3.4 「いつも最上階です」

 メイドは名をアンジーと言った。


「あたしったら、どうしたのかしら。急にふらっとして」

「目は大丈夫かい?」


 ミラはアンジーの頭を膝に乗せたまま、指を立てて、右、左と動かす。

 アンジーはそれを目だけで追う。


「……大丈夫みたいです」

「耳はどうだ」


 ジャックが右と左で指を鳴らす。


「……右耳が変です。膜が張ったみたい」

「あいつと話したのか? 上の部屋の奴と」

「……ペントハウスのお客様に呼ばれて、お夜食をお持ちしました。三時過ぎのことでございます」

「少し前だ。部屋にいるのか」

「いえ、あの方はよく昇降機を使わずに外出なさってますので……その、翼が……。今いらっしゃるかどうかは……」


 ゴアだ。

 翼の生えた人間など他にいない。


「お客様と話をしていて、少し耳が変だなと思ったんです」

「空気魔法の影響か」

「たぶんあいつの声がでかいせいだ。難聴になったんだろう」


 空気魔法の使い手は、ほぼ例外なく耳をやられる。

 ゴアの場合、高速で空まで飛ぶのだから相当だろう。

 あいつの声がバカでかいのもそのせいだとジャックは考えている。


「あいつは君たちをどうやって呼び出す」

「電話です」

「電話! ハイテクなものがあるな」

「VIPルームですので、特別に旦那様がしつらえております」


 電話はある。

 だが電話はない。近距離のみの、屋内回線だ。


「あいつは何か言ってたか」

「……その、プライバシーというんですか、お客様の秘密が」

「あいつは勇者。公人だ。プライバシーというものはない」

「そういうものなんですか」

「そうだ」


 もちろん出まかせである。


「その……下町のほうを眺めながら、光がどうとか、花火がどうとか」

「……! なぜその話を君に」

「独り言だと思うんです。でも声が大きい方ですので」


 ジャックとミラは顔を見合わせた。

 思わず立ち上がろうとするジャックの肩を、ミラは掴んで座らせた。


(やめろ。間に合わない)


 そう目で合図する。


「あいつは……その光を探しに行ったのか?」

「わかりませんが……どちらかというとあの方は、ご自分の花火をいつ上げるか、とかそんなことを気にしておられたように思います」

「花火。花火とはなんだろうな」


 考え込むジャックをよそに、ミラはアンジーを立たせた。


「大丈夫? 歩けるなら、ここを離れて北へ。なるべく遠くへ逃げなさい」

「あの、何が起きるんです? 勇者様がおられるなら、ここが安全と」

「まず地下へ行って、ここのサイラス坊ちゃんとお友達が居たら連れて逃げてくれ。何があっても近くには戻るな。北へ行って、できれば地下室に避難してくれ」


 思ったよりもしっかりした足取りのアンジーに、ジャックはふと思い立って声をかけた。


「なぁ、ついでに教えてくれ」

「なんでしょう」

「奴に呼ばれて君が来るとき、昇降機はいつもどこに停まっていた?」

いつも最上階です・・・・・・・・

「わかった。ありがとう。あと、もう一つだけ教えてくれ」


 なんでしょう、とアンジーは怪訝けげんそうに首を傾げた。

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