22.3 「奴の用意した処刑台で奴を処刑してやる」

「――もう一回言ってくんねえかな、姫さん」


 ジャックは憮然ぶぜんと、車椅子の上で脚を組んだ。その両足には真新しいギプスをめている。


「本日正午……このままでは民王様は敵に処刑されてしまうのです。ですからわたくしが――」

「だからよ、姫さんが『敵』って言うような相手と交渉ができるのかい」


 時刻は少しさかのぼりった朝九時。

 皇女ミハエラを中心に、シドニア対策会議が開かれていたときだ。

 その席上、民王がシドニアに拉致されたという報せが民王派からもたらされた。

 便宜上民王派とは呼称されるが、単に民王宮殿で働く官僚からの報せだ。本来の民王派は壊滅状態である。元老院もなく、残るは各地方の下部組織元老会のみ。

 シドニアにその内政基盤を引き継ぐつもりがあるのかどうかは判らない。

 しかし少なくとも、民王の冠を引き継ぐつもりはあるようだった。

 シドニアは、捕らえた民王を正午に処刑すると通告してきたのだ。

 時間と場所が伝えられたのみ。

 何か交換条件を示されたわけではない。

 それでも、皇女ミハエラは何とかして民王を助けたいと考えた。

 神聖パルマ・ノートルラント民王国は、表面上対等な並列的国家結合である。しかし実態は後継ぎを失った王国をながらえるため、皇女が民王を信任する形で権威を継承しており、皇女が格上となる。

 ミハエラの格も民王に配慮する形で「皇女」と呼称されるが、他国の格に当てめれば女帝または女王相当である。

 ともあれ新王朝の成立には皇女ミハエラによる信任が必要不可欠なのだが、このように暴力的で一方的な宣言がなされた後ではミハエラが信任する可能性は絶無であった。

 つまりこれは脅迫である。

 民王の命を助ける為には信任せよと、言外に込められているように思えた。


「わたくしが出向いて信任する以外に、民王を助ける方法はありません」

「あのな姫さん、勇者のプロとしてアドバイスするぞ。あの勇者が約束を守るとは思えん。民王は諦めた方がいい。ただの人だろ。どうしてあんたが命をける?」

「ただの人だからこそ助けるのです。シュミットは王族でも皇族でもありません。王として命を落とすことはないのです」

「判るけど。判るけどよ……」


 ジャックは頭をきむしる。


「あんたが民王の命を助けたいのは判った。だがその為に国を差し出すことになったら、それはいいのか?」

「それは――」

「悩む余地はないぜ。あいつは異常だ。しかも勇者だ。あいつを王にえるくらいなら国なんか細切れにして豚にくれてやったほうがいいとさえ思うね」

「ジャック。おしなさい」

「いいやめない。あいつは国の半分だけ貰って満足なんかしない。次はあんたを狙う。そうでなきゃ独立戦争を起こす。あんたは、ご自分の高邁こうまいな良心のために、全ての国民を危険に晒そうとしてる」

「ジャック!」


 ――判っています、とミハエラは力なく言った。

 会議でも皆同じことを言った。ジャックほど率直に、ミハエラを指差して糾弾きゅうだんした者は一人もいなかったが。

 ミハエラが覚悟を決めるには、ジャックの忌憚きたんない意見が必要だった。


「――わたくしの力になっていただけますか」

「俺はあんたの騎士だ。馬はねえがな」


 クスとミハエラは笑って、「馬を召しましょう」と言った。


「銃も頼む。昨日のやつだ。弾は十六発」

「足りますか」

「奴を全員殺せるかはわからない。もしかしたら、ここにある弾を全部集めても殺しきれないかも。だが一発当てれば充分だ」

「充分とは」

「奴は劇場型だ。処刑には見物人を集めて証人にするだろう。その舞台で奴を殺せば、少なくとも二度同じ手は使えなくなるんじゃねえか? 国民にとって奴は死んだことになるからだ」

「勇者としては倒せなくとも王としては倒せる、と」

「――そう、と言いたいところだが。どうだろうな。奴は自分の死体を平気で野晒のざらしにしてたくらいだ。こっちの思惑通りにいくかは微妙なとこだが――」


 ジャックはやや躊躇ちゅうちょする。

 

