6.4 「こういうのが生きた金の使い道だよ」

 オレたちは、すぐさま漁業組合に頼み込んで船を出してもらうことにした。

 カナル島へと言うと、まだ海賊がいるから嫌だとゴネられたが、金を多めに払うことで決着した。

「こういうのが生きた金の使い道だよ」とジャックはミラのほうへ得意げな顔を向けて言った。

 やはり世の中、剣だの魔術だのより金だ。オレは金持ちになるべきなんだ。


 カナル島へ向かうボートはすこぶる乗り心地が悪かった。

 急いでくれるのはありがたいが、海上を高速で走るのはこんなに尻が痛いことだったのか。

 非人間的な固いシートの上で、常に尻でジャンプし続けているようなものだ。

 せめて「掴まっていろ」とか「どれだけケツが痛くても立つな」とかアドバイスが欲しかった。言われないとやってしまいそうだ。

 もし立ち上がりでもしようものなら、バランスを崩して放り出される。

 手すりに掴まっていないと振り落とされそうだが、手すりらしい手すりはなく、ボートのへりに掴まるのがやっとだ。

 船は二人で運転される。

 水の魔術でみ上げた海水を噴射し、推進力にする役。小さな帆で風を掴んで操縦する役だ。

 二人とも水魔術のエキスパートで、距離によっては往路、復路で交代することもあるらしい。

 ただしこれは小型船のみだ。喫水きっすいの大きな船でこれは現実的ではなく、他の方法をとる。

 大きな船といえば、途中で南方に見えた大きな漁船だ。


「おいノヴェル! 見ろよ! あんなでかい鉄の船だ!」


 爆走する風圧に負けじと、大声でジャックが言った。

「ああ、あれは蟹漁船だな」と、操縦していた漁師がいう。


「蟹? 蟹っていうのは、モンスターみたいのだろ!」

「見た目は酷ぇが、美味えぞ!」

「あんなでっかい船で獲るのか!?」

「蟹ってのは海底にいるからな! そこまで鉄の籠を落として、引き上げるの! そいつを山ほど積んでるのよ!」

「海底まで!? 正気か!? どれだけ深いんだよ!」


 ジャックが驚くのも無理はない。

 オレだってびっくりだ。


「このへんなら五百メートルかそこらだ! 鋼鉄の紐をガーッと巻き取って引き上げる!」


 鉄の籠も大変そうだが、その紐だけで相当な重さになりそうだ。

 とても木造船ではもたないだろうと思う。


「なぁ、ノヴェル! 信じられるか!? あんなでかい鉄の船が浮くなんてな!」

「おい、兄さん、どうして船が浮くか知らんのか」

「……木で出来てるからだろ!?」


 船乗りがあんぐりと口を開け、口から後方へ煙草の煙が流れてゆく。


「……いや、浮力といってな」

「木だから浮くんだろ!? そのへんの丸太みてえに! なぁ、ノヴェル! なっ!?」


 この辺は北からの冷たい潮が入り込んでいて、絶好の漁場なのだという話は聞く。

 南からの暖流とぶつかることで――。


「おい、ノヴェル!? 無視するな!」


 蟹は海底を長い距離移動し、冷たい潮に乗って北の――。


「ノヴェル! なんか言えって!」



***



 島に近付くと、ボートは船着き場をけて反対側の砂浜に接岸した。

「戻るまで待っていてくれ」とジャックは船頭の二人に告げ、オレたちは島の反対側を目指した。


