの話を。そして二百年前、本当は何があったのか――。勇者の情報などくれてやる。師匠は詳しいぞ、特にあの巨人には」


 ハックマンは、ハイエナの眼をしていた。

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