11.3 「名もない 人として勇者 を   たいもんだよ

 ポート・フィレムの街は人口三万人。

 十五万、三十万、五十万人の大都市もある中で、人口だけ見ればここは小都市だ。

 そばに広がる森が火の神フィレムの名を冠していたことから、港の名となり、転じて街の名前となった。

 物流の要、そしてモノだけでなく人の出入りも多い。

 そしてここは隠れて住むのに丁度よい。例えば隠遁した賢者が、ちょっと珍しいものを手に入れようとしても、大きなキャラバンを派遣して悪目立ちすることもない。何せ、モノのほうからこの街を通ってゆくのだから。

 西の門から続く市場通り。その石畳を行き交う荷馬車の音が飛び込む広場。

 広場は、市民らの喧噪に満ちていた。

 広場の掲示板には、新聞が張り付けられている。

 誰も、広場の脇の市場から、人目を避けるように滑り出た二つの人影に気付くことはなかった。

 二人は古めかしい、時代遅れのローブで身を隠し、そのうちの一人――十代と思しき少年が掲示板を見た。


「七勇者殺害容疑者 死す」


 ゴア殺害の容疑者、ジャックことジェイクス・ジャン・バルゼンと、ミラことミランダ・ヘイムワースは海上の戦闘に巻き込まれ死亡したと見られる。

 二人が拉致し、連れていたポート・フィレムの少年ノヴェル・メーンハイムも同乗しており、死亡したと見られる。

 またノヴェル・メーンハイムもゴア殺害に関して深く関与した疑いがあり、殺害の容疑者として同日手配されていた。


 短信には、そう書かれていた。


「ノヴェルたちが――死んだって?」


 ローブの少女は答える。


「そんな――そんなの信じない。『みられる』って、見つかったわけじゃないんでしょ……」

「でも、ノヴェルはともかくどうしてあの二人の本名が……。只事とも思えないよ」

「サイラス、リンちゃんには報せちゃだめだよ」


 全身包帯姿の男が「こんなのはおかしい! 勇者の報復だ!」と、松葉杖を振り上げて声を荒げた。

 そうだ! 元老院はグルだ!

 何人かが呼応し、シュプレヒコールを上げる。

 この街でこそこうだが――国中で報じられれば、ノヴェル達の味方をする者は少数であろう。

 元老院の役人が彼らを収めようと躍り出た。

 ここには見知った地元元老会のメンバーの姿はない。


「……どうも時間の問題みたいだね。リンちゃんには、僕から話そう」


 そうね、とミーシャは応じた。




***



 首都ベリル。

 その宿の一室で、オルロは肩透かしを食らったような気持ちで新聞を読んだ。

 いやこれは肩透かし以外の何物でもない。

 追っていた容疑者が全員死んだと。

 しかも、それはボルキス達には知らされることなく、いきなり報道された。


「自分は――! せめて一報あって、しかるべきと思います! ミール中隊長殿に!」


 そうだよねぇ、とボルキスは例によってへらへらしている。

 オルロにはそのへらへら笑いが、鼻に付くようになってきていた。


「けど僕はもう、中隊長じゃないしさ。お互い軍人じゃないんだし、楽にしてよ」

「では失礼を承知でお尋ねします! どうして笑えるのでありますか!」


 訊いてくれるなよ、生まれつきなんだよ、とボルキスは笑う。


「まぁ、オルロ君のいうように、変だよねぇ」

「変なのであります!」

「彼らは海賊船に乗ってモートガルド帝国に渡った。この時点で変だ」

「変でありますか?」


 ボルキスはベッドに腰かけたままややずっこける。


「よりによってモートガルドなんて行かないよぉ。この政情不安な時期に。南の島でもいけばいいじゃん」

「犯罪者が好むのはならず者国家と相場が決まっているのではありませんか」

「こらこら。そういうことを軽々に言うもんじゃないよぉ? ここではいいけどさぁ」

「変と言われましても。実際、我々が保護した海賊の女はそう証言しているのでありますし」


 彼らは、大枚を払って借り上げた漁船でカナル島を訪れた。

 そこで施設を不当に占拠していた女海賊・メルセデスを保護したのだ。

 メルセデスによると、どうやら彼女を襲ったのはミラことミランダ・ヘイムワースだ。


「そこも変だよ。メルセデスの話じゃ、ミラしかいなかったっていうじゃないか。何のためにメルセデスを襲った?」

「認識術を使って成り代わるためであります」

「成り代わって乗船できるのはミラ一人。なら他の二人は? どこへ行ったんだろうねぇ?」

「それは……」


 行方不明のままだよ、とボルキスは言う。


「それが急に海上に現れて、海賊と海軍の交戦に巻き込まれて死んだなんておかしいじゃないか」


 それに、とボルキスは続ける。


「海賊が交戦して沈むのは全然変じゃないよ? よくあることさ。でも交戦したはずの海軍の船は、一隻も戻らないっていうじゃないか。皇帝や、勇者までいたっていうのに。おかし過ぎるよね」

「モートガルドは損害を隠しているのではありませんか? 自分には、本当のところはわからないのであります」

「じゃあそうだとしようか。でも隠せないこともあってさ。事件の前日、サン=オルギヌアの港に入港した本邦の商船があるんだ」

「初耳であります」

「いや別にそれ自体は普通だよ。その船はどうなったと思う? 乗組員不明のまま、港に放置さ」

「不審船なのでありますか」

「船籍はしっかりしてるよぉ。まぎれもなくノートルラントの船さ。荷物も一般の商品が満載。通商手形も確認されてる。それを放置して、乗組員が消えるなんてあり得ないよ」

「……我が国が、不法入国の糸を引いたのでありますか。民王派か、皇室かが」

「そうとしか考えられないよねぇ。しかもおそらくだけど入国者は、ジャックとノヴェル。容疑者二名だ。彼らをおとしいれたなら、民王派だろうねぇ」


 なるほど! とオルロは立ったまま膝を打つ。


「調べるのでありますか?」

「こっちもここまで馬鹿にされちゃあねえ。全部暴いてぐちゃぐちゃにしてやりたいのは山々なんだけど、流石に今のモートガルドには……近づけない」

「そうでありますねぇ」


 オルロも軍を離れて久しい。軍人言葉が崩れて、よくわからない気の抜けた相槌を打ってしまった。


「そこでまず、身内を洗おうよ。裏で糸を引いてたのは間違いないんだからさぁ」

「どうするのでありますか」

「決まってるよねぇ。武装して乗り込むのさ。民王庁に」


 は? とオルロは言った。

 見ると、ボルキスの顔から、笑いが消えていた。


「今、何と?」

「ふふ。なんでもない」


 再びへらへらと笑いながら、オルロを見た。

 オルロは――また笑えなかった。

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