「海賊がいたらまず下見だ。海賊どもが、ロイを狙って連れ去ったのは間違いない。ロイがインスマウス村に滞在したのは、そこで他の勇者と落ち合う予定だったんだ」

「海賊の中に勇者がいる……?」

「その可能性もある。少なくとも、勇者サイドから何らかの形で頼まれたんだろう」

「その場合どうする。あたいらに海賊が追えるか? 出航されたら手がないんだぞ」


 オレが船に乗り込むか――と言うと、ジャックは首を振った。


「お前が行ってもしょうがないだろ。出航されたら手がない。つまり出航させなければいい」

「どうする」

「乗組員をさらう」


 小さい島だが、リゾート施設と思われる建物がいくつもあった。

 そこで海賊らしき荒くれたちが酒盛りをしてる。

 本当にバカンスしてるのかよ。


「――勇者は、今のところ見当たらないな」


 物陰に身を隠し、ジャックが言った。


「勇者は酒飲んで馬鹿笑いしないのかよ」

「……ま、勇者らしい奴はってことだ」


 海岸線に沿って更に進むと、質素な船着き場に出た。

 三隻のうち一隻だけが船着き場に係留してあり、残り二隻は遠くに停泊中だ。岩場にある複数のボートは、奥の二隻からそれで上陸したのだろう。

 係留中の一隻だけ、船上に見張りの姿が見える。

 見張りも一杯やってるようだ。

 少し戻ったところでジャックが例のイアーポッドを取り出し、ミラとオレに渡した。


「つけろ」と言われて耳に入れると、酔っぱらいの騒ぎ声がよく聞こえてくる。


「さっきの酒盛りのところに一つ投げておいた。まぁ、有効距離が短いから酔っぱらいの騒ぎ声くらいならなくても平気だがな」


 話の内容は馬鹿な話ばかりで、勇者の「ゆ」の字も出てこない。

 さて、いつまでこうしていればいいんだと思った頃だ。


『お、来たぞ』


 不意に、そんな発言がぽつりと出た。

 誰かが来たようだ。ジャックも反応し、酒盛りしている方を見た。


「お、おい、あれは――」


 さっきの船頭二人が海賊たちのところへ歩いてくる。


『組合の連中じゃねえか! おい! こっち来て飲め!』

『いやぁ、あんたらのお陰で楽な仕事だったよ』


 と、これは海賊達が楽しそうに言ったセリフ。

 ――はぁ? となった。


『壮健だな! こないだの返礼を受け取りにきた!』

『おお、そうだったな』


 二人は海賊に合流し、何か受け取っている。

 金だ。

 なんてこった。

 組合の漁師が、海賊に内通してキックバックを受け取っているんだ。


『助かるよ。ところでさらってった二人だが、ありゃいったい何なんだ?』

『おかみらの依頼ってやつだ。おたくの村の近くにいるから回収しろって言われたんだが。腐ってやがるな。ありゃどっちも死体だ。ま、ともかく連絡が早くて助かったぜ。これ以上腐っちゃかなわねぇ』

『帝国がか? てっきりポート・フィレム絡みと思ったんだけどよ。新聞で見たからさ』

『ああ、両方だな。ポート・フィレムまで行けりゃよかったんだがな。なんせ、魔の海域が邪魔でな』


 どういうことだ。

 ポート・フィレムの惨事は、勇者の手引きによるものだ。なぜ帝国が一枚噛んでる?


「――勇者は帝国の手先なのか?」

「結論を急ぐな。まるで逆ってことすらあり得るんだぜ」


 たしかに――そっちのほうがありそうだ。

 ともかく、直接の依頼者が帝国ならば、あの船には勇者はいないということになる。


『それで、勇者なんだが』


 ドキリとした。


『一人、死んだそうだな』

『ああ、ゴアだ。殺された』

『元老院が各組合に出した手配書があってよ。ゴア殺しの二人な。その二人に似た奴と、行方不明のガキを乗せた。さっきだ。この近くにいるぞ。用心しろ』


 ああ、そこまで喋っちゃうのか。


「おいジャック。てめえさっき、あたいの方見て何て言った? 『こういうのが生きた金の使い道なんだぜ』とか、言わなかったか?」

 ジャックは「降参」とばかりに両手を挙げていた。


『ああー。心配ねえよ。なんせ俺っちらにはよぉー。あの勇者様のボスと戦って、生き残った奴がいるんだぜ』

『まじかよ。そいつぁ聞き捨てならねえな』

『他はもう皆殺しよ。俺っちらの船も粗方無くなっちまって、皇帝様に拾われなきゃ食い上げてた』

『で、どんな奴なんだ。その、勇者のボスってのは』

『それは――なぁ?』


 酔っぱらいどもがゲラゲラと下品に、てんでばらばらに、取り留めなく笑った。

 相当酒が回っているらしい。


『聞いてみりゃいいのよ、そいつから』

『そりゃいいや。クック=ロビン様って海賊のなかの海賊よ。なかなかいねえよ、あんな働き者は。今度、聞いてみろや。日が暮れちまうぜ?』


 海賊どもは更に笑った。

 日暮れまではまだ相当あるのだが――出航するつもりなのか。

 一頻り笑ってから、海賊の一人が手を挙げて言った。


『ま、ご苦労だった。次も頼むわ。華持たせてやる。メル、見送ってやんな』


 そう、女海賊が一人連れて来られる。

 船頭の二人は、それ以上何も言わずに女海賊と共に来た方へ戻っていった。


「どうする」

「どうするもこうするも、あたいらは帰って計画を練るだろ。奴らの行先は割れたんだ。モートガルド帝国だ」


「――と思ったんだが」と言って、ミラは普段よりも悪そうなかおになった。


「気が変わった。お前とノヴェルは帰って計画を考えろ。あたいは奴らに潜入する」

「どうやって」

「あのメルって奴を殺して成り代わる。あの背格好ならいける」

「無駄に殺すな」


「チッ、もののたとえだよ面倒な野郎だ」とミラは毒づく。

 どういう喩えだ。

 ハンターの顔になったミラは、背の高い草の間を蛇のようにスルスルと戻り始める。


「待て。どうした」

『あいつらの中に、勇者の親玉と戦った奴がいるんだろ? フカシこいてるとしたって、その戦場で生き残ったなら姿くらい見てるはずだ』

「それは同感だ」

『そいつから聞き出す。何としても』

「帝国に着いてからじゃダメか?」

『船は三隻。全てが帝国行きとは限らねえ。どこ寄港するかも知れねえ。だが標的は目の前にいる。追える位置にだ。だから今追う』


 ……頭が切れる。

 しかも若干、キレている。


「わかった。ノヴェル、ミラの策に乗るぞ」

「止めなくていいのか」

「あいつはああなったら聞かねえよ。暴走機関車みてえな女だ。俺らは無賃乗車するしかない」

『聞こえてるぞクソ野郎』


 そうはいうが、きっとジャックは満足したのだ。これ以上ない良い策だと。

 そもそもロイを追ったのだってこうなる、いや、もっとまずい展開も考慮に入れてのことだったのだろう。

 どんな策にだってリスクはあるんだから。

 オレたち三人は、その時はそう思っていた。このときは、まだ。



***



 砂浜に戻ると、船頭二人が煙草をふかしていた。

 こっちに気付くと、手を挙げて呼んだ。


「おお、もういいのか?」

「ああ。済んだ」

「姉ちゃんはどうした」

「暫く残るってさ。ここが気に入ったらしい」

「おい、大丈夫か。何もねえ島だぞ」

「いいんだ。元々そのつもりだった」


 二人は顔を見合わせつつ、ボートに乗り込んだ。

 魔力式のジェットが噴出し、ボートが海上を滑り出す。

 島はどんどん小さくなっていった。


「よし、ノヴェル。始めるぞ」


 ジャックはひらりとボート上を転がり、後部のジェット係の首に腕を回した。

 オレは操舵係に組み付き、横倒しにする。


めたほうがいいと思うぞ。このスピードで海上に放り出されんのはいやだろ」

「なっ、何しやがる!」

「お前らの悪事はわかってる。いや、それ自体は、俺が首突っ込むような話じゃないんだが、ちっとばっか、まずい話を吹聴ふいちょうされちゃたまらなくってな。それはお互い様だと思うわけだ」

「なっ!? 海賊の、ことか!?」

「まぁ、それ」

「ふざけんなっ、こんなの、組合の誰でもやってる! 全員グルなんだよ!」

「いや、だから悪事はいいんだって。俺が首突っ込むような話じゃないって言ったろ」

「じゃあ」

「……今日、お前が乗せたのは誰だ?」

「誰って、お前らしか」

「言い方が悪いか? 今、お前の首を絞めて、魚の餌にしてやろうとしている男は、誰だ?」

「うっ……ポート・フィレムで銀翼の」


 違うな、と言いながら首を締め上げる。

 魔力が噴射してボートが左右に暴れた。


「ほら、誰だ?」

「……か、観光客です、ベリルからいらっしゃった」

「そうそう。こっちのガキは?」

「ゆ、行方不明の」


 惜しい、とまた首を絞める。

 ぐぐぐ、とか雑巾を絞ったみたいな声を出していた男が、ぐったりと静かになった。

 意識が飛んだようだ。

 ボートが減速をはじめ、海上で、遂に止まった。

 聞こえるのは波がボートを叩く、ちゃぷちゃぷという水音のみ。


「惜しかった。じゃあご同僚に訊いてみよう」

「や、やめろ!! わかったから! 記憶を消してくれ!」

「わかったって何を?」

「あんたらのことは知らない! 今日は誰も乗せてない! 誰にも言わない! 絶対だ! 殺さないでくれ!」


 オレが組み伏せてる方の男は、口角に泡を吹きながらそう懇願こんがんする。

 ありがたい申し出だが、とジャックは言って、男の顎を思い切り――に見えるように振り上げつつも、実際はかなり手加減した速度で――蹴った。


「手配書が出回ってるんだって? 困るんだそういうのは」

「あぐ……燃やす!! 箝口令かんこうれいを出す!! 俺にはできる!!」

「いいね。もしできなければ?」

「で……できる!」

「例えばの話をしているんだ」


 といって今度は脇腹を蹴り上げる。

 今度は少し本気だ。


「例えばの話だが、俺がもし銀翼のゴアを殺せるような、力のある悪党だったとしよう。君は組合員? 組合に行けば名簿があるね。家もわかる」


 やめてくださいぃぃと口から血の泡を吹きながら男は泣いていた。


「……まぁ、解ればいいんだ。誰も死ぬ必要はない。じゃあ記憶を消すが、思い出してもらいたくないので拷問の記憶は消さない」


 ジャックが男にまたがって、まぶたを強引に開けさせると船乗りは泣き叫んだ。

 大の大人がビイビイ泣くな、とジャックが肺を押さえつける。


「さっきの金は……危険手当か? そうだな、まぁそれは君に……」

「ジャック。もう気絶してる」

「ああ、そうか」


 ふぅ、とジャックは息を吹いた。


「嫌な役回りだよ。こんなことしたってキリがない」

「認識阻害でもっと簡単に消せないのか」

「消せるよ。でも消すったって、記憶なんてもんは本当に消えて無くなるわけじゃないからな。ほんの一時しのぎだ。簡単に消したもんは、なんかの拍子にすぐに思い出されちまう。工夫しないとな」

「不便なもんだなぁ」

「ま、俺はこんな手品なんかより、人間って奴を信用してるのさ」


 目も当てられないような蛮行をしておいて、物凄くいい人みたいなことを言った。

 まさにゲス野郎って言葉はジャックの為にあるような言葉だ。

 海鳥が鳴いた。

 波に漂う小舟の上だ。

 気絶した船頭が二人。

 ジャックはちらっとこっちを見た。


「俺の水魔術で、陸までか……まぁ、仕方がないな」


 西の水平線から、夕闇が迫りつつあった。

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