第3話 ライアーさん、ガザへと向かう
俺はまた命が救われた。
どうやら、モンスターと言うのは、この国付近にはいないそうだ。よって、今から俺たちは違う街に向かうことになるらしい。名前は上手く聞き取ることはできなかったが、ガザと言っていたと思う。とにかく、その村に向かうのだそうだ。俺とクオリアだけで…。
最悪、その村で逃げても、ばれないかな? だめだよな、さすがにそれは。
「あのライアー様?」
「ん?」
クオリアは俺の顔色を伺っている。
俺はこの先のプランを考えていたので、返事が適当になってしまった。
「そのですね。私、うまくできるでしょか?」
「戦闘のことか?」
「はい、それもそうですが。その、他の面でも。私、国から出たのは二回だけなんです」
「えっ、そんなに出てないの?」
「はい。だから、伝書などの書物に書かれていること以外、全く他のことを知らないんです」
「なるほどなぁ」
大丈夫、俺もまったく知らんからと言おうとしたが、それは本来の自分の意見であって、ライアーさんの意見ではないので、口を噤んだ。
「まぁ、大丈夫だ。俺は何百と言う国を歩いてきた放浪人だからな。大抵のことはわかる。だが、今から向かう、ガザと言う国は初めて聞いた」
最後が肝心ね。
「あっ、それでしたら」
クオリアは声を高くして言う。
「私は直接、ガザには行ったことがないので、経験則で語るのは不可ですが、伝えでしたら、何度か聞いたことがあります」
「ほう。御聞かせ願おうかな?」
「はい。確か、冒険者が集う街で、あらゆる風習も人種も認める変わった国だと聞きました。特に、私が関心を持ったのは冒険者という職業で生計が建てられるという点ですね」
「ほうほう」
異世界っぽいじゃん。てか、異世界じゃん。
なるほどな、普通は冒険者と言う職業では食っていけないんだな。
それと、あれか。だからあの王(ジジイ)、少ない資金だけで、ガザに向かわせてんのか。俺が強いとばかりに。
非力な二人でどう生きていけばいいんだ…。
まぁ最悪、俺の臓器でも売れるかな? でも、この世界、麻酔なさそうでやだなぁ。
「あっ、着きましたよ」
「えっ、はや」
と思ったけど、ガザと言う国なんてのはなさそうだった。
というより、ここは俺が最初に来た時の無人の家ばかりある村だった。
「えっ、ガザどこ?」
俺はあたりをキョロキョロ見渡した。おーい、ライアーさん、仮面はがれてますよ。
「あそこから行けるんです」
クオリアは指をさす。そこの先には、誰も出てこなかった四番目の無人の家があった。
もしかして、俺が玉座から出てきたみたいに、ワープするんだろうか。
「あの家にはガザ付近に向かう、次元魔法がかかった壁があるんです」
「あぁ、やっぱり」
クオリアは少し驚いた表情をしていた。
「さすがです、ライアー様は気づいていましたか」
まぁ、この村からあんな椅子に出てきたからね。
しかし、あんな簡単に玉座から出てきてしまっては、暗殺される心配はないのだろうか? いや、そんな心配あるよな。それはさすがに致命的すぎる。
一応、クオリアにも聞いてみるか、理由があるかもだしな。
「なぁ、クオリア。八番目の家のことなんだがな」
俺は、その家に指をさした。が、そこには家らしきものはなかった。
あれ、おかしいな。一応、右から家を数えてみる。しかし、数えど、数えど、七だった。
まずい、これは『こいつ、何を言ってるんだ』となるやつだ。ライアーから妄言者になりかねない。まぁ、限りなく妄言者に近いんだけどな。
しかし、クオリアは少なくとも俺を蔑むような顔で、俺を見ていなかった。どちらかと言うと、なんだろうか、懐かしむような顔で。
「ライアー様は、八番目の家を見られたことがあるのですか?」
見られたことがある?
「えっ。あぁ、そうだ。確か、昔ここには8つの白い家があると聞いたことがあってだな」
クオリアは下を向き、低いトーンで話し始めた。
「なるほどですね。確かに、それは合っています。あのですね。ここは昔、栄えていたんです。私も確か、ここに住んでいました。すいません、表現が曖昧なのは記憶があまりないもので。でも、間違いなく住んでいたのは覚えているんです」
「それで」
「それでですね、ある時、マグナドラゴンが襲撃してきたんです。伝奇によると、誰も気づいてなかったそうです。その頃は今と違い、監守隊というのも結成されていなかったので。とにかく、マグナドラゴンは真っ青な空から無音で羽ばたいてきたと書いていました。
そのドラゴンは一息だけ、火を吹いたそうです。それだけで、栄えていた町は一瞬に崩壊しました。焼けただれる人、倒壊に巻き込まれつぶされた人、そんなものに満ちました。
私の記憶が薄いのは、そのショックで忘れてしまったのが、原因かもしれません」
クオリアは暗い空気になってしまった失礼を、感じたのか、微笑む。
「暗い話をすいません」
「いや、いい。その、続き聞いてもいいか?」
「はい。その時、助かったのが白い家に住んでいた人のみだったんです。そこには特殊な防御魔法が掛けられており、倒壊寸前になったらしいのですが、なんとか持ちこたえたんです。
そしてですね、各々の白い家には次元魔法が一枚の壁にかけられていたんです。万が一に、襲撃にあった時のためにですね。
そして、私は。さきほど、ライアー様がおっしゃった八番目の家にいたんです」
既に俺は八番目の家のことなんか忘れていた。当然だろう、そんなこと以前に、衝撃的な事実がこの地に存在しているのだ。
風が強く吹いた。芝生を揺らし、雲を流す。
なんとなく、涙が出そうだった。耳をすませば、叫び声が聞こえそうな気がした。この芝生は血によって生えているのではないかと思った。
「ライアー様?」
「あぁ、すまん。それで、八番目の家はどうなったんだ?」
「八番目の家は後に崩れました。崩れたのは八番目だけだったんです」
しかしだな、俺は確かに八番目の家を見たはずなんだ。
「なるほどな。それで、クオリアは王座に転移したわけだ」
クオリアは首をかしげる。
「あれ、違うのか?」
「あっ、はい。私はよくわからない洞穴に転移しました。あの時は意識も朦朧としていたんですけど、そこで勇者属性を手に入れたのは覚えているんです」
あれ、どういうことだ。俺は確かに、玉座から出てきたはずだ。
「しかしですね、おそらくライアー様の意見も間違いではないと思いますよ。あの八番目の家は同じ目的地には連続で到達しないと思うんです。
私の父母もそうでした。同じタイミングに壁を抜けたのに、互い違う場所にいたそうです。私もそうですね、洞穴に行きましたし」
「あぁ、なるほどな。行き先が違うわけだ」
「はい。おそらく乱択仕様だったのでしょうね」
それで俺が王座に行ったのは合致がつくわけだ。
ははは、なるほど、なるほど。…ん?
待て、合致はまだついていない。その八番目の家はどこに行った。
俺は、再度八番目の家があった場所を見つめた。そこにはほんの少しだけ、土が出ていて、跡地ということはわかった。しかし、家などはない。
俺が見たものは何だったんだ?
本来であれば、俺はこういった展開に背筋を凍らせていたところだろう。だが、そんな恐怖心と言うものは一切なかった。どちらかと言えば、感謝。展開を助長してくれた、感謝だ。
今後、俺はどうなるのかはわからない。今の今まで、展開は速すぎて、うまく脳が処理できていないように感じるし、果たして元のいた場所に戻れるのかという心配もある。
けど、今は波に乗るべきだと思った。すべての物事は時間とともに流すべきなのだ。
そのうちに、解決できる時が来るはずだ。能力の面でも、元の世界の面でも。
すべてを受け入れなければならない。この先の展開がどうであれ。
「なぁ、クオリア」
俺は隣に立つ少女を見つめた。その眼は空にも、今ここに立つ芝生の色にも似ている。
「はい、どうかしましたか?」
「俺はさ、大した奴でない。お前の思っている何倍もな。だからさ、もう少し言葉を緩めてもらっていいぞ、後、態度もだ。様はいらん。てか、むしろ緩めて」
「えっ、いやしかしですね」
「頼むよ」
クオリアは押しに弱いのか、俺が『頼むよ』の一点張りをしていると、ため息をついて、『わかりました』と言った。
「それでは改めてよろしくお願いしますね。ライアーさん」
まだ、かしこまっている感じがあるけど。まぁいいかな。
「じゃあ、行くか。その、ガザって言う村に」
「はい、行きましょう」
俺たちは四番目の白い家の戸を押した。
そうして、俺とクオリアとの長い冒険は始まった。
これは、俺が後に伝記で偶然の偶然に発見した話なのだが、どうやらあの八番目の家だけは遥か昔から建てられていたそうだ。建てたものは誰なのかは定かになってはいない。
当時、初めてその建物を発見した者は画期的な建築物だと大層驚いたらしい。完璧な比でできた構造、飲み込まれるような白。とにかく、見るもの、見るものを魅了した。
次第に、その魅力は膨れ上がり、一種の宗教がそこで生まれたらしい。彼らは皆、その建物を拝んでいたそうだ。
ちなみに、ここの世界での信仰は向こうの世界と大きく違い、キセキの力を呼ぶそうだ。スピチュアルな話ではあるが、まぁ納得できないことはない。
後だ、驚いたことに、この世界ではこの地から魔法が始まったと言われているらしい。キセキの力が生み出したそうだ。
そうとなれば、キセキの力は偉大であるのだろうか。いや、偉大であるに決まっている。
俺は実際にそのキセキを体験したわけなのだから。
無能力者ですが、何とかして異世界でも欺いて生きていきます 四隅四角 @Sisumi
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