2.互いを監視する、よいな?

 アスタルテは宰相に捕まり、しばらく外出できないことが判明した。気の毒だが留守番を任せる。アナトとバアルは譲らず、なぜかリリアーナと結託して「頑張ろうね」と手を繋いでいた。


 人間の100年は一生に値する長さだが、長寿の魔族には大した時間ではない。そのため長寿な種族ほど子供っぽい性質を残す傾向が強かった。何らかの理由があって、自立を余儀なくされた者以外は子供の振る舞いが直らない。


 オレやアルシエルは変化を強いられた側だ。誰かを守らねばならず、のんびり子供の時間を過ごす余裕はなかった。アスタルテも近いだろう。だがアナトやバアルには、寿命という考え方自体が当て嵌まらない。気が遠くなるほどの年月を生きるのに、時間という観念は邪魔だった。


「アルシエル、リリアーナ、アナト、バアル……行くぞ」


 イシェトは危険だからと言い聞かされて諦め、ベルゼブブはイシェトが行かないなら残るらしい。相変わらずの彼女らを残し、オレは転移の魔法を操る。竜化して飛んでいくと思っていたリリアーナが唇を尖らせるが、距離があり面倒だった。


 手招きする前に歩み寄ったアルシエルに対抗するように、リリアーナが腕を絡めてしがみつく。ここ20年ほどで、彼女の体は大きく変化した。かつてはぺたんと平らだった胸も人並みに膨らみ、自慢げに押し付ける。かつて裸でうろうろしていた頃を思い出し、口元が緩んだ。


 一瞬の浮遊感のあと、山の中腹に降りる。ここからはゆっくり距離を詰める。そう告げると、リリアーナは履いていたヒールの高い靴を脱いで収納へ放り込んだ。


 魔力の使い方に慣れると、彼女の魔法は驚くべき変化を見せた。ほぼすべての属性を使いこなす。どうやら魅了眼が影響しているらしい。その辺の詳しい研究はアナトが夢中になっているので、任せていた。


「歩くの?」


「マーナガルムを呼ぶ」


 この山に迷い込む者が出ぬよう、マーナガルムの一族に守らせていた。黒竜王が影響を受けるのだ。人間には危険だろう。魔獣である彼らは、山の中腹より上に上がる必要がない。魔物を狩りながら自由に暮らしていた。


 呼び寄せるために呼んだ名は、音という概念を超えて届く。眷属との繋がりは強く、途切れることはなかった。


『お久しぶりです。サタン様』


 同族を引き連れて現れた灰色狼の背を叩き、首筋を撫でてやる。嬉しそうに振られる尻尾が、後ろの狼を叩いた。


「頂上へ向かってくれ」


「承知しました」


 飛び乗ったマーナガルムの背に、リリアーナが当然のように座る。跨ったオレの前に座り、にこにこと笑顔を振りまいた。好きにさせて、アルシエルや双子の準備が整うのを待つ。


 駆け出した狼の揺れる背で、オレは空を睨んだ。先ほどから天候が不安定だ。崩れてくるかもしれない。雷雨の可能性を考慮に入れ、それでもマーナガルムを止めなかった。


「あの辺りですな」


 アルシエルが指さしたのは、大きく突き出た岩だった。不自然なほど張り出した岩は、何かの目印にも見える。回り込む形で、岩を避けたマーナガルムがぺたりと地に伏せた。


『着きました、我が君』


「助かった」


 ここまで時間をかけて上がったが影響はない。つまり、この岩の向こうに足を踏み入れなければ無害なのだろう。


「全員で動くことは禁ずる。双子とアルシエル、オレとリリアーナで互いを監視する。よいな?」


 口々に返る了承を聞きながら、オレは先んじて山の頂上に立った。

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