Ep.17 ベリルは燃えているか?

17.1 「僕はハメられたのか!?」

 ノヴェルとミラは南方へ向かう列車に揺られていた。

 南部のウェガリアを目指す旅の途中である。

 数日前、皇女ミハエラからもたらされたある依頼のためだ。


「ノートンと連絡が取れなくなりました」


 ベリルで隠棲いんせいしていたノヴェル達は、急に呼び出されて宮殿を訪れた。そこで焦燥した皇女にそう言われたのだ。

 ノートンはウェガリア国にある御所の図書館で、例の宿帳に関する記録を調査中だった。

 ウェガリアは旧パルマ皇国からの親交のあつい国で、剥き出しの山肌と地下資源の豊かな国だそうだ。

 勿論、例によってノヴェルは伝聞ででしか知らない。ミラも行ったことはないとこのことだ。

 そこには先代皇女のおわす御所と、皇室ゆかりの図書館があり、パルマ皇国関連の文書が大量に保管されているのだった。

 チームを率いてそこで調査をしていたノートンだったが、突然通信ができなくなってしまった。

 そこでノヴェルとミラがノートンを探しに行くことになったわけだ。ジャックは「行かない」と言っていたが、骨折の治療中でベリルで留守番となった。

 そうしたわけで、彼らはポート・フィレムからベリル行きとは逆の列車に飛び乗って、一路南部の隣国へ向かっているのだ。



***



 途中の町で一泊し、俺達の列車はフィレムの森に向かっている。

 ポート・フィレム――正確にはそこ近くのオルソー。オレが初めてジャック達とベリルに向かったときもそこから列車に乗った。

 オルソーには大きな駅と操車場がある。


「せっかくだからリンの顔見て行きたかったけどな」

「甲斐性なしの兄貴が行っても邪魔なだけだろが」


 まぁ無事が確認できるまではノートンが最優先だ。

 室長とか肩書がついてさぞ偉くなったろうに、なんであの人はまだ現場にいるんだろう――とは思ったが、どうやら部下が集まらないのと御所立ち入りにはある程度偉い人が必要なためらしい。

 ベリルからオルソーまで丸一日、そこからまた一日ほどでウェガリアに入り、更に半日ほどでロス・アラモ鉱山駅に着く。

 このままオルソーを朝のうちに出られれば、夜にはウェガリアだ。そこからは御所までは徒歩なのでもう一泊しなければならない。

 二泊三日の結構な旅だ。

 昨日秋の深まりを感じたが、どうやら田舎のほうじゃ冬の足が速いらしい。


「――通信ってなんだろうな」

「聞いてなかったのかよ。ノートンお得意の、なんだ、電気だか電磁だかっていうアレだ」


 貴婦人みたいな赤紫のドレスを着たミラがぶっきらぼうに言う。

 早朝一番に一目見て「貴族かよ」と言ってしまったが、こいつはマジのお嬢様だったんだと思い直した。

 電波な、とオレは相槌あいづちを打つ。


「でもさ、列車で二日もかかる距離なんだぜ。電波だって届くのかなぁ」


 そう言うと、ミラは「お前マジで何にも聞いてなかったんだな」と蔑んだ。


「中継所だかなんだかがあって、そこで増やして・・・・送り直すんだとよ」

「へぇ。じゃあ中継所が壊れると通信できなくなるのか」

「……ま、そうかもな」

「じゃあノートンさんの身に何か起きたって決まったわけじゃないんだな」

「そうかも知れねえが、中継所なんてもんが壊れたままってのもやっぱ普通じゃねえだろ。まぁ何にせよまずはあの小役人だ」


 確かにあのノートンが壊れた中継所を放って姫様との連絡をおこたるとは、それなりの事情がなければ考えにくい。

 窓の外はすっかりフィレムの森だ。

 列車は石炭燃料を切って減速して進んでいる。

 なんだか既に懐かしい。


「……なんか、なんだろうな。オレ達、何やってるんだろう。オレ達、勇者を追ってるんじゃなかったっけ?」

「言うな馬鹿。ジャックもあんなじゃ使い物にならねえし。パトロンの頼みは断れねえだろ。それに……」


 周囲の乗客を確かめつつ、ミラは声を落とした。

 

「もうあたいらは勇者を追ってるだけじゃねえ。追われてるんだ」


 そうなのだ。

 オレとジャックが姫様の小間使いに出て大失敗している間、ミラはミラで大冒険をしていた。

 釣ったはずの魚に釣られ、オレ達の情報は全部だだ漏れてしまった。おまけにとんでもない大物を引っ掛けて、危うく世界を滅ぼしかけた。

 色々あったせいかミラは若干性格が変わった気がするし、認識阻害が更に上達したし、たぶんロリコンになった。ジャックがそう言ってただけだが。

 そのパワーアップした認識阻害のお陰で、オレ達はまんまと旅行客に紛れられている。

 まぁ、オレ達の席の周りはがっちり皇室の護衛チームに囲まれている。

 どうかこの旅は、大冒険になりませんように。



***



 一辺が二万由旬ユジュン、二十二万キロメートルある巨大な黒い立方体が、頭上に一つある。

 そこから崩れた一辺一由旬の小さな――それでも十一キロだが――無数の立方体になり、体の周りを縦横無尽に駆け巡る。

 それに翻弄ほんろうされながら、ボルキス・ミール・ノートルラントは空中を見回した。

 ――ここはどこなんだ? 宇宙か? 地獄か?

 宇宙であり、地獄でもあり、またそのどちらとも違う空間。

 さっきまで庁舎四階の会議室でスティグマと話をしていたはずだ。

 もっとも、話すのはボルキスだけだったが。

 スティグマは決して「最高だね」とは言わなかったが――それでもボルキスの提案をある程度気に入ったようであった。

 スティグマの出した訳のわからない黒い霧――それを目から鼻から吸い込んで倒れ、気が付くとボルキスはここにいた。


(なんでだ!? 僕はハメられたのか!?)


 勇者になるには資格がある。父にそう教えられた。

 一つは強大な魔力。あるいは大きな魔力に裏打ちされた、王たる資質、血統。

 他には死地を超え、人には決して踏み越えられない決断を下した者、そのビジョンを見た者。

 いずれか、いずれにせよ人を超えた者、人を導く者だけが勇者になり得る。

 だが、何にでも例外や特例はある。

 一つ書き加えるとするなら「その他、別命ある者」だろう。

 ボルキスには人類屈指の魔力はなかったが、王たる血統の末席にいて、人をはばかるビジョンもあった。

 事実、彼は決して無能ではなかったし、怠け者だが人を惹きつけ、操る才能があった。ヘラヘラしているだけで出世してきたのがその証左である。

 そして推薦だ。

 謂わば裏口――先王がスティグマと交わしたある密約である。

 黒い立方体をかわしながら、ボルキスは思う。


(これ当たったらヤバいよなぁ。死ぬのかなぁ)


 異国のある教えでは、人は死後地獄へゆく。その地獄ではあのコズミックサイズの黒い立方体を、雑巾で削りとらなければならないらしい。

 改めて見上げる。

 ここには空気による光の減衰がない。いやまず、空気がない。

 どれほど遠くでも、いやというほど見通しが効く。

 一辺が二十二万キロメートル。見えている部分の面積が四百八十四億平方キロメートルだ。


(そんなの無限に時間が溶けるよ……。考えたくもないけど、計算しちゃうと……)


 所要時間を計算していると、猛スピードでこちらへ向かってくる黒い立方体があった。

 まずい、と思ったがもう避ける余裕はなかった。

 ボルキスはそれに当たり、物凄い衝撃で体が弾け飛んだかと思うと、会議室の天井が見えた。

 薄暗い会議室だ。

 スティグマはいない。

 扉が開いて、少女が入ってきた。

 ――なぜここにこんな子が……。

 ボルキスは何かを誤魔化すように上半身を起こし、


「いやあ……夢か」


 とへらへら笑った。


「夢ではないわ」


 透き通るような声で、少女が告げた。


「君は?」

「インターフェイス。あのお方のね」

「イ……インター……? 変わった名だね。あいててて……」


 あのお方というからには、勇者の仲間なのだろう。

 言われてみればどことなく人間離れしているというか――機械的だ。


「見たはず。あなたは、?」

「僕は――変な、夜空の外の、宇宙みたいなところで、星の代わりに真っ黒な四角い――」

「聞き直すわ。あなたは、誰?」

「僕は――ボル……いででで」


 頭が痛んだ。

 違う、と体中が拒否している。

 お前はもうボルキスではないのだと、そう叫んでいる。


「僕は、無限の……違う、無間、いや、無数の」

「上手くいったようね。でも判らないなら教えてあげる」


 インターフェイスと名乗る少女はそう言うと、姿勢を正した。


「あなたは勇者、セブンスシグマ。あのお方より『真実』の名を授かる。名乗るがい」

「僕は、真実の……セブンスシグマ。七勇者の一人」


 その名は、スッ――と体の全細胞に染み渡った。


「いいえ、残る勇者は三人。あなたは四人目よ」

「君は違うのかい」

「わたしは勇者ではないの。作り物よ」

「他は……? 四人死んだ?」

「いいえ。死んだと判っている者は一人。ソウィユノ、オーシュは居所が知れないの」


 勘定が合わないが、他人のことを気にしている余裕まではセブンスシグマにはなかった。


「聞きたいことは山ほどあるけど……まずどうしたらいいんだ僕は? レクチャーとかブリーフィングとか入隊式とか、いや会議でも、そういうのはない?」

「あなたは勇者。あのお方の命が下るまで、すべきことをしなさい。ルールはひとつよ。あなたは人を救う。ただしその数の二割にあたる人間を殺しなさい。最低でも二割の人間を」

「二割? なぜ?」

「インターフェイスであるわたしにその答えは与えられていないわ。あのお方に直接お訊きなさい」

「すべきこと……勇者の力を以て、僕のすべきこと」

「あるのでしょう? そのために望んで勇者になった」


 そうだ。

 やるべきことははっきりしている。

 元老院を打倒し、王制を復古し、王となって民衆を導いて救う。

 ――この場合、二割って国民の二割ってことか?


「――何をしてもいいんだね?」

「何をしてもいいわ」

「どんな手段を使っても?」

「どんな手段でもお使いなさい」

「いつ始めても?」

「いつ始めても構わないわ」


 会議を通す必要はない。

 予算を取る必要はない。

 上役の顔色を気にすることも――先輩勇者のやり方を踏襲とうしゅうするのなら、やはりアレだろうが――真似するにしても。


「僕はあんなに生易しくないぜ」


 セブンスシグマは、へらへらとわらった。

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