第13話 設計図

あっさりと設計図を記念室から持ち出したリオン達三人は、寮に戻ってさっそく中身を調べることにした。


アーサーは寮の談話室に入ると、他人の視線を避けるように部屋の一番隅の机に設計図を広げた。


まさか部屋中の誰もがこの3人の持ってきた分厚い紙の束が盗み出してきた学校の設計図だなんて夢にも思わないだろう。


「何も考えずにこんな場所に持ってきたけど、あまりに不用心すぎるかな」


リオンは部屋を見渡しながら言う。

15人から20人ほどの生徒が、それぞれのクラスの授業や戦闘訓練の内容を話しながら談笑している。


寮は膨大な学生を収容するために学校の敷地内に何個も存在している。基本的には割り当てられた寮の1室に2人1組で暮らすことになっているが、中には生徒同士で部屋を交換したり他の寮にずっと寝泊まりしていたりと割と自由だ。


「大丈夫だよ。部屋には十五人くらいしかいないし、他人の話なんてみんな興味ないよ」


「俺たちの部屋で調べた方が安全じゃないか?」


「リオンはあの部屋にシアノを入れても平気なんだ。僕ら以外の人が入ったら、10秒以内に確実に足の裏に大怪我を負うよ」


リオンは部屋の惨状を思い出すと諦めてこの場で設計図を調べることに賛同した。


「殿下達は一体どんな部屋で暮らしているんですか...」


呆れたようにシアノは2人の会話を聞いている。


「じゃあさっそく中身の確認といこうか」


リオンが促すと、アーサーは設計図の表紙をゆっくりとめくった。

表紙の次のページには、中央に城の外観が描かれており、その周りをびっしりと文字が埋め尽くしていた。


「さっそく文字だらけだよ。しかもこれは僕たちの国で今使われている言葉じゃないね」


アーサーはため息をつくと椅子に深く腰を下ろし落胆した。


「やっぱりそんな簡単にはいかないかー」


「なんて書いてあるのかしら?それにこんな文字は今まで見たことがないわ」


「俺も見たことがないな。この国の城を作った時の設計図なんだ、他国の文字ではなく何かの暗号かもな」


「これじゃあお手上げだね。他のページも訳が分からない文字で真っ黒だ」


アーサーの言う通りこのページだけでなく、残りのページを見ても城の部屋割りなどの図はかろうじて読み取れるが、肝心の説明は何も理解できなかった。


「二人ともそう落ち込むな。せっかく盗って来たんだ、俺に少し考えがある」


リオンはそういうと設計図を折りたたんでしまい、席を立った。


「これを少し1人で調べさせてくれ」


「何か調べる当てがあるんですか?」


「ああ。上手くいくかは分からないが、もし何か分かればすぐに2人にも知らせるよ」


「僕も父さんに聞ければ簡単だけど、こんな事がバレたら大問題だから今回はリオンに任せるよ」


アーサーは申し訳なさそうに言った。


「お前はこんな事に関わってていいのか?」


「何をいまさらになって。べつに学校を壊そうとか、他の生徒に迷惑かけるようなことじゃないし大丈夫だよ」


「ガラスケース...」


「アレはリオンがちゃんと直したからセーフ!」


♢♢♢♢♢


生徒達も寝静まった夜の校内を忙しく歩く足音が響く。


バルテスは校長室に向かっていた。

現ウルカルム士官学校校長であるアレハンドロ・クレトに呼び出されたのだ。


バルテスは校長室の扉の前で深呼吸をする。

何度呼び出されてもこの部屋に入るのは気が進まなかった。呼び出されるということはそれなりの面倒事を覚悟しなければならない。


(今回は山奥で発見されたドラゴンの退治を押し付けられないといいけれど。校長も私と変わらない年齢なのにいつまで私を現役扱いするのでしょうか)