「しかし他に道はない。あんたは堂々としていろ。汚れ仕事は俺の役目だ。俺が――奴の用意した処刑台で奴を処刑してやる」

 ジャックは力強くそう言った。



***



 準備中に、オルソーの通信交換局から連絡が入った。

 ノ・モス・アスマルの局から発信された電文によれば、ノヴェル達は無事ウェガリアに向けて出発したらしい。

 またこの電文には、昨日のイグズス襲撃、及び列車の消失事件についての詳細も記されていた。グラスゴではまとめるだけの時間的余裕がなく、列車の中で書いた報告をノ・モス・アスマルの連絡員にたくしたようだった。


「この、『潰滅かいめつの勇者』とは、あなたのレポートによれば巨人族でしたね」

「イグズスは、まぁ、そうです。別に俺のレポートじゃなくたってそれくらいは誰でも知ってますよ。子供に人気がある」

「巨人とは空を飛ぶのですか?」

「――そこですな。巨人は空を飛ばない。まして貨物列車は――君、本当にこの内容で合ってる?」


 ジャックは連絡員に確認したが、彼女は「間違いありません」と断言した。


「時刻も?」

「はい」


 下がって良い、とミハエラが言うと連絡員は深々と一礼して部屋を出た。

 同時にジャックは大きな布をどけて、隠していたメンテナンス中の銃の部品を出した。


「――どう思いますか?」

「普通に考えたらスティグマの仕業だろ。だが――その時刻、スティグマは庁舎に居た。庁舎四階で隠れてた奴らが目撃してる」

「海の上をどこからともなく駆け付けるような魔人ですよ。ごく短い時間でもアスマール山脈まで移動できたかも知れません」

「庁舎は野次馬に取り囲まれてた。奴の脚がいくら速くても、脱出は不可能だ」

「でも――いえ、そうですよね」


 ジャックは銃のパーツを置いた。


「――姫さん。何か言いたいなら言ってくれ」


 ミハエラは数枚の書類を取り出した。


「元老院最後のレポートです。報告者はボルキス・ミール」

「知らねえ名だ」

「わたくしもこのレポートで初めて目にしました。元老院長の未承認のものです。このレベルのものがわたくしに流れて来ることはございませんでした。きっと急いでいたのでしょう」

「スパイは死んだのか」

「――はい」


 スパイの情報はあくまでスパイの情報だ。整理され、取捨選択されている。未承認のレポートなど生々しいものを目にする機会はなかったのだろう。


「非常に興味深い内容です。あなた方を捜査していたようですが、あまりの情熱の入りように驚きました。あの絶海の出来事を、ここまで調べ上げるなんて――」


 ジャックは手を止め、宙を見た。


「――どうぞ続けてくださいよ」

「レポートには、スカイウォーカーなる未確認生物のことが書かれていました。スティグマのことです」

「やるじゃないか。あんな噂を真面目に調べるなんて」

「スティグマは、洋の東西で同時刻に複数目撃・・・・・・・・されています」

「――噂だろ。時差を確認したか?」

「時差を補正しての同時刻です」

「同日の?」

「当然です」


 つまり何か、とジャックはパーツをテーブルに置き、深々と溜息をく。


「スティグマは、セブンスシグマ同様、複数人同時に存在できるってことか」

「そのような勇者が存在する以上、スティグマもできると考えたほうがよいのではありませんか」


 そいつぁ――とジャックは言ったが、続きは出てこない。


「そいつはなんていうか――びっくり人間だな。驚いて銃のパーツを呑み込んじまうところだった。その問題は後回しにしないか。今はお国のご近所トラブルで忙しい」


 そうですね、とミハエラはボルキス・レポートを畳んだ。



***



 同日午前十一時四十五分。

 ジャックの予想通り、庁舎には沢山の市民が詰めかけていた。

 庁舎の敷地に突貫とっかんの処刑台がしつらえられていた。

 後ろに鐘塔しょうとうと裏口が見える。昨日あの軍人崩れの男がドラグーンと戦ったあの場所だ。


「聞こえるか地上班」


 屋根の上からジャックがイアーポッドで呼びかけると応答があった。

 車椅子は見えるところにはない。部隊の手を借りてこの狙撃位置まで上げてもらった。


「――よし、スタンバイしたら合図しろ。俺が民王とセブンスシグマを確認し次第、こちらの合図で状況開始。庁舎裏手に回って銃撃を待て。セブンスシグマを殺したら民王を奪還だっかんし、合流地点まで離脱だ」


