8.4 「せめて三つ巴くらいにして欲しかったぜ」

 明け方頃、港が騒がしくなった。

 昨日高潔のオーシュを名乗る男が出現してから、ジャックとノートンは分析を始めた。

 旧ザリア国の最後の統計が人口九十万人で、戦後の統計がないんだとか。ここ、サン=オルギヌアの人口が十一万人でそのうちザリア人は七万人前後と予想され港湾労働者や漁師が多いんだとか。

 勇者も分析された。といっても一目見ただけで、体格から体重を推定したり、足元にあったプールの意味を考えたりした程度だ。

 アレは冷却のためだとか、水温の推定温度からすると気温と大差ないから違うとか、オーシュは足から魔術を出せるのと関係するんだとか。

 そんなことを喧々諤々けんけんがくがくとやっていた。

 命に関わることだからジャックも必死なんだろうが、はたから見てるとまるで世界で一番病的な勇者のファンみたいに見える。

 言ったらマジで怒られそうだから言わないが。

 そんなことを夜更けまでやっていたのに、明け方にはもう不穏な感じに目が覚めて睡眠不足だ。

 海上で何かあったらしく、港の方がややざわついている。

 といってもささやかな差だ。

 静かなぶん、ちょっとした不穏さが目立つのだ。

 オレはベランダに出て、時差ボケもある微妙にフワフワした気持ちで明け方の海を見る。


「――海賊だ」


 入り江のほうに三隻の船があり、軍用船三隻と港湾警備の小型船がそれに向かって進んでいる。

 三隻。見たことがある船だ。

 ミラの潜入している、なんだっけ、海賊クライスラーの船だ。


「ええっと、ここに大集合した勢力は全部でどれだけだ……? 俺達、皇帝と海軍、オーシュ、ザリア人、それから海賊……? せめて三つ巴くらいにして欲しかったぜ」


 異なる五者が、今ここサン=オルギヌアに集合している。

 サン=オルギヌアに着いて二日目の朝だ。

 今日は皇帝ディオニス三世が、海軍を集めて演説する予定だ。

 オーシュがどう関係するのかわからないが、昨日の感じだとザリア人の反皇帝勢力に味方しているように見えた。

 そうだとすれば、オレ達、オーシュとザリア、海賊、皇帝と海軍、の四つ巴になる。

 勇者の動向を確認したし、あとはなんとか皇帝に親書を渡して、ミラを回収すればオレ達の計画はひとまず完了。

 予定より早く帰れそうだ――と思ったのだが。

 海上で三隻の海賊船を、海軍の船が取り囲んでゆくのを見るとなんだか不安になった。

 何か忘れている気がしたのだ。


「何の騒ぎかと思って起きてみれば――クライスラーが来たか」


 ジャックが起きて、隣のベランダから顔を出した。


「みたいだ。皇帝があいつらを戦争の火種にするつもりなら、今ここで難癖をつけて海賊を攻撃するってことも……あり得るのか?」

「いや、まずマーリーンの引き渡しだ。相手はオーシュか、それともディオニスか」


 それもそうだ。オレはひとまず安心した。


「あまりお勧めしませんが、近くまで行ってみますか?」


 見上げると、上階のバルコニーからノートンが見下ろしていた。


「近くったって、海の上だぞ。どうしようもねえだろ」

「南西の灯台から望遠鏡で、船の様子はわかるんじゃないか。折衝せっしょうは主甲板上で行うのが海のやり方なので」

「分かった。ノヴェル、支度しろ」


 あいよ、と答えてオレは着替えた。

 パルマの官僚みたいな服は窮屈だったので、昨日の夜そのへんの店で買った読めもしないザリア語の書いたシャツを引っかけた。



***



 ノートンは先に着替えて、ロビーでジャックと合流していた。


「ノヴェルはまだか?」

「そのようだ。しかし解らないな。なぜ君は、あのノヴェル君と行動しているんだ」

「それは暗に留守番させろって意味か。置いてったら寝るが、連れて行けば何かの役に立つかも知れないだろ」

「いや、聞くところによると、彼は魔力を持たないんだろう? いざというとき」

「魔力なんか多少あっても勇者だの軍隊相手にどうにもならねえよ」


 それはそうなんだが、とノートンは言い淀む。


「こういう言い方はなんだが、役に立たないのじゃないか」

「役に立つ立たないじゃねえよ。あいつはもう巻き込まれて、お前と違って居場所がない。どこの誰でもないんだ。居場所はないが、俺達の結末を見届ける権利だけはある」

