22.2 「御者!」

 対イグズス防衛線は静かに、しかし着実に配備されていた。

 メガマシーン――掘削機械がシャーシに乗せられ牽引けんいんされてゆく。

 多くの市民は気付きもしなかっただろう。それはこの街ではありふれた光景であった。

 街に入る街道ごとに、赤いホイールローダーがゆっくりと、重たい駆動音を立てて配備されてゆく。

 セスとロウは配備を監督した。

 実際に戦うのはウェガリアのオペレーター達だ。セスとロウはここに残って彼らと共に戦えない。ノヴェル達と御所に向かうからだ。

 ノヴェルとミラは駅近くのカフェで昼食をとった。

 ミラはいつも通りだったが、ノヴェルは何やら不満そうに食事をした。

 昼過ぎには出発の準備が整い、駅前の馬車乗り場に彼らは集まっていた。

 馬車は四両用意された。

 二頭立て二人乗りクーペと、四頭立て四人乗り、それぞれ二両ずつの構成だ。


大袈裟おおげさだな。キャラバンに乗り合わせてもよかったんじゃねえか」

「空からの襲撃に備えて小回りを優先しました。それでなくともお客人をキャラバンに乗せたことはありません。お二人は後ろのクーペにお乗りください」


 行こうぜノヴェル、とミラは先に歩き出したがノヴェルは動かなかった。


「なんだよ。早くしろ」

「……オレ、ロウさんと話したいことあってさ」

「チッ。日が暮れちまう。行こうぜセス」


 ミラはさっさと先頭の馬車に乗り込んだ。

 セスは困惑したような視線を一瞬だけ投げかけ、ミラの馬車に乗った。

 ノヴェルとロウも後続の馬車に乗り込む。

 後列の四人乗り二両には他の護衛が分乗している。一部はウェガリアに残り、連絡役と防衛線の指揮をることになった。


「――ミラさんと別々で良かったのですか? 護衛としてはこちらのほうが望ましいですが」

「いいよ別に」

「ははぁ。何かありましたね?」

「ないよ別に」


 ――思春期ですか? という軽口をグッと飲み込んで、ロウは出発の合図を出そうと身を乗り出す。

 その時、街の北限からドーンと音がウェガリアの街中に轟いた。

 駅から線路に平行して続くメインストリート、そのパルマ・ノートルラント方面だ。

 赤い狼煙のろしが上がっている。


「敵襲! 敵襲だ! 馬車を出せ!」


 馬がいなないて、車列は動き出す。


「大丈夫! 全て織り込み済みです! 我々はこのまま街道を目指します! 掴まっていてください!」


 展開した掘削くっさく機械やホイールローダーが街の中心へ集合する。街道への侵入をはばむ防衛線を構築しているのだ。

 市民らは通りを右から左へ走り、建物に避難する。

 またある者は窓から街を見た。

 次の狼煙があがっていた。最初よりも街の中心に近い。

 街の中心を通るメーン通りだ。

 その狼煙の場所に、家よりも巨大な男がいる。

 勇者、潰滅かいめつのイグズスだ。

 市街に残った護衛部隊は全力で走ったり止まったりして市民を誘導して避難させる。

 屋根から望遠鏡をのぞいていた護衛が叫ぶ。


「北部防衛線が後退しているぞ!」

「イグズスはメーン通りを南下中! ホイールローダーを回せ!」


 赤いホイールローダーはバケットを持ち上げて移動モードになり、左右にレンガ造りの建物の並ぶ狭いエス・レヴン通りから直交するメーン通りを目指す。

 広いメーン通りは高層建築が多い。駅に通じるメインストリートだ。西から続くエス・レヴン通りから見ると、左手側から続々とオペレーター達が後退しており、それに続いて濃い砂塵が追う。