 事前に打ち合わせた内容である。

 ジャックは屋根の突起に身を隠しながら、双眼鏡で処刑台を確認する。

 頭から袋を被った元警備兵と思われる処刑人が二人いる。

 処刑台からは輪を作ったロープが垂れており、民王は絞首刑に処されるようだ。

 庁舎正面側が騒がしくなった。


「なんだ」

『――シドニアです。正面から出てきた』

「民王も一緒か?」

『いいえ、一人だけです』


 歓声、怒号、色々な声が入り混じっているだろう。声は聞こえないが、双眼鏡で覗くだけで熱狂が伝わってくる。

 その騒乱はこちら側に回り込んできた。

 やがて姿が見えた。


「確認した。セブンスシグマだ」


 ジャックは銃身のボルトを起こす。

 セブンスシグマは手を振って民衆の声に応えながら、ゆっくりと庁舎を回り込んで来る。

 処刑台まで来た。

 正午まであと五分。

 処刑台に上がると両手を上げ、集まった見物人に対して何かの演説を始めた。


『――聞こえますか?』

「聞こえねえ」

『何を言ってるか、奴の演説を中継しましょうか』

「やめてくれ。聞く価値なんかねえ」


 やがて。

 庁舎の裏口が開いた。

 やはり布を被った男達が民王シュミットを引き連れ出す。

 民王は目隠しをされ、首と両腕を緑色の長いベルトでつながれていた。


「出てきた、民王だ。民王を確認。地上班、スタンバイしろ」


 ジャックは双眼鏡を置き、屋根の上で腹ばいになって狙撃銃のスコープを覗いた。

 外壁を回って庁舎裏手に走り込む部隊がちらりと見えた。

 イアーポッドの範囲外である。

 それでも壁の向こうに点々と配置された連絡員が、合図をリレーする。

 次々に合図がリレーされ、それはジャックの潜む屋根の下の部隊に伝わった。


『――地上班スタンバイ』

「了解。銃撃を待て」


 処刑台に上げられた民王の首に、首つりの縄がかけられる。

 定刻通り。全てはセブンスシグマが事前に通告した通りだ。一分の遅れもない。

 ジャックのスコープはセブンスシグマの心臓を捉えていた。


(――今だ)


 ジャックは引き金を引く。

 その時だ。

 ジャックの構えた長い狙撃銃の銃口を、何者かが踏みつけた。


「――!」


 銃声。

 身を伏せ、一斉にざわめく見物人たち。

 壇上のセブンスシグマは――無傷だ。

 銃弾は反れた。

 セブンスシグマは手を拡げ、聴衆に静まるように示すと指先を民王に向けた。

 民王の立つ床がパカリと開いて、シュミットの太った老体は落下する。

 首から伸びた縄がピンと張り詰めた。

 ジャックは身を一転しながらナイフを取り出し、突き出した。

 そこに立っていたのはセブンスシグマだ。


「やぁジャック君。特等席だ」


 双眼鏡を取り上げて処刑台を覗き、それからジャックに双眼鏡を勧める。


「君も見なよ。この歴史的な瞬間を」

「て――てめえ!」


 銃声で飛び出した地上部隊は、処刑台のところでセブンスシグマの私兵と交戦していた。

 シュミットをどうにか救出しようと動いている。

 首吊りは落下の衝撃で即死すると言われるが――どうやらそうはならなかった。

 ぶら下がったシュミットは、全身をよじってもがき苦しんでいた。

 その横でセブンスシグマはわらいながら、足元は今にもステップを踏みそうであった。


「観なよ。あっちの僕はあんなに楽しそうに笑ってる。こっちの僕も嬉しくて踊り出しそうだ」


 ジャックはここまで地上部隊の手を借りて上げられた。

 両足は折れており、車椅子さえない。

 詰みだ。


「くそ! 殺せ!」


 ジャックは仰向けになってセブンスシグマにナイフを投げた。


「殺す? 僕は君に贈り物をしにきたんだ。民王の処刑はその前菜。さぁ、楽しいランチといこう」


 そう言いながら、セブンスシグマは狙撃銃を拾った。


「――でも下にいた君の仲間は死んでしまったから、君を下ろすのは手こずりそうだ。昨日今日でお互い疲れてる。少し眠ったほうがいいんじゃないか?」


 銃床でジャックの頭を殴りつける。

 ジャックは意識を失った。

 処刑台に吊るされたシュミットの体はぐったりとぶら下がり――既に手遅れだった。

 民王シュミットは処刑された。

 王の冠は、名実ともにセブンスシグマ――シドニアのものとなったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る