インターミッション2 「皇帝が死んじまったからだよ!」

「こいつが――”希少”? 希少ってのはつまり、少なくて? 価値があるって、そういう意味か?」


 昨今、旧来の巨人像は科学的に否定されていた。

 伝承には一ツ目と言われるが遺伝的に単眼症が多かったわけでもなく、栄養不足が原因で未分化となった後天的なものであり、それも際立って多かったわけではないようだ。

 身長は確かに高かったが、二メートルから高くても二・五、三メートルには至らず、五メートルともなる個体の証拠は発見されていない。

 つまり、巨人と言われた種族は、ただの人であった可能性が高い。

 それでも二・五メートルともなれば圧倒されるほどの高身長だ。

 一方、混血で低身長化が更に進んでおり、現代ではモートガルド人と区別がつかないこともある。

 もっとも――モートガルド帝国はこの見解を、一度として受け入れたことはない。

 この国では巨人は巨人、ヒトとは異なる種族として迫害の対象である。

 こうして巨人だけの町や村を形成し、それも辺境に追いやられ、その個体数を大きく減らしていた。

 巨人の生活は殆ど知られていない。

 モートガルドが近代的になった現在でも、だ。

 ディオニス二世が即位してからこの二十年間、モートガルドは急速に近代化した。

 初代皇帝の死後、放蕩ほうとうの限りを尽くしたディオニスの子が帰還し、王位を継いだ。

 ディオニス一世には他にも子が沢山いたと聞いたが、全員勇者に殺されたのだという。

 諸国漫遊の旅に出ていた彼だけが無事だった。

 近代化を進めたのも彼である。

 ディオニス二世は豪放磊落ごうほうらいらくで、しかもいくさ巧者だった。

 疲弊した軍隊を立て直し、前より強靱きょうじんで統率の取れた軍隊を作り上げた。

 ドラグーンへの依存をやめ、新たに歩兵と重戦車を中心として編成した。

 奴隷も開放され、大部分は兵士となった。

 二世の恩赦にあやかって、この名前のない少年も奴隷の身分を解かれ、ジョン・オズワルドの名を授かった。

 こうして彼は、念願の兵士となったのだ。大国の名の元、大手を振ってくらい欲望を叶えることができる。

 彼は大陸のあらゆる戦場で戦った。

 モートガルドは再びその悲願、大陸統一を目指して飛躍的に国土を増やした。

 彼はこの国が大好きだった。その点でやはり彼はオズワルドになるずっと前からオズワルドだったのだ。

 オズワルドは犬のように喜んだ。

 念願のモートガルド人になれたと思ったのだ。強者の仲間入り。もう負け犬ではない。

 だがディオニス二世の戦争は、苛烈ながら条約を重んじ、民間人を殺さないやり方だった。少なくとも表立っては、だが。

 こっそり非戦闘民を殺して回ることはオズワルドにとっては少ない楽しみだった。

 見つかれば軍規違反。軍法会議ものだ。

 ――皆やってる。

 だが――人目を忍んで虐殺するのは彼の本意ではなかった。

 飽くまで堂々と虐殺し、力を誇示するのが彼の求めるものだ。

 オズワルドにはそこが不満だった。彼がモートガルドに求める血と弱き者の絶望を、彼の戦争は与えてくれなかったのである。


「もう皇帝は死んじまったんだぜ。今更軍規がなんだ」


 そのディオニス二世も今やいない。


「馬鹿野郎! 皇帝が死んじまったからだよ!」


 オズワルドにはその意味が解らない。


「こいつはもう、負け戦だ! ここで巨人を殺しても、どこかで俺達は負ける! そうなったら賠償だ!」


 講和。敗戦。国際法。戦争裁判。賠償。なぜだ。

 ――俺達は正しいことをしているんだ。

 力で弱者をまとめ上げることだけが、唯一正しいことなんだ。

 弱者、ガキ、年寄り、貧乏人、病人、そんなものは全てクソなんだ。


「しっかりしろ! オズワルド! そいつは非戦闘民で、非力なガキだ! 放っておいてもどうせ死ぬ! だがもし殺したことがバレたら、手前の故郷を目方いくらで売りさばいても払えねえくらいの賠償金が積み上がるんだぞ!」


 安い安いとは思っていたが――そうか、こんなガキの命より安いのか。

 オズワルドは、ようやく探していた真理を見つけたような気がした。


「……そうか、兄弟。まるっきり理解したぜ」


 オズワルドは再び巨人の子供に向かって、両掌を広げる。


「ジョン! てめえっ! 聞いてたのか!?」

「聞いてたぜ。そのせいだ。俺は悟っちまったんだ」

「やめろ! そいつに手を出すな」

「うるせえこのブロンド野郎!」


 オズワルドが何を悟ったのか。

 おそらくそれは、例によって独り善がりな考えだったかも知れないが――ここでそれは関係ない。

 なぜなら、間もなく彼は死ぬからだ。

 前方、町の中心で突然何かが起きた。

 衝撃がやや遅れてここまで伝わり、次いで轟音――爆発だろうか。

 ひと際大きな煙が、炎に照らされて立ち上るのが見えた。

 ホフマンもあんぐりと口を開けてそちらを見ている。

 ――何だ、何事だ。

 悲鳴のような声が微かに聞こえてきたかと思うと、その合間合間にガツーン、ガツーンと規則的な――足音? にしては巨大な音が混じる。


「足音だ。何か来る」

「足音だァ――? バカだ。お前、こんなでかい足音が……」


 ガツーン、ガツーン、ガツーン、ガツーン。

 右、左、右、左。

 リズムだけは、確かに足音だ。

 前方を見る。

 右、左、右、左。

 リズミカルに、右へ左へ何かが飛んで行く。

 クルクル回りながらも、飛び立つ鳥の勢い。

 それは――どう見ても。


「――重戦車?」


 一歩一歩、歩くようなリズムで右へ左へ重戦車が打ち飛ばされてゆく。

 それは前方から順に、どんどんこちらへ向かって――。


「こっちに来る」

「と、止めろ――戦車部隊! 停止!」


 ホフマンが腰から白旗を二つ取り出し、手近な戦車に飛び乗り、大きく振る。

 オズワルドも思わず飛び乗って旗を振っていた。

 随伴ずいはん兵らがそれに気づき、重戦車内部に空気魔術で指示を送った。

 行列はそこで途切れる。

 オズワルドらの前を走っていた戦車も、周囲の騒ぎに気付いたらしく、少し先で停止していた。

 その先に、巨大な人影が見えた。

 ――デカい。

 息を呑みつつ頭を振る。

 おそらく、小さな光源から人間の影が、煙のスクリーンに大きく映し出されているだけなのだ。

 足音は止まらない。

 その巨大な人影は、一歩一歩進むごとに上半身を右へ左へ棒を振るような動きをしていた。

 あたかも――伝説のサイクロプスが戦車を弾き飛ばしながらこちらへ迫り来るようではないか。

 撃ち飛ばされた重戦車が遠くの森に落ち、木々を倒しながら転がって逆様になる。

 狙いすましたように同じ軌道で、そのすぐ横に別の戦車が転がる。

 どこで待ち構えていたのか、町の中から身長二メートル近くもある高身長の者達が「今だ」とばかりに飛び出し、腹を上に向けた重戦車に群がる。

 重戦車は極めて密閉性が高い。上部に開口部はなく、戦車兵の搭乗・給油はああして底面から行う。ひとたび出撃すれば、専用の治具じぐ塹壕ざんごうに乗るまで、搭乗員の乗り降りさえままならない。

 今、その底面から巨人たちによって戦車兵が引きずりだされた。

 戦車兵は泣きわめきながら、命乞いをした者は捕虜に、「いやしい巨人ども!」と教科書通りの言動をとった者は死体へと変えられてゆく。

 ――森の木陰で小人がフーバー。

 童謡「小人の祭り」の一節がオズワルドの中でよみがえった。

 突然、横でホフマンが絶叫した。

 我に返ったオズワルドが見ると、戦車の向こうの煙の中から、何かがヌッと現れた。

 それは、煙に映し出された巨大な人影を突き抜けて――森で兵隊とパーティーしている巨人たちよりも遥かにデカい。

 オズワルドは目を疑った。

 身長三メート以上。いや、四メートル近い。周囲の建物の、二階の天井にも届きそうな高さ。

 背が高いだけでなく筋骨隆々の、山のような男だ。

 巨人だ。これこそが、かつて大陸の南を我が物顔で闊歩かっぽしていたという伝説の巨人。

 巨人は手にした巨大ハンマーを振るい、戦車の側面へ向けて振りぬく。

 ガゴーン、と聞く者の腰から下を砕いてしまうような轟音と共に、戦車は飛ばされて少し離れた森へと落ちてゆく。

 右へ振りぬいたハンマーを左へ。左へ振りぬいたハンマーを右へ。

 まるで歩くようなリズムで、戦車の側面の同じ位置を正鵠せいこくに――打つ。


潰滅かいめつの……イグズスだ」


 かつて初代皇帝、剣聖ディオニスを殺したとされる勇者。

 最期の純潔巨人とも、始祖返りとも噂される巨人の中の巨人だ。

 オズワルドの中で、揺らぎかけた正義への渇望が、イグズスの咆哮によって呼び覚まされる。

 力だ。

 これが力だ。


「おい! ジョン! どこへ行く! 気でも狂ったか!」


 もはやオズワルドには、ホフマンの声は届かない。

 ディオニスも巨人の子供も、もうどうでもよかった。

 ふらふらとした足取りで戦車を下り、イグズスのほうへと歩いてゆく。

 神よ。力の神など聞いたこともないが、おわすならまさにこれだ。

 イグズスの振り上げたハンマーが、オズワルドの上に振り下ろされる。

 瞬間――走馬燈というのだろうか、様々な記憶がオズワルドに去来する。

 故郷のことは一つもなかった。奴隷だったときのことも。

 思い出すのは戦地のことばかり。

 そうだ、ひとつ納得していなかったことがある。

 あのベテランが言っていた、戦車で潰された人間の血は薄く、殆ど水のようになるという話は、本当なのだろうか。

 溶血というらしいが――恐ろしい圧力のため赤血球が破壊されると言った軍医の話も、現実にあり得るのだろうか。

 そうだとすれば、あのハンマーに潰された自分の血は何色をしているのだろうか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る