3.3 「あたいらは虫けらだよ」
ミーシャとサイラスが異変に気付く少し前のこと。
ジャックとミラはアグーン・ルーへの止り木へ着いた。
道中、空に銀翼が
「下町の方角へ飛んでくぞ……。ノヴェルの奴、大丈夫かな」
「あいつのこと随分買ってるな。役立たずのくせに」
「ああ、あいつは役立たずだが無能じゃない。あの状況で、言われた通りできただけでもう百点以上だ。あの作戦だって、もし同じ年頃の俺だったら、ブルって逃げちまうか、ヒーローになろうとして飛び出してた。あいつはどっちもしなかった」
「『言い訳に聞こえますわ』」
「やめろよ。悪かったよ。あいつが飛び出さねえから俺が飛び出しちまった」
「人生は我慢大会。実際、ヒーローになろうなんてのはチキンウェイなんだよ」とまた言い訳がましくジャックは呟いた。
アグーン・ルーへの止り木の正門には守衛が二人いた。
「こんな時間にご苦労なこった。裏へ回るぞ」
「裏は
「だからいいんだろ。また頼むよ」
---
「た、助けて! お願い!」
ミラが悲痛な声を出した。
力なく手足を垂らしたジャックを支え、引きずるようにして歩いている。
守衛のジョーンズは、読んでいた本から顔を上げた。
宵闇から急に現れた二人を思わず二度見する。
「ああっ、あんた達はさっきの、坊ちゃんの友達の、なんだっけ」
「ゴブリンの残党が、その茂みから……。お願い! 中に入れて!」
「うっ……仕方がない。少し待て、今中に連絡して……」
「違うの、この人はもうダメ。坊ちゃんに伝えてほしいことがあるの」
「ええっ、それはなんだ、どういうことだ……」
「サイラス坊ちゃん、あなたのお父上は――」
守衛は、息を呑んだ。
「旦那様が――?」
続きを待つ。
二十秒後、守衛はミラを見ながら、動きを止めた。
「楽勝」
「なるべく早く戻してやれよ。目が乾いてかわいそうだ」
二人は宵闇に紛れて、裏庭へ侵入する。
窓から覗くと、どの部屋も明かりがなく、寝ているか外出中か判別がつかない。
普段なら寝ているか空き部屋だろうが、今日に限っては冒険者で一杯のはずだ。
一つ、薄く開いたままの窓があった。
十時頃に逃げ込んだあの部屋だ。
「不用心だな。まぁ見張りも足りてないようだし仕方ないだろ」
そう言いながら室内へ滑り込む。
滑り込むとき、ジャックは窓枠に足を引っかけて顔面から着地した。
高級な柔らかい絨毯でなければ、前歯を失っていたところだ。
「段々、あんたがなんであのノヴェルってガキを気にするのかわかってきたよ」
「なんでだ。何かわかったんなら教えろ」
「別に……というかさ、自分で部屋とっときゃ良かったんだよ。客として入っときゃ、偽マーリーンだって数日前にわかっただろが」
「お前この部屋幾らするか知ってんのか?」
ミラの指摘は
そうしておけば、夕方のステージのためにだってコソコソ忍び込まず済んだのだ。
ただいつ奴らが動くか
「まずゴアの部屋を探すが、ほぼ確実にあの尖塔の部屋だろう。あの塔の図面を探す」
「地下に行けば? サイラスってガキが隠れてるんじゃねえか」
「これ以上巻き込めるかよ」
「これだけの建物だぞ!? 鳥野郎が戻るまでそんな余裕あるか?」
「……じゃあ直接奴の部屋に乗り込む。どうせ今は不在だ」
部屋を出て廊下を進むが、ミラは不満そうだった。
「何階かもわからねぇだろ! 鍵は!?」
「何とかする」
「ドアをこじ開けて部屋に入りゃゴールか? あいつが七勇者の重要な秘密を部屋に置いとくなんて、そんなこと本気で考えてるのかよ!」
「何かあるかも知れねえだろ。他の勇者の居場所、名前でもいい。とにかく情報だ」
「違うだろ! 殺すんだろ!」
ジャックは足を止めた。
「ソウィユノは仕方がなかった。何も
「じゃああいつを刺したのはなんだ! 覚悟決めたんだろ!」
「そういう問題じゃない! 無理なんだ! 俺達だけであいつらに
ミラは言葉を飲み込み、少し考えるようにして言った。
「……どうしちまったんだ。何のために勇者を探ってる。探って、殺すためだろ」
「場合によっちゃ、可能なら、そうする」
「約束しろ。可能なら殺すと。場合は考えるな。お前は何か? 神様にでもなったつもりか? ならその勘違いを正してやる。あたいらは虫けらだよ。運よく毒がある。刺せるときは刺す。そうしなけりゃ、踏み潰されて終わりだ。違うか」
「……違わない」
「あたいらは弱い。だから殺す。他に道はない。いいな? イエスと言え」
「ああ。だがそのためにもまず情報だ。俺も腰が引けてるが、お前も冷静になれ。いいな?」
「くそが」
さっき殺されそうになったのは俺なんだぞ、とは言わなかった。
「ロイとロイの
「ロイだけか? 仇はあの長髪野郎だけか?」
ジャックは答えず、二人はまた歩き出す。
「作戦変更だ。まず尖塔に向かう。隠れて奴の背後を取る方法を考える。
「ちょっとまずいぜ。あの高さじゃイアーポッドの範囲外だ」
イアーポッドは、例の耳に入れて会話を媒介するカプセルの名だ。
名付け親はジャックである。
「じゃあ上から、お前は偶数階。俺は奇数階だ」
尖塔につながる回廊に着いた。
二枚の扉を抜けると、高級そうな焦げ茶色の木材で統一された部屋に出る。
昇降機の扉と、階段に繋がる出入口がある。
その扉は、細い木で編みこまれたアコーディオン状になっている。
昇降機扉の上部には階数を示すメーターが取り付けられてあり、針が現在地を示すようになっていた。
昇降機は最上階で止まっている。
「ビンゴ。どうやら奴の部屋は最上階だ」
「おい、ここは地下もあるらしいぞ」
地下を示すB1の表示がある。
おそらく給仕やここの従業員が使うためだろう。
ボタンを押して
一階。
チーンと鳴って、扉が開く。
中で、メイドが倒れていた。
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