12.いつかオレの背を預けてやろう

 早朝から集まった者を連れて転移する。神々の求める条件をクリアする者は、頭痛などの弊害が出ないはずだ。逆に言えば、アルシエルは条件を満たさない。だが同じ黒竜であってもリリアーナは条件を満たす側だった。


 オレと腕を組んだリリアーナは、ひらひらしたワンピースだった。やたら裾が広がるデザインで、腰を絞っていない。ベルトもない円錐状の服は淡い紫だった。


「珍しい服だ」


 服の形自体は子供がよく着ているワンピースに近いが、背が伸びたリリアーナが着ると雰囲気が違って見えた。普段は着ないタイプのドレスを選んだリリアーナは、嬉しそうに予想外の言葉を口にした。


「もし危なくなったら、私がサタン様を助けるの! だから竜化しやすい服にした」


 予想外だ。守ることはあっても、守られることはない。少なくともある程度の年齢になってから、誰かに守ってもらった記憶はなかった。それがアスタルテ達であっても、共同で戦うという意識はあるが一方的に守られることはない。


「守るのか?」


「うん! 私はそのために強くなるんだもん」


 目標があるのは良いことだ。ドラゴンは強者ゆえに、途中で成長の止まる者も多い。ある程度になり周囲の敵に勝てるようになれば、それ以上の努力をしなくなる。向上心があり、その切っ掛けになるのなら余計な発言は慎んだ方がいい。表情を和らげて、軽く結んだだけの金髪を撫でた。


「いつか背を任せられるほど強くなれ」


 嬉しそうに笑うリリアーナは、氷に覆われた神々の大地へ目を向けた。オレの目に見えるのは、相変わらず枯れてひび割れた荒れ地だ。アスタルテは恐る恐る目を開き、驚いた顔をした。


「何が見える?」


「……海です。足元の崖の下は海の波が」


 流れる水を苦手とする吸血種には、もっとも嫌う海水が見えるようだ。双子は前回と同じ花畑のようで、花を摘んでくると飛び降りていった。摘んでも今回は持ち帰れないと言い聞かせておかないと、帰りはふくれっ面になりそうだ。


「オレは荒れ地、竜は氷、魔獣には湖に見える……あの2人だけが花畑だ」


 言いたいことを理解したのだろう。アスタルテは渋い顔をして、溜め息混じりに呟いた。


「嫌な仕掛けをしますね」


「近づかせない方法としては、なかなか興味深い幻影だ。それも触れても壊れぬ」


 魔族の幻影は、幻だと見抜かれた瞬間に効力を失う。触れても壊れず、気づかれても消えない。それほど。それほど強く他者の感覚を支配できるのは神族だからか。


 連れてきたのは双子とアスタルテ、リリアーナのみだ。妻を心配するヴィネが一緒に行きたいと騒いだが、アスタルテに留守を言い渡された。後でフォローするから問題ないとアスタルテは言うが、かなり悄気ていたので大変だろう。


 ククルは神力が回復しておらず、ウラノスはアスタルテ以上に深い話を知らない。ならば必要最低限の数で対応するのが正しいはずだ。


「始める」


 オレの声に反応した双子が頷き、準備を始めた。魔法陣を設計したアナトが取り出した魔法文字を、バアルが手際よく配置していく。大地の上に大きな魔法陣が出来上がった。踏みしめるようにして大地に円を描き、双子はこちらに大きく手を振る。


「予想通りなら、これで動く」

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