6.2 「きれいな漁村だ」

 オレたちは数日、ベリルに滞在した。

 首都の空気が肌に合わないというか、まぁそれはジャックの受け売りだ。旅経験のないオレには、ここがどれだけ変わってるかなんて判らない。

 街の宮殿から北は昔の王国の領地、こちら側は皇国の領地だった。

 元々パルマ、ノートルラントの二つの国は仲が悪かった。

 ジャックによれば大体隣の国なんてそんなものだという。地理的に近ければ事実も偏見も、綯交ないまぜになって伝わりやすい。

 パルマ皇国は代々皇女様の、ノートルラント王国は国王の治める国だった。

 だがノートルラント王国で王室が存続できなくなり、民王を選ぶことになった。

 しかしその民王が、実はパルマ生まれであることが判明してさぁ大変。

 まぁそれなりに大変なことだったんだろうが――初代民王はそのまま即位して、二つの国は合併することで決着した。

 途絶えた王室の代わりに皇室が、政治には関わらない名目で神聖パルマ・ノートルラント民王連合国は誕生した。

 二代目以降の民王は選挙で選ばれることになった。もう滅茶苦茶だ。

 絶えたとはいえ、傍系やら貴族やら、王室の関係者は多くいたため、これは元老院として民王を補佐する役割で残った。

 それらをひとまとめにして、ジャックの言葉を借りるとこうだ。


「クソの中の一番臭ぇとこだけを選び出したみてえな最低最悪の仕組みだな。馬鹿も無能もここまで極まれば人類悪よ」


 まぁそんな人類悪も、三十年以上続いて国そのものになっている。

 民王もはや三代目。

 この街へ出入りする市民の多くはそんな周辺の街区や村から来てるらしいが、未だに妙な緊張というか、縄張り意識みたいなものが残っているのかも知れない。

 三十年以上って? 人間ってそんなものなのだろうか。


「うまくいかねえもんだな」


 ジャックがいうのは、国政の話じゃない。

 数日過ごしたベリルを出ようというのも、別にここに嫌気がしたからじゃない。

 ここで待てばロイが来ると踏んでいたのに、予想を二日、三日と過ぎてもそれらしい噂はなかった。

「こりゃあ途中でやられたな」とはミラの見方だ。

 最後にロイが目撃されたベリル南方の森からここまで、百八十キロの間には小さな村が十あまりある。

 そこを順繰じゅんぐり、北から回っていくぞというわけだ。

 ロイが来ないならばベリルに用はない。ここには勇者の「ゆ」の字もないんだから。


 ――そんなわけでひとまず。

 オレたちは、ベリル南方四キロの漁村に来た。

 振り向くと崖の上の宮殿がまだ見える。ここなら拠点をベリルに置いたまま来られる。

 オレとジャックは首都の官僚が好んで着るような紺色の詰襟、ミラは妙にひらひらした草色の街服で、観光客オーラを出しつつ漁村に来た。

「暑いな」と、ジャックは馬車を降りて開口一番言った。

 まずドン引きしたのは村の入り口のでっかい銅像だ。

 でかい袋のようなものを肩に担ぎ、裸足で片膝を立てている筋骨隆々で僧服の男の銅像。

 何故か右斜め上を睨みつけるようなこれは、精悍せいかんな顔つきっていうんだろうか。オレは一生そんな風には言ってもらえないだろうな。


「高潔のオーシュ像」


 とある。

 ヴェルヌ海事での勇者の活躍をたたえたもの、と解説にある。

 嘘か真実まことか、高潔のオーシュは、この村の生まれであるらしいのだ。

 出生地が判っている勇者は珍しいんだとジャックも言う。


「しかし……悪趣味もここまで来るとブラックジョークだな」

「この袋、クラーケンの内臓なんだろ?」

「げぇ」


 歩きながら話す。


「生まれが判ってるってことは、名前や能力も判ってるのか?」

「いやー、それがな。そもそもが怪しい話だよ」

「ここが急に勇者の里なんて名乗りだしたのは、ヴェルヌ海事のあとだよ。高潔のオーシュは知られてはいたが、派手に活躍したのはこれが最初だからな」

かたりだっていうのか……? そんなのすぐ」

「勇者はわざわざ否定したりしないからな。かといって他に名乗りを上げる町もなし。今のところグレーだよ」

「本人が信じこんでりゃ、根拠のねえ伝聞だとしても、あたいらの認識技術でどうこうってわけにもいかねぇ」

「そうなのか。村人全員を調べれば、昔のオーシュを知ってる奴もいるんじゃないか」

「どうかな。そいつは悪魔の証明だな。船乗りばっかで、時化しけやら事故やら、昔を知ってる人間はどんどんいなくなっちまう」


 漁村を通って漁港まで来る間、活気もあり、漁村としてはかなり大きい部類だということが判った。


「うーん、腐った魚が落ちてねえ。きれいな漁村だ」


 漁村ではれ過ぎて売り物にならない魚なんかが網もろとも放置されてることもあるらしいが、見たところここにはない。

 首都のすぐ傍という立地もあるのだろうが、かなりちゃんと行き届いているのだ。


「いつも言ってるが、あたいらは遊びに来たんじゃねえぞ」


 トロピカルジュースを片手に、ミラがぼやいた。


「少しはたのしめ。俺たちゃ明日にも死ぬか、ブチ込まれるか、その両方かって身分なんだぞ」

「今愉しんでるからブチ込まれたり殺されたりすんだよ」


 とはいえ、時間のせいか漁港に人影はない。

 海鳥だけがやたらといる。

 通りであくせく働く人はいたが、用もないのに出歩いているような人間は少ないようだった。

 そういう人を捕まえて世間話を振っても、大抵は相手にされないのだった。


「さて、そうなると、やっぱ酒場かな」


 待ってました、冒険らしくなってきた、とオレは少し舞い上がるのだった。



---



 ジャックの提案で酒場を探した。

 きょろきょろする限り酒場らしい場所はない。

 そういえば、とオレは港の近くでいかにも酒場然とした構えの店があったのを思い出した。

 ただ看板は真っ黒になっていて、何の店かは判らない。

 そのことを話すと、ジャックは「ははぁん」と口を開ける。


「そりゃ酒場だ。首都の条例でな、十八歳未満は酒呑むだけじゃなく酒場への出入りも禁止だ。看板も見えないようにされてる」


 いつか爺さんに聞いたあの話――認識阻害の応用の一つだ。

 港に戻って看板を見上げたジャックとミラは、顔を見合わせて表情を硬くした。

 表情が暗い。

 ――なんだ。

 妙な緊張が走る。

 二人は互いに頷き合うと、意を決したように酒場のドアを押し開いた。

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