4.3 「役人は腐敗する」
再び路地へと出たオレは、わざと目立つ道をサイラス達とは逆方向へ走る。
土地は急激に下って、南側の倉庫街に向けて更に闇が濃く深くなってゆく。
「ゴア! お前に話がある!」
立ち止まって振り返り、叫んだ。
数秒の静けさの後、上空をひらりと舞う影が、高い煙突の上にとまった。
「……ようガキ。お前、あのイカした壊れっぷりの宿の奴か? 何か知ってんのか」
「お前らの探し物のことだ。マーリーンは生きてる!」
「嘘つけ。俺ぁ見たぞ。あの老いぼれはノロマに
「あれは偽物だ! 本物のマーリーンは、オレの爺さんだ!」
「ほう。お前あのマーリーンの孫か」
「そうだ! マーリーンに用があるなら」
「興味ねえなぁ」
……は?
「興味ねえって言ってるんだよ。俺は別に
「ソ、ソウィユノは爺さんを」
「あー、お前ソウィユノ見たの? あいつどこ行った? さっきこのへんで光ったのは何だ?」
「……お、降りてこい!」
そのつもりだよ、とゴアは煙突から飛び、器用に旋回して狭い路地に降りた。
オレは手近な路地裏に逃げ込む。
ひどく狭い路地裏だ。体を横にしなくて済む、どうにか正面を向いていられる程度の、丁度手ごろな狭さだ。
「おいなんだよ! 話があるんじゃねえのかよ! 夜が明けちまうだろうが!」
面倒くさそうに背中の羽を畳んでゴアが路地裏に入ってきた。
じゃらじゃらと奴の腕輪が鳴る。
オレはじりじりと後ろに下がる。
あいつとオレの一番の差は、空を飛べるか飛べないかだ。羽を拡げられない狭い場所なら、条件は少し近づく。
「あー、一応、ソウィユノがどこ行ったかだけ聞くかな。上に報告する義務があるんでね」
「ソウィユノは死んだ。オレ達が殺した」
「――ソウィユノが……?」
ゴアは一瞬足を止めた。
そして、プウーッと噴き出した。
「まじかよ! あいつ死んだのかよ! だっせえ! ソウィユノが……死んだって!? ぶぁっはっはっはっ! こりゃ愉快」
「お前……仲間じゃないのかよ」
「仲間? ああ、まぁ、そうだな。仲間だよ。勇者とかナンだ言われたって殺せば死ぬ。それで
ゴアは芝居がかった口調で語り、両手を使って「おしまい」のポーズをした。
そしてすぐにゲラゲラと笑って
「でも生きてりゃ目の上のタンコブだ。あの野郎は何かにつけて俺様を嫌ってたからな。そうか、死んじまったか! イイ仲間は死んだ仲間だけだな!」
ゴアは本当におかしそうに、上半身をくねくねさせながら近寄ってくる。
それに合わせてオレも下がる。
「……で、どうやった? あいつは攻撃魔法は際立って強かぁねぇが、あれでなかなか、
「あの黒い腕か」
ほ~う? と一瞬だけ、初めてゴアが嘲笑と不愉快以外の反応を示した。
「どうやらマジみてえだな。こりゃ愉快。益々愉快! あれを出させて、それで殺すとは! まぁ、マーリーンはマジで強かったんだな。あのお方も欲しがるわけよ」
路地の中ほどまで来た。
もう少し、もう少し下がりてえ。オレが有利な位置まで――。
「ま、いいや。報告には充分だ。マーリーンのことは知らねえ。俺は知らねえほうが都合がいい。どこぞで死んでいようと、知らなけりゃまた探して暴れられるからよ」
報告――だと。
ジャックが言っていた。勇者の犠牲者は、いつも二割だと。
サイラスもやけに気になることを言っていた。これはそういう計画なんだと。
報告とは、文字通りにそういう意味か?
奴のいう「上」に、よくできましたと言ってもらうためのものか?
「……クソッ、黙れこのイカレ鳥野郎」
「おお? なんだガキ、強気だな。鳥野郎と来たか。俺様の名を聞くか?」
「何が銀翼だ。てめえなんか、羽が開かなきゃただのチビだ」
あー……なるほどねぇ、とゴアは左右に迫る壁を見渡した。
「試してみるか?」
と、奴は不敵に笑った。
バッ。
一瞬で羽が開いた。まるで見えないスピードで。
両側で上がった土煙が収まったあと奴の羽は――、両側の壁を切り裂いて広がっている。
オレは、息を止めた。
「こいつぁ困ったなぁ。飛べやしねぇ」
ニタニタと笑いながら、奴は近寄ってくる。
ごりごりと音を立てて、左右の壁面を切り裂き、破壊しながら――。
「俺様の羽はな、坊主、そこいらの
まずい、とオレは後ろ向きに走り出した。
奴は愉快そうに、こちらへ近づいてくる。
「どうしてやろうかなぁ! 鼻に指突っ込んで、頭ん中の空気を『ポン!』? それとも喉から手ぇ突っ込んで、腹の空気を、『バァーン!』」
路地から、路地から逃げないと。
慌てて体を
ゴツッ。
膝から下を何かにぶつけた。
オレは今日何度目かに顔面から転ぶ。
「おらおら、どうした? さっきの威勢は。路地裏の小便と一緒に流れちまったか?」
奴が迫るほど、壁の破壊は広がり、その背後の壁面が崩れ落ちてゆく。
止まらない。
ゴアはたった二メートルほどの距離まで迫った。
すると、奴は腰に差した二本の剣を両方とも抜いた。
いよいよまずい、殺される――。
ゴアは「ほれ」と言って、二本の剣のうち、一本を投げて寄越した。
「まぁ、お前の最後は決めてんだ。取れよ。決闘といこうぜ」
「……!?」
「ぶははは! そんな顔するな。種も仕掛けもねえよ! 正真正銘俺様の剣だ」
オレは、落ちた剣に恐る恐る手を伸ばす。
表情はもう読めない。
だが、絶対の余裕は感じる。
これが――勇者か。
「いいか、ここでお前は、俺が落とした剣で俺を襲うが、返り討ちにあって死ぬ。お前は無欲のソウィユノを
多少の犠牲というのか。意味もなく、家々を手当たり次第に破壊しておいて。
広場の衛兵たちも、お前がやったんだろうが。
オレは剣を握った。
こんな人間がいるのか。勇者として、のうのうと
報告書を揃えるために、計画を全うするためだけに――。
大儀も信念も、憎悪すらなく、まるで役人じみている。
「……どうしたよ? 俺様は今、最高に機嫌がいい。ちょっとだけなら斬らせてやってもいいぜ?」
オレは剣を手に、立ち上がる。
そうだ来いよ、と奴は笑う。
剣先を奴に向ける。
奴も片手で、剣先を合わせる。
「ゴア、お前こんな話聞いたことあるか。役人は腐敗するんだそうだ。……計画を全うしようとするうちに。公正であろうとすればするほど。皮肉じゃないか?」
「役人? 知らねえなぁ。俺がバカなんじゃねえぞ。そういうのは上に任せてるからだ」
「バーキンズの第二法則っていうらしい。爺さんが言ってた」
「知らねえって。ほらかかってこいよ。夜が明けちまうだろうがよ」
許してはおけない。殺さなければならない。
英雄殺し。道義的には殺人。ジャックが言っていた言葉だ。
誰かが、法がオレを許すんじゃない。オレがこいつを許さない。
それが第二の法だ。
オレは剣を振り上げ、
「そう来なくっちゃな……って、おい!」
オレは、剣の
ジャックがやっていた。壁と壁の間をうまく使って――。
「野郎!! 妙な話で俺の気を
奴の背後の羽は、壁に埋まっている。切り裂いて前後には動けるが、上下には動かせないだろう。
「逃げるんじゃねえ! 面倒くせえガキだ!」
逃げない。
オレは充分な高さまで登り、剣を抜く。
「くたばれ鳥野郎!」
構えて、その高さから、鳥男を目掛けて――。
今、ゴアは飛べないが、オレは跳べるんだ。
ゴアの、驚いた顔が見える。両手を突き出して、体を
まさにオレの切っ先が、ゴアの胸元を貫こうと……する瞬間だった。
ドンッ。
二人の間の空気が
暗い地面と
オレの意識は、空中でブラックアウト、いや、これはどっちかというとレッドア――
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