Ep.2: マーリーンの孫は落命した

2.1 「勇者はまだ来ないのか」

 街の門での小競こぜり合いは続いていた。

 門上のやぐらからの火魔法と投石で、押し寄せたゴブリンの軍勢を払う。

 北門と南門、および西部の港からは敵影の報告がなく、ゴブリンは最も大きな西門の一点突破を狙っているようだった。

 やがて森の中から、ヌッと破城槌はじょうついが現れた。大木で作ったと思われる。

 これで西門を破るのは明白だった。

 集中砲火。

 ゴブリンは肉の壁を作って破城槌を守る。

 数度の打ち込みに負け、門扉は破られた。

 以降、ゴブリンの軍勢は街の中へなだれ込み続けている。

 魔物の先鋒せんぽうは街の衛兵部隊に、待ってましたとばかりにうたたれ死体の山を築いたが、その死体の山に隠れて後続部隊が街に侵入した。

 冒険者らがこれを右から左に撫で斬りにしているが、ゴブリンもやられっぱなしではない。

 通りの左右に並ぶ家々の壁を伝い、屋根へと駆け上り、一匹が包囲を抜けだせば次から次へと抜け出してゆく。


 一連のゴブリン中隊が、そのようにして包囲を抜け出した。


「くそっ! 逃げやがったぞ!」

「追え! 一匹も逃がすな!」

「馬鹿! 包囲を崩すな!」


 ゴブリンを散らしてしまえば火魔法では効果が薄い。


「フレイムを撃て! 家ごと燃やして構わん!」


 そのとき、一陣の強烈なダウンバーストが一帯を襲った。

 屋根材ごとゴブリンたちは吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。


「いいぞ、その調子だ!」


 しかしダウンバーストは人間にも効く。

 ふらついたところを突破するゴブリンの小隊が幾つかあり、また列なして街の奥へと通りを進んでゆく。

 疾走するゴブリンどもはいつしか大隊ほどにもなり、一糸乱れぬ隊列を組んで一目散にどこかへ向かってゆく。


「奥へ向かうぞ!」

「捨ておけ、包囲を守れ!」


 魔物がどこを目指しているのか誰もが気にしていた。とはいえ所詮下等な魔物の考えることなど、誰にも予想できない。

 この侵攻の目的が、物資なのか酒なのか、はたまた他のものなのかそれすら理解できないのだ。

 軍勢は角を曲がり、突き当りをまた曲がり、街の奥へ、奥へと――。

 曲がるたびに待ち構えた冒険者らが立ちはだかるが、路地では数がものをいう。

 勢いづいた小柄で身軽なゴブリンは脅威きょういであった。

 ゴブリンの行列は勢いを落とすことなく、目抜き通りに入った。

 目抜き通りの中ほどを曲がって丘へ向かえばひと際目立つアグーン・ルーへの止り木がある。

 ゴブリンはそこを真っすぐ進んで行く。

 目指す場所は、どうやら港である。

 港には、船で沖へ逃げようと集まった金持ち、議員、元老会がひしめいている。


「ゴブリンどもだ!」

「船を襲う気だ! 船を守れ!」

「七勇者は! 勇者はまだ来ないのか!」


 ここは港町。

 西から攻められれば、人は東に逃げる。東の港から、船で安全な沖合に逃げようとするのは必然であった。


 ゴブリンどもは突き当りに向かっていた。

 行く手を遮るのは港の倉庫。つまりこの向こうは、もう港である。

 その行く手に、一人の男が立っていた。

 男は鼠色のローブをフードまで被った、ひどく時代錯誤な魔術師風の――。

 老人である。

 老いて尚、いや、老いたからこそ強力な魔法で、ゴブリンの隊列を頭から尻まで一網打尽にできそうな余裕すら感じられたが、そうなれば目抜き通りの半分は灰燼かいじんすだろう。

 ゴブリンの進軍はもはや突進である。

 老人を目掛け、もうあと十メートルの距離まで迫った。

 そこで、男は背後から板を取り出し、前方へ掲げた。


阿片窟アヘンくつ →」


 わかりやすい絵まで描かれている。街の商工会で決めたピクトグラムだ。

 すると、ゴブリンの大群は右へ曲がった。

 後続も次から次へと右へ続く。

 谷を穿うがつ土石流のように、怒涛どとうの音を立てて曲がってゆく。

 曲がった先には、また看板があった。


「← 阿片窟」


 再び、大群は蜂の群れのように左に曲がり――。

 海へ落ちた。

 次から次へと落ちてゆく。

 まるでゴブリンの瀑布ばくふ……滝だ。

 後続のゴブリンは先頭で何が起きているかも知らないまま、次々と落水する。

 水しぶきはむことなく上がり続けていた。


「獣は阿片に神を見るのかの」


 そう満足気であったが、一向に途切れることなく自死に向かう獣の行列に少し嫌気がしたようである。


「憐れなもんだわい。それにしても西門じゃ何をしておるのかね。全く、最近の若い者は少しもなっとらんな」

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