5.4 「そういうのがそのうちズーンと効いてくるんだぜ」

 街は活気を取り戻しつつある。

 シンボルともいうべき名門の宿で、かの七勇者の一人が襲撃され、残忍な手口で殺害された事件は鮮烈せんれつに街を駆け巡ったが、市民の反応は著しく冷静なものだった。

 死の直前、かの勇者、自称銀翼のゴア氏(年齢他、全情報不詳)は、下町に出没し民家を十五軒破壊、十名の死者を出した。うち一件は剣による殺害であった疑いが持たれている。

 前の行動からゴブリンを追っていたと思われるが、明らかに過剰なその行動は、市民らの反感を大いに買った。

 また、西門防衛における不可解な攻撃魔術の使用においても、衛兵、予備衛兵らから三十一項目の詮議せんぎが提出されている。

 この戦闘では目撃者の多くが死亡したため、生存したボルキス・ミール衛兵第二隊長(27)の回復を待って検証が行われる予定だ。

 ゴア氏の不規則行動に関しては調査委員会が発足し、ミール隊長はその委員長に内定していると見られる。

 この日、死傷者は街の市民、衛兵、外部の冒険者を合わせて千八百名にも及ぶ。昨日入院中の重傷者が五名死亡し、ゴア氏の不正な魔術使用によるとみられるもの六百五十名、ゴブリンによるとみられるもの二百十一名となった。

 非戦闘市民の死者は、民家の下敷きになった者九名、剣による者一名、市場通りで逃げ遅れた二十二名と合わせて三十二名に上る。

 港に避難していた市民らに犠牲者はいなかった。

 行方不明者もいる。

 マーリーンの名で親しまれた旅芸人、ラヴィ・ヘッカート氏(72)もその一人である。氏は長期公演のためポート・フィレムに滞在しており、夜の公演の後、西門防衛に参加するか港へ避難するために屋外に出たと見られる。

 宿の経営者ゾディアック・メーンハイム氏(76)とその孫、ノヴェル・メーンハイム氏(16)も行方不明である。

 ゾディアック氏においては、夜間に目抜き通りの港近くで同氏らしき人影が目撃されている。

 ノヴェル氏は、ギルドの魔術師と行動しているところのほか、明け方頃に民家の破壊現場で目撃されており、何らかの事情を知っていると見て民王部調査局は行方を捜している。

 同宿は、また不可解な破壊がなされたことで話題になった。中央ギルドの魔術師バリィ・アンダーソン氏によれば、「二度と泊まりたくねえと思ってもまた寄っちまう、いい宿だったのに残念」と本紙に語った。

 しかし同宿の実質経営者、リン・メーンハイム氏(14)が健在なことから、同氏は復旧次第営業再開の意欲を見せている。


「十四!? あの嬢ちゃん、どうみたって七つかそこらだぜ?」


 ジャックは列車の座席で読んでいた記事から顔を上げ、文字通り仰天ぎょうてんした。

 そう言われたってオレは困る。あいつは昔からずっとあいつだ。


「お前んちの栄養状態どうなってたんだ」

「ほかには何て書いてあるんだ」

「なになに……『尚、元老会を通じて七勇者に厳重な抗議をするほか、ゴア氏の調査が済むまでは勇者の受け入れを拒否する方針』だとさ」

「世の中が、あたいらにまた少し近づいちまったかもね」

「なあに。喉元過ぎれば、さ」

「ソウィユノについちゃは一言もなしかい」

「無いね。あのアグーン・ルーへの止り木に部屋取ってたことは調べりゃわかるだろうに」


 サイラスの親父さんも、黙ってるとは思えない。

 しかし一般人から見れば、ソウィユノがあそこに居ても居なくてもその影響は何もない。泊っていたのに何もしなかったことに文句をいうならわかるが。

 そういう意味では話題性がないから記事にないだけで、抗議には含まれているのかも知れない。

 

「あたいらについても?」

「ああ、無い。どうやら、あのメイドや、ノヴェルのお友達は、俺達に気をつかってくれてるらしいぜ」

「味方が増えたってことか」

「――ま、そう思おうや」


 あの長い夜から数日経った。

 サイラスの厚意で、数日はあの高級宿の離れにかくまってもらってはいたが、捜査が本格化して街にはいられなくなった。

 オレはまだ勇者殺しに加担した実感はない。

 いや、二日くらいは怯えたり興奮したり落ち込んだりを繰り返していた。

 それでも急に日常を求めるのか、波が引くようにふっと現実感が乏しくなる。

 今はその引き潮だ。

 そういうのを実感と呼んでいいかはわからないが、少なくとも、初めての機関車の旅には興奮している。

 ここはオルソー。ポート・フィレムの南西にある小さな町だが、フィレムの森を南北に貫く鉄道の駅がある。

 駅で買った新聞は、まだポート・フィレムの記事ばかりだった。

 街を出ようと決心したとき、ジャックとミラは顔を見合わせて、物も言わずに笑った。

 二人は「俺達は無法者アウトロー三人組なのにロイの席が空いて困ってる」と言ったのだ。

 覚悟があろうとなかろうと、ジャックとミラについてくる他、選択肢はなかった。

 なんせ『何らかの事情を知っているとみて捜索』されているんだ、オレは。


「それで……なんでオレたちは首都へ向かってるんだ?」


 首都ベリル。神聖パルマ=ノートルラント民王連合国の首都だ。

 この長ったらしい国名を普段使うことはないが、切符に書いてあると長い名前だなと改めて思う。

 パルマ皇国とノートルラント王国がひとつになったとき作られた、新しい街だ。といっても、オレが生まれる三十年も昔の話だが。


「人探しだ」

「もう人じゃねえよ」


 ジャックが取り出した切り抜きは昨日の新聞のものだ。


『ベリルの百八十キロ南の森で、ハンターが頭の半分欠けた男を目撃した。男は、老人と見られる人物を背負って北へ歩いており』


「こいつは、ロイ――いや、ロイだったものだ。あいつがマーリーンをどこに連れていけと命じられていたのか、今のところそれだけが勇者に通じる手がかりだ」


 ジャックは、ミラの顔色をうかがいながらそう訂正する。

 内燃機関がうなり、金属のきしむ音が響いた。

 火の神フィレムの力による炎だ。もらったパンフレットによるとこの列車は、魔力によらない石炭火力の内燃機も備えたハイブリッドなのだという。

 長距離路線で大量輸送するのに、魔力式は向かない。それでも石炭には近隣からの偏見が根強く、フィレムの森を抜けるまでは石炭では走れないのだそうだ。

 まったく面倒なことだとは思うが、そういういさかいはそこらじゅうにある。


「それよりお前、あんな軽い挨拶で良かったのか?」

今生こんじょうの別れみたいにしろっていうのかよ。縁起でもねえ」


 そう、オレは守ると言った自分の生まれた街を、去ることになる。

 自分でもその事実から目をそむけるために、さっきから余計なことをつらつらと考えていたんだ。

 リンやサイラス、ミーシャ達には簡単なお別れをしたが、自分でもどういう顔をすればよかったのか、その正解はわからない。


「ま、わけえってそういうことだよな。そういうのがそのうちズーンと効いてくるんだぜ」

「やめてやれジャック。ガキが泣いちまうぞ」


 特にリンは泣いて嫌がったが、最終的には「爺ちゃんのぶんまでがんばって来なさい!」と、あの元気な声で言ってくれた。

 それだけは守れた。

 それだけで充分すぎるくらいだ。

 発車を報せるベルが響く。


「なぁに。いつか戻ってくるぜオレは」

「ああ。案外早えーかもな。ホームシックになって」

「やめろって」


 煙突が爆炎の残り火を吐いて、列車が走り出した。

 車窓からは遠く、あの尖塔が見える。

 向かう先は、首都ベリルだ。

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