欠けた死体

青豆

欠けた死体

 私の朝は、コーヒーを飲みながら新聞を読むことから始まる。華麗なる一族の令嬢たる者、情報を得ることの必要性は顕著である。だから新聞を毎日読むことにしているのだ。もちろん、活字中毒な一面があるというのも、理由にあるのだが。小説はもちろん読むのだが、朝から小説を読もうとはならないだろう。そうなると、朝から活字を堪能するには新聞が最適と言うわけである。

 いつも通りざっと目を通していると、ある記事が目に付いた。地元の記事だ。殺人事件、と大きく書かれていた。

 読んでみると、大方の内容はこんなところだ。ふもとの街の公園(というのも、私の住んでいるところは街から外れた山奥にある館である)で、体の部位が欠けた変死体が転がっていた。明らかに他殺であり、犯人はまだ捕まっていない...そんなところだった。

「物騒なこともあるのね」

 思わず口に出していたが、それ以上にもそれ以下にも思わなかった。

 そのまま新聞を読みながらコーヒーを飲むと、いつもとコーヒーが違うことに気づいた。これは、きっとインスタントだ。

 使用人である、言葉を見ると、私の方を見て微笑んでいた。

「私も、手は抜きますよ」

 どうやら、私のインスタントのコーヒーに対しての反応に気づいていたらしい。

「ええ、懸命ね。こういうところで手を抜くことも重要よ」

 皮肉ではなく、本心で言った。事実、仕事をガサツにこなすのではなく、こういうさりげないところで手を抜き他のことに気を配るのは、大切だと私は思っていた。

「ところで、言葉?街で殺人事件があったという記事は見た?」

「お嬢様が起きる前に、拝見しました。あるのですね、そういう事件も。ニュースなんかで報道されるものを見ても、どこか非現実的な感じがして、他人事のように思っていましたが...」

 そんな話をしていると、父が階段を降りてきた。どうやら今起きたらしい。父がこんな時間まで寝ているというのは珍しい、いつもなら私の1時間は早く起きるのだが。

「おはよう。昨日は疲れてね、こんな時間まで寝てしまったよ」

 そういえば父は昨日仕事で夜遅くに帰ってきていたのだった。

「朝食はどうなさいますか?この時間なら、もう少し待って昼食と一緒にしてもよろしいかと」

 時刻は、10時を過ぎていた。

「そうするかな」

「かしこまりました。1時間後に、ブランチといたしましょう」



 昼食を取った後、私は自分の部屋に戻った。

 私は先ほどの新聞の、殺人事件についての記事だけ持ってきて、読むことにした。

 すると、家に誰か訪問してきたようである。呼び鈴の音がなった。

 一体誰だろう?というのも、この家は山の奥にあるため、所謂隣人というものがないのだ。となると、わざわざ街から訪問するために登ってきたことになる。一応私が下に降りた。だが言葉が、応答したようだった。

 用が済んだのか、言葉が戻ってきた。

「一体どなた?」

「警察でした。操作に当たって、協力を仰ぎたいとのことです」

 説明をしていなかったが、この辺一帯はうちの一族の支配下(聞こえが悪いけれど、この辺一帯が私の家に借金があるわけなので間違いとは言えない)なのだ。確かに操作するに当たりうちに協力を求めるのは当たり前と言えるのかもしれない。父が命令すれば、街の人間の大抵はいう事を聞くだろう。

「そう。引き受けたの?是非力になればいいのだけど」

「ええ、もちろん引き受けました。とりあえず、傘下にあるいくつかの商店に情報提供を促しておきましょう」

「この件は貴方に任すわ」

 言葉に任せておけば問題はない、という信頼のもと、そう言った。

「はい、承知しました」



 次の日の朝刊に、事件に進展があったことが書かれていた。2人目の被害者が出たこと、犯行場所は同じだったこと、そしてその死体はまた部位が欠損していたこと、1人目の殺人と同一人物による犯行であるのはまず間違いがないこと、が書かれていた。

「また、殺されてたのね」

「そのようですね....警察も死ぬ気で捜査してるところなのですが」

 しかしその努力は実らなかったようである。協力を仰がれた立場上、二人目の被害を防げなかったことに対する罪悪感のようなものが心に積もった。

 とは言っても、私には何もできないのが現状であった。

「目撃情報はなかったの?」

 言葉は何も言わずに、頷いた。

「それが、妙よね...」

 そう、妙なのである。なぜなら、犯行が行われた公園の周りには、囲むようになんらかの繁華街が佇んでいるのである。しかも、特に夜が賑わう繁華街が四方に立地していながら目撃者がゼロ、というのはおかしいのである。犯人を見かけた、とまではいかなくとも、その時間にだれかが公園に居た、というような情報は出てもおかしくはない、むしろそれが自然だと言えた。そこに私はきな臭い何かを感じずにはいられなかった。

 金で誰かが弾圧しているんだろうか....?いや、この辺で市民を弾圧できる力を持つ家などこの家しかないではないか。そう、この家しか。

 上では、父はまだ寝ていた。昨日も、隣町に仕事だと言って、遅くに帰ってきたからだ。隣町とは言っても、この辺は山嶺が連なる地帯なので、気軽にいけるような距離ではないのだ。

「言葉、父を起こしてくれるかしら?いくらなんでも寝過ぎよ」




 私はある可能性を考えた。それは、犯人がこの家の誰かではないか、ということだ。いや、もう誤魔化すのはやめよう。私は、父を疑っている。

 父は事件の数日前仕事で家を出ていたし、二件目の殺人の前にも隣町に仕事でいなかった(それが私が疑い始める引き金にもなったわけであるわけだが)。父は本当に仕事だったのだろうか?それに、父なら弾圧することも可能ではないのか?色々な条件を検討すると、犯人は父しかいないように思えた。

 ガレージに入ると、数台車が並んでいる。私はあらかじめ鍵を取ってきていた。ガソリンの減り具合を確認したかったからだ。隣町に行ったのなら、ガソリンはきっとかなり減っているはずだ。私もふもとの街に行って帰ってきたらどれだけガソリンが減るかくらいはわかっているので、見分けはつくはずだ。もしガソリンがあまり減っていなかったら、隣町に行ったというのは嘘になる。とはいっても、一見目の殺人からは時間が経っているので、私が探すのは二件目に使用された車である。

 一台ずつ、確認していく。父のいう仕事であるので、ある程度この家の中でも良い車を乗るはずだ。なので、本来なら高級車に乗るのだ。しかし、人を殺すのなら話は別だ。となると、suvの車だろうか。セダンだと死体は運びづらそうな気がした。公園に居た人を殺した、という可能性はあるが、少なくとも二件目は公園に居た人ではない。あそこは一件目の殺人があってからしばらくは立ち入り禁止だったからだ。二件目も同じ手口なら使用してる車も同じなのではないか。

 エンジンをつける。

 私はガソリンの量を確認した。

 ガソリンはかなり減っていた。おかしい。となると使用したのはこの車ではない?

 私はどんどん車をふるいにかけて行く。

 すると、一つだけ、ちょうど山と街を往復する分のガソリンが減っている車があった。これだ...でも、なんで....


 それは、あろうことか、言葉の使用している車だった。




 呼び鈴が鳴る。いつもなら、言葉が出るのだが、今は買出しに出かけていて、いない。なので、私が相手した。

「警察です。情報提供をお願いしていたので、何かあれば伺いたく思い、きたのですが...」

「すみません、そこらへんの管理は使用人に任せていたので私はよくわからないのです。私は事件の詳しい経緯も知らないので、少し聞かせてもらってもいいですか?」

 気になっていたことだった。新聞にはそんな詳しく書いていたわけではなかったからだ。

「もちろん。一件目の殺人からですね、深夜..2時ごろにたまたま公園を通りかかった女性が、腕の無い死体を発見して...」

「えっ...腕ですか?」

 それは、知らない情報だった。

「ええ、両腕が引きちぎられるような形で..」

「二件目はどうだったんですか?」

「二件目の死体は、両腕両足が抜かれていました」

 ある考えが、脳裏に浮かんだ。息がつまるような思いだった。


 言葉の、声が頭の中で蘇る。

 手の無い死体。あの時言葉は言った。

 「

 私はあれを、インスタントコーヒーに気づいた反応に対する言葉だと思っていた。

 二件目の時もそうだ。

「 

 死ぬ気、というのは、肢抜き、という意味の、言葉なりのユーモアだった....?

 まさかね、と無理やり笑ってみたが、窓に映る私の笑顔はいやにひきつっていた。



 それから、特に何事もなく時は過ぎた。殺人はぴたりと止んだ。私は、変わらず流れていく毎日に、いつしか事件のことを忘れていた。事件の起こった頃は、まだうららかな春だったが、今はもう季節は、夏だった。じっとりと蒸してくるような暑さにはうんざりだったが、蝉が短い命を燃やして鳴く夏が、私は好きだった。みんみんとうるさいが、これがなければ夏を感じない。

 街では、もうそろそろ夏祭りがある。毎年うちが資金援助をしているので、花火は例年豪勢なのだ。今年も、きっと盛大な花火を夜空に咲かせてくれるだろう。

 私は、街の夏祭りに、一族のものとして顔を出すことになっていた。私だって、やっぱり女の子だ。浴衣は、毎年楽しみだった。

「言葉?浴衣は、もう選んでくれたの?」

「はい、綺麗なのを選びましたよ」

 言葉が微笑む。言葉の笑顔を見て、数ヶ月前に、私が言葉を殺人犯と疑ったことを思い出した。

 あぁ、私は馬鹿だ。こんな、素敵な笑顔をする人が、殺人犯な訳がないのだ。

 言葉は、奥の部屋から浴衣を持ってきて、私に差し出した。言葉が差し出してきた浴衣は、ちょうど首のあたりが染められた綺麗なものだった。

「綺麗ね、こういう柄の浴衣はなんと言ったかしら」

 言葉は微笑んだ。


「お嬢様。それは首抜きでございます」

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