2.3 「本当に役立たずなのか」
一体、この行列はいつ途切れるんだ……?
目抜き通りを爆走している無数のゴブリンども。
小鬼の
「ああ、横からぶっ千切りてぇ」
オレの気持ちを読んだように、ミラがそう答えた。
いや、本当に読んだのかも知れない。
ここまで来る間、大体の話を聞いた。
七勇者は人の命を何とも思っていない。目的は不明だが、各地で虐殺を引き起こしては、被害を拡大させてから鎮圧している。
もちろん秘密裏にだ。
そんな奴らが、大賢者マーリーンを探している。
ジャックとミラは、それを暴くためマーリーンの血を引くオレを探していた。
バカバカしい話だ。そんな話、誰が信じる?
オレは信じた。
銀翼のゴア――さっき一瞬見ただけだが――あれは決して、みんなが言うような英雄なんかじゃない。
仮に他の六人はまともだとして、あいつだけは絶対にまともじゃない。
だからといって――どうしてそれに対抗するのが、この二人と、さっきのロイっていうデブだけなんだ?
どうしてオレを
そこのところは、まるっきり信じられない。正気の
魔力は、子孫に引き継がれる。
もし本当にそんな力がオレにあったなら、まぁ、確かに戦力にはなったかもしれない。
だが断じてオレにそんなものは無いと話した。
伝説の大賢者の魔力はおろか――一般人が普通に使える魔術すら使えず、落第寸前になって学堂に出す顔がない始末。
ジャックは終始疑って話を聞いている。
消えるペンで失敗した話までは、さすがに恥ずかしくて話せないが――。
小走りのまま、ミラはオレの目を見て、
「こいつは嘘なんかついてないよ。消えるペンすらまともに使えない。それが真実だ」
と肩を小突いたため、ジャックは激しく落胆した。
人間は速足で歩きながらでもこんなに落胆できるんだなと思った。
「魔術はからっきし使えない。剣もダメ。頭もいまいち。なんてこった、本当に役立たずなのか……?」
そりゃオレは役立たずの
今肉親を失って、せめて今義理の妹分を守ろうというところだぞ?
非常事態の街を急ぐ間は気にならなかったが、こうしてゴブリンの行列が切れるのを今か今かと待っていると、どうしてもそのことを思い出す。
「まぁ、こいつが本当に役立たずなのか、継承されない魔力がどうなるのか、その議論は後回しだ。今はこのゴブリンどもをどうにか
行列なんて穏やかなもんじゃない。
ゴブリンは素早く、それが列なして同じ方向に進んでるのだから圧巻だ。
小さい魔物ではあるが、この数にもなるとその足音はドウドウと鳴り響く。
どうやらこの行列は街の西門のほうから市場通りを突き進み、広場から目抜き通りを上ってきている。
つまり、街をほぼ中央で南北に二分しており、北寄りのアグーン・ルーへの止り木からはどこかで横切らないとリンの待つ
なんとか他の道を……と言いかけたとき、聞きなれた声がした。
「おう、昼行燈の兄ちゃんじゃねえか。こんなところで見物とは、昼行燈とはいうがな、夜も役立たずか?」
「バリィさん、実は今、爺ちゃんが……」
「爺さんが? ああ、そうだ、爺さんから、これ、お前にって」
バリィさんはそう言って、
広げると、本が二冊。そして小瓶があった。
「……爺さんが、どうしてこれをバリィさんに」
「さぁな。自分で渡せって言ったんだけど、どうも
……「わしには無理じゃ」。
爺さんには、何が起こるか分かっていたのか?
「いやな、俺も兄ちゃんに会うなんて思っちゃなかったんだが、爺さん、俺が『孫に会うから』って。意味わかんなかったけどな、こうして会った」
結構邪魔くさかったんだぜ、と半ば押し付けるようにこちらに寄越した。
「じゃ、俺ははぐれゴブリンぶっ潰して回るからよ。……あ、このお二人は? さっき言ってた友達か?
ジャックは一瞬面食らったようだが、すぐに何かをひらめいたようで、例によって早口で食い下がった。
「そう、そうなんです。僕たちこれからノヴェルの家に戻ってリンちゃんと逃げるつもりだったんですけど、見ての通り、ゴブリンが邪魔で。おじさん強そうですよね。なんとかしてもらえませんか」
「ま、一瞬通るだけなら」
そういうとバリィさんは、背中からやけに
「
ゴブリンの行列の横っ腹に食いついて、その頭上に斧を一撃。つぶれたゴブリンが地面にへばりつく。
ほんの一瞬、途切れた。
その隙間にバリィさんは身を入れ、腰から抜いた二本の剣で、次々迫るゴブリンを右へ左へ
オレ達は、その背後をすり抜ける。
「ありがと! バリィさん!」
振り返るとバリィさんはもう行列から抜け出し、手を振っていた。
バリィさんに、爺さんのことを話せなかった。
門の方で物凄い音がして、空気が揺れた。誰かが大魔法をぶっ放したようだ。
「今の荷物は何だ? マーリーンから何を受け取った?」
まずは小瓶を見る。
一つは真っ黒いガラス瓶で、中身は分からない。口はきつく密閉されており、ちょっと開けてみるわけにはいかなかった。
ただ、瓶には「困ったら割れ」と書いてある。
そして二冊の本は――。
「なんだこりゃ? 宿帳か?」
一冊はとても古い。古いが、宿無亭の宿帳だ。
もう一冊はとても新しい、やはりウチの宿帳だ。
一体なぜこんなものを……?
――はた、と足が止まった。
市場通りから脇の小道へ入り、宿無亭まであと少しというところでだ。
新しい宿帳をパラパラと捲ったページの上。そこに、オレの目は釘付けにされていた。
「どうした昼行燈」
「早く行けガキ。お前が行かなきゃわからねえだろうが」
「ちょっと……これは」
後ろのほうは白紙だ。これは一番新しい、というか現役で使用中の宿帳だ。
もちろん今日も記帳されている。
後ろから
その、一番最後に書かれた名前らしきもの。
オレには、そこの文字がどうしても
文字が書いてあるのはわかる。
一文字一文字は、オレがよく知っている言語の文字だ。
だが全体としてみると、文字は互いに入れ替わり、ぼやけ、どうしても最後の名前を
「……名前が読めない」
「どうした。学校サボって文字まで忘れたか?」
「おい、まさかガキ」
ミラは何か気付いたようだ。
明らかに緊張した面持ちで「見せろ」と横へ来た。
「……これは……」
絶句する。
ジャックも
「認識阻害だ……。こいつが……。ロイをあんなにしやがったのも」
「ああ、無欲のソウィユノだ」
吐き捨てるようにミラが言った。
「あたいの能力じゃこの認識阻害をバイパスできねえ。格が違うってことか」
無欲のソウィユノ。そいつも七勇者の一人なのか。
マーリーンを狙っていたっていう、あの銀翼のゴアの片割れが……ってことはつまり。
「お、おい、待ってくれよ。っていうことは何だ、その、無欲のなんとかって奴が……今、
無言で、二人がこちらを見た。
その表情は、これまでの人生で見た誰のどんな表情よりも暗く、
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