第14話 設計図 2

リオンは自室に戻るとベッドの上に設計図を広げた。


「さてと...」


遂に本腰を入れて魔法を使うときが来た。


魔法はイメージが大事だと聞いたことがあるが、この無機質な古紙に対して何を思えばいいのか。


この何十年と言う途方もない記憶を持っているであろう設計図に今からお邪魔するわけだが、リオンが欲しい情報は極限られた一部のものだ。


この城に隠された秘密。そんなものがそもそも存在する保証すらないが、かつて皇帝が暮らしていたんだ。秘密部屋の1つや2つはあるだろう。


前回の反省を省みるに、そのピンポイント以外の記憶が雑音の様にリオンの耳に入ってくる事は確実だ。


(任せてくれとは言ったものの、あまり上手くいくビジョンは見えないな。まあやらなきゃ始まらないか)


リオンは設計図へ手を伸ばすと、指先に意識を集中させた。


かつて父がやった様に、魔力を物体へ注ぐ。


すると以前とは違って設計図から微かに魔力が溢れてきた。それはまるでリオンの呼びかけに設計図が応えてくれているかのように、次第に意識が設計図と一体化していくのが分かった。


(ノイズが聞こえない...!行けるぞ!)


「リーオーンー。設計図、結局1人でどうするのさ」


「アーサー!今こっちに来ちゃダメだ!」


「え?うわあああああああああああ」


シアノと寮の前で別れてきたアーサーが部屋に入るや否や、2人の身体は緑色の光に包み込まれ設計図の中へと溶けていった。


♢♢♢♢♢


「うーん...。いったいなにが起きたんだ...。リオン、リーオーンー。大丈夫?」


アーサーは立ち上がると隣で床に伏せているリオンに声をかけた。身体をいくら揺すってもリオンから返事はない。気絶しているようだった。


周りを見回すと、豪華な装飾を施された壁に蝋燭が灯されている。ここはどうやらどこかの城の廊下の様だ。


「リオン!ねぇ、起きてよお」


アーサーは再びリオンを起こそうとした。


「シグ!おい、シグ!」


背後から聞こえた呼び声にアーサーは一瞬凍りついた。衛兵の巡回ならまずい。明らかに不法侵入である。


「ぼ、僕たち気がついたら、こ、ここに寝ていて!すいません、すぐに出て行きます!」


アーサーは声がする方へ振り返ると頭を深く下げて謝罪した。その身体は緊張で子犬のように震えている。しかし、そんなアーサーには一切目もくれず、シグと呼ばれていた男が黙って脇を通り過ぎ、声をかけていた男が続いて早足で追いかける。


(...あれ?別に入っちゃいけない場所じゃないのかな。それにしても人が倒れてるのに不親切な人たちだなぁ)


「おい!シグ、待ってくれ!」


するとシグと呼ばれた男はアーサーの2mほど後ろで止まり、追いかけていた男に向き直った。


「しつこいな。お望みの物は渡しただろう。もうお前に用はない」


「そう言うなよ。こいつがあったところでお前の力がないとどうしようもないだろ!」


「だったら自分の考えを改めるんだな。俺はお前にはもう付き合いきれない。お前がやろうとしていることは大きな犠牲を生む。しかも大義のためじゃない、自分の私利私欲の為に多くの無関係な人間を巻き込もうとしているのだ!」


シグと言われた男の語気が荒くなる。


(なんだなんだ、この人たちこんなところで喧嘩しないでよ...)


アーサーは2人のただならぬ緊張感に、本能的にここにいてはいけないと感じていた。


(早く起きてよー。リーオーン)


「それについては前も話したではないか!これは私利私欲の為ではない。この大陸で起きている戦争で生き残るには力が必要なんだ!今のこの国では、あっという間に周りの国に攻め滅ぼされてしまう」


シグに責められていた男も口調が強まりだしている。


「だからと言って忠誠を誓った国に謀反を起こして乗っ取ることが正当化されるとでも思っているのか!?私とお前で力を合わせてこの国を救うほかの方法などいくらでも考えられる」


「それでは間に合わないのだ。あの男が国王の座についている限り、私たちの計画は一向に進まない。あの男は国のトップに立つ器ではない!」


「では、お前に国の統率者となる器があるとでも?」


シグが問い詰める。


「お前と2人でなら強大な国を作れる!圧倒的な軍事力で近隣諸国を蹂躙し、この大陸に敵を恐れる必要のない平和な国が!」


「お前の言い分はわかる。犠牲を生もうともその先に長く安定した平和が訪れるのであれば、俺も本意ではないがここまで反対もしない」


「何が不満なのだ。近隣諸国との戦争はどのみち避けられない。私のしようとしていることには大義がある!」


シグはしばらく男の目を見つめると、大きなため息をついた。


「お前の言い分はと言ったはずだ。お前の記憶はそうは言っていない」


「シグ!貴様...!」


「お前の頭にあるのは、強大な軍事力と技術力、しかしそれは民のためでも大陸の平和のためでもない。力を自由に行使できる帝国の皇帝となり、世界の全てを我がものにしようとする大きな野望。つまり全部自分の欲求を満たすためだ」


「私の記憶は読むなと言ったはずだ!」


「知ったことじゃないね。それでなくても親友のよしみでその設計図を作って渡してやってるんだ。これでお前との関係も終わりだ」


(設計図?......!!あの男の手にあるのは僕らが盗んだ設計図じゃないか!一体どういうことだ?)


「うーん...。あれ、アーサー...?」


アーサーが状況を整理しようとしたその時、死んだように動かなかったリオンが目を覚ました。


「リオン!やっと起きたんだね。早く目を覚まして!今僕らが盗んだはずの」


アーサーが状況を説明しようとすると、突然周りの壁が蝋燭が溶けるようにグニャリと歪み出した。2人の男の声は遠くなり、床が崩れ2人は真っ暗な闇の中に放り出される。


「今度は一体なんなんだ!」


アーサーが叫ぶ。


♢♢♢♢♢


「おい、起きろよ。授業に遅れるぞ」


アーサーは寮のベットに寝ていた。


「あれ、リオン。僕さっきまでどこかのお城の廊下にいて...」


「何寝ぼけてんだよ。昨日はお前疲れ果てて部屋に入ってきた途端にベッドに倒れ込んだんだぜ」


リオンはニヤッと笑いながらアーサーに制服を投げつけた。


(なんだ。夢か...)


「不思議な夢を見たんだ。あまりよく覚えてないけど、変にリアルでさ。僕らの盗んだ設計図が出てきたんだけど...あれ?どんな夢だったっけ」


「夢なんて起きてから少ししたらすぐ忘れちまうよ。早く用意して授業行こうぜ。設計図なら俺がちゃんと持ってる。今日図書館でゆっくり調べてみるよ」


「あぁ、ありがとう。お願いするよ」


アーサーは弱々しく言うと、半分寝ぼけながらノロノロと部屋を出た。


「ふぅ...アーサーがあんな調子で助かった」


リオンは間一髪のところで自分の力を他人に知られてしまう危険を避けられた。


アーサーが一緒に設計図の記憶に入り込んでしまった事は想定外だったが、逆にそのおかげでリオンは設計図の記憶を読み取ることができたのだ。


リオンの魔法が不完全だったため、初めての記憶との深い繋がりに身体が耐えられず気絶してしまった。しかしアーサーが代わりに記憶を見ていてくれていたお陰で、リオンはアーサーと現実世界に戻ってきた後に、眠っているアーサーの記憶を読みとり、結果として間接的に設計図の記憶を見ることができた。


(設計図の記憶をみたアーサーの記憶を見る...こんがらがるな。でもお陰である程度コツを掴んだぞ。アーサーの記憶を読むときはかなりスムーズに思いどおりに読み取れた。記憶が直前のものだったのが大きいのかもしれないが...)


リオンは設計図をローブにしまうと、アーサーを追って部屋を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異伝史 〜元奴隷の魔法使い見習いが禁忌の秘術で世界の真実を探すお話〜 凡人 @bonjin_tadahito

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