Ep.4: 第二の法が皆を地獄へ連れてゆく
4.1 「最悪の想像が最悪の現実になる」
サイラスとミーシャは真っ暗な街を走った。
ある意味では予想していたことだ。目抜き通り近くではそこらじゅうで冒険者とゴブリンが小競り合いをし、傷ついた衛兵が手当てを受けていた。
それでも市場通りに出る広場に着いて、二人は目を疑った。
広場には、無数の暗いランプが灯されて、その明かりを沢山の人影が横切っている。
「救護魔法の使える者は!?」
「痛ぇぇっ! 助けてくれ!」
「誰か、こちらに応急処置を!」
「そっちを押さえろ。三、二、一……!」
飛び交う怒号。
悲鳴。呻き。
広場には寝かされた無数の者たち。装備からすると街の衛兵までいるが、その鎧は破壊され、一部の者は、見るからに絶命していた。
倒れた冒険者はさらに多い。
ゴブリンの手によるものとは、到底思えない。
「……ここだけで千人はいるね」
「そんなに。暗くてよく見えないわ」
「一つのシートに、五人、それが二枚対であって真ん中にランプがあるだろう? そのランプが、ズラーッと百以上……」
あるシートを見回った衛兵が、寝かされている十人を見て、無念そうに力なく首を振った。
もう一人の衛兵が、天を仰いでランプの灯を消す。
トリアージだ、とサイラスは衝撃を受けた。
何故。一体なぜ、と声に出したが、少年の疑問に答える者はなかった。
非戦闘市民が、こんな夜中に出歩いているだけで怒鳴りつけられてもおかしくないが、誰一人として、サイラスとミーシャに声をかける者はない。
まれに、悲壮感をもってこちらを見る者がいた。
おそらく、犠牲者の家族と思われているのだ。
「行こう。ここにいちゃいけない」
「……」
声も出さず、ミーシャはサイラスに続いた。
市場通りは街灯のお陰で幾分か明るいところがあるが、どういうわけか根本から折れているものが目立った。
とりわけ、門の方に多い。
通り沿いの家は壁面の破壊されたものもあり、屋根が落ちているところもある。
ガラスが割れずに残っているような家は、広場周辺には見当たらない。
市場の
「ひどい、一体なんでこんな……」
「わからない。とにかく急ごう、ノヴェルたちのところへ」
ノヴェルの住む
通りにも、無数のゴブリンと人が、折り重なるように倒れている。
逃げ遅れた民間人と
意識的に目を逸らさなければ、その中につい見知った人の姿を探してしまう。
最悪の想像が、現実味を帯びつつあった。
「サイラス」
呼ばれて振り向くと、少し後ろでミーシャが立ち止まっていた。
「……どうしたの」
「わたし、もういけない」
「……どうして」
「足が、動かないの。ここから、一歩も」
怖いのだろう。
「……わかるよ。同じこと考えてた。最悪の想像が、最悪の現実になるのは、怖い」
「どうしてそんなことが言えるの」
「暗いからね。暗闇を見ると、人は、想像力に負けてしまう。自分の想像力に」
「そんなこと……お父さんが言ったの?」
「僕の父はそんな立派な人間じゃないよ」
自嘲気味に、サイラスは笑った。
「ノヴェルだ。ノヴェルが言った。あいつは強い。僕は、あいつにあこがれてるんだ。だからあいつが、この暗闇の中、ただ震えて泣いてるなんて、思わない」
「……そうね。それは想像できないわ」
「暗闇を照らす」
そう言って、サイラスは掌に小さな炎の球を二つ作った。
二つの球は、互いに惹かれあうように、クルクルと回転を続ける。
どういうわけか、この街、フィレムの加護を受けた火の魔法は、小さな球体を二つ作る。
この街の照明には、ガス灯も水銀灯もあるが、殆どはこの火の球体でできている。
そのままではちらついて勝手が悪いため、鏡やガラスと組み合わせて、回転が目立たないようにしているのだ。磁石を応用したものもある。
根本的にこれを一つに制御することは、訓練を受けた魔術師でも難しい。とても技術の要ることだった。
「僕にはこれしかできないけれど」
「ありがとう。明るくなったわ」
ミーシャは再び歩き出した。
「今の話、ノヴェルには言わないでくれよ」
「言わないわよ」
---
「来過ぎたんじゃない……?」
「あれっ、通りの様子が違うから……」
市場通りを東へ、二人は損傷の比較的少ない区画まで来ていた。
宿無亭には表通り側の入り口がない。裏道に入る必要があったはずだ。
そこを通り過ぎたかも知れなかった。
「どうだろう。裏通り、あったっけ」
キョロキョロしながら歩くと、ひと
まるで爪痕である。
一階部分を、巨大な爪でえぐられた様な……宿無亭であった。
「ノヴェル!」
真っ先に、ミーシャが宿無亭の食堂だった場所まで石垣を駆け上る。
ランプはついたままだった。
破壊された家具。
飛び散った皿。
天井には大きな穴。
壁際の、多量の血痕。
血痕はカウンターのそばにもある。
何より奇妙だったのは、床の、四角く切り取られた空間である。
そこだけきれいに、床板が切り取られたようになって穴が開いている。
「おい、なんでここに」
階段上から、シーツを抱えたノヴェルが現れた。
「ノヴェル!」
叫んで、ミーシャが飛びついた。
彼女もサイラスは簡単には認めないだろうが、それは抱きついたといったほうが正確だった。
「おい、離れろよ。サイラス、こいつを落ち着かせてくれ!」
サイラスがミーシャを引き
「オレとリンはどうにか無事だ。リンは……いろいろあって寝てる。おっと、聞くなよ!? 何も聞くなよ!?」
「ノヴェル、この有様は」
「だから聞くなって!」
サイラスは、考えたところを手短に話した。
ノヴェルはそれを黙って、祖父と同じ不機嫌な顔で聞いた。
何一つ否定しない。肯定もしない。
黙って頷き、「それで、そうだったらどうするつもりだ」と言った。
「ミーシャの家の地下に逃げる。その前にどうしてもノヴェルも一緒にって聞かないから」
「あんただって賛成したでしょ!」
「リンも連れて行く。起きないから大変だぞ。それでいいか」
二人は頷いた。
倉庫から手押しの台車を持ってきて、リンを乗せた。
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