バルテスは扉をノックすると、中から返事が聞こえた。


「入りなさい」


「失礼します」


バルテスが中に入ると意外な先客が校長の前に立っていた。


「陛下!」


バルテスは慌てて頭を下げようとする。


「バルテス殿、よい。今日はたまたまこの学校に用事があった訪ねて来ただけなのだ」


「バルテス先生、急に呼び出してすまなかったの」


クレト校長は伸びきった白い髭を触りながらバルテスへ話しかける。


「まさか陛下がお越しになっていたなんて存じていませんでした」


「アレハンドロとは古い付き合いでね。今は友人として他愛もない話をしていただけだ」


「他愛もなくはないのじゃがな。バルテス先生をお呼びしたのは、今日校内で少し不思議な事があってその話をしようと思っての」


「と言いますと?」


バルテスは姿勢を戻すと2人の間に近づく。


「今日私とアレハンドロは用があって記念室に行ったのだ」


語り出したのは皇帝だった。


「ある記念品を別な施設に移し替えようと思ってね。ところがだ」


皇帝は急に黙り込むと表情が険しくなった。


「その品物が何者かの手によって偽物にすり替えられていたのじゃよ」


言葉を続けたのは校長だった。


「あり得ない」


皇帝が静かに否定する。


「あの部屋は私たちの先祖がこの城を造った時、金庫の役割を担っていたのだ。何人もの優れた魔法使いの手によって強力な魔術で守られている。防護は完璧のはずだ。並大抵の人間に打ち消せるような術ではない」


「わしの力を持ってしても、あのガラスケースを割ろうと思えば腕の一本は代償に取られるじゃろうな」


クレト校長がため息混じりに言う。


「割られていたのですか?それほどまでに強固に守られていたケースが」


バルテスは皇帝に遠慮気味に尋ねる。


「そうとしか考えられない。その品が入っていたガラスケースだけが、非常に陳腐な修復呪文で直されていた」


皇帝は静かに目を閉じると重い口を開いた。


「考えたくはないが、犯人はこの学校の内部の人間の可能性が高い」


「内部の人間?」


「もし外部の人間の犯行だとすると、この城の敷地内に入る事がそもそも難しい。城へはワープなどの魔法で侵入することは不可能で、入るとしたら正門を通るしかない。しかし、警備は万全で門の通行記録にも不審な人物はない」


「でもあの部屋の守りを破れるものだとすれば外部の人間の可能性もあり得るのでは?」


「修復の魔法が使われたのは今日で間違いない。詳しい説明は省くが、私は魔力の痕跡を調べる術に長けていてね。今日外部の人間は、私しかこの敷地内に訪れていない。確かにあなたの言うように外部の人間である可能性は0ではないが、内部の人間の可能性が高いだろう」


「そしてまだ犯人はその品を持ったままこの学校に潜んでいる可能性も高いのじゃ」


クレト校長は部屋の窓から見える暗闇を見つめながら続ける。


「その品はこの城の設計図なのじゃよ。バルテス先生、他言はするでないぞ。保管されていた城の設計図が盗み出されたとなれば生徒や保護者の間に混乱が生まれてしまうでの」


「なるほど、設計図を持ち出した犯人がそれを利用してこの学校で何かする可能性が高いと」


「どちらにしても、我々に感知されずに品を盗み出した事を考えれば、犯人が学校にとって、いや、国にとって驚異なことに変わりはない」


皇帝は頭を抱えた。


「この件についてじゃが...もう分かっているとは思うがバルテス先生。貴女に預かって欲しいのじゃ」


「もちろん我々も全力で調査を進めるが、校内の事情は教鞭を執って長い貴女が一番よく知っているはずだ。アレハンドロと違って今でも現役で授業を持っている。生徒や他の教員に関しては誰よりも調べやすいはずだ」


「生徒たちもですか?」


「可能性は捨てられない。貴女には今後校内で怪しい動きを見せるものがいないか常に見張っていて欲しい」


「バルテス先生、頼んでもよいかな?」


「わかりました。では内密に調査を進めます。失礼します」


バルテスはそう返事をすると校長室を後にした。


(校長も相変わらず人が悪い。あの話を聞かされた後に断れるわけがないのを知っているでしょうに。これはドラゴン退治より骨が折れそうね)


バルテスは腰の痛みを抑えながら、これから始まる重労働にうんざりしながら自室へと向かった。









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