第二章: 記憶の海に幻想の少女は囚われる

Ep.6: 漁村の酒場は逸れ者にも優しい(しかも死ぬほど笑える)

6.1 「我らの任務と心得ます」

 調査委員長ボルキス・ミールは、民王庁から宿の自室に戻って溜息をいた。

 民王庁内の調査局本部で、銀翼のゴアの解剖が行われていたのだ。

 この勇者の出身地、本名についても各国に打診したが、今のところ返答はない。たぶん永遠にないだろう。


---


 ボルキス立ち合いの元、解剖は始まった。

 各国からのゲストを呼び、解剖はまるでショーのようになっていた。酒と食事がないだけである。

 解剖の結果、判ったことは二つ。

 ひとつは、ゴアの羽はオリハルコン製で、生えているのではなく背中の筋繊維に結合されていたことである。

 これは世界最高の医師でも不可能な技術であるとのことだった。

 オリハルコンは希少な金属であり、近距離に置くとまるで意思があるように伸びて互いに接合するという不思議な性質がある。羽はボーキサイトを利用した軽量フレームに、繊維状にしたオリハルコンをこの方法で絡ませたようだとの見解が示された。

 ボルキスは細かい話は珍紛漢紛ちんぷんかんぷんであったが、大筋では理解した。


(オリハルコンを使った織物みたいなものかなぁ。でもオリハルコンの繊維なんて、そんなもんどうやって作ったんだろ)


 ボルキスが疑問に思ったその点については、専門の技師でも見当すらつかないとのことだ。

 同様に、オリハルコンは繊維状になって筋繊維に絡みついていた。

 背中の筋肉は人体で最大の筋肉であり、ここに広範囲に結びつくことで、背中を使って効率よく羽を開くことができた。

 集まった医師らは歓声交じりに聴きメモを取っていたが、果たしてそのメモは何の役に立つのか、ボルキスには判らなかった。

 そこから導かれるもうひとつの事実――こちらのほうがボルキスには衝撃であった。

 つまり、勇者は人間であったということだ。

 改めて言われるまでもなく、人間であろうとは思っていたが、羽の生えた人間がいないのもまた事実である。

 しかし――勇者は人間であるという結論の前に、集まった聴衆はざわめいた。

 直接の死因は頭部挫滅ざめつによる脳挫傷ざしょう。尖塔からの転落死である。

 空を飛ぶ勇者が転落死とは――。

 筋繊維ごと引き抜かれた片方の羽は行方不明のままである。

 ただそれ以外にも、右腕の切断による失血、臓器の損傷は致死的で、転落がなくとも治癒、延命の可能性はほとんどゼロであることはゲストの医師団とも合意した。


---


 そんな重い任務、その割に実入りの少ない仕事を終えて、ボルキスはぐったりと疲れていた。

 今すぐベッドに倒れ込みたいのを、補佐役の部下の手前ギリギリ保っている。


「成果はありましたか」

「ゴアは人間だったって」

「それは……! いえ、そう……でありましたか。いえ、そうだと思ってましたが、いえ」

「何」


 まぁ君の気持ちはわかるよ、とヘラヘラした。

『勇者ゴアは人に似た魔物でした。呪われた森の木のうろで育ちました』

 そうならどれだけ楽だったことか。


「殺人でありますか」

「どうなんだろうねぇ。事件としちゃたぶん殺人なんだけど。国籍も不明だし。何より落ちなくても死んでたっていうんだよ。どうなるのこの場合」

「裁くのは本邦の法律に基づいて行われるべきかと」

「いやさ、だからウチの法律がブレまくってるんだってば」


 旧ノートルラント王国の法律では本邦で起きた殺人である場合は国内法で裁かれる。

 旧パルマ皇国の法律では被害者が邦人である殺人の場合は国内法で裁かれる。

 神聖パルマ・ノートルラント民王連合国の法律では、殺人の定義を「戦争行為以外で邦人が故意に殺害されること」としている。更に「被害者と加害者の国籍が異なる殺人のとき、いずれかが本国籍を持つ場合に国内法で裁かれる」だ。殺人の定義が微妙にブレてしまっている。

 こうなった理由はノートルラント王国が戦争を除くことを念頭に殺人を定義していたからであった。


「……うちの適当に混ぜたみたいな法律じゃあさ、そもそも犯人捕まえるまで誰が何を根拠に裁くのかもわかんないわけよ」

「裁くのは法曹であります。我々は調査ですので」

「まぁそうなんだけどさ。その調査自体がもう無理なわけよ。だってあの勇者相手にさ、無理じゃん? 内臓全部にダメージを与えるなんて」

「転落させた者が犯人なのではないのですか」

「いやそれがさぁ、内臓のダメージは転落の前らしいんだよ。そういうのって、わかるらしいじゃん? 出血の具合とかで。こうなると、ゴアが自分で落っこちた可能性すらあるからさ」

「では内臓にダメージを与えた者が」

「常識で考えてよ。そんなことできる奴いる? しかも標的は空飛ぶんだよ?」


 火傷や水濡れがないのだから、空気魔術の爆発であろう。

 しかし空を飛ぶ相手に空気魔術ではが悪い。

 アグーン・ルーへの止り木尖塔の最上階のスイートは検分にもった。昇降機が壊れているのに十二階まで上がるのはうんざりするほど疲れた。

 結論からいうと、そこで使われた攻撃魔術はゴアのものと思われた。

 ドアを破壊した魔術は昇降機内から撃たれたもので、昇降機内にはゴアしかいなかった。もし誰かがいればゴアが羽を開いたときに死んだはずだ。

 床で撃たれた魔術も、床の両手の痕跡がゴアの体格に一致している。

 襲撃者の凶器は、天井に刺さっていたナイフと現場にあったゴア自身の剣のみだ。

 空気魔術に関して、ゴアの右に出る者がいるとは思えなかった。

 直接体験したボルキスだからこそ、その点には自信がある。


「……自滅、しかないと思うよ?」

「自滅でありますか。なるほど」

「自分で瀕死になって自分で落ちたとしたら、途中で腕を斬られたり羽をもがれても、殺人じゃないよね。少なくともうちの国じゃあ。どう思う?」

「それを調べるのが我らの任務と心得ます」


 正論であった。

 ボルキスのはただの愚痴である。


「まぁ、そうなんだけどさ。こんな形で中央に戻ってきたくはなかったよ。はは」


 彼は、チームと共に首都ベリルを訪れていた。

 もちろん、嫌々である。

 ポート・フィレムの元老会も銀翼のゴア殺害の容疑者を追うことについては後ろ向きだった。

 だが上部組織、国の元老院は容疑者を捕まえるのに御執心のようだ。勇者に差し出すつもりだろう。

 容疑者と見られる二人の冒険者、そして彼らが拉致したゾディアック氏の孫は鉄道でベリルまで来た。ここまでは調査済みである。

 窓から見える新しい都市は、陰鬱な空気に包まれていた。

 ここも海が近い。ポート・フィレムとは違って、湾ではなくごつごつした崖の上にへばりつくように街ができている。

 眩しい白壁の建物が多い。

 窓から見える立派な宮殿も白、それを頂点に、白い壁、階段、白い壁、壁、壁、階段、階段……。

 土地が高価で、住人はあまり多くない。この街を歩く人の殆どは近隣の村や町に住んでいる。

 ――なんでこんなところに首都作ったんだろ。バカじゃないの。


「君さ、どこの人?」

「民王部調査局、ハンス・オルロであります」

「その前」

「……第一師団であります。ミール中隊長殿のことは、存じ上げておりました」

「やっぱ軍隊だよなぁ。顔がカタいんだもん」

「でありますか」

「でありますよ。なぁに、君もさ、僕みたいに笑えばいいと思うよ。そのうちそうなるから」

いたみ入ります」

「とりあえず今話したこと、愚痴を抜いてさ、その持ち前の性格生かしていい塩梅あんばいの報告書にしてくれない? そのあと聞き込み」

「聞き込みとは、何についてでありますか?」

「なんでもいいよ、アリバイみたいなもんだからさ。怪しい二人組とか。十六歳の、青い髪の少年とか」


 怪しい二人組?

 この街にそんなのが居たらとっくに衛兵に捕まっている。

 捕まってないならそれは怪しくないくらいには溶け込んでいるのだ。


「はぁ……詰んでる。詰んでるよなぁ」


 さぁ、行って行って、と部下を追い出し、ボルキスは部屋のカーテンを閉めた。

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