 その煙の中を――。

 巨大な人影が、南へ向けてゆっくりと横切って行く。


「砂煙でイグズスを目視できません!」

「ここからメーンには入るな! 旋回! プランBフェーズ2だ! 南下してエス・マルタ通りからメーンに入る! 待ち受けるぞ!」


 また赤い狼煙が上がった。

 狼煙は点々と、駅へ向かってゆく。

 ホイールローダーを旋回させ、護衛はオペレーターに尋ねた。


「なぜ奴を止められない!」

「『止められない』!? 馬鹿言わねえでくだせえ! いくら大男でもドリルビットでワイヤー打ち込まれて動ける奴なんかいねえ!」

「当てられないのか!?」

「動きを止めんと! そのためのホイールローダーでしょうや!」


 作戦では――ホイールローダーが足止めし、その間に打ち出し式掘削機を乗せた別のホイールローダーからドリルビットを打ち込んでワイヤで奴を縛る。

 街に散開した十の小隊のうち、いずれかが成功すればよい筈だった。

 それが初動からもう後退している。

 既に状況はプランBフェーズ2。戦力をメーン通りへ集結させ、イグズスを迎え撃つ。

 エス・マルタ通りを全速で抜けて、メーン通りへ出た。

 北側から、後退してくるメガマシーン小隊と迫りくる土煙が見えた。

 あの土煙は――普通ではない。

 魔術だ。

 イグズスがハンマーを振るい、建物を壊すたびにその土煙が生き物のようにイグズスを包み込み、姿を隠している。


「風だ! 風を起こせ!」

「ダウンバースト用意!」


 照明弾を撃つと、メーン通りの五階建てビルディングの屋上から部隊が顔を出した。


「耐衝撃!」


 伏せる。

 イグズスをおおう大きな土煙の中から巨大ハンマーが現れ、それがぎ払われた。

 ハンマーヘッドが五階建てビルディングの壁を削り、その基礎となる柱を露出させた。ハンマーヘッドは更にもう一周し――その柱を一撃でする。

 ぐらりと五階建て建築が揺れ、積み上げたブロック壁のように倒れ込む。

 イグズスはひらりと身をかわし、崩れ行く建物から離れた。

 屋上部隊はビルディングごと足元から崩れ、メーン通りへ落下する。

 轟音。悲鳴。暴風。


「中止! ダウンバースト、不発!」


 屋上部隊はその建物諸共もろとも倒れ、風魔術は失敗に終わった。

 だが――建物の倒壊が風を起こした。

 倒壊が巻き起こした風はイグズスを包み、覆った砂煙を巻き込んで払う。

 少しだけイグズスの姿が見えた。


「見えたぞ! ドリルビット射出用意! 発――」


 そのときだ。

 落下した屋上部隊の一人が、地面の上で動いた。

 瓦礫の中から上半身を起こし、眼前の巨人に掌を向ける。

 その掌には魔力の輝きが集まっていた。

 風魔術――。

 直後、一陣の強烈な風が、爆音とともに一帯に吹き下ろす。

 その力は人間を倒すほどの力はなかったが――砂煙を払うには充分であった。

 砂塵が晴れる。

 巨人がその姿を現す。

 現れたイグズスを見て――小隊は皆、絶句した。


「――攻撃中止! 中止だ! 後退せよ!」


 そうせざるを得ない。

 街の北側でイグズスに接触した前哨ぜんしょう小隊も、後退するほかなかった。

 姿を現した巨人の勇者を前に、絶対的優位を誇る筈のメガマシーン防衛ラインは後退以外にないのだ。

 子供だ。勇者の肩に、腕に、背後に――子供がいた。

 勇者は――。

 沢山の子供たちを引き連れていたからである。



***



「なんか様子が変じゃないか?」


 馬車は街の出口、ロマン街道の入り口を目指して走行中だった。

 クーペ後部、天井近くには横長の窓がある。

 そこから街の空を見たノヴェルは不安を口にした。

 ノヴェルの正面、かごの後ろ側の席にはロウが座っていた。

 ロウは振り返って窓の外を見るが、「問題ないでしょう」と言った。


「あの赤い狼煙は?」

「イグズスと接触した場合に上げます。そこで奴をワイヤで釘付けにする作戦です」

「それがこっちへ続いてるってのはどういうわけだ」


 ロウはもう一度振り返って空を確認し、「確かに」と言った。


「難航しているようです。しかしここは彼らを信じましょう。間もなく最終防衛ラインを抜け、ロマン街道です」


 すれ違い、窓の外を走ってゆくのは小隊のホイールローダーだ。

 前部のバケットを持ち上げて街の中心目指し、急行している。

 ノヴェルはその姿を目で追った。


「走ってると迫力あるな」

「機械ですからね。無粋ぶすいな鉄の塊です。油臭くて品がない」

「セスさんは好きみたいでしたよ」

「何がいいのでしょう。理解に苦しみます」


 二人は顔を見合わせ、お互いに肩をすくめた。

 すると突然、ノヴェルがほうけたような顔になった。ロウの背後、後部窓の外を見たままだ。


「――戻ってきた・・・・・


 そう口走る。

 ロウは振り返って窓を見た。

 すれ違ったばかりの赤いホイールローダーが、クルクルと回転しながら宙を舞っている。

 それは、こちらへ向けて――。


「伏せて!!」


 伏せる間もなく、空を飛んできた重機は馬車の車列を直撃し、バウンスして前方へ飛んで行った。

 最後部の馬車が跳ね、乗員が振り落とされる。

 四人乗りのほろ付きコーチは軽々と転がって、建物の壁に激突してばらばらに砕けた。


「一機やられた!」

「クソ不味い!」


 横転しかかったノヴェルたちのクーペは何とか両輪を地面に付け、走り続ける。

 一機残った四人乗りコーチ。その向こうに現れたのは、イグズスだ。

 両肩に三人ずつ子供を乗せ左腕にも子供を沢山抱え、更にはズボンの腰のポケットからも子供が顔を出している。


「子供だ! 子供がついてるぞ! どうなってるんだ!」

「まっ、前を!」


 馬車の先に転がっていたのは赤いホイールローダーだ。

 ミラ達の馬車はこれを軽々と避けたが、ノヴェルたちの馬車は真っすぐにそれに向かっていた。


「御者!! 何してる!! 避けろ!!」


 ロウは窓から顔を出し、外の御者に向けて怒鳴った。

 イグズスはどんどん近づいてきていた。

 外からは激しく回る車輪の音、馬のひずめと巨人の足音、そして子供たちの嬌声。

 転がっていたホイールローダーを、どうにかギリギリのところで避けた。

 ロウは安心すると同時に苛々と馬車の天井を叩く。


「やられた! あれでは防衛部隊も手を出せない! くそ!」


 ノヴェルは外を見て、更に振り返って前方を見た。

 避けはしたものの、この馬車は車列をはぐれて街のどこかへ向かっている。


「――下ってませんか? 他の馬車もいない」


 ロウは外を確認し、無言になった。

 背後を確認しながら、懐から地図を出す。

 どうやらイグズスを振り切ったようだが、そのかわり妙な裏道に入ったようだった。


「――ううむ、ここの道からロマン街道へは出られない。御者! どうなってる!」



***



「まだ動かないのか」


 シュミットは苛々し始めた。

 勝手なものだ。ベリルに戻るのをいやがっていたのに、いざ動かないとなると苛々する。


「お待ちを。御者! 状況はどうなっている!」

「へぇ、それがまだ詰まってるみてえで……。あ! 動きます!」


 馬が嘶いて四頭立ての馬車はのろのろと動き出す。

 数十メートル動いて、また止まってしまった。

 ええいノロマめ、と小さく民王が毒づく。

 窓の外を見ると、少し先ほどと様子が違っていた。

 街道沿いで休んでいた市民らの姿がすっかり消え、誰もいない。

 先行の馬車が追い払ったのだろうか。


「追っ払ったのか? やるじゃないか」


 シュミットは破顔し、子供のようにはしゃいだ。

 そのときだ。

 街道の沿いの森から、数人が姿を現した。

 首都警備隊の制服を着ている。

 警備隊はシュミットの馬車を目指して一直線に近寄ってきた。


「ほほっ、警備隊だ。ご苦労ご苦労」

「お待ちください陛下、なんだか様子が――」


 警備隊は、制服をだらしなく着崩していた。

 まるでならず者のように。



***



「御者! 戻せ! ルートを戻せ! ここからでは隊列に戻れない!」


 ずっと天井を叩いてたロウは痺れを切らし、「これだから馬車は」と文句を言うと窓から顔を出した。


「御者! どこへ行くつもりだ! 馬車を止め――」


 突然、ロウが静かになった。

 すると彼は力なく窓から上半身を投げ出し――車外へ落ちてゆく。


「ロウさん!?」


 落ちる寸でのところで、ノヴェルがロウの巨体を掴んだ。

 全力で引き戻し、顔を見る。

 意識がない。

 認識術だ。

 御者にやられたのだ。



***



 馬車の扉はこじ開けられ、ならず者が押し込んでいた。

 首都警備隊の服を来たならず者達が、だ。

 民王シュミットはうのていで反対側の扉から外へ逃れた。


「誰か! 誰か助けを!!」


 誰もいない。

 前後にずらりと並ぶ馬車の隊列から、彼を助けようと出て来る者は一人もいない。

 先ほどまで街道に居たはずの市民らも、どこへ行ったものか一人もいなくなっていた。

 従者はナイフで首を刺されてそこに転がっている。


「誰か! 誰かあああ!!」


 民王は腰を抜かし、両手で土の露出した地面の上をいずる。

 頭から王冠が落ち、地面を転がった。

 土を踏みしめる音がして、民王の前にならず者が立っていた。


「助けてくれ! 何が望みだ! わしは民王! 民王シュミットだ! 望みのものは何でもやれるぞ!」


 ならず者は歪んだ笑いを浮かべ、腰からベルトを取り出した。

 ベルトは緑色だった。


「こいつで自分の首と両手を繋ぎな」

「や、やめろ! 助けてくれ!」

「話の判らねえ爺様だ」


 ならず者はベルトを二、三度しごくと、それをシュミットの首に巻き付ける。


「もうあんたの部下はいねえんだ、民王様よ」



***



「ロウさん! しっかりしてくれ!」


 ノヴェルは何度もロウの頬を叩いた。

 だがロウの意識は戻らない。

 ――クソ。

 馬車はまだ裏道を走行中だ。

 ノヴェルは腰のナイフを握った。

 扉を薄く開け、身を外に滑り出す。


(――てめえ)


 馬を駆る御者が見えた。

 静かにナイフを握り締めるが、最大限手を伸ばしても御者には一撃与えるにはやや距離が不足していた。


「おい! 警告するぞ! 馬車を止めろ!」


 御者は振り向いた。

 黒縁眼鏡――どこかで見たその顔は、さっきの列車の客室係――否。

 その悪意に満ちた笑いは――。


「――ハックマン!?」

「やあ。ちょいちょい合図を送ったのに――やっと気づいてくれたか?」


 客室係に変装して列車に乗り込み、御者に成り代わって馬車を乗っ取ったのは――。

 新聞記者ハックマンだった。


「いやいや、君達を追えば特ダネにありつけると思ったが――想像以上だよこれは」

「前を見ろ! 馬車を止めろ!! 今すぐだ!!」


 言われなくとも止めるさ、とハックマンはこちらを見たまま言った。


「君が落ちて死んだら困るからね」


 ハックマンの目を見るうち、ノヴェルの意識は朦朧もうろうとしてきた。


「お……おい、ハックマン……」

「おおっと、まだだ。まだ気をしっかり持てよ? ドウ、ドウ! 止まれ!」


 その声は、ノヴェルには届かなかった。

 認識阻害を受けてノヴェルは落下し、地面を何度も転がっていたからだ。

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