「マーリーンか」

「まぁ、そうだ。肉親を失って、あいつは気丈に振る舞っちゃいるがこたえてる。たとえ今平気でも、十年後はわからねえ。あいつを一人にしてると、俺みたいになっちまう」

「わかった。君のような人間がそこまで言うんだ。もう何も聞くまい」

「それにあいつは言うほど役立たずじゃねえよ。魔力があってもクズみたいな間抜けは沢山見てきたからな。そういやお前、仲間に入れてくれとか言ってなかったか?」

「言葉のあやだ。御免こうむるよ」


 そこへノヴェルがやってきた。

 ノートンはノヴェルを見て、少し微笑んだ。

 まるで少しだけ羨ましそうな表情で。

 行くぞ、と三人は宿を出た。



***



 明け方の街をオレ達は走る。

 本来はもっと漁師や港湾労働者で港は活気があるんだろうが、今日は誰の姿もない。


「港は封鎖されてるな。灯台は忙しそうだ」


 灯台まではすぐだ。

 絶壁でも離れ小島にあるわけでもなく、どの方向からでも近づける。

 灯台にドアはなく、こちらと向こうに二つ出入口がある。

 最初の見張りを、ノートンが一瞬で倒した。


「顔を見られたら記憶を消すのを忘れないでください」


 誰に、ともなくノートンは言ったが、たぶんジャックにだろう。

 灯台を外周する階段で、ジャックが一人倒した。

 天辺てっぺんで二人を倒し、ノートンが丁寧に記憶を上書きした。


「制圧完了。さて」


 望遠鏡で船の様子を見る。

 ノートンが望遠鏡を覗き込んだ。


「――海賊船の一隻に、軍用船から橋が出てる。奥に二隻」

「主甲板には誰がいる」

「主甲板には――おい、なんだあれは。どうなってる。誰か死んでる。あれは――クライスラーか。傍にいるのは、何と言ったか、ランボル……それからディオニスとオーシュもいる。言い争ってるみたいだ」

「なんだと。貸せ」


 ジャックが望遠鏡を奪う。


「ああ、島で酒盛りしてた奴の一人だ。組合員に賄賂わいろを渡していたやつ。名前は知らんが、海賊か」

「すると海賊の仲間割れか」

「くそっ。このタイミングでか。勘弁してくれよ! そういうのは後でやってくれ!」

「マーリーン引き渡しはどうなる」

「最悪ご破算だ。即時戦闘なんてことになれば――ミラを救出するチャンスもないし、皇帝だってどうなるかわからん」

「オーシュは」

「オーシュはどうやら海賊側だ」

「ノートン、オレ達で海賊船に乗り込む方法はないか」

「今考えているが、他にも考えることが山ほどあるし、簡単に行くとは思わないでくれないか」


 ジャックが望遠鏡から離れたので、オレが望遠鏡を覗き込んだ。

 甲板上には、ミラの姿はない。

 縛られ、首を切断された――神官? のような男が一人。あれが海賊の頭領、クライスラーだっていうのか?

 隣に居て剣を持った男には見覚えがある。

 剣には血がついている。

 その傍らに立つのは、昨日と違って靴こそ履いているけれど、まさにあの銅像の男だ。

 奴は掌を向けて、その先に――あれが。

 あれが皇帝ディオニス三世。

 ディオニスの後ろには部下らしき軍服の男たちが数名いる。

 ん? 掌を向けている――?


「おい、まずくないか」

「どうしたノヴェル」

「オーシュが」


 言いかけたときだ。

 ディオニスに向けて開かれた掌から、魔術が放たれた。

 少し遅れて、ドンという振動が伝わってくる。

 上下に揺れる海面は、密集した船が互いに揺れてあって、波を大きくしてる。

 吹き飛ばされたディオニスは、空中でくるりと回転し、軍船の主甲板に着地した。

 部下は殆ど海中に落ち、残りは甲板上に倒れた。


「……皇帝を、撃った」

「皇帝は!?」

「無事、みたいだが――だいぶ怒ってるな、これは」


 やってくれたぜ――とジャックは頭を抱え、床にどっかりと腰を下ろして背中を壁に預けた。


「なぁ、官僚さんよ。姫様の親書っていうのは、頭の血管が焼き切れそうな狂王が読んでも、グッと来るものなのかい」

「それは、どうだろうな。私にも何とも言えないよ。でも」


 グッと来るさ、私だったらグッと来るからね、とノートンは、メガネを外して泣き顔のような表情を作り、力なく